↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
JKホラー  作者: 牧屋へいり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/22

9.鰐男




「鰐男って知ってる?」




 パキと音を立てながらキュウリを食べる玄河。


 帰り道、無人販売所で売られていた規格外の野菜を買い食いしている。


 本日学校の家庭科で、『栄養バランスを見る』授業を行った結果、彼女は『野菜を摂りましょう』と言われてしまった。


 先生から揶揄い半分で『野菜はダイエットにいいよ』と言われたのを真に受け、早速取り組んでいるわけだ。




「え、なにそのB級ホラーみたいなタイトル」

「たしかに? んでもスパイディだって直訳すれば蜘蛛男じゃね?」

「怪奇、蜘蛛男の恐怖! みたいなのありそうじゃね」

「んね」




 異様に曲がったキュウリをパキパキと食べ尽くすと、玄河は唇を舌なめずりした。


 キュウリは世界一栄養がないと言われているが、実際はカロリーが最も低いというだけで、栄養がないわけではない。


 ただ、いま急に食べたところですぐに栄養バランスが改善されるわけでもない。




「新しいアメコミ作品?」

「なにが?」




 玄河のすっとぼけた返答に、『話を振ったのは自分だろう』と武城は小さく呆れ、溜息を吐いた。




「鰐男。アリゲーターマンとかクロコダイルマンとか?」

「あたしだったらファングマンとかつけるね」

「イケてるじゃん」




 ヒーローたちが格好良くヴィランと戦う映画を想像しながら、武城は玄河と言葉を交わす。


 なるほど、ファングマン――噛む男であれば、派生キャラも出しやすいだろう。いや、それは日本的考え方だろうか。


 武城は玄河のセンスに『いいね』と親指を立てた。




「ナメコっちから教えてもらったんだけど」

「えなに、なにっち?」

「ナメコっち」

「なにそれ」




 急にキノコが出てきて武城は混乱した。




「え、酷くね?」

「酷くねってなに。なにそれ何なの」

「え助けた人忘れる感じ? それってマイタケ……ヒーローじゃん」




 とても瞳を輝かせ、玄河は武城を見る。


 助けた人を忘れるとは、つまり日常的に人を助けている証拠だ。


 特別なことではないから覚えていない。お前は今までに食べたパンの形状を覚えているか。


 ところが、覚えのない武城はそんな目を向けられても、疑問符と苛立ちが増えるだけだった。




「うん全然話見えなくね?」

「だからナメコっち。込名メイちん」

「は? え? は?」

「『こ』み『な』『め』いちん」

「いや分りづらっ」




 クラスメイトに勝手につけたあだ名を急に言われても分かるわけもなかった。


 マイタケならまだしもナメコはちょっと無理矢理過ぎないだろうか……?




◆◆◆鰐男◆◆◆




「トレンチコートにテンガロンハットでいつも物陰に隠れているんだって」

「えなに。込名さん何してんの」

「いや鰐男」

「話が急に来るね」




 込名の話をしているかと思った武城は、普段大人しい彼女が急にコスプレを始めたのかと思い困惑した。


 玄河は当たり前のように鰐男の話に戻っていた。


 遅れて武城は、脳内に想像したトレンチコートの込名を男性の姿と入れ替える。


 トレンチコートにテンガロンハット。ついでにアンパンと牛乳を手に持たせてみた。




「それ刑事の張り込みじゃね?」

「思うじゃん? 顔がマジ鰐」

「マジ鰐? 被り物じゃなくて」

「マジ鰐。鱗あるし口も耳まで裂けてるし顔黒いし」




 イメージの修正。テンガロンハットを被るワニ。アニメか何かだろうか。


 アンパンも牛乳も持たせたまま、玄河が言うとおりに想像を補強する。


 顔に緑色の鱗が生え、口はビヨンと伸びて耳元まで避ける。そして顔が黒。……黒?




「緑じゃなくて?」

「マイタケワニ見たことない?」

「ないわけないじゃん」




 ワニを見ずに人生を送る方が難しいだろう。テレビに雑誌、小学校の遠足で動物園に行くこともあった。


 当然、武城もワニを見たことがないわけがない。




「ワニ緑じゃなくね?」

「え、マ?」




 真顔で指摘され、即座に携帯でワニを検索した。


 そこに緑のワニはいなかった。水の反射や植物を背景にしたワニはいる。


 薄っすら緑のように見えなくもないワニも、いないこともなかったが、どちらかというと灰色と言った方が近い色をしている。




「マジだ」

「あっても灰色じゃん?」

「先入観こわっ」




 ワニと言えば緑。ワニのキャラクターは大概緑だ。だというのに本物のワニは鮮やかな原色緑の姿をしていない。


 確かにこれまで見たことがある。実物を何回も見ている。それなのに『ワニは緑』と思い込んでいた自分の先入観に戦慄した。




「んで鰐男って結構優しいらしくて」

「バチバチ不審者なのにね」

「それな」

「通報されそうじゃん」




 物陰に隠れてトレンチコートでテンガロンハット。


 たとえ顔がワニでなかったとしても、不審者以外の何物でもない。


 見かけたら間違いなく通報案件である。




「変なやつ見たら警察呼べってセンセーたちも言ってるもんね」

「昨日も不審者出たらしいし?」




 スカート短めの派手な女子高生が多い学校ゆえ、その姿に興味をそそられた変態が近くをうろつくことがある。


 毎年のように出る不審者情報に、学校も生徒たちへの教育を徹底する。


 学校へ連絡するだけではなく、しっかり警察へ通報しよう。


 彼女たちの防犯意識は高い。実際に通報が起きてパトカーが駆けつけることも多い。


 何もなくとも警官がパトロールすることもよくある。


 先日も同様のことがあったが、それも日常の光景だ。




「あそれ」




 玄河が反応した。




「それ鰐男」

「あれ鰐男」




 ここでまさかの鰐男。変な不審者も居たものだ。


 武城はワニのマスクをかぶった不審者を想像していた。「うん、これは不審者」と一人勝手に頷く。




「トレンチコートにテンガロンハットで物陰に隠れて息荒くしてたんだって」

「通報じゃん」

「ナメコっちが通報したんだって」

「込名さん大変すぎじゃね?」




 あまりに引き当てることが多い。先日の飛び降り未遂といい、踏切への飛び込み未遂といい、込名には不幸が舞い込みすぎる。


 そう。踏切の時も彼女である。武城もまだクラスメイトをみんな把握していない時期。


 その上、込名はいつも大人しく、影を潜めている。


 彼女が踏切の時の生徒だと気づいたのは、図書室で彼女を助けたときだ。


 踏切の飛び込みと図書室の飛び降り。


 普通の人から見れば『それら』は本人の意思のように見えるだろう。


 学校でいじめられているのか、はたまた家庭に問題があるのか、それとも鬱にかかってしまったのか。


 そう考えるのが『普通』である。


 けれども武城は、それらが込名の意思によらぬものだと知っている。


 白い靄。踏切の時も、図書室の時も、彼女を纏っていたのは白い靄。玄河と同じ白い靄。


 もしかすると彼女も何かに取り憑かれているのかもしれない。




「ケーサツとセンセー呼んだけど、完全逃げ切りみたいな?」

「ワニの癖に」




 ヘビと違ってワニは身体も大きく、逃げ足が速いようにも思えない。


 逃げ出したワニを捕まえるのは容易なように思えるが、それは本物のワニの話。




「マンホールに逃げ込んだって」

「ワニじゃん」




 どこがだと、つっこむ人はここに居ない。


 下水道にワニが潜むという都市伝説があるが、ワニが下水道を好んでいるわけでもない。




「で結局見つからなかったって」

「完全逃げ切りじゃん。えじゃあまだいるの?」

「今朝学校の近くで見たって」

「えめっちゃ近いのなにそれ」




 ワニが近くに出たら大騒ぎになるはず。鰐男であればどうだろうか。それもやはり大騒ぎだろう。


 鰐男でなかったとしても不審者であることに違いない。マンホールに逃げ込むような男だ。先生も警察も血眼になって探しているはず。


 それが今朝も出てきたとなれば、騒ぎになるはずだ。だというのに、武城が迎えた朝は静かだった。




「ナメコっちも驚いて逃げようとしたら転んで? 膝擦りむいた上に足捻ったって」

「あ、だから包帯してたわけ」




 三度も関われば、いくら興味がなかったとしても、多少の変化に気づくようになる。


 足を引きずるような仕種が無いにしろ、彼女は膝に軽く包帯を巻いていた。


 スカートが長いため目立たず、本人も大して気にしていない様子だったため、武城も特に話題にしなかった。




「ナメコっちも踏んだり蹴ったりじゃん?」

「鰐男にも会うし?」

「あ鰐男は助けてくれたって?」

「え?」




 ポンと手を鳴らし、あっけらかんと玄河は言った。




「転んだナメコっちに手を差し伸べて?」

「え? ワニが?」




 鰐男と言われているのにどうしてもワニのイメージが抜けない武城。


 顔だけワニというよりも、二足歩行のワニが思い浮かぶ。そのワニが手を差し伸べている。短い前足だ。


 なんだか滑稽な様子に、武城は噴き出しそうになるのを堪えた。




「膝から血が出てることに気づいたらハンケチで縛ってくれて?」

「ハンケチ?」

「超紳士だったって」

「ワニなのに」

「鰐男は伊達男だったってことじゃね?」

「見た目で判断しちゃダメじゃんね、うちら」

「それな」




 本来であれば不気味な話だというのに、どうしてもコミカルなイメージが抜けずにいる。


 これが人間であれば随分と怪しい行動なのだが、纏わりついたイメージが、ゆるふわアニメのようにワニを作り上げる。


 声に出さずに口の中でクツクツ笑いながら腹を押える武城。


 ひとしきり腹の底で笑うと、瞼を擦りながら息を吐く。




「でも不審者は不審者じゃね?」

「マイタケ容赦なくね?」

「手加減しちゃダメじゃね」

「穏便にすまさね?」

「不審な行動してたらダメじゃね」




 イメージのせいで柔らかくなってしまっているが、不審者は不審者である。


 厳格な対応をすることが大事だと、武城は背筋を正した。




「まじ良い奴なんだって」

「良い奴とか関係なくね?」

「ナメコっち助けてくれた時も『身体 大事 キカクガイ ダメ』って身体気遣ってくれたんだって」

「えなに」




 体温が急に下がる。


 笑い続けて上がっていた体温が、一気に引いていく。


 サアと血の気が無くなり、自分でも自分の顔が蒼褪める感覚が分かった。


 先ほどまでイメージしていた可愛らしいワニの姿が、一気に重みを持つ。


 ワニはワニ。鱗の生えた顔。耳まで避けた口。瞳孔は縦に割れ、ギョロリと獲物を見定める。


 人の形を持った怪物。彼の行動は優しさからではない。


 キカクガイ。キカクガイ。規格外。


 玄河が食べていたキュウリを思い出す。


 人間の身体に傷がついたら規格外?


 鰐男は人間をどうしようとしていたのだろうか。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。