【裏】10.処処聞啼鶏
陽が昇る。陽が沈む。雨が降る。雪が降る。星が巡る。
世界は退屈で出来ていた。世界は虚無で埋まっていた。
「バエバエマジモレル」
意味のない言語の羅列。口を開けばこればかり。どうして『私』はそれを言い続けるのだろうか。
二十四時間三百六十五日、私たちは街を徘徊する。
一人を見つけたら捕まえる。二人見つけたら逃げ出す。
これを辞めたければ捕まえなければならない。でも競争じゃない。私たちには順番がある。
サボればサボるほど自分の番になる時間が遅くなる。だからこれは協力作業。狩りと同じ。
対象を他の誰かと遭遇させないよう、孤立を強め、最後には七人の誰かが捕まえる。それでいい。
相手は誰でもいい。老人でも子供でも妊婦でも誰でも。捕まえればそれで終わりなのだから。
「見いつけた」
夜。声がした。
振り返ると笑顔の女性が街灯の下に立っている。
仕事帰りなのかスーツ姿にやつれた顔をしている。けれど、その表情は不気味に笑っている。
「ティクトクチューバーインスタ」
標的を見つけた瞬間走り出す。私が一番速い。だから私が一番に駆けだす。ずっとそうやってきた。
次の入れ替わりで私が替わる。前の六人はもう別人。後ろ六人は狩りをこれから学んでいく。
もうずっとそうやっている。二十四時間三百六十五日。春は何回来ただろう。雪解けを何度見ただろう。数えるのも面倒だ。
「ってか、古くね?」
その言葉を彼女が言った。黒髪で長髪で毛先がぼさぼさのOLの女。
どこかで見たことある女。無駄に胸のデカい、不気味な笑顔の女。
「タピオカパンケーキ」
「いつまであたしを独りにするの? マイタケ」
瞬間、白い靄が噴き出した。
ああ、そうか。私は勘違いをしていたようだ。
これは標的なんかじゃない。
これは人間なんかじゃない。
私と同じ、怪異の一種だ。
狙われたのは私だった。罠にかけられたのは私だった。狩られるのは私だ。
「えなにその顔? ビビってんの? 大丈夫じゃね? だって――」
白い靄の中から手が伸びて私の首に回る。
「あたしが助けるからさ」
目が覚めると目の前には金毛の猿――の頭をしたスーツの女性。
記憶が曖昧だ。さっきまで自分が何をしていたか覚えていない。そもそもここはどこだろう。
周りを見る。見慣れた街灯。
そうだ、私は鰐男に襲われていた。けれど、あの怪人の姿はどこにもない。
人間ではない頭をした生物は、私を見ても動かず何もしない。
視線を逸らさず、ゆっくり後ろに下がる。
金毛の猿はジッと私を見ている。
「エリンギマイタケナメコ」
「は?」
「ベニテングダケスギヒラタケ」
キノコの名前を羅列すると、金毛の猿はビャッと跳ねてその場から居なくなる。
なんだったのだろう。なにが起きたのだろう。
恐ろしい体験をした気がする。




