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JKホラー  作者: 牧屋へいり


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【裏】8.自由





 放課後の図書室。図書室にある本は様々な種類がある。


 小説や学術本だけでなくカメラや絵などの解説本、写真集や絵画集、漫画だって置いてある。


 部屋の一区画だけ人口密度が高いが、そこは漫画エリアである。


 高校生。難しい本よりも漫画の方が好き。


 簡単に言えばとっつきやすいのだ。文字だけの情報よりも絵がある方が分かりやすい。


 分かりやすい方が読みやすく、読みやすい方が理解しやすい。


 だから漫画は読まれる。


 そうして自然と図書室に来る回数が増えていく。少しでも人が増え、少しでも足を運ぶようになれば、それだけ新しい興味を作りやすい。


 十人に一人で構わない。百回に一回でも構わない。


 漫画を目的としてやってきた生徒が、別の本を手に取る。その瞬間を生み出すのが図書室の仕事ではないだろうか。


 中には図書室が静かだからといって勉強をしに来る生徒もいる。それだって同じだ。彼ら彼女たちは、いつか本を手に取るようになる。




「あ」

「あじゃない」

「ちょ、マイタケしぃー。ここ図書室じゃん?」




 静かな部屋に響いた声。


 顔を向けるとそこにはギャルが二人座っている。


 一人は金髪に毛先を桃色に染めた褐色の女子。胸がデカい。


 もう一人は黒髪で一見大人しそうに見えるが、無数のピアス穴と二つに分かれた舌がチラリと見えた。


 彼女たちはクラスメイト。先日弁当の底をガリガリしていたら声をかけて来たくらいで、特に接点はない。


 二人は最初に声を上げて以降はコソコソと小さい声で話しており、なにを話しているか聞き取れなかった。


 だからといって何もない。彼女たちの話を盗み聞きしたいわけでもないし、特別友達になりたいわけでもない。


 自分にとって、一番大事なのは自分の時間だ。こうやって図書室で静かに本を読んでいることが、一番好きなことだ。


 それ以上の時間は必要ない。




「これ返却しまーす」

「あ、は、はい」




 不意に生徒の一人が本を返しに来る。全く気付かなかったものだから、吃音を発してしまい、恥ずかしさで顔が燃えそうだった。


 本を受け取り、汚れや傷を確認。時間も時間なので返却ボックスに溜まっている本を片付けに行く。


 広い部屋ではないが、本が傷まないよう、日の光が直接入らない作りになっている。


 奥に行けばそれだけ暗く、時々カップルがいちゃついたりしている。困ったものだ。ここは図書室なのだから本を読んでいて欲しい。


 ソッと棚の陰を覗き込む。幸い今日は誰もいない。


 静かな場所の落ち着いた空間。一人のんびりと本の整頓作業を始める。


 高いところに片付けるときは、足台を使い、ウンと身体を伸ばして棚にしまう。


 正直少し危ないが、誰かに手伝ってもらうくらいなら一人でやっていた方が良い。




「大丈夫?」




 突然真下から声が聞こえた。


 急に呼びかけられたせいで心臓が引っくり返りそうになるくらい驚いてしまう。


 体勢が崩れ、足が引っ掛かり、身体がそのまま床に向けて倒れていく。


 人間は立っているだけで1.5メートルの高さがあるから、50センチの台に登って倒れれば、2メートル上から落ちるようなものだ。


 そんなことを思い出す。


 2メートルの高さから頭から落ちる。どうしてかスイカを落とす映像が思い浮かぶ。


 落下して、割れて、飛び散る果肉――スイカを果肉と呼んで良いものだろうか。


 けれど、頭が割れたような感覚はない。それどころか、全身どこにも痛みを感じなかった。


 即死だったのかな。そんなことないか。当たり前のように私は立っている。


 転んだはずなのに、倒れたはずなのに、まるでその事実が無くなったように、私は足台から降りたところに立っている。




「な……に……?」




 周りを見るが誰もいない。見ていた人は一人もいない。


 自分だけしか知らないはずなのに、自分さえも知らない。少し奇妙な不思議な体験。


 そもそも、あの声だって本当に聞こえたのかすら怪しい。


 きっと気のせいだろう。考えても仕方ない。考えることは馬鹿のすることだ。


 頭を悩ませたところで何になる。自由に生きることが人間の使命ではないだろうか。


 こんな息苦しい場所で静かに過ごすなんて、監獄に囚われているに等しいだろう。


 そうだ、脱出しなければならない。解放だ。人間は自由にならなければならない。


 図書委員を辞めてしまう。


 与えられた役職に拘る必要なんてないのだから。


 学校だって辞めてしまおう。


 周囲が進学したからといって同じように生きる必要はない。


 家族からも離れよう。


 産まれただけでどうして親に支配されなければいけないのだろうか。


 自由だ。自由だ。自由こそが大切だ。


 そうだ直ぐに行動するんだ。


 ああ、そう思ったらなんて煩わしい。顔にくっついた眼鏡が邪魔だ。こんなもの必要ない。


 どうして身体を締め付ける服を着なければならない。全て脱ぎ捨ててしまえ。


 自由を求めれば求めるほど不自由が目に付く。


 社会、規範、役割、繋がり、マナー、倫理、なにもかもが自由を縛る。


 精神だけだ。魂だけだ。自由であるのはそれだけだ。


 身体さえも、肉体さえも縛られている。人間の身体は限界がある。限界があれば不自由だ。


 身体から魂を解放しなければ。私は自由になるんだ。




「ちょなにしてんのっ!!」




 耳元に響く甲高い声。誰かが叫ぶ声がする。




「マジでやめなって! なんなの! なにがあったの!」




 私の身体を掴んで引っ張る細い腕。


 誰かが私を止めている。


 衣服も脱ぎ捨て、今から肉体を捨てようとしている私を邪魔するのは誰だろう。


 細い腕なのに強い力。下半身が支えているんだ。あの太い脚は単なる脂肪だと思ってたけど違うみたい。


 あれは筋肉だ。隆々に盛り上がる筋肉が、私が窓から飛び降りるのを止めている。


 私の方が力が弱い。私の方が体力がない。サッシを掴んでいた腕が限界を迎えた。


 手が滑る。そのまま後ろに引っ張られる。


 私の体重が全部乗って、黒髪の彼女の身体に乗る。




「……邪魔……しないで」

「邪魔するに決まってるじゃん」

「私は自由になるの」

「飛んだって自由にはならないよ」




 ボソボソ小さな声で会話する。相手を見てもよく見えない。


 ぼんやりとした視界。そうだ、眼鏡が無ければ何も見えない。




「囚われたまま飛んでも、自由にはならないよ。込名さん」

「囚われている?」




 黒髪の彼女が少しだけ手を上げる。多分指をさしたんだと思う。


 彼女が指した方を見ると、そこには白い靄が浮いていた。


 なんだろうか。靄だというのにハッキリ見える。ぼやけた視界と異なる焦点。


 あれを見ているのは私の目じゃない。目じゃない何かで私は見ている。


 白い靄は霧散する。私の意識もそこで途絶え――





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