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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第2章 出張捜査編 ―死の予言と、血晶の陰謀―

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第91話 変装令嬢と潜入捜査③――吟遊詩人の不敵な笑み

 スラム街の医師――ラダース医師の診療所というのは、橋をくぐり抜けた漁師の船着き場に近い小高いところにあった。


 目の前の建屋は、一見すれば煤けた木造の小家屋に過ぎない。

 けれど、その下の石造りの基礎は、驚くほど緻密に組み合わされていた。


 継ぎ目一つない土台の堅牢さは、さっき目にした隙間風の吹く小屋とは比較にならない。

 外装こそお粗末に擬態しているが、風の抵抗を逃がす屋根の勾配や、湿気を寄せ付けない構造には、素人仕事ではない知性が宿っている。


「へえ、しっかりとした家じゃん」


 クロフォードがぐるりと家を見渡して言った。


「ここはね、もともと貴族の屋敷が建っていた場所なんじゃよ。

 それを修復したんです。

 いわゆる、リメイクというものです。ふぉほほほほ」


 ラダースは誇らしげに言って、笑い声を上げた。


「先生が毎日コツコツ内装もしたんでしたよね?」


 ジーンがラダースに寄り添うように歩く。


「そうだよ。

 大工仕事はもともと趣味だからね」


「道理で。とてもセンスがいいわけだ」


 ジーンとラダースはまるで仲の良い師弟関係にみえる。


 ギュルギュル。

 少年トマに扮するエレナは、眉間にしわを寄せて、お腹をさする。


(やっぱりスラム街のものを何も考えず口に入れたのは間違いだったかも……)


 後悔の念が襲う一方、エレナが彼らの作った食べ物を食べたときの顔が横切る。


 嬉しそうな顔。

 目が輝き、彼らのエレナたちに対する心証が一気に上がったのが、一目でわかった。

 たちまち歓迎ムードで、周囲も盛り上がった。

 あれはあれで、悪い気はしない。


 とはいえ、本格的に腹痛の症状が出る前に、早くお薬を飲みたい。

 汗が頬を伝い、エレナはハンカチで拭う。


「さてさて、こちらですよ。

 あっ、患者が診察室におるからお静かに頼むよ」


 部屋の中に一歩足を踏み入れると、むせかえるような薬草と香り。

 そして、その奥に潜む腐敗臭が鼻孔を刺激した。


 ひんやりとする室内は、外見から想像するより広々と感じられた。台所、食堂、居間はひとつづきの大きな部屋になっている。


 乾いた薬草の束が天井の梁から吊るされ、外から見るよりも内装は頑強に造り込まれていた。

 棚には瓶や壺が雑然と並び、調度品もシンプルだが、味のある物ばかり。とてもセンスがよかった。


 部屋の奥に、薄い壁で隔たれた別室があった。

 恐らくそこが、診療室なのだろう。

 

 扉が僅かに開いていた。

 

 エレナはそっと覗き込む。


 そこには粗末な寝台が何台も並び、痩せ細った患者たちが数人横たわっていた。

 咳き込み、呻き声を上げる者。

 熱にうなされる者。

 大丈夫なのかなぁと心配する一方で、その目が虚ろで、まるで生気を吸い取られたかのようで、エレナは、汗が引いて体温が下がっていくのを感じた。


「ちょっと待ってくれるかな」


 ラダースはそう言うと、診療室に入っていった。

 彼は慣れた手つきで診察し、瓶を取り上げ、患者に薬を与え始める。

 患者たちがほっと安堵し、薬を飲む。


「ほう、さすが医師ですね。

 手慣れている」


 コンラートが感心するような声を上げた。

 エレナもお腹をさすりながら頷く。


 そんなとき、診療室の棚の奥、そこにある長細い蓋付きの木箱へ目が吸い寄せられた。

 エレナの掌より少し大きめの箱。

 蓋は開いていて、そこから見えるのは――エレナは目を疑う。


 注射器? まさか。


 ラダースが、ハッとして、木箱の蓋を閉めた。

 ちらっとエレナを彼が怪訝そうに見た気がして、エレナは慌てて視線を逸らした。 


(なんであんなものがここにあるの?)


 治癒魔法主体の医療を行うこの国では、滅多に注射器は手に入らない。

 エレナも、最新世界医療辞典や魔法新聞などの情報媒体でしか見たことがない代物だ。


 他の中身をしっかり見れていないけれど、あれは――。


 思考は絡まり、視線が落ち着かない。

 あれだけ献身的に患者の看病をしている人だ。

 ひょっとしたら、見間違いかもしれない。

 

 自分の考えを打ち消すようにエレナは首を振った。

 

「クロフォード殿」


 ジーンが囁くように呼びかけた。

 まるで患者を看病するラダースから避けるようにして。


「なんだ?」


「今から出される薬、問題ないか魔法で鑑定できるなら確認しておいた方がいいですよ」


「えっ……それはどういう意味だ?」


 動揺するクロフォードに対し、ジーンの眼差しはやけに鋭い。

 奇妙な緊張感が走った。


「言葉の意味通りですよ」


 ジーンは含みのある笑顔を向けた。


 エレナはひんやりとした。

 ジーンとラダースは懇意にしているように見えたが、実際は警戒しているのだろうか。


 さっきの注射器に、今のジーンの言葉。

 不穏な何かがここで進行しているような――。


 それはエレナの気のせいかもしれないし、このスラム街という非日常空間ですべてに疑心暗鬼になっているからかもしれない。

 

「すまんね、お待たせして」


 穏やかな口調で、ラダースが診察室から出てきた。

 玄関先の大きな壺から水を柄杓で掬い、手を水で洗う。

 ちゃんと清潔を保っているのだろう。


 ラダースがここを訪れた人たちから、注射器で採血するところが目に浮かんだ。

 エレナはぎくりと体を強張らせた。

 目の前で医師として診察していたラダースを見ているだけに、やけに生々しい。

  

「どうですか? 患者さんたちは」


 ジーンが人懐こい笑顔で尋ねた。

 先程までの鋭さはすっかり鳴りを潜めている。


「うむ。腹痛一人と貧血二人。

 とりあえず、薬で治癒して様子見だな」


「また貧血患者ですか。

 最近多いですね」


「ああ、まったくそのとおりだ」


 ラダースは唇を曲げて頷いて、視線をコンラートに向けた。


「あっ、そこの体格の良い男の方。

 食卓上のタオルを取ってくれませんか?」


「あっ、はい」


 コンラートが硬い表情で、ラダースに食卓テーブルに置いてあった手拭きタオルを差し出す。


「おお、ありがとう」


 ラダースは差し出されたタオルで手を拭きながら、クロフォードに視線を飛ばした。


「そこの若いの、後ろの棚から黒い瓶を出しておくれ」


 クロフォードが振り返って、自分の背後にあったキャビネットから黒い瓶を取り出した。

 小さな丸薬が入っている。


「これか?」


「そう。これが腹痛予防の薬。

 一人二粒、飲むんじゃよ」


 ラダースは柔らかな声で言った。


 クロフォードは瓶の蓋を開けて、エレナとコンラートそれぞれに薬を手渡す。

 じっと薬を見つめてから、クロフォードはちらっとジーンに目配せした。

 ジーンは無言で頷く。


「あの、先生。薬と一緒に飲む水も貰えますか? 

 このままでは喉に詰まってしまいます」


 ジーンが声を上げた。


「ああ、そうだね。

 待っててね」


 ラダースはさらに奥の部屋に入って行った。

 あちらに水飲み場があるようだ。


 その間にクロフォードが詠唱し、薬に問題ないか鑑定魔法を発動させた。


 その時、何かが動いた。

 びくっとエレナは肩を震わせ、恐る恐るそれに視線を投げた。


 それは作業机の上で、鋭い光を放つ黒い何かが、生き物のようにくるくると回っていた。


(なに? あれ……)


 作業机を覗き込もうとしたその刹那、不意に禍々しい何か気配を感じた。

 ぐらりと眩暈が襲う。

 一瞬にして、世界から色が失われる感覚。

 



 突き刺さるような視線を感じた。




 地面から湧き起こる何かがこっちを見ている。


 それは一つ二つではない。

 それも異様な不気味さを持つ幾つもの目。

 闇の底からこっちを覗き込んでいるような禍々しい視線。


 身の毛がよだち、鼓動が乱れた。

 エレナは動けなくなって息を呑む。


 胸の鼓動が早くなり、背中がちりちり熱くなる。

 腹痛だから、とかではなく、とにかく全身に冷や汗がぼわっと噴き出してきた。


 まるで見えない手が地下から伸びてきて、エレナを捉えようとしている。

 そんな不気味さがあり全身が粟立った。


 激しく頭の中で、警鐘が鳴り響く。

 ここから逃げろ――!


「お待たせ」


 ラダースはお盆に三つの水の入ったコップを持ってきた。

 ふっ、とエレナはまるで呪縛が解けたように体が軽くなった。


 今の、何だったんだろう。


「ああ、ありがとうございます」


 クロフォードが最初に手を伸ばして、薬と水を口に入れた。


 その様子をエレナはちらっと盗み見た。


 クロフォードがごくんと飲み込んだのを確認して、エレナとコンラートも顔を見合わせた。二人はほぼ同時に薬を飲み込むように飲んだ。


 口に入れた瞬間、薬の苦さが広がって、エレナは口元を下げた。


(不味い……)


 良薬は口に苦しとはいうけど。

 だけど、なんとなくお腹がじんわりと温かくなって、まるで膜につつまれたような錯覚に陥る。

 キュルキュルしていたお腹の痛みがやんわりと落ち着く。


「ありがとうございます」


 エレナがほっとするようにお礼を言うと、コンラートもぺこりと頭を下げた。


「いやいや、お代は三人分で銀貨一枚で手を打とう」


 ニカっと歯を見せてラダースは笑って、手を差し出した。


「ちっ、やっぱり金をとるのかよ」


 クロフォードが舌打ちをした。


「君はキレイな顔をしているくせに口が悪いね。

 これも商売、ほれ」


 ますます手を突き出すラダースに、クロフォードは悪態をついた。


「っていうか、高くねえ? 

 王都の薬師でも腹痛予防薬はもう少し安いぜ」


「儂は客を見て金額を決める主義でね。

 だが、効果は抜群、安心しなさい」


 ラダースは満面の笑顔を浮かべた。


「うん、確かに。

 お腹、さっきまでおかしかったけど、落ち着いた」


 エレナがぽつり言うと、クロフォードは顔を引きつらせる。

 そして、深々とため息をついた。


「はいはい、参りました」


 クロフォードは手を挙げて降伏のポーズをした。

 それから、コンラートに顎をしゃくって支払うよう指示をした。


 コンラートがポケットからすかさず銀貨を出して、ラダースに渡した。


「毎度あり」


 ケラケラとラダースは陽気に笑った。



***



「まったく、とんだぼったくり医者だ」


 クロフォードはラダースの家を後にすると小さくぼやいた。


「でも、効果は抜群だったよ」


 エレナがそうっとクロフォードの顔を覗き込んだ。


「そうだけどさぁ……」


 クロフォードは納得いかない顔をして、くるっとジーンに体を翻した。


「おい、ジーン」


「はい。

 なんでしょう?」


「あの薬の成分、何も問題なかったぜ。

 それどころか、あの爺さん、なかなかの凄腕医師だ。

 薬もかなり良い材料を使っているよ。

 あの医師、何者だ?」


 ジーンは苦笑した。


「ね、そう思いますよね。

 スラム街に住んでる人々から治療費をもらっていないのに、それなりの良い材料の薬を調達、調合できる。怪しくありませんか?」


「まあね。でも、元々金持ちの爺さんだったんじゃないのか? 

 元貴族って言っていたし、資産はそれなりに持っているかもしれないぜ?」


「ええ。彼はそれなりの資産家でしょう。

 そして、好き好んでスラム街に流れ着いた変わり者です。

 だからこそ、クロフォード殿にも一度確認してもらいたかったんです。

 あの薬の効果は本物なのか? 怪しい薬剤を使っていないかどうかをね」


「何のために?」


「さぁ、何ででしょう」


 ジーンは含みのある視線をわざとクロフォードに投げた。

 

「は?」


 クロフォードは眉をひそめる。


「っていうか、お前こそ――何者?」


 一瞬、空気が張り詰めた。


「いやだなぁ。

 僕はしがない吟遊詩人ですよ」


 ジーンはうっすら半笑いを浮かべ、先を歩き始めた。

 その態度が気に入らないとばかりに、クロフォードは憮然とする。


 エレナは、ぼんやりと日に焼けたジーンの横顔を見つめた。


 掴みどころのない不思議な人だ。

 一体何を考えているのか全然読めない。


 彼が聡明でよく気が回る一方、エレナは何故か彼と目が合うと緊張を強いられた。


 なんだかずっとじっくり観察されているようで、少しでもエレナがお気楽発言するとピリッとした口調で諌められる。


 けれど、敵なのか、というと……これまた不思議とそんな感じはしない。


「ふっ、冗談ですよ」


 ジーンは微笑んで、こちらを振り返った。


 それから、周囲をちらちらと見回す。

 誰もいないのを確認する。

 さっきまでの訝しげなスラム街の住民からの視線も、ここを通るのが二度目になるからだろうか、興味を失ったようで、もう誰もエレナたちに注目していない。


 ジーンは少し間を開けてから、慎重に言葉に紡ぎ出す。


「――彼は、要注意人物なんです」


「え?」


「この周辺で敵に回してはいけない人物、ということですね」


 ジーンは含みのある笑顔を浮かべて口元に人差し指をあてた。


 ひょっとして……。

 クロフォードは腰に手を当て、薄い笑みを浮かべた。


「なるほどね、これがあんたの言う"ヒント”ってやつか」


「ふふ。あとは、ご想像にお任せします」


 ジーンは柔らかに微笑み返した。


「ねえ、クロフォード」


 エレナが声を掛けた。


「なに?」


「あの患者さんたち……」


 エレナは診療室にいた患者の様子も気になっていた。


「病に伏しているというより、 血の気が抜け落ちたような不自然な蒼白さがあった……」


「え?」


「それに……、何か変だったよ。あの家」


「変って?」


「作業机に、魔力測定器があった」


「マジかよ?」


 クロフォードはぎょっとした。


「うん。お医者様だからかもしれないけど、注射器っぽいのもあったし」


「ってことは、ひょっとしたらあの医師も[夜鴉盟約(よがらすのめいやく)]なのか?」


「その結論に達するには、少々時期尚早ではないでしょうか?」


 コンラートが固い表情で口を挟んだ。


「あれだけの腕前です。

 それに我々のもらった薬に不備はなかったのでしょう? 

 確かに、色々不審な点もありますが、彼は医師です。

 さっきジーンとラダース医師の話にも出てましたが、最近よく血を抜かれて倒れた者が運び込まれているって言っていたじゃないですか」


「ふうん。

 コンラートはあの医師に肩入れするんだ?」


「いえ、そうではありません。

 ただその志が素晴らしいと申しますか……」


「まあ、人それぞれ、考え方がありますよね」


 ジーンがやんわりと仲介に入る。


「すみません、僕が余計なことを申しました。

 ただ、僕が何日もここに通い続けた私見です。

 トマが心配しているあの患者たちは、貧血とか言っていたけど、本当は魔力赤芽球症なのでしょう」


 魔力赤芽球症――魔力を持つ者特有の、血が枯れていく難病名だ。

 

 エレナは体のどこかがざわっとするのを感じた。

 同じ女性であれば、それがどれほど残酷な結末を招くか。想像するだけで指先が冷たくなる。


「そりゃあね、もちろん腹痛や風邪、怪我などであそこに運ばれる者もいます。

 ただ、先生がおっしゃるにはね、魔力を持っているか持っていないか、それに応じて治療法そのものが変わるとのこと。

 だから、魔力測定器は知人から譲ってもらったと教えてくれました。

 その他医療器具も知人に分けてもらったと言ってましたね」


「知人ねぇ。

 まあ、治療法に関しては、一理あるな」


 そう、ジーンの治療法の話はもっともだった。


 魔力保持者は、体内のどこかに魔力供給源がある。


――治癒魔法がこの国ほど発達していない国には、魔法使いとそうでない者とは体の構造が違い、治療法もそれぞれ別枠で確立している。

 以前、師匠のマインラートやルシアン・クレインバール総騎士団長からそう聞いたことをエレナは思い出した。


「ですが、それを勘違いして、最近は血を売りにくる貧困層がいて困る。

 そう先生は言いたかったのでしょうね」


 ジーンはやれやれと首を振った。


 エレナは唸るように頷くも、いまだモヤモヤする違和感があった。


――診察室の棚の奥の木箱。

 医師の道具にしては妙に冷たく、鋭い印象を残している。

 そして、部屋全体から感じた這い上がってくるようなひんやりした気配。


 まるで、透明な水面に黒インクが一滴落ち、ゆっくり広がっていくように、モヤモヤが意識を侵食する。


「とりあえず、彼の資金源が分からない限り、僕は気をつけるべきだと疑ってます。

 さぁ、もう一度スラムの中心へ戻りましょう」


 ジーンが仕切り直すように言った。


「いや、中心はもういい」


 クロフォードが首を振った。


「それよりも海面側の、ラダース医師のところに血を提供しにいくような者たちに会ってみたい。

 ひょっとしたら、話が聞けるかもしれない」


「承知しました。

 でしたら、もう少し持ち物をちゃんと用心しておいた方がいいです」


 ジーンはコンラートに向き合う。


「コンラートさん、さっきみたいに金銭を出していたら、どこに金があるのかスリたちにバレてしまいます。

 なるべく内ポケットに入れるとか、肌に近い部分にしてください。

 そうしないと、盗まれたことに気付きませんよ」


 コンラートは慌てて周囲に誰もいないことを確認し、お金の入っていた布袋を胸ポケットにしまった。


「お二人は貴重品は大丈夫ですか?」


 ジーンがエレナとクロフォードに向き合う。


「ああ、大丈夫。

 その辺、自己管理能力は俺たち無駄に高いから」


「はは、そういえばそうですね。

 鑑定魔法をあっという間にできるほどの魔法使いですもんね。

 あの短時間で分析できるとは、さすがです」


「まあね」


 クロフォードは肩をすくめた。

 ふと、ジーンの視線がエレナに定まる。


「トマくん」


「えっ、はい」


 突然名を呼ばれたので、エレナは反射的に姿勢を正した。


「さっきから注意散漫ですよ」


 ぴしっと指摘され、エレナの表情は凍りつく。


「気をつけます」


(うぅっ、やっぱり、この人、なんだか苦手……)


 でも、クロフォードに比べれば隙がありすぎるのは否めない。

 不貞腐れそうになりながらも、エレナは振り返り、あの静かな診療所を、得体の知れない塊を見るような目で見据えた。


 診療所を離れても、あの部屋に漂っていた冷ややかな気配は、まだエレナの胸の奥に残っている。


――不安がじわじわと意識を侵食していく。

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