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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第2章 出張捜査編 ―死の予言と、血晶の陰謀―

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第94話 変装令嬢と潜入捜査⑥――仕組まれた少年兵と、空から降る「俺様」の影

 エレナ扮する少年トマ、クロフォード、コンラート、ジーンの四人は海面沿いの心許ない脆い小屋を眺めながら道を無言で歩いた。


 結局、誰一人としてこの四人に魔力石や買取屋が誰なのか情報をくれなかった。


 みんな、[夜鴉盟約(よがらすのめいやく)]が怖いのだ。


 途方に暮れる中、ひとつの小屋から男が鼻歌を唄いながら出て来た。

 ほぼ裸体に近い薄い布を纏った若い女性がその後ろ姿を見送っているので、エレナはその姿にどきっとした。


 痩せた肩を晒し、布切れ一枚の服が湿った風に揺れる。

 青白い肌には疲労の影が濃い。


 やがて彼女はエレナたちに気づき、慌てて扉を閉める。

 その目には羞恥と恐怖が滲んでいた。


(あの子、たぶんわたしより年下だよね……)


 腕には痣のような影があった。

 髪は潮に濡れて絡まり、頬にはまだ幼さが残っていた。


 ジーンがエレナの視線の先に気づいて低い声で呟いた。


「ここの女性の多くは、その日生きながらえるために、一番手っ取り早い稼ぎ方、体を売ることが多いようですね」


 その乾いた声に、同じ女性としてエレナの胸は鷲掴みにされたように苦しくなった。


「どうします? 

 まだここら辺を歩きますか?」


 ジーンがクロフォードに尋ねた。


「いや。今日はもういいかな。

 結局[夜鴉盟約]のことは、ここじゃあ何も分からないって分かったし」


「そうですか。では、帰りますか」


「ああ、一日付き合ってくれてありがとうな」


「いえ。少しでもお役に立てれば幸いです」


 ジーンは微かに微笑んだ。


 海沿いのスラム街には、潮の匂いと錆びた鉄の匂いが重く漂っていた。

 斜めに差し込む赤みがかった光は、海面を濁った色に染め、波のきらめきを不吉な揺らめきへと変えていた。


「あっ、ジーンだ!」


 無邪気な男の子の声がした。


 振り返ると、どこからともなく小さな子供たちが満面の笑みで、駆け寄ってくる。


 三歳から五歳ほどだろうか。

 ボロボロのシャツをまとい、泥にまみれた足をぱたぱたと鳴らしながら走ってくる。


「ねえ、ジーン、歌って!」


「今日はお菓子持ってる?」


 あどけない子どもたちの声が、湿った空気の中に響く。


 ジーンの周りは瞬く間に賑やかな子どもたちに囲まれた。

 人懐っこい子どもたちは、彼の腰にしがみつき、袖を引っ張り、背中に飛びつこうとする。

 転びそうになってもすぐに立ち上がり、また笑いながら跳ね回る。


 ジーンは困ったように笑いながらも、その小さな頭を一人一人撫でてやった。


「今日は仕事中なんだ。後でな」


「えー!」


 声を揃えて頬を膨らませる子どもたち。


「後で、大好きな歌を歌ってやるよ」


「わーい! おいら、あれがいい」


 子どもたちは口々に自分たちが好きな童謡の歌詞を口にする。


 そのうち、他の子どもたちも声を合わせ唄い出し、次の瞬間にはまた笑い声を弾けさせ、互いに肩をぶつけ合いながら波沿いを走り始めた。


 童謡は、この帝国の昔から伝わるものばかり。

 人種は様々だけど、この子たちは、ここ帝国の文化の中で生きている。

 よく見ると、中心街で生活をするような漁師の子どもたちも混じっている。


「子どもは元気ですね」


 エレナはしんみり呟いた。


 移民もこの国の民も関係なく、年の近い子ども同士でただ遊ぶことを楽しんでいる。

 むかしはエレナもあんなふうに領地の屋敷で兄と無邪気に走り回っていた。

 いつからだろう。楽しそうに走るのをやめたのは。


 その光景は、陰鬱な最下層の空気の中でひときわ眩しく見えた。


「あれくらいの年齢は、邪気もないし、素直です」


 ジーンがぽつりと呟いた。


 そのときだった。


 背中に悪寒が走った。



 誰か、いる。



 わたしの後ろで誰かがこちらを見張っている。


 背中にぴりぴりとした電流のようなものが走った。

 足元から冷え上がってくるのは、夕暮れ近くのせいだからではなさそうだ。


 エレナが後ろを振り向くと、ジーンも同時に振り向く。


「あれだけ無邪気なのに……これが数年経つとああなるんですね」


 ジーンが含みのある言い方をした。ジーンの視線の先は、少し離れた小屋の影。

 そこに潜む鋭い眼差しでこちらを射抜く十代前半の少年たち。

 エレナは思わず身構えた。


「気づいたか?」


 クロフォードが囁いた。


「うん、わたしたち、見張られているね」


 不気味で、どちらかといえば獲物を狙う獣のような瞳だ。


 少年たちはゆっくりと小屋の影から出てきて、こちらに向かって歩いてくる。

 その数はざっと十人以上。

 彼らの手に何かを握っている。


「……フォード、あの子たち」


「ああ、アイツらの動きに注意しろよ」


 クロフォードの声が低くなる。

 彼らが握っているものが鮮明になる。

 銃やナイフなどの武器だ。


 その時だった。


「伏せろ!」

 

 クロフォードの乾いた叫びが、海鳴りを裂いた。

 同時に、最も体格の大きいコンラートの胸元を狙って、少年から弾丸が放たれた。


  

   ――『物理障壁・硬化(シールド・ハードン)』!


 

 エレナの反射神経が思考を追い越した。

 六角形の幾何学模様が浮かび上がる。 

 

 直後、キィィィン!という金属音が響き、空中で火花が散った。


 銃声の余韻がまだ耳に残る。


 エレナの魔法残滓がヒラヒラと花びらのように舞う。


 コンラートが驚愕に目を見開いた。

 エレナの無詠唱の防御魔法がなければ、彼の胸には今頃風穴が開いていただろう。


「今の何?」


 エレナには、大きな違和感があった。

 さっきの攻撃。



 銃撃――これはただの魔法銃ではない。



 ハッとして、エレナは、コンラートの無事を確認し、すぐさま全員に防御魔法を張る。


 そして、エレナの思考はすでに別の領域へ移る。

 あの違和感の正体を突き止めようと、幾何学模様の軌跡を頭の中で展開し、要素を一つずつ分解していった。


 防御壁に弾かれた衝撃――その残滓を拾い上げ、魔術式へと変換する。


 速度、質量、魔力の流れ。

 通常の魔法銃弾とは異質。

 金属の硬度、魔力の付与率、そして――不自然な干渉痕。


(これは……⁉︎)



 魔術と物理の境界を踏み越えた、異質な弾丸。



「エレ、いや、トマ、助かった……!」


 コンラートが感謝を述べた瞬間、静まり返っていた路地が破裂するように騒然となった。

 周囲の小屋から十数人の少年たちがバラバラと勢いよく、飛び出してきたのだ。


 裸足で地面を蹴り、粗末な布切れをまとった彼らの手には、刃こぼれしたナイフや錆びた鉄棒。

 それでも確実に殺傷能力を持つ武器が握られていた。


 その背後、海風に揺れる岩陰から昨夜エレナたちを尾行していた男たちが姿を現す。


「おいおい、お貴族様が魔法の盾か。いいモン見せてくれるじゃねえか」


 口元には下卑た笑みを浮かべる。今度こそ逃さないぞ、と言わんばかりの顔つきだ。


 少年たちの動きはぎこちないが、背後の男たちの視線は冷酷で、あちらこそ獲物を追い詰める猟犬のようにギラギラと不気味に眼光が光る。


「子どもを盾にして……」


 クロフォードが舌打ちをした。

 そう、あの男たちが指示を与え、少年たちを前線に立たせている。そう直感した。


(卑怯な人たち……)


 子どもたちはジリジリとエレナたちに詰め寄る。


「おぉ~、これはすげぇな、今のはかなりの高出力だ」


 男の声が岩壁に反響し、不気味に響く。


 その手には、奇妙な水晶が埋め込まれた掌に収まる黒曜石の円盤がある。


 魔力測定器だ。


(しまった、いまのを測定されていた……!)


 エレナの背筋が冷たくなる。


 男たちが嬉々として一斉にエレナを見定め、声を上げる。


「あのガキは、ただの小間使いじゃねえ」


「あのお顔がキレイな男も昨日店で見た顔だ。

 あれも魔法使いだな」


「捕らえろ! 

 そいつらは高く売れるぞ! 

 逃すな!!」


 男たちの号令とともに、少年たちが一斉に襲いかかってくる。

 子どもを盾に使われて、コンラートは剣を抜くのを躊躇(ちゅうちょ)した。


 少年たちを前線に立たせているのは、背後の男たちの策略だ。

 ここで戦えば、子どもを斬った役人という悪評を広められ、民衆の反感を買ってしまう。


 クロフォードもまた、魔力を隠すために大きな魔法が使えず、苦虫を噛み潰したような顔をする。


 ここで乱闘するのは、こちらに圧倒的に不利だ。


 せっかく闇オークションの情報まで入手したのに、ここで騒ぎを起こせば、敵に警戒されて潜入の機会を失う可能性だって高い。


 それに、エレナたちは王都の役人であることを隠して行動している。

 魔法や剣を派手に使えば、正体がバレてしまい、潜入どころか命を狙われる。


(どうしよう……魔法を使えば完全に正体がバレる、でも使わないとやられる……!)


 舌打ちを飲み込み、防御壁の残滓を意識の奥で解析しながら、エレナは詠唱しようと唇を開いた。



 その時だった。



『俺様に任せろ!』


 空から黒い影が落ちてきた。

 毛玉のように見えたそれは、着地するや否や稲妻のような速さで飛び回った。

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