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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第2章 出張捜査編 ―死の予言と、血晶の陰謀―

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第97話 変装令嬢と潜入捜査⑨――宣戦布告の脅迫状

――フレデリカ・サンティエ伯爵令嬢が誘拐された模様。

 至急、自衛警察団の詰所までお越しください。


 不吉な第8魔法騎士団からの連絡。


 まるで冷たい刃のように空気を裂いた。

 沈黙が落ちる。


 夕刻前の街路に漂うざわめきさえ、三人と一匹の周囲だけは不気味に遠のいていくようだった。


 クロフォードとコンラートは険しい顔で歩き進む。


 コンラートは主君の一人娘が誘拐されたとあって心穏やかでないのは分かるが、クロフォードもとにかく機嫌が悪かった。


 むすっとして、さっきから一言も口をきかない。


 いつも陽気な小次郎でさえ、気を遣うようにして黙っている。

 エレナもなんとなく気まずく、ずっと黙っていた。


 重苦しい沈黙の中、三人は見知った景色に戻って来る。

 昨日の夜もやって来た自衛警察団の詰所前の大通りだ。


 自衛警察団の前にはサンティエ領主の紋章の馬車があった。

 これは、おそらくフレデリカ誘拐現場にあったものだろう。

 馬にもキャビンにも何ら問題ない。


 ただ、乗っていたはずのフレデリカと侍女、そして御者、護衛がいない。


 やってきた三人が魔法騎士団員に案内された部屋は、ちょっとした客間であり、臨時でも受けた第8騎士団団長の執務部屋だった。


 応接セットのソファに座るなり、第8騎士団団長アルバトス・ナードリアが重々しく口を開く。


「[夜鴉盟約(よがらすのめいやく)]は、フレデリカ・サンティエ伯爵令嬢の身代金を要求してきました」


 エレナとコンラートが息を呑んだ。


「……へえ。他に要求は?」


 クロフォードの声は低く、案外落ち着き払っていた。


「いいえ。いまのところ、身代金のみです」


「は? 嘘だろ?」


 驚いた声を上げたのは、クロフォードだった。


「誘拐犯は、本当に闇ギルドか?」


「ええ」


 神妙な顔つきでアルバトスが頷く。


「なぁんだ、身代金だけか……」


 クロフォードはソファの背もたれにぐっと腰を埋めるように座って安堵する。


「え? なんで、そんなほっとしているの?」


 エレナはその寛ぎ方にびっくりして、目を見開いた。


「う~ん。

 こういう闇社会の連中が誘拐を仕掛けるときは、たいてい政治的な圧力や交渉材料を抱き合わせてくるもんなんだよ。

 身代金だけなんて、逆にシンプルすぎて気持ち悪い」


 さらりとクロフォードは言う。


「俺はてっきり捕らえられた仲間の解放や、取引条件を有利にするための人質なのかと思ってたんだけど……。

 はあ、なんだぁ、阿保らしい」


 前髪を面倒臭そうにクロフォードはかきあげた。


「ですが、クロフォード殿! 

 これは由々しき事態であり……!」


「コンラート、うるさい」


 身を乗り出して抗議するコンラートに、クロフォードは冷たく放つ。

 その凄味のある表情に眼光に、コンラートは気圧されて押し黙った。


「そもそも領主の娘が、護衛を一人しかつけないで、危険とされる場所に堂々と姿を現すのが問題だ」


「まあ、そうなんですけど」


 コンラートは言い淀んだ。


「たとえば、エレナみたいに無詠唱で防御魔法を使えるならまだしも、大したレベルでもない中級程度以下の魔法使いが、ましてや自分の身も守れない令嬢、ああいうところに出向くなんて言語道断だ。

 世間知らずもいいところじゃないか」


「ですが……」


「しかもあんな大立ち回りして、馬鹿じゃねぇの? 

 わたしを狙ってください、と言っているようなもんだぜ? 

 ただでさえ、あそこの住民の大半は移民だ。

 今まで好き勝手、我が物顔してきた自衛警察団と闇ギルドを野放しにした領主にいい感情を持つわけがない。

 それはコンラートだってジーンの話し方から薄々感じていたんじゃないのか?」


「ええ、まあ」


「危険なんだよ、リッカの言動。

 あれは、まさに水に油を注ぐ行為だ」


「……そうかもしれません」


 コンラートは視線を泳がせた。


「それに……リッカの護衛の一人、殺害された奴、お前の部下だったんだろ?」


 コンラートがぎくりとし、眉間にしわを寄せる。瞼を固く閉じ、俯いた。


「ハッキリ言えば、これはリッカの警戒心のなさが原因であり、バルトロメ・サンティエ伯爵、叔父貴の責任だ。

 悪いけど、この騒ぎの根源となるリッカを俺はこれ以上擁護はできない」


 ぴしゃりとクロフォードが容赦なく言い捨てた。


 エレナは意外な面持ちでクロフォードをまじまじと見る。

 フレデリカのことが心配すぎて苛立っているのかと思っていたが、彼女の無鉄砲な言動に腹が立っていたとは、想定外だ。


 てっきり、早くフレデリカのところに助けに行きたいからイライラしているのかと思っていたけど。


「とはいえ、このまま我々も手をこまねいているわけではありません。

 すでにサンティエ伯爵も私兵を動かし捜索にあたっていますよ」


 アルバトス・ナードリアがやんわりと口を挟み、コンラートに視線を投げた。


「先日、侵入者もあった領主邸ですからね、屋敷内を魔法騎士団も配備しております。

 とりあえず、領主ご夫妻の安全は確保しております。

 フレデリカ様についても、……まともな自衛警察団含め、我が第8騎士団が中心に町中を探しております。

 誘拐されて数時間しか経っていないところから、そう遠くはいけないはずです」


「ふうん、それなら充分じゃない?」


 クロフォードは、もはや他人事のようにあっさりしていた。


「随分と落ち着いているんですね、クロフォード殿は」


 恨めしそうにコンラートがクロフォードを睨むつけた。

 声音に怒りが滲んでいた。


「ああ、身代金目的だけなら全然心配してない。

 だって、さっきスラム街に来た時、リッカは防御魔法のかかったアクセサリーを身に着けていたんだぜ」


「え? そうなの?」


「ああ。以前サンティエ邸でお世話になっているとき、俺がリッカの誕生日か何かで贈ったネックレスなんだ。

 あれを身に着けているなら、リッカに直接暴行行為はできない」


 クロフォードは得意気に笑った。


「それならよかった」


 コンラートはほっと胸をなでおろした。


 そう口にする一方で、エレナはなんとなく心の奥がもやっとした。

 ざらざらとかすれ、ひび割れるような、何とも言えない複雑な感情。


 クロフォードが、彼女と共に過ごしていたときの贈り物――。

 まだあどけないクロフォードが、親愛を込めて彼女に贈ったネックレス。


 きっとフレデリカにとって最高の贈り物。

 だから、彼女はまだ身に着けていたし、クロフォードもそのことを覚えていた。


 その絆の強さを目の前に突きつけられたようで、胸が苦しくなる。


 その一方で、エレナは違和感を覚えた。


 スラム街で人混みから覗き込んだとき、彼女からクロフォードの魔力は感じられなかった。

 クロフォードほどの魔力が込められている魔導具であるネックレスなら、あそこからの距離でも感じるはずだ。


「ねえ、クロフォード。

 そのとき、彼女は傍にいた?」


 エレナはふと思い立ったことを尋ねた。


「彼女?」


「そう、フレデリカ様のお付きの侍女。

 そのネックレスをプレゼントするとき」


「ああ、ミラか。当然いたぜ」


 その瞬間、エレナは嫌な胸騒ぎがした。


「それ、ちょっとまずいかも……」


 神妙な顔つきになるエレナに、すかさずコンラートが訝しげに眉をひそめる。


「どういうことですか?」


「わたし、サンティエ伯爵に手紙魔法を送ったの」


「なんのために?」


 クロフォードが目をぱちくりさせた。


「ミラさんの素性を洗ってもらうため」


「「は? 素性を?」」


 クロフォードとコンラートの声が重なった。


「二人は気付かなかった?」


 エレナはフレデリカがスラム街で立ち回っている最中、ミラが手信号のようなものをする仕草をしていたことを話す。

 ミラの視線の先にいた男の存在も。


 昨夜サンティエ邸でフレデリカが夜出迎えた時、フレデリカの背後に控えるミラから魔力を感じた。

 しかも、それなりに強い。


 もし彼女が魔法を使えたりしたら、一見どこも壊れていないようでも魔術式を書き換えたり、魔術式そのものを破壊している可能性だってある。



 クロフォードとコンラートは、顔を見合わせ、絶句した。


 アルバトスの表情も徐々に強張って行く。


「すぐに領主邸にいる魔法騎士団に確認させましょう」


 アルバトスは素早く立ち上がった。


「どこまでミラの素性を洗えているのか。

 場合によっては、魔法騎士団側で彼女の経歴すべてを確認します」


 そして、アルバトスは廊下に控えていた部下に指示を出し始めた。


「まさか……ミラが……」


 コンラートの声が震える。


「ありえません! それは絶対に!! 

 なにせ、ミラはフレデリカ様が幼少期から仕えていた侍女ですよ⁉」


 身を乗り出すコンラートにエレナは苦笑した。


「そうですね。ないことをわたしも祈っていますし、勘違いであることを切に願ってます」


 けれど、見てしまったものは見てしまった。

 それが見間違いならどんなにいいか。


 コンラートは納得できないとばかりに、唇を一文字に結んだ。


「だからこそ、わたしが誤りだったと証明してもらうためにも、調べて欲しいんです」


 エレナは語尾を強めて言い切った。

 だって、フレデリカ様同様、ミラも誘拐されてしまったんだから。


「……まあ一理あるな」


 クロフォードが肩をすくめた。


「クロフォード殿まで!」


「熱くなるよ、コンラート。この際、徹底的に調べておいた方が、サンティエ家としても安牌だろ? 

 一人娘の傍に、今回の誘拐の関連を問わず、経歴怪しい奴がいたらそれこそ大問題。

 調べても埃ひとつ出ないような奴じゃないと、この先不安でしかたないぜ。

 きっと叔父貴ならそう思うはずだ」


「まあ、そうかもしれませんが」


 コンラートは渋い顔で頷いた。


「いまは、可能性の話をしています」


 エレナは淡々と話を続けた。


「万が一、最悪パターンとして、ミラさんが敵側だった場合、どうなるか。

 彼女は魔力持ちです。

 クロフォードが贈ったアクセサリーが防御用の魔導具であることにとっくに気づいているはずです。きっとそれを外して、壊してしまう。

 ううん、もしくは内容を無効化してしまう。

 でも、違ったなら――それはクロフォードの魔導具がフレデリカ様を守ってくれるはずなんです」


 フレデリカには無事に戻って来てほしい、そう切に願う。



 けど、もし、自分が見間違いですべて勘違いだったら――ミラが敵と一切関係なかったら。

 フレデリカはクロフォードの贈り物に助けられ、ますますクロフォードのことを好きになってしまうだろう。


 そんな不安と焦りが駆け巡る。


(わたしって嫌な奴だな、そんなことを考えてしまうなんて……)


 憎悪とまではいかないけれど、嫉妬という痛みの入り混じった感情が襲ってきて、胸が苦しくなる。


 そのとき、カシア、ジーンが部屋に入って来た。

 間髪入れずクロフォードがカシアに尋ねる。


「カシア、どう? 

 あいつらに誘拐のこと聞いてみたか?」


「はい」


 カシアの視線がクロフォードを真っすぐ貫く。


「魔法騎士団の皆様のご許可の元、もう一度砂浜に埋めますか? と確認いたしました。

 埋められるぐらいなら話すと白状いたしました」


 無機質なトーンでカシアは淡々と言うが、やはりクロフォードの声は少々苛立っている。


「前置きはいい、白状したんだな。で、なんて?」


「はい。

『誘拐を”実行”するのは教会のロッカーに合図があったから事前に知っていた。けれど、身代金を要求することは知らなかった』とのことでした。

 皆様、泣きながら『だから、もう埋めないでくれ』と乞われてましたので、恐らく本当だと思います」


「ふうん。

 ってことは、アイツらが下っ端すぎで情報がもらえてないのかもしれない……」


 チッとクロフォードは舌打ちをした。


「[夜鴉盟約]は最近内部分裂を起こしていると耳にしたことがあります」


 クロフォードの呟きを遮るようにしてジーンが言った。


「内部分裂?」


 その場にいたカシア以外の者がジーンに注目した。


「はい。[夜鴉盟約]は、現在大きく二つに分裂しているようです」


「おいおい、何でそれを最初に言わないんだよ」


 クロフォードの声に怒りが滲んだ。


「本日の最後の案内後に言うつもりでしたよ。

 あの場でそれを詳細に話すのは(はばか)られますからね。

 現に、銃なんて物騒な武器まで出てきましたし。

 殺されるなんてまっぴらごめんです。

 僕のような余所者は気に入らないと目を付けられると、行きつけの酒場まで殴り込みに来られちゃいますから」


 ジーンは飄々として言う。


「そうだけどさぁ、順番ってものがあるだろ? 

 言うべきことは言ってもらわないと困る」


 クロフォードが眉を吊り上げる非難めいた口調に、ジーンはどこ吹く風で、悠然と微笑み返す。


「ジーンさん、その二つに分裂しているというのはどういう意味ですか?」


 見えない敵愾心を見せる二人に割入って、エレナがジーンに尋ねた。


「[夜鴉盟約]は、頂点に君臨するボスがいます。

 とても用心深く、滅多にメンバーにも顔を見せない」


「そうですね。

 教会のロッカーで仕事の伝達を行うなんて、とても慎重な人物だと思いました」


「今日一日スラムを回ってみましたが、ボスの正体を正確に把握している者は一人もいなかったでしょ? 

 あの組織は、正体不明のリーダーを筆頭に、ここ数年で爆発的に膨れ上がった烏合の衆ですが、ボスの徹底した秘密主義は凄まじい。

 顔出しをしないことで下剋上の芽を摘んできましたが、肥大化しすぎた組織はすでに全体の舵取りを失い、統制が取れなくなっている」


「だから、実際、組織の内部は二つに割れた」


 クロフォードの声にジーンは頷いた。


「はい、そうです。組織は『古参』と『若手』に割れています。

 古参のメンバーはそれなりに礼儀に厳しく、どちらかというと仁義を大切にします。

 例えば、教会のミサで仇を見つけても、教会は神聖であるからここで殺生はやめよう、別に機会を狙おうとする」


「けど、若手側は違うんですね?」


「ええ。彼はそんなルールなんか度外視です。

 規律を重んじる古参メンバーと、カネになるなら手段を選ばない過激な若手グループ。

 この両者の亀裂が、今や修復不可能なほど深まっているのです」


「じゃあ、今回俺達が捕縛したのは古参側か? 

 ボスに忠実な感じだった」


「そうだと思います。

 誘拐を計画したのも大御所ボス。

 だけど、実行犯は若手側。

[夜鴉盟約]が身代金要求するなんて初耳です」


「ということは、この誘拐事件は、若手側の暴走になるんですかね?」


 アルバトスが慎重な面持ちで尋ねた。


「ええ、十中八九でしょうね」


「でしたら、キャビンと馬をそのまま残していったのはなぜでしょうか? 

 普通なら売ってカネに換えるはずですよね。盗賊や夜盗たちは大抵そうしてきました」


 アルバトスの落ち着いた声音にみんなの苛立ちが僅かに緩和され、落ち着きを取り戻す。


「まず、そこが派閥の分岐点です。

 古参メンバーなら、足がつかないように他国の貿易商に売りつけるよう指示しているはずです」


「なるほど。

 この国で紋章入りの馬車なんて売りさばけば、すぐ足がつきますからね。

 あえて国外に持ち出して売りさばく。うむ」


 唸るようにアルバトスが呟いた。

 

「そうです。

 だいたい身代金誘拐なんて犯人側にもリスクがあります。

 身代金受け取りのときに逮捕される可能性が高いし、そもそも貴族を誘拐することは極刑ですよ。

 一攫千金を狙うにも危険すぎる」


 ジーンは呆れるように肩をすくめる。


「だから、身代金目的の誘拐というのは、賢い連中はしないんです。

 各地を点々していますが、だいたい頭の悪い奴がやる犯罪です」


「ほう、よくご存知ですね。

 さすが全国津々浦々回る吟遊詩人だ」


 アルバトスの眼光が光った。


 クロフォードが後頭部をかりかり掻く。


「話を戻すと、リッカの誘拐はその若手側の暴走。

 突発的犯行ということだな?」


「はい。

 そうだと思います」


「では、皆様。

 なんとなく[夜鴉盟約]ではないかと推測が立ったところで、こちらをご覧いただけますか?」


 アルバトスは四人の前のテーブルに、薄汚れた紙切れを差し出した。



――領主の娘を返して欲しければ、金を用意しろ



 文字は歪み、筆圧も不揃いで、読み書きに慣れていない者の手跡だ。


「今回彼らはご丁寧にも拙い文字で、脅迫状をキャビンの中に置いていきました」


「っていうか、汚い字だな。

 金を用意しろって、いくらをいつまでに用意しろとか、そういった具体的な指示もなしかよ。

 まさに衝動的犯行だな」


 クロフォードが鼻で笑って、紙を指で叩いた。


「歪んでいて、筆圧も不揃い。

 読み書きに慣れていない下層民の手跡ですね」


 ジーンはしみじみと呟いた。


「内容が稚拙です。

 実行犯は、教養のないこの国の下民で決定ですね。移民が書くにしてはキレイな字です」


 コンラートも覗き込んで口を挟む。

 アルバトスが脅迫状を持ち上げ、光に透かした。


「それに……簡単な読み書きができても、詳細を書き記すほどの語彙がない。

 それは、文字を知らないから。

 その可能性が高い。そして、薄汚れてますが……」


 紙は、明らかに上質なものだった。

 滑らかな手触り、淡く光沢のある貴族の書簡に用いられるような高級品。


「この紙は普通の平民では入手できない高級品。

 つまり、背後に資金力や流通ルートを持つ者がいる証拠です」


 王宮内務官をやっていると、当然のように紙がありふれているが、ここまで上質な紙は平民にとって滅多に手に入らない嗜好品だ。

 ましてやスラムの下層民は入手できない。


「背後に資金力。確定だな。

[夜鴉盟約]だ」


 クロフォードが呟いた。

 アルバトスが全員を改めて見渡す。


「我々は、これを若手側から古参側への宣戦布告の意味だと受け取りました」


「宣戦布告?」


「はい。領主の娘を誘拐したという『戦果』を古参連中に突きつけ、一気に世代交代を狙う算段でしょう」


「なるほど。

 一理ありますね」


 ジーンが腕を組み、静かに口を開く。


「組織の長老格は保守的な年配者だという噂です。

 勢いだけはある若手メンバーにとって、その慎重なやり方はさぞぬるく、ヤキモキさせられている印象を受けます。

 だからこそ、あえて馬車を放置し、護衛を惨殺するという凶行に及んだ。

 自分たちがどれほど危険で、容赦のない存在かを知らしめるためです。

 誘拐を早々に発覚させ、己の存在を街中に知らしめる。

 若さゆえの、あまりに浅はかで過激な示威行為といったところでしょうか」



「カネのためだけではなく、地位を望むがゆえの暴走。

 それは、カネで動くよりもずっと厄介な相手ですね」


 エレナが口を挟む。

 

「それに、古参側のメンバーが銃を持っていましたが、もし新参側も同じように武器を持っているとしたら、追々その対立が抗争になって、街に被害が出ないか心配です」


「そのとおりですね」


 その場にいる全員が同時に重々しく頷いた。


「ちなみに、護衛の遺体を調べましたが、凶器は魔法銃でした」


 アルバトスの声は、張り詰めた空気を切り裂くように低く響いた。


「……そうですか」


 コンラートがうなだれるように返事をした。

 亡くなった護衛はコンラートの部下だった。


「ただ、その凶器の魔法銃は改造されたものです」


「改造された?」


「通常なら焼け焦げた痕と魔力残滓が残るものなんですが、今回は傷口の周囲に青白い色の魔法が付着していました。

 魔法残滓は残っていません」


 エレナははっとして顔を上げた。


「……それ、私も思いました。

 防御魔法で弾を防いだけど、魔力残滓も残っていない。

 しかも、わたしが知っている魔法銃の魔術式の痕跡とは全然違ってました」


「ほう、どのように?」


 アルバトスが興味を示したようにエレナの方へ身を乗り出した。


「ふつう、魔法銃は射手の魔力が弾丸に刻み込まれます。

 ……ですが、あの現場にはそれがなかった」


 エレナは、さっき感じた違和感の正体に気づき、声を震わせた。


「着弾点には、誰が引き金を引いたかを示す明白な魔力残滓が残るはずなんです。

 けど、そこには無機質なエネルギーが残るだけで個人特定はできない。

 文字通りなにも残らない弾です」


 本来、魔法弾は着弾の衝撃とともに魔力を放出し、その役割を終えて霧散する。

 あとに残るのは、射撃手の指紋ならぬ『魔力残滓』だけだ。


「残らないその理由は、この弾丸の中に何か別の固形のエネルギー物体の欠片が仕込まれているからです」


 魔術と物理の境界を踏み越えた、異質な弾丸。


「不自然に魔力干渉が加えられ、刻まれた術式も既存の理論からは随分と逸脱しています」


 鉄に匹敵する硬度の外殻が物理的な貫通力を担い、その内側に未知の魔術式を秘めた二重構造になっている。

 通常の魔法弾が『魔力の塊』であるのに対し、これは『魔術を充填した物理弾』――。

 殺傷能力を極限まで高めつつ、本来の魔力特性を塗り替えるための、歪な執念が感じられた。


「これでは魔法防御も、物理的な装甲も、両方を同時にぶち抜くために作られたようなものです。

 まだ試作的な部分があるみたいなので、今回、わたしの防御壁で防げました」


 だけど、これが完成したら?


 そう思ったら、エレナはゾッとした。

 対、魔法使い専用の殺人兵器になる。


「魔術と物理の複合弾か……。

 いわゆる暗殺にはうってつけの凶器にもなるな。

 証拠が残らないんだから」


 クロフォードの低い声が、凍りついた客間に重く響いた。

 皆、眉をひそめ、視線を落とす。


「そういえば、クロフォード殿は砂浜に埋めた奴らの銃を没収してませんでしたか?」


 ふと、思い出したようにジーンが言った。


「ああ、そういえば」


 クロフォードはぽんと手を叩いた。


「いろいろありすぎたから、すっかり失念していたよ」


 苦笑しながらクロフォードは、自分のポケットから魔法銃を取り出した。

 暴発しないよう結界を張ってあったので解除する。


 そして、テーブルに置いた。


「失礼」


 アルバトスが魔法銃を手に取り、いろんな角度からまじまじと観察する。

 そのうち、何か閃いたように魔法銃をガチャガチャいじって分解する。


「やっぱり」


 アルバトスは、魔法銃から四本の弾丸を取り出した。


「違法武器である拳銃と同じ構造をしてますね。

 本来あるはずのない『薬室』が無理やり増設されてます」


 薬室とは、拳銃でいうなれば、弾を込める場所だ。


「そして、これが弾丸です」


 アルバトスは、掌に載せた弾丸は、ただの金属片ではなかった。


 弾丸の胴に埋め込まれた石が脈動し、青と緑、紫など半透明な七色に光る光が絶え間なく揺らめいている。


 その輝きは宝石のように美しく、見る者の心を奪う。

 だが同時に、光の奥底はどこか毒々しく、底知れぬ不気味さがあった。


「これ、あれですよね?」


 ジーンが思わず声を上げ、含蓄ある眼差しをアルバトスに向けた。


「ええ、そうです。

 あれ、です」


 アルバトスももったいぶるような言い草をした。


「なんだよ、あれ、って」


 クロフォードが少し苛立つ。


「これこそが、すべての元凶……『魔力石』です」


「え?」


 エレナは思わず立ち上がって、食い入るように『魔力石』を見た。

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