第98話 変装令嬢と48時間のカウントダウン①――理を穿つ七色の弾丸
第8魔法騎士団長アルバトス・ナードリアは、魔法銃から四本の弾丸を取り出した。
それは禍々しくも美しい七色に光る石。
「これが『魔力石』……」
少年に扮するエレナの声は震えていた。
ようやくお目にかかれた『魔力石』。
人を惹きつける一方、とても不吉なものを感じる。
「これは『魔力石』を核とした複合弾ですよね。
あなたの言う通り、今は試作品。
これが完成したら恐ろしい武器になるでしょう」
アルバトスの言葉に、エレナは息を呑んだ。
通常、魔法銃は射手の魔力を変換して撃ち出すものだ。
ゆえに魔力なき者に扱えず、また出力も個人の魔力資質に依存する。
だが、この弾丸は違う。
弾丸そのものが強力な魔力を内包し、物理的な破壊力を伴って飛んでくる。
これがあれば、魔力のない下層民でも、魔法騎士を容易に射殺できるだろう。
――この世界の秩序を内側から食い破る、あまりに歪で暴力的な『発明』だ。
「なるほどねぇ。
これが魔法の高位の防御結界をも強引にぶち壊すかもしれない代物か」
クロフォードも覗き込んで、しげしげと眺める。
ポケットに忍んでいた小次郎もひょこっと顔を出した。
「といっても、これらの純度は極めて低い。
魔力石の欠片で、手作りでなんとか加工して作っているようですね。
一つ一つの弾丸の強度も性質も全然違います」
アルバトスは、エレナに弾丸ひとつを手渡す。
脈動する石の七色が不気味すぎてそちらに目が吸い寄せられる。
「おそらく純度の高い魔力石なら、一つで一万発以上生成できるでしょう。
つまり、資源さえ確保すれば、いくらでも兵器化できるのが『魔力石』というもの」
「一つの魔力石から一万発以上……。
それは凄まじい量だな」
「ええ。魔力石そのものが魔力を蓄えているから、魔力を持たない者でも発砲可能です。
資源さえ確保すれば、いくらでも兵器化できる。
……それが『魔力石』というもののようですね」
「そりゃあ、あんなガキでも魔法銃の改造版とその弾があれば、他者を簡単に傷つけられる武器になるわけだ」
クロフォードは眉間にしわを寄せた。
「痕跡を残さない武器、捜査も困難になります。
これはひょっとすると、どこかに製造工場を造り始めている可能性があります」
「だろうね。
今は手作りかもしれないけど、そのうちこれを量産方式で作ろうとする輩は当然出てくるぜ。
軍需産業を手掛けている錬金術師とか要注意かもしれないな。
今のうちに目を光らせておいた方がいい」
クロフォードが神妙な声を出した。
「錬金術師……そうですね。
彼らの中には、過激思想の者も混じっていますからね」
声音こそ穏やかだが、アルバトスの表情は険しい。
「ああ。
これは軍部上層部に早急に連絡しないといけない案件だ」
アルバトスは、ハッとした表情になる。
「……ひょっとしたら、ルシアン様はこれをすでに予測していたかもしれません」
「クレインバール卿が?」
「ええ。実は我々にルシアン様がこうおっしゃいました。
『第8騎士団は、テロ後、状況が完全に落ち着くまでこの街周辺で待機。
しばらくここ一帯地域の治安を見守るように。
そして、不穏な動きがあれば軍部に連絡すること』と」
アルバトスはクロフォードとエレナの顔を見た。
「お二人がここに出張に来た、この事実は、国全体がこの地域に注視しているというのと同じです。
王宮魔術師の中でも特化したクロフォード・ノーエランド卿、魔法研究の特別補佐官のエレナ・ヴァービナス女官。
しかも、マインラート・ソシュール伯爵とピーテル・リックランス公爵の采配です。
裏に何かあると思いましたが、ここまで闇が深いとはね……」
アルバトスは言葉を切った。腕を組んで背もたれに寄り掛かると、はあ、とため息をついた。
「[夜鴉盟約]の暗躍もさながら、先日の黒の杖のテロ、この街はいろいろ裏がありそうです。
先程お伺いした闇オークションについてもそうです。
領主が判を押したような善人である一方、人を信じすぎるきらいがある。
それはとてつもなく危うい」
「ああ、確かに……同感だ」
後頭部を掻きむしるようにして、クロフォードはため息をつく。
「伯父貴は間違いなく善人だ。
そこにつけ込む輩がいて、いいように使われたに過ぎない。
この際だからそれを一掃したい。おそらくそれが目的で、マインラート様たちが俺とエレナをここに送ったんだろうけど」
クロフォードの声は冷ややかだ。
「へえ、トマくん。
実は女官だったんだね」
ジーンが面白がるような目つきでエレナをマジマジと見た。
「えっと、はい」
エレナはなんとなく居た堪れない気分になって視線を落とした。
「騙してごめんなさい」
「ふふ、素直ですね。
まあ、スラム街潜入するのに女の子の姿では、さすがに心許ない。
その姿、正解です」
思ったよりもジーンは気を悪くしていないようで、むしろ楽しそうに笑った。
「じゃあ、その弾丸、『魔力石』。
彼女にひとつあげたらどうですか?」
ジーンがアルバトスに提案した。
アルバトスはきょとんとした。
「あの……もらえるなら、欲しいです」
おずおずしながらエレナは声を出す。
「ほら、みなさん、お忘れかもしれませんが、わたしのここに来た目的は、魔法省から魔力石の分析をしてくるように、とのことです。
その、肝心の純度の高い魔力石は奪われてしまいましたが、とりあえず欠片があれば分析は進められるんです……。
そうすれば、少しはこの武器に関する情報が得られるかもしれません」
「あっ、……そうでしたね」
アルバトスがふっと笑った。
クロフォードもコンラートも、その瞬間、肩の力を抜いて、笑みが零れた。
「つい、その少年姿が板につくほど馴染んでおられたので、うっかりしてました。
では、これを」
アルバトスは残り二つをエレナに手渡した。
「軍部上層部に送るサンプルとここにひとつ残したいので、すみません、二つしかさしあげられませんが……」
「いいえ、充分です。ありがとうございます」
エレナは両手で受け取ると、じっと魔力石の入った弾丸を見入った。
反射した弾の色彩は、神秘的な美しさがあり、その一方で不気味な影を刻み込んでいる。
けれど、なんとなくそれぞれ魔力の気配が違う。
ゆらゆら揺らめく赤色の強い右手の弾の方は、徐々に強くなっているような――。
まるで鼓動を打つように、その光を増している気がした。
「そうそう。まだ皆さんにお伝えしていない事実があります」
アルバトスがふと思い出したように言い、みんなの顔を一人ひとり見回した。
その瞳は暗く、奥底の眼光が鋭く光る。
エレナは、なんとなく背筋が寒くなった気がした。
「最近この街で女性行方不明事件が多発しているのはご存知でしょうか?」
「ああ、街の人やジーンから聞いている」
クロフォードが答えた。
「あれは全部[夜鴉盟約]の仕業だと判明しました。
ここら辺の人攫いと人買いは全部彼らと繋がっています」
全員がぎょっとしたように表情が固まる。
張り詰めたような緊張感が部屋に漂う。
「誘拐の目的は、魔力石を生成するためですか?」
エレナが尋ねた。
「はい、そう思います。
彼らにとって、あれが今最もカネになるビジネスです。
血を抜くだけ抜いて、最後は人買いに売りつける。
器量良しであれば、いくらでも高値で売れます」
穏やかな声音だが、アルバトスの目は険しい。
「出向する船はすべてチェックするよう指示してあります。
今回のフレデリカ嬢の誘拐の件に関しても、海に出られたら、それこそ手の打ちようがない。
もちろん、この領地から出る検問も厳しくしてます」
「では、フレデリカ様が領地外に出されることはないと?」
コンラートは射抜くようにアルバトスを見た。
「ないと、信じております」
「なんと曖昧な……」
呆れたような批難めいた声がコンラートから漏れた。
「仕方ありませんよ」
ジーンが皮肉めいて口を挟んだ。
「だって、ここはすぐ船を出せる街ですよ。
今まで人を攫ってしまって船に乗せれば、売りたい放題だったんです。
取り締まる自衛警察団がいままでずっとそれを黙認してましたし、こういった役人の目をかいくぐるのは彼らのお家芸ですからね」
ジーンの口調は、まるで自衛警察団を野放しにしていた貴族全体を非難するように冷たかった。
コンラートが唇を噛みしめる。
「一応」
やんわりとした声音でアルバトスが声を出す。
「ここリオナーレ自衛警察団の立て直しは、我々魔法騎士団と領主サンティエ伯爵の方ですることになりました。近々、腐敗部分は切り捨てられるでしょう」
アルバトスが威圧感のある笑みを浮かべ、ジーンの顔を覗き込む。
ジーンは、一瞬ぎくりとするような顔つきになった。
これ以上、そのことで不安を煽るなと仄めかしているようだった。
「どうやら、ジャン・モルヴァン元団長らを尋問すると、[夜鴉盟約]は脱出ルートをいくつか確保していると供述しました。
ただ、そこがどこなのか、彼らでも知らなかった。なので、そこを押さえない限りはフレデリカ嬢が領地外から出ることはない、と断言はできません」
「承知いたしました。我々、サンティエ伯爵家従者一同、皆様にご協力いたします。道案内役など必要な際はお申し付けください。伯爵には私から申し上げます」
コンラートが硬い表情で胸に手を当て、頭を下げた。
「ありがとうございます。ちなみに、ジーンは、何かご存知ですか?」
アルバトスが改まってジーンに尋ねた。
「えっ?」
「脱出ルートですよ。何か街で噂とか聞いたことありませんか?」
真剣な表情でジーンが口元に手を当て、考え込んだ。
しばらくして、ぽつぽつと話し出す。
「ちらっと小耳に挟んだ情報は、どこかに通じる地下通路がある。それは宝の山と繋げっているけれど、宝の山には常に番人がいて、そこから宝を持ち帰った者はいない。
という逸話的なものはあります」
「そうですか。
地下か。
まずは、その可能性を潰しますか」
アルバトスはコンラートに向き合う。
「早速ですが、コンラート。
地元の測量技師をご紹介いただけませんか?
地下を掘り進めるにも地層をまったく理解していないのは無謀というもの。
慎重なボスであれば、なおさら。
もし真実なら必ず掘りやすい場所から掘っているはずです」
「承知しました」
「残る懸念点――。それは、先程報告いただいた闇オークションですね。
ざっと調べると、現在他国の商人や貴族がこの街に数多く滞在していることが分かりました。
なかなかいわく付きの方々が多いので、十中八九、彼らの目的のほとんどがオークションだと思われます。
ただ、他国の貴族や商人の荷物に紛れ込まれてしまった場合、治外法権が適用される他国の貴族に関しては、捜索がかなり難航します」
「誘拐は、最初の四十八時間が最も危険っていうからな。
身代金目的なら比較的長く生存する可能性が高いけど、三日後の闇オークションにも絡んでくることを考慮すると、やはり四十八時間以内が上限だ」
クロフォードが体を前のめりにして指を組んで、低い声で言った。
アルバトスもコンラートも、みんな深く無言で頷く。
エレナはちらっとクロフォードを見た。
クロフォードの贈ったアクセサリーも役に立たないかもしれない。
他国から大勢の胡乱な貴族や商人が来ているし、どこかに売られるかもしれない。
クロフォードも危機感を感じているのだろう。
さっきまであんなに余裕があったのに、もはやそれどころじゃなさそうだ。
それもそうだ。
現状どうであれ、フレデリカとは幼少期共に、この地で過ごした仲なのだから。
エレナの胸騒ぎはいよいよ強くなった。
足元がぐらりと揺らぐような衝撃を感じる。
「では、お話がまとまったところで」
場違いに淡々とする声で、カシアが一歩前に出た。
「差し出がましいかもしれませんが、その改造魔法銃と弾丸、わたくしが王都まで運びましょうか?」
「え? いいんですか? あ……でも、梟便の方が早い気もしますが……」
アルバトスがどうしようかと悩みながら、後頭部を撫でた。
「もちろん運ぶと申しましても、マインラート様へお渡し、それから軍部上層部へ提出という手順になりますが、梟便よりもわたくしは飛行魔法を使えます」
「ほう、それは頼もしい。
こう事件が立て続けだと、我々はここから動けませんからね」
アルバトスの目が輝いた。
「えっ、カシアさん、もう行っちゃうんですか?」
途端に、名残惜しそうな声をジーンが出した。
「はい。わたくしの主人はマインラート・ソシュール様のみですから」
はっきりと無慈悲に告げるカシアの声に、ジーンはショックを受ける。
ジーンの悲壮に歪んでいく表情を尻目に、カシアはテキパキと話し出す。
「善は急げと申します。
アルバトス様、早々にクレインバール卿ならびに、王城報告用に書面をご記入ください。
クロフォード様とエレナ様にはマインラート様より、資料を預かっております。
お受け取りくださいませ」
カシアはスカートのポケットから、とんでもない量のファイルをどんどん取り出して、クロフォードにどかん、エレナにもどかん、と次々に手渡した。
どこにどうやったらこれだけの量の資料を詰め込めるのか、というぐらい大量に手渡される資料に、一同が目を丸くする。
小次郎もここぞとばかりにエレナのポケットから顔を出して、カシアのポケットから出て来る資料の数々に目をぱちくりさせている。
『すげぇ、異次元に繋がっているみたいなポケットだな』
「そうです、このポケットはわたくしだけの固有異空間でございます」
カシアが胸に手を当て、小次郎に勝ち誇るように言った。
どうやら、カシアは小次郎の言葉が聞こえるようだ。
エレナもカシアを尊敬の眼差しで見つめる。
さすが、使い魔。異空間を操る特別な力もあるなんて。
人間が異空間を操るには、まだまだ研究が足りない。
それをいとも簡単にやりのけてしまうなんて。
羨ましい。
そんなエレナからの憧憬と賞賛、尊敬の眼差しに、カシアが誇らしげに笑ったような気がした。
「マジか、これを読めって?」
クロフォードは、ファイルの量に唖然とし、重々しいため息をつく。
「当然です。
マインラート様が集めた的確かつ、正確、最新資料です」
胸を張ってカシアはきっぱり言い捨てた。
『すげぇなぁ、カシアの主様愛が溢れているぞ』
小次郎は、感心した。
「わかったよ……」
クロフォードは資料をテーブルにどんっと音を立てて置く。
「ナードリア卿。
すでに魔法騎士団とまともな自衛警察団がフレデリカ誘拐について動いているから、俺とエレナはマインラート様のもらった情報を整理するよ。
なにかヒントがあるかもしれないし、伯父貴からミラの情報が届くかもしれない」
クロフォードがエレナと小次郎を見るので、エレナと小次郎は大きく頷いた。
「承知しました。
では、私はすぐさま軍部上層部用に報告を書きます。
副団長には、カシア殿が連れてきた男たちの言う『調整所』へすぐさま向かってもらいます」
アルバトスは、コンラートに視線を投げた。
「コンラート殿は、地元の測量技師手配と、サンティエ伯爵にこの報告をお願いします。
不安に思っているでしょうが、犯人からの連絡があるかもしれませんので、屋敷で待機いただくようお伝えください」
「はい、承知いたしました」
「ジーンは、スラム街に関して、いま知っている情報をすべて教えてください。
情報共有をしましょう」
「分かりました」
それぞれが自分の役割をまっとうしようと動き始める。
テーブルの上に並べられた高級紙と稚拙な文字、そして青白く輝く弾丸の破片――。
闇ギルドの対立、魔力石を巡る暗黒の取引。
フレデリカの行方も、ミラの真実も、まだ何ひとつ明らかになってはいない。
嵐の前のような不気味な静けさが、今まさに破られようとしている、そうエレナは感じた。




