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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第2章 出張捜査編 ―死の予言と、血晶の陰謀―

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第95話 変装令嬢と潜入捜査⑦――砂浜の惨状、容赦なき人外コンビの乱入

「信じられない……!」


 馬車の扉を乱暴に閉める音が、昼下がりの石畳に響いた。


 フレデリカは頬を紅潮させた。

 胸の奥で煮え立つ怒りを抑えきれなかった。


 魔法騎士団に拘束され、事情聴取を受けた屈辱。

 お気に入りの絹のドレスは埃にまみれ。

 髪は潮風でベタつき、スラム独特の腐乱臭はまだ身体にまとわりついている。


「領主の娘であるこのあたしを、あんな風に扱うなんて……!」


 唇を噛みしめ、窓の外を睨みつけた。


 馬車は、静かに石畳を走り始めた。


 夕日の陽射しは眩しいのに、フレデリカの気持ちは暗く濁っていた。


 わざわざあんな汚い場所に出向いたにも関わらず、家臣のコンラートに人前で叱られ、結局目的のクロフォードには会えないという散々たる結果だ。


 怒りと屈辱がさらに煽り立てる。


「お嬢様、落ち着いてください」


 フレデリカ付きの侍女であるミラが優しく声をかけた。


「だって、ミラぁ」


 フレデリカは子どもっぽく頬を膨らませる。

 窓の外を睨みつけ、胸の奥で嫉妬が燃え上がるのを感じた。


「ヴァービナス女官は一緒にクロフォードといられるのよ? 

 なのに、あたくしは駄目って、それって思いっきり不平等じゃない?」


「そうですね、おっしゃるとおりです。

 女性は殿方と肩を並べて働くなんて烏滸おこがましいことですよね」


 同意するようにミラが頷いた。


「でしょ? 

 でも、あの子もあそこにはいなかったわね」


「そういえばそうでしたね」


「クロフォードとデートしていたら承知しないんだから」


 目を三角にするフレデリカにミラは宥める。


「まあまあ。

 一応王城から仕事でお越しになっているので、それはないと思いますよ」


「でも、昨晩、ふたりきりでご飯を食べに行ったのよ?」


「お嬢様も本日から一緒に召し上がれるではありませんか」


「いいえ、二人きりじゃないもの」


 フレデリカは怒りを再び露わにして、馬車の外を見た。


「なんで、あたしじゃないのかしら……」


 フレデリカは思い出す。


 小さい頃、フレデリカは病弱だった。

 そんなフレデリカをいつも心配して、どこに行くにも手を繋いでくれたのがクロフォードだ。


――フレデリカ、何かあればちゃんと俺に言うんだぞ


 幼いながらに頼もしさを見せ、常に手を引いてくれた。


(自分だって辛かったくせに、いつもあたしの心配ばかりをしてくれたのよね)


 その瞳の優しさを思い出すたび、今の距離に耐えられなくなる。



 クロフォードはノーエランド侯爵家の第一子として誕生した。


 だが、生まれながらに桁外れの魔力を持って生まれたため、滅多に魔法使いが生まれないノーエランド家にはかなり疎まれ、忌み嫌われていた。


 クロフォードの母親も侯爵に不貞を疑われ、ずっと苦しんでいる。

 それまでは帝国一のおしどり夫婦なんて言われていたらしいのに。


 やがて、彼女はクロフォードから距離を取るようにして、自分とその使用人が住む小さな屋敷を買い、そこで暮らすようになった。


 遠ざけられたクロフォードは、次期侯爵教育はされるものの、侯爵家には居場所はなく、随分と窮屈な生活を強いられていた。


(だから、ここでお互いが成長するまで一緒にいたし、クロフォードの御父上の侯爵様もそのままあたしと結婚させることにしたのよね)


 サンティエ伯爵が治めるエステアーダ領は、この港街リオナーレを中心に栄えている。

 絶え間なく入港する大帆船が運んでくるのは、異国の極上シルクに、目が眩むような香辛料など貴重な商品ばかり。


 王都の商人だって、リオナーレの市場を通らなければ、まともな砂糖ひとつ手に入らない。

 徴収する港湾税は、この街の石畳を金貨で敷き詰められるほどに豊かなのだ。


 ノーエランド侯爵もそこに目をつけ、クロフォードと格下の爵位の娘フレデリカの婚約を許可したとも言える。


 けど、実際は、ある事件をきっかけに一変してしまった。


 その時、ガタンと馬車が急に止まった。


「あら、どうしたのかしら」


 ミラが車窓から窓を覗き込んだ。


「お嬢様、少々お待ちください。様子を確認して参ります」


 そう言うと、ミラは馬車の外に出て様子を見に行った。


「はぁ、今日はついていないことだらけね」


 フレデリカは大きなため息をついた。



――クロフォードの傍には、あの子がいる。



 そう思うだけで胸が締め付けられそうになった。

 焦燥感が駆け巡り、こうしてはいられないと体の奥がカッと熱くなる。


「なによ、辺境地ばりに魔物ばかりが出るヴァービナス侯爵領とは違って、ここは平和で優雅だわ。

 どうしてあの子なのよ……」


 昨日のクロフォードは、エレナ・ヴァービナスばかり屈託のない笑顔を向けていた。

 フレデリカの手を引いてくれた幼かったあの時のように。

 無邪気に頬を綻ばすクロフォード。


 アカデミーを退学したあの子なんかに――。


 イライラと扇子を握りしめ、フレデリカは、歯軋はぎしりをする。


 フレデリカは、エレナのことを実は知っていた。

 だが、エレナは全然フレデリカを知らないのか、もしくは気づいていない様子だった。


 あの子――エレナ・ヴァービナスは、貴族子女たちが通うアカデミーでは、通称〈不細工令嬢〉と呼ばれていた。


 ナディア・グロウディーナ公爵令嬢に無様にいじめられ、アカデミーを追い出されるようにして辞めた惨めな弱虫令嬢だ。


 なぜ、エレナが公爵令嬢にいじめられるようになったのかというと、それは分厚い眼鏡姿があまりにも醜く、不細工すぎて令嬢としての品位の欠片もない。それが原因だと大半の人に思われている。

 

 だが、実は違う。


 フレデリカは公爵令嬢ナディアの取り巻きの一人だったから知っている。


(クロフォードがあの子ばかり見るから、ナディア様が怒ったのよね)


 クロフォードは、アカデミーでも目立っていた。


 その美しさはもちろんのこと、過剰な余白が含まれておらず、賞賛や誘惑を待つ気配もない。

 誰かと共鳴し合うこともない、鋭角的な美しさ。


 魔力は膨大で、英才教育の賜物か、成績もいい。

 近寄り難い雰囲気を放っているくせに正義感が強く曲がったことは大嫌い。

 そして、何気に紳士的で面倒見だっていい。


 だからこそ、みんなが魅かれた。



 みんなが密かに気になる男の子。 



 ナディアも、フレデリカの元婚約者であるクロフォードを気に入っていた。


 フレデリカが、クロフォードにいまだに想いを寄せていることを知ると彼女は、ここぞとばかりに仲を取り持つフリをしながら、色気を持ってクロフォードに近づいた。


 だが、クロフォード自身が生来捨て猫のような性格だったので、彼女に一向に懐く様子はなかったし、むしろ、親の権力を笠に着る彼女を毛嫌いしていた。



 孤高。



 その言葉がピッタリだった。


 それなのに、クロフォードの視線がある日を境に変わってしまった。

 それが、エレナ・ヴァービナスが入学してきた日――。


 どこからすれ違ってしまったのだろう。

 どうすればよかったのだろうか。答えなどあっただろうか。


(何かあたくしに取るべき手段があったかしら)


 結局、クロフォードは彼女の隣にいる――。


 ふと、甘い匂いがした。

 重怠く、凶暴な甘い香り。


 意識が朦朧とする。

 フレデリカはだんだんと瞼が重くなってきた。


 人影がゆらりと揺らめく。

 戻ってきたミラの声が、妙に冷淡で、どこか遠くに聞こえる。


「……ミラ?」


 フレデリカは、そのまま眠ってしまった。



***



 空から落ちてきたのは黒い影。


 影は小さい。

 だが、目に留まらぬ速さで少年の頬に鋭い爪が走り、別の少年の腕を尻尾が鞭のように打ち据える。


「ギャッ!」

 

 影は跳ね、舞い、次々と顔や手を引っ掻いていく。

 その動きはあまりに素早く、目で追えない。


 ぴょんぴょん軽やかに空を舞い、逆光でその姿が一体何なのか、初見では一向に分からずじまいで、攻撃される彼らの恐怖心を煽られた。


 けど、エレナにはすぐ分かった。


「小次郎!」


 エレナが叫ぶと、黒い影は一瞬だけ振り返った。

 その瞳がぎらりと光り、勝ち誇るように細められる。


 まるで「どうだ、俺様の力を見たか」と言わんばかりに、鼻をひくひくさせ、尻尾を高々と掲げて揺らした。


 攻撃態勢に入っている使い魔――黒リス小次郎の姿は、小次郎自身の魔力が高まっているからか、どんな人にも見える。……らしい。


 とはいえ、彼らは突然現れた黒い影――毛玉にただただ驚き、怯え、少年たちは悲鳴を上げ、武器を取り落とし、攻撃された箇所を手でさする。

 中には泣きべそをかく少年もいる。


 そもそも速すぎて自分たちの身に何が起きたのか分かっていない。

 薄気味悪さだけが残る。


 背後の男たちも頬を尻尾で強打され、自分の顔を両手で覆った。


 突然現れた黒い獣の猛攻に一気に流れが変わった。

 まさに形勢の逆転。


「小次郎、でかしたっ」


 クロフォードが小さくガッツポーズをした。


「おや、皆様。お困りのようですね」


 突如男たちの隣に、並ぶように何気なく現れた人影。

 メイド姿の絶世の美女――。

 男たちは全員目を剥いて、「ヒィ」と喉から情けない声を出した。


 マインラートの使い魔であるカシアだ。


「クロフォード様、エレナ様。

 確保してもよろしいですか?」


 灰色の双眸の美女は、人形のように不自然に首を九十度にカクンっと傾げた。

 いつもと変わらない無機質な声に、エレナとクロフォードは同時に吹き出し、声も重なる。


「「お願いします」」


 なんと頼もしい応援部隊だ。


「では遠慮なく」


 カシアはそう言うと、目にも止まらぬ速さで男たちの背後に立ち、次々と首の付け根を一撃チョップして気を失わせた。


 それを目にした少年たちは、ますます人外の美女の恐怖に慄き、蜘蛛の子を散らすようにその場を逃げ出した。


「カシア、助かったぜ」


 展開の早さについていけないジーンとコンラートを尻目に、クロフォードはカシアに駆け寄り、気絶して倒れ込んでいる男たちを見下ろした。


「マジ、危ないところだった」


「なぜです? 

 こんな弱小男たち、クロフォード様なら一撃だったのでは?」


「魔法が使えればな」


 クロフォードは苦笑を浮かべた。

 頭に「?」マークを浮かべるカシアを尻目に、小次郎は嬉々として目を輝かせた。


『エレナ!』


「小次郎!」


 エレナは小次郎のもとに駆けつける。

 つぶらな瞳をキラキラさせた小次郎も、砂に足を取られながら駆け抜け、エレナに飛びついた。


 だが、砂浜ではうまくジャンプが出来ず、そのまま砂に足をとられて、バタンと転倒するように転んだ。


「ぷっ」


 その姿に全員が、さっきまでの緊張から一転、大爆笑の渦に呑まれた。

 クロフォードとジーンは盛大に腹を抱え、コンラートは必死に笑いをこらえようとして肩を震わせた。


『笑うな!』


 砂まみれになった小次郎が怒鳴るが、その姿すら愛くるしい。

 

 ジーンとコンラートにも小次郎は見えているようだが、その声は聞こえない。

 黒リスが「キィキィ」怒っているな、ぐらいしか分からない。


 エレナはそっと小次郎を掬い上げ、砂を優しく払う。


「ありがとう、小次郎。

 今回も大活躍だね」


『うぅ~、エレナぁ』


 甘えるように小次郎がエレナに抱き着いた。


「クロフォード殿、こちらの方々、どうします?」


 カシアの声のトーンはいつも通り抑揚なく平坦だ。


「そうだな」


 クロフォードは、彼らが持っていた魔力測定器を没収してから、全員のポケットを探る。

 コンラートは、少年たちが捨てるように置いて行った武器、刃物だったり魔法銃を没収する。


「フォード殿。これを」


 コンラートがクロフォードに魔法銃を手渡す。


「ああ、ありがとう。

 暴発しないよう俺が預かっておくな」


 クロフォードは魔法銃を受け取ると、暴発予防結界を張った。


「さて、彼らをどうしましょう。

 すぐにでも魔法騎士団まで連行しますか?」


 ジーンが尋ねた。冷静に装いながらも、その視線はカシアにある。

 カシアの人形のような美しさに目を奪われている、そんな感じだ。


「いいや。とりあえず、こいつらを埋めよう」


「え?」


 エレナはぎょっとした。


「コイツら、[夜鴉盟約(よがらすのめいやく)]だろ。

 今はとにかく情報が欲しい」


 クロフォードは冷ややかに気絶している男たちを見下ろす。


「カシア、こいつらをここから離れた砂場で首だけ出して体を埋めてくれないか? 

 できれば、満ち潮には海面に浸かるギリギリのところ」


 カシアは自分の胸に手を当て、お辞儀した。


「承知いたしました」


 カシアは気を失った男たちをひょいひょいっと軽々と持ち抱えた。

 それから、颯爽と橋から向こうの、西側の砂場へと飛んで行く。


 ジーンとコンラートは、人外的な力を見せつける美女に唖然とするしかなかった。



***



 やけに頬を撫でる風が、ひどく心地よかった。

 瞼の裏に感じる光は温かい。

 潮騒の音は遠い子守唄のように穏やかだ。


(ああ、いい気持ちだ……。

 俺は、いつの間に寝ちまってたんだっけか……)


[夜鴉盟約]として、みかじめ料徴収作業をしているザックは、ゆっくりと目を開けた。


 視界に飛び込んできたのは、燃えるような夕日に照らされたオレンジ色の海。

 空と海が溶け合う水平線は、今まで見たどんな景色よりも美しく、透き通っていた。


「……きれいだなあ……」


 寝ぼけた頭で、ぽつりと呟く。

 ふと、首元に妙な感触を覚えた。

 冷たくて、湿っていて、少しザラつく。


 寝返りを打とうとしたが、体が、いや指一本も動けない。


 それどころか、首は固定され、潮の匂いと湿った砂の冷たさが肌に纏わりつく。

 息をするたびに喉に砂の粉が入り込む。


 口の中は砂でジャリジャリして気持ち悪い。

 ふと、視線を下に向ける。


「……あ?」

 

 そこにあったのは、自分の肩から先ではなく、一面の砂だった。

 波打ち際ギリギリのところで、首だけが、ひょっこりと地面から突き出している。


「な、なんだこれ……え? おい、冗談だろ……?」


 見ると、自分の左右には[夜鴉盟約]の仲間たちも首だけ砂から突き出し、屈辱に耐えるような顔つきをしていた。


 パニックが喉までせり上がってきた。

 必死に身をよじろうとするが、無駄だった。

 その時、頭上から影が落ち、ぎょっとした。


「おはようございます。皆様全員出力準備は整いましたか?」


 ギギッ、と音がしそうなほど不自然に首を傾げたメイド姿の美女が、ザックを見下ろしていた。


「ひっ、あ、あぁぁぁ……!」


 ザックは悲鳴に似た叫び声を上げる。

 だが、波音にそれはかき消される。


 彼はなんとか脱出しようと、体に力を入れたり、よじってみたりいろいろしてみるが、全く動かない。

 

 それも当然、カシアによって計算し尽くされた硬度で踏み固められた砂は、万力のように彼らの自由を奪っている。


「あっ、失礼いたしました。

 すでに夕方なので、おそようございます」


 冷徹美女カシアは顔色を変えず、淡々と言い換える。

 だが、余計それがザックには不気味に見え、慄くしかない。


「計算によりますと、あと十三分で海水があなたの鼻孔に到達します」


 彼女は無機質な声で告げると、しゃがみ込んで、手にした小枝でザックの鼻先をツンと突いた。


「溺死は苦痛を伴います。それまでに、必要なデータを出力することを推奨します。

 ……あ、耳の中にカニが入りました。排除しますか?」


「い、言う! 

 言うから出してくれ! 

 頼む、死にたくねえ!」


「おい、ザック、裏切る気かよ!」


 隣の首だけの男が声を荒げる。


「仕方ないだろ! 

 そうしないと死ぬぜ⁉」


 海面が揺れ、冷たい波の端がザックの顎を打った。

 死の感触。


「話す話す! 

 話すから助けてくれ」


 ザックは狂ったように叫び始める。

 他の男たちも同じように声を上げた。


「だそうです。

 どうしますか?」


 カシアが振り向いて、黒い毛玉のような小さな獣を抱いた少年と、冷徹な目をした身綺麗な貴族然とする男たちに尋ねた。


「んじゃあ、早速。

[夜鴉盟約]を束ねているのは誰だ」


 突然、若草色の瞳の青年――クロフォードが冷徹な声で問いかける。

 男たちは顔を見合わせ、気まずそうに言葉を飲み込む。


「えっと、あと十三分で沈むんだっけ?」


 クロフォードがカシアに問いかけると、彼女は間髪入れずに答えた。


「いいえ、正確には十一分五十六秒です」


 男たちの顔がただでさえ青ざめているのに、さらに青くなっていく。


「そうか。

 じゃあ、残り十一分ほどの命、大事にしろ」


 軽口を叩く若草色の瞳には、一切の慈悲も宿っていない。


「わ、分からねえ……」


 諦観の念を示したザックが、呻くように呟いた。


「俺たちは直接会ったことはねえんだ。

 ……顔も名も知らねぇ」


「じゃあ、指示はどうしてるんだ?」


「教会のロッカーだ」


「教会?」


「ああ、そうだ。

 サンティエ広場にある聖マルス教会の回廊にある貸しロッカーに行くんだ」


「なるほどね。

 教会なら、巡礼者やスラムの貧困層とか身分関係なく不特定多数が二十四時間出入りできるもんね」


 女みたいな声をした少年が呟いた。

 男たちは何度も頷く。

 だが、まさかこの少年が貴族令嬢――エレナ・ヴァービナスだとはまったく気づいていない。


「俺たちは、三日に一度、そこを確認するだけなんだ」


 ザックたちは必死で説明した。


 手紙を使わず、石や硬貨といったありふれた物を記号にすることで、指示が出される。

 万が一見られても、それはただの忘れ物に見え、怪しまれることはない。


 そもそもロッカーは無料で誰もが使える。

 教会の管理人は、誰が使っているかすら記録していないという。


「じゃあ、次の質問。

 何でお前たちのような貧乏人が超高級医療用器具 魔力測定器を持っているんだ?」


 クロフォードは眼光を鋭く光らせ、ザックが持っていたはずの魔力測定器を彼らの目の前にぶらつかせた。


「そ、それも同じだ。

 ロッカーに入っていたんだよ。

 さすがにそのときばかりは説明が書いてある手紙が入っていた。

 だから、文字が読める仲間に読んでもらったんだ」


「ふうん。じゃあさ、さっき子どもを使って俺たちを襲うとしたのは何でなんだ?」


「あんたらが魔法を使えると思ったからだよ」


「どうして俺たちが魔法使いだと思ったんだ?」


「測定器の針が動いたからだよ。

 最近は魔力持っている奴らが、この辺めっきり減ったから、質のいい魔力が大量に必要だったんだ」


「質のいい魔力ねぇ。それはつまり俺たちを『魔力石』の原料として捕まえようとしていた、ってことだよな?」


「……ああ、そうだ」


 男たちは一斉に気まずそうに視線を泳がせた。


「ふうん。んで、『魔力石』を岩の島で行うオークションにでも出品するつもりだったのかな? 

 開催日は三日後なんだっけ?」


 怜悧に注がれるクロフォードの眼差しに、男たちはたじろぎ、目配せし合う。

 どうやら闇オークションのことまで、クロフォードたちが知っているのは想定外だったようだ。


「……そうだ。

 俺たちはあそこに出品する『魔力石』確保のために、お前らを捕まえようとしていた」


 一瞬間があってから、ザックが答えた。


「他に、オークションには何が出品される予定なんだ?」


「俺たちは知らない。上から言われているのは魔力石を大量に必要としている、ということだけだ。

 出品される品々の運搬は貿易商っぽい奴らが全部取り行っているし、当日も腕の立つ連中だけが行く。

 だから、俺たちはこれ以上の詳しい話は知らされていない」


「そうか。

 で、魔力石を作っている場所は? どこ?」


「知らない」


「へえ。けどさぁ、魔力を持っている奴をさらったら、どこへ運ぶかは当然知っているよな? 

 俺たちを攫うつもりだったんだし」


「……」


 ザック含め、全員押し黙った。


「よ~し、このまま帰ろう」


 クロフォードは鷹揚に手を広げ、身体を翻そうとする。


 男たちは慌てた。

 まずい、このままでは満ち潮になったら本格的に溺死してしまう。


「ちょっ、ちょっと、待ってくれ」


 ザックの声に、クロフォードの足が止まった。

 振り返って、再度ザックの前に立ち、冷ややかに一瞥する。

 

「じゃあ、どこだ?」


「『調整所』に連れていくんだ……」


 ザックの声は震え、隣の男は涙を滲ませて首を振った。


「なんだそれ?」


 クロフォードは首を捻った。


「 恐ろしい場所だよ。

 寒くて、血と鉄の匂いが混じっているような臭いがして……気味が悪い、そんなところだ。

 用がない限り、俺たちは近づかない。

 あんなところにいたら呪われてしまう……!」


 その台詞せりふに、埋められた他の男たちは一斉に顔を蒼ざめさせた。

 緊張感が走った。


 その緊張感はエレナたちの間にも伝染したようだった。


 クロフォードは平静を装いながらも顔を僅かにしかめ、コンラートは露骨に不安を浮かべている。

 ジーンですら怪訝そうな表情を取り繕わない。


 波がさらに押し寄せ、冷たい海水が顎を濡らす。

 死の恐怖と「調整所」の記憶が重なり、彼らの声は絶望に染まっていった。

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