【裏】6.憑き物落し
柳弥勒という人間の第一印象は『胡散臭い』だった。
けれどその日のうちに彼女の力を目の当たりにして、本物だと確信した。
本職は占い師だと言っているが、就いている定職は産業カウンセラーだ。
きっちり大学院を卒業し、臨床心理士の資格まで有している。
柳弥勒は仕事用の名前であり、本名は御手洗京子というらしい。
エリの写真を見せると、彼女がヤバいモノに憑かれていることを一発で見抜き、一刻も早く対処する必要があると言ってくれた。
力を持つ者はそれを世界のために使わなければいけない、と彼女は言っていた。
なにやらアメコミ映画を見て随分と共感を得たそうで、それ以来人助けのためにバンバン力を使っているそうだ。
実家が高名な寺院らしいが、具体的なことは教えてもらっていない。
本来、外で『そういう力』を使ってはいけないらしく、実家とはそれが原因でほぼ絶縁状態になっているとかなんとか。
「マイタケぇ、帰るんじゃないのぉー」
「ちょっとくらい散歩しようよ」
「珍しぃ」
「は? なにが?」
「えだって? マイタケって怖がりじゃん?」
「なことなくね?」
「は?」
「は?」
日が沈み、都会の光に照らされた空に小さく星が現れる。
私はエリを連れて約束の場所に向かっていた。
そこで柳弥勒が準備をして待っているはずだ。
「なんか懐かしくね?」
「なにが?」
「えだって? マイタケ近頃真っ直ぐしか帰んないじゃん? バイトあるとか、勉強だとか?」
「高校生忙しいじゃん」
「それな。だからバチ嬉しい」
エリはそう言って私の腕に抱き着いた。
背丈は彼女の方が高く、私にもたれかかるようにくっついて来る。
彼女の柔らかい二つの肉が腕を挟む。
「重いて」
「あたし痩せた方じゃね」
「いや知らねえし。成長期じゃね」
「身長全然伸びてないんですけど?」
身長は伸びてないと言うが、中学と比べ明らかに胸部の成長があるわけだが、エリは特に意識をしていないようだ。
くっついてちょっかいをかけてくるエリ。彼女の対応をしながら、私たちは階段を上がる。
石造りの長い階段。街灯が殆どないため、足を踏み外さないよう気を張らなければならない。
「いい加減危ないから離れろし」
「ちぇー。マイタケ冷たーい」
「結構急なんだからね、ここ」
エリは渋々私から離れ、少し後ろに下がった。
彼女が居なければ始まらないため、時折振り返ってエリがついて来ているか確認をする。
チラリと視界に入る夜景。
山というには小さい、丘というには急斜面、それでも少し上っただけで街は視線より下にくる。
夜に灯る街明かり。
都会の空は明るくて、星は見えなくなっていると言うが、そうではない。
星は地上に舞い降りた。
金色に輝く星もあれば仄かに灯る赤い明り、青く弱い光もあれば、強く瞬く光もある。
連なり動くのは車のライト。街は星の海に満たされている。
「エリ、見て、すごい綺麗」
「え? なんて?」
「お前何してんの」
その魅惑の光景を共有したくて、エリに声をかけるも、彼女は別の景色に夢中になっていた。
階段で背を丸め、腰を低くし前傾体勢。
彼女は私のパンツを見ていた。
蹴り飛ばしたかったが、そんなことをすれば冗談で済まない。
せっかくの感動も、彼女の下世話な行動で全て冷えてしまった。
見下す視線に圧を込め、エリの下品な笑顔を軽蔑する。
私の表情を見て、エリは笑った。なにが楽しいのだろうか。どうしてそんなに嬉しそうな顔をするのか。親友と言えど引く。ドン引きだ。
「ドン引きなんですけど」
「お姉さん中々キワどいモノ穿いてますね」
「キッショ。てかこんな暗くて見えなくね」
「見えませーん。え、てかマジでキワどいの穿いてる感じ?」
「キッッッショッッッ!!!」
腹が立ったので私は階段を駆け上がった。
スカートが捲れるのも気にせず階段を走る。
どうせもうすぐ到着なのだ。見えて来た頂上。古びた鳥居。ここも神社である。
鳥居をくぐり抜け、境内に飛び込んだ。待ち合わせ場所はここだ。
周囲を見回し柳弥勒の姿を探す。
準備は終わっているようで、真新しい注連縄で辺りを囲っている。きっと結界か何かだろう。
「マイタケぇー、急に走るとか若者じゃん」
「うっさ、私ら若者じゃん。なにか悪い?」
「あたしはもうババアだよ。中学みたいにピッチピチじゃないんだよ」
「それ私にも喧嘩売ってることになるじゃん?」
「安いよ安いよお得だよ」
へとへとになりながら鳥居をくぐるエリ。
約束通り彼女を連れて来たのだが、柳弥勒は一向に姿を現さない。
物々しい雰囲気の神社の中で、賽銭箱の横に腰掛けるエリ。
肩で息をしながら頬を赤らめ、大きく吐息を吐く。
――ろぶつるぼす
何か声が聞こえた。音のする方を振り返っても誰もいない。
「エリ、何か喋った?」
「えなに? なんて?」
「なんでもない」
「てか、ここに何用? 逢引き?」
「一人でハンバーグになってれば?」
「その合い挽きじゃなくね? てかツッコミはマイタケの仕事じゃね?」
ツッコミに仕事も何もあったものではない。
しかし、どうやら彼女にも何も聞こえなかったようだ。
既に辺りは暗くなり、鳥居の傍に灯る明かりだけが頼りだ。
注連縄の外は木々が生い茂り、誰かが隠れていてもわからないだろう。
なるほど、逢引きするにはちょうどいいかもしれないが、外だと虫がいるだろう。私は絶対に嫌だな。
そう思いながら林の奥を見ていると、ボウッと白い光が灯る。
いや、光ったように見えるが、それそのものが光っているわけではない。
神社に灯された小さな明かりが反射し、その白い顔を浮かび上がらせただけだ。
そう。林の奥に人の顔が浮かんでいた。
重力の概念を失ったかのように、上下逆さまの人の顔。
私は息を呑んだ。
「――ろぶ・つる・ぼす」
先ほどの声はソレが発していた音だった。
なぜこのタイミングでこんなことが。柳弥勒は何をしているのか。
早くエリを連れて逃げなければと思い、彼女の元へ走ろうとした。
けれど、エリの姿がどこにも見えなかった。
一瞬気を取られただけなのに、この刹那の間にどこに消えたのか。
心臓の音がバクバクと打ち鳴らされ、背筋に寒気が走る。
「――ろぶ・つる・ぼす」
その声は耳元で聞こえた。
「――ろぶ・つる・ぼす」
視線を横に向けると、真っ白に蒼褪めた顔が、私の真横にあった。
「ヒャアアア!」
逃げようとするも足がもつれて尻餅をつく。
姿を見せたのは人間。だが、向きが逆である。
背中をこちらに向け、仰け反り、上半身だけブリッジをするかのような姿勢。
バランスを崩さないよう、手を広げ、足を蟹股にして立つ姿は、正気とは思えない。
何より私に恐怖を与えたのは、その人物の正体。
「弥勒……さん?」
その不気味な人物の正体が柳弥勒だったのだ。
「ぼす、ぼす、ぼす」
「やめて! ふざけないで! なに、なんなの!」
「ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、ぼす」
ニタリと笑いながら破裂するような音を繰り返し唱える姿に、こちらまで正気を失いそうになる。
「うわ、なにこの人めっちゃ怖いんですけど」
「エリ!?」
まるで日常の延長線のように、エリが普通に柳弥勒の横に立っていた。
「エリ、逃げて!」
「え?」
私の声が届くか否か。柳弥勒はエリの身体を掴み、首筋に噛みついた。
私の悲鳴が街にコダマする。
柳弥勒は倒れ、エリはボンヤリ空を見る。
「エリ? ……エリ!」
「れた」
「なに?」
「ハイレタハイレタ」
ガタガタと、下手な人形芝居のようにぎこちなく身体を動かすエリ。
彼女もさっきまでの柳弥勒のように身体を仰け反――
「ハイレタハイレ――【入れるわけなかろう】」
次の瞬間、エリの動きはピタリと止まり、グネリと身体を捩じると、白い靄が噴き出した。
その靄にはじき出されるように黒い何かが吹き飛び、霧散する。
気づけば、エリは大きな欠伸をしていた。
「エリ……?」
「ってか、救急車じゃね?」
エリは倒れている柳弥勒を指さして携帯を取り出した。
私は何を期待していたのだろうか。私は何に怯えていたのだろうか。
安心も不安もない。畏れだけを残して、私は立ち尽くす。




