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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第2章 出張捜査編 ―死の予言と、血晶の陰謀―

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第88話 考察令嬢と王宮魔術師――スラムに潜む「呪い」の足跡

 闇オークション――それは、表の世界では決して語られない禁忌の集い。

 奴隷、盗品、禁制品、違法薬物、古代魔導書や禁呪の巻物……。人の欲望と恐怖を糧にした品々が、仮面をつけた匿名の富裕層たちの前に並べられる。



 ***



「闇オークションに違法武器、一度探ってみる価値はあるかもしれないな」


 クロフォードがほんの少し眉をひそめて、こそっと囁いた。


「うん、そうだね」


 エレナは神妙に頷く。


 本来魔法使いじゃないと使えない武器――それが魔法銃。


 なぜ、そんなものがこんな平穏な港街に存在しているのか。

 ましてや、危険な闇ギルドが手に入れているだけで、それは明らかにきな臭い何かが(うごめ)いている証拠。 


 クロフォードは、その闇取引を調査、摘発することが任務であり、エレナもそれらの手伝いをするのが〈影〉としての責務である。


 だが、そう思う反面、エレナは内心、好奇心がうずうず湧き上がっていた。


 禁術の巻物や古代魔導書――。

 現代において古代語を読み解ける人は非常に少ない。そのせいか、なかなか古文書は出回らない。


 すごく気になる。

 チャンスがあったら、一度この目で見てみたい。


 王城地下の「魔術図書館」の禁書庫の片隅にも、古代魔導書は保管されている。

 けれど、そこはエレナのような一介の女官では滅多に入ることはできない。

 大臣以上の許可が必要だ。


 ひょっとしたら、そんな古代魔導書を手にとって、読むチャンスに恵まれるかもしれない。

 そう思うと、なんだか心がソワソワして落ち着かない。


 興奮と不安。

 そして、好奇心。


 そのとき、ふと視線を感じた。

 クロフォードが物言いたげな顔でエレナをじっと見ていた。


「エレナ、いま闇オークションに潜入して古代魔導書を見たい、って思ってなかったか?」


「え?」


 見透かされてしまっていたようで、エレナは思わず、分かりやすく顔を硬直させた。


「……はあ、魔法オタクにも困ったもんだ」


 クロフォードはため息をついて、やれやれと首を振った。


「えっと、そのね……」


 誤魔化そうにも、言葉が出てこない。

 呆れ返るクロフォードに、闇オークションの古代魔導書に興味を持つエレナに唖然とするサンティエ伯爵夫妻。


(ああ、またまたオタクの血がうずいてしまったぁ……)


 エレナは心の内で頭を抱えた。


(だって、しかたないじゃない。

 魔法研究者として、禁じられた知識に手を伸ばしたい衝動を抑えきれないんだから)


 もちろん、闇オークションなんて犯罪の臭いしかないところに、上級貴族と呼ばれる侯爵位の令嬢が足を運ぶわけにはいかない。ましてや、国に仕える帝国公務員。言語道断である。


「でもさ、潜入捜査する機会があれば、目にすることだってあるよね?」


 そう、チャンスさえあれば……、いいえ、お仕事の一環で行くだけ。

 決して興味本位だけで行きたいわけでない。


「そりゃあ、そうだけど。

 いつ開催されるか分からないんだろう。

 しかも、開催地も不明」


 クロフォードは呆れ返ったように頭を掻いた。


「ああいうのは、開催場所は決して定まらず、港町の倉庫、廃墟となった館、あるいは地下の石造りの広間とか様々で、なかなか足がつきにくいんだよ」


「えっ、その分かったような口ぶり……クロフォードは潜入したことあるの?」


「まあね。でも、想像よりはるかにエグいぜ?」


 そう言われても、古代魔導書があるなら是非見てみたい。

 エレナがますます興奮を滲ませるので、クロフォードはさらに呆れたようにため息をついた。


「あまり期待するなよ。書物よりも実際、人身売買の方が中心だ。

 金貨や宝石だけでなく、人間が平気でキモイ趣味の奴らに売られていくんだ」


「そうですよ。そんな物騒なところに、貴族令嬢が赴くものじゃありませんよ」


 サンティエ伯爵夫人が窘めるようにエレナに言った。


「そういえば、闇オークションも、先日の奴隷船二隻運送に関わった外国籍の貿易商の男が深く関与していると聞いたなぁ」


 ふと、バルトロメが思い出したように呟いて、思わずクロフォードとエレナは顔を見合わせ、息を呑んだ。


「――ひょっとして、ワルト・チェッカレッチか?」


 クロフォードの声が鋭くなった。


「ああ、そうそう、その彼だ。彼は頻繁にここを訪れて、何度か領主の私にもお目通り許可をもらいに来ていたんだ」


 エレナはぎょっとした。


「会ったんですか?」


「いや、少々胡散臭い経歴があったから断ったよ」


 バルトロメは顎を触りながら、呟くように言う。


「今思えば、その勘は正しかったよ。彼は、黒の杖とも繋がりが深かったんだろ?」


 その質問にクロフォードの語尾が濁る。


「深かったというか……」


 どこまで説明しようか悩んでいるのだ。

 世間では、彼が黒の杖と共謀して王城テロを起こしたあの事件は、『公開緊急軍事訓練』だったと軍部が世間に発表している。そのため、おいそれと詳細は話せない。


「そういえば、あの時の奴隷船、一隻は全焼したんだよな?」


 クロフォードが話を逸らそうと、別の話題を振る。


「そうなんだよ。

 あれには驚いたよ」


 首肯しつつも、一瞬、バルトロメが顔をしかめた。


「あれに火をつけたのは海賊と聞いてたけど、その海賊はどこを縄張りにしている奴らだったんだ?」


 クロフォードは率直に切り込んだ。

 バルトロメは渋い表情になる。


「ああ、それは、あの構成員のほとんどが[夜鴉盟約(よがらすのめいやく)]だったんだ」


 エレナは目を見開き、クロフォードは苛立ちを込めて後頭部をカリカリ掻いた。


「マジかよ。あの船の全焼騒動も闇組織と繋がっているとは聞いていたけど……。まさかそこに直結するのか。

 じゃあ、二隻目の奴隷船は? 

 特殊国境警備隊のお陰で一隻目のような全焼は免れたって聞いたぜ。

 でも、その後の船員たちの情報は何も聞いていないんだ」


「ああ、あれは……」


 バルトロメが言葉を濁した。

 彼がとても言いにくそうにする表情から、エレナは嫌な予感がした。


「なんだよ?」


 クロフォードもそう感じたのか、やや身構えながら聞き返した。

 一瞬躊躇ってからバルトロメは口にする。


「気味の悪い魔物が暴れ回ってたらしく、船にはこれといった船員はいなかったらしい」


「気味の悪い魔物?」


 クロフォードが顔を歪めた。

 エレナは、はっとして思い出す。


「皮膚が溶けた赤黒ドロドロ人形みたいな、ですか?」


 エレナが付け加えると、バルトロメは弾けるようにエレナを見た。


「そう、それ」


 言い放つも、バルトロメの眼差しが、一気に曇った。


「光か影属性しか討伐できなかったという厄介な魔物だったらしい」


 エレナは絶句した。


――屍鬼しきだ。

 キムバートン・アイヒヴァルトが操っていた呪術の魔物。

 不意に肌寒さを覚えた。


「特殊国境警備隊の報告では、彼らが船に乗ったとき入れ違いで一人、魔法使いの男が飛行魔法で陸地に逃げてしまったそうなんだ。

 船底の倉庫には奴隷がぎゅうぎゅうに詰め込まれていたとかで……」


 エレナとクロフォードは眉をひそめた。


 バルトロメは、船上に現れた不気味な魔物がいかに不気味でおぞましかったか、その特殊国境警備隊たちの報告を元に饒舌に話す。


 さも初めて聞いた話のように装い、エレナは適当に相槌を打つ。

 けれど、エレナもクロフォードも王城テロのときに本物をこの目で見ている。


 あれはまさに、血と破壊に覆われた地獄絵図だった。

 あのときの臭いをふと思い出し、エレナは顔をかすかにしかめる。

 

 吐き気を催すほどの腐臭。

 人の形を模した赤黒い液体。

 苦悶に歪んだ目、生きている者たちの耳を腐らせるような死者の悲鳴。

 

 バルトロメの話を聞きながら、エレナは別のことを考えていた。

 たぶん、その魔法使いは足がつかないように、船員全員が屍鬼になるように呪いをかけて逃亡したのだろう。


 もはや、そうなると逃亡者は、魔法使いというより――ワルトやキムバートンと同じ呪術師なのではないかと推測が立つ。


 エレナは妙な胸騒ぎがした。

 過去、この街にワルトやキムバートン並みの実力者の呪術師が潜んでいた。


 そんな優秀な呪術師が、船員を屍鬼に変えるだけで素直にこの街を去るだろうか?

 いや、そんなわけがない。


 彼らは時間をかけてこの国を侵食しようとしている――。


 そう思うと、先日のテロ事件の余波が、この街のどこかにまだ色濃く残っているとしか考えられない。

 そして、まだ何か不穏なものがどこかに隠れていて、知らぬ間にじわじわと浸食されるのではないか、そういう不安に駆られる。


 ふと、エレナは思い出す。


「あの、助け出された百人の奴隷はどうなったんですか?」


 彼らは生きて保護されたと聞いた。


「ああ、それは一応、友好国だったり協定を結んでいる国の出身者は、祖国に送り返した。

 だが、どこの国から来たのか分からない者たちについては、周辺領地の協力を得て自立支援施設を立ち上げてそこに入所してもらっている」


 バルトロメは言葉を選ぶようにして、夫人に視線を投げながら確認するように言った。

 この目配せから、そういった領地内の慈善福祉活動については、夫人が担っていているのが伺われる。


「どこの国から来たかわからない、というのは、言葉が通じないからか?」


 クロフォードが尋ねた。


「その通りだ。言葉の壁は大きくてね。

 言語が通じないとなかなか援助が難しい。

 それだけでなく、文化や考え方、宗教が異なりすぎている」


「なるほどね。

 馴染む気がない奴は手の施しようがないってわけね」


「ええ、本当に」


 夫人が重苦しい口調で言う。



「実は、施設から逃げ出す者が後を絶ちませんの。

 大半はあの港の――そう、先ほど申し上げたスラム街へと流れ着いてしまいます。

 女性が多く、その中には人買いに捕らえられ、娼館へ売り飛ばされる者も後を絶ちません……。


 しかも、その手口があまりに悪質で……依存性の高い薬を盛られ、意識が朦朧としたまま、逃げる力も奪われてしまう。

 哀れなことに、彼女たちは自らの意思ではもう立ち上がることすらできなくなるのです」



 エレナは雷に打たれたような衝撃が走った。


 負の連鎖――言葉が通じない、身寄りがない、公的な身分もない。

 そんな「何も持たない」状態で施設を逃げ出した先が、より過酷なスラムであるという現実。

 そして、女性という性を利用する悪い男たちが、最後まで彼女たちを搾取する。


 自尊心さえも薬で溶かされ、尊厳を磨り潰していく非道さ。

 反吐が出る。


「そういえば、さっき、メシ食った店で小耳に挟んだけど、女性の失踪者が増えているって聞いたけど、あれもそれに絡んでいるのか?」


 クロフォードの質問に、夫妻の顔がさらに強張った。


「ああ、恐らくね。

 失踪者が見つかっても薬物中毒になった状態で娼館にいるとか、ひどいときは血をすべて抜かれて路上に遺体を捨てられている場合もあってね」


 バルトロメが苦しげに言葉を切った。


「血を!?」


 エレナはすうっと体から血が引くのを感じた。


 真っ赤に広がる鮮血。


 そのイメージが脳内に広がる。

 足元から冷え上がってくるのは、夜のせいだけではなさそうだ。


「男の被害者はいないのか?」


 慎重な声でクロフォードは確認するように訊いた。


「男の行方不明者もいないとは言い切れないが……。

 ただ、男の場合は、女と家を出たとか、漁に出て事故に遭って戻って来ないとか、そういう場合が多い。

 もしくは、性別関係なく、何らかの事情で働けなくなって住む場所を追われ、やむなくスラム街に逃げ込む者もいる」


 諦めの滲んだ声をバルトロメは出した。


 どこの領地にもある一定数の人間が、社会に馴染めずにいる。

 職を失い、街の路上で生活し始め、ひどいときは犯罪に手を染める。


 そういった者たちに対し、エレナの故郷では、祖母と母主導で自立支援を織り込んだ慈善活動を行っていた。

 昨今、将来そういった者を減らすために、最低限の教養を身に着けさせる庶民用の学校創設も貴婦人の間ではブームになっていたりする。


「あの、自立支援施設以外にも社会復帰の慈善活動はされたりしないんでしょうか?」


 控えめにエレナは夫人に質問をした。


「そうね、一応炊き出しとか、日用品の支援、職業訓練を開催などしているけど、それでもなかなかね……」


 夫人はため息をつきながら頬に手を当てる。


「食事などの無料提供は喜んでやってくるけど、結局言葉の壁ね。

 もちろん、気概のある者は男女問わず参加して言語を覚え、街で働けるぐらいになるわ。

 とはいえ、大半はこの国の言葉を覚える気がまったくないみたいなの。

 同じ言語を話す者同士で集まって新たなグループを作ってしまうって……」


「その代表格が港のスラム街だ。

 言語を覚えない各国の奴隷たちが密集し、もともと貧困層街であった郊外の橋の麓に集まっている」


 バルトロメの視線が落ちた。


 思うように支援がうまくいかない落胆。

 ここでも悪循環――負の連鎖。


 気まずい沈黙が降りた。

 部屋の空気がより一層重くなる。


「ちなみに、ふだんはどこで炊き出しなどの活動をされていたんですか?」


 沈黙を打ち破るように、エレナは尋ねた。


「スラム街すぐ近くの橋の上ですわ。

 もちろん昼間のみで、安全確保のため数時間で切り上げております」


 夫人が答えた。


「あの、一度そのスラム街歩いてみたいんですけど……昼間なら行っても問題ないってことですよね?」


 エレナが言うと、一同ぎょっとする。


「おい、エレナ。

 本気かよ?」


 クロフォードが真剣な眼差しでエレナの顔を覗き込んだ。


「うん、本気。

 だって、実際この目で見てみないと分からないでしょ? 

[夜鴉盟約]がそこ発祥かもしれないなら――うん、なおさらだよ」


「だけどなぁ……」


 クロフォードがこめかみを押さえ始めた。


「ヴァービナス女官、考え直した方がいい」


 バルトロメが真剣な声で諭す。


「スラムだから当然汚いし、ゴミだらけで不衛生だ。

 それに子どもといえど、スリとか平気で軽犯罪をする者ばかりだよ。

 貴族の令嬢が行くような場所じゃない」


「そうですよ」


 夫人も慄いた声を上げた。

 親身に心配をするサンティエ夫妻にエレナは思わず胸が詰まる。 


「ご心配いただき、ありがとうございます。

 ですが、そうしないと『魔力石』、手に入らないかもしれませんよね?」


 エレナは静かに言った。


「確かにそうかもしれないが……」


「俺も()()()()()()()()()()()抵抗がある」


 クロフォードが、苦虫を嚙み潰したような顔で呟いた。


 エレナを連れて行くのは……――。

 エレナは直感的に察した。

 たぶんクロフォードはひとりでスラム街を探索するつもりなのだろう。


 置いて行かれたような焦燥感と寂寥感が駆け巡る。

 ここで置いてきぼりをくらいたくない。


 わたしだって、ここにやって来たのは魔法省女官として、そして〈影〉としての任務を果たすためなのだ。いつまでもクロフォードに隠れているわけにはいかない。


 エレナは決意に満ちた瞳をクロフォードに向けた。


「ううん、わたし、行くよ」


 唇がほんの少し震えた。


 怖くないといえば嘘になる。

 けれど、やり遂げないといけない。


「わたしは、この国の帝国公務員です。

 少しでも国の役に立つことをするのがわたしの仕事です。

 『魔力石』がこの領地での負のループの元凶なのでは、とそう思えてならないんです」


 そう、『魔力石』に闇ギルドが関わっている今、ますます放置してはいけない、そんな直感がする。


「ですが、あなたはフレデリカと年齢も変わらない令嬢なんですよ? 

 何かあったらどうするんです?」


 夫人が、声を荒げた。

 エレナがスラム街へ行くのをなんとしても止めようと必死だ。


「問題ないと思います。

 慈善活動をふだんからされているのであれば、それの事前準備と称して行けば怪しまれないはずです。

 それに、あちらもむやみに貴族を敵に回してもいいことはないのだと、本能的に気づいていると思います」


「そうかもしれないが、私もやはり賛同しかねる。

 フレデリカですら、なかなか慈善活動に前向きにならないような場所だよ?」


 バルトロメも、あまりいい顔をしない。


「大丈夫です。

 一応、慈善活動のお手伝いは領地で母とやっておりましたし、ヴァービナス侯爵領地はとにかく魔物が多い地、兄と共に何度も血生臭い場所には足を運んでました。

 魔物討伐をするにも、きれいごとだけではやっていけません」


「魔物討伐⁉」


 夫人が慄いた。


「なんて恐ろしいことを……!」


「あれ? フレデリカ様も港にやって来たクラーケンを追い払ったとおっしゃってましたけど?」


 想像以上の夫人の驚きように、エレナは訝しげに首を捻った。

 バルトロメは苦笑した。


「ああ、あれはあくまでもあの子には危険が及ばないよう、私の指揮で火魔法を放っているだけなので、討伐するほどの大それたことではありません」


「あっ……、そうなんですね」


 意外だった。

 あれだけ胸を張ってフレデリカ本人が言っていたから、さぞかし凄いことをやっていると思ったのに。


 そもそもエレナは森や山の魔物しか知らない。

 クラーケンという海の怪物は、物語上の生き物に過ぎないのだ。


「じゃあ、行ってみるか?」


 クロフォードがエレナの顔を覗き込んだ。


「え⁉」


 夫婦そろって驚き、立ち上がった。

 まるで鬼を見るかのような目つきで、クロフォードを睨みつける。


「クロフォード! 

 彼女はヴァービナス侯爵令嬢なんだぞ、そんな簡単に言うな!!」


「そうです。

 何かあったらヴァービナス侯爵夫妻に顔向けできません」


 二人の迫力に気圧されると思いきや、はあ、とクロフォードは大きなため息をついた。


「あのさ、エレナの実力、二人とも知らないでしょ?」


 一瞬、二人は押し黙った。


「中級魔法が精一杯のフレデリカと比較するの、マジ止めてくれる? 

 エレナは魔法省の特別補佐官になれるほどの実力者だぜ?」


 クロフォードは悠然と脚を組んで、肩肘を椅子の背もたれにのせる。


「だが」


 バルトロメは、憮然とする。


「あのさ、二人ともエレナに失礼だから」


 ぴしゃりとクロフォードが言いのけるので、二人は絶句した。


「知らないだろうけど、案外、エレナはやり手なんだ。

 マジで驚くほど魔物を討伐している」


 二人は信じられないと、エレナをまじまじと見つめた。


「本当に? こんな小柄なご令嬢が?」


 夫人が懐疑的に声を出した。


「えっと……」


 エレナはもじもじと落ち着かなくなった。


「はい。魔法で討伐してました。

 一応討伐した魔物の名をあげておきますと、バジリスク、アウルベア、トロル、ヴリトラ……あと何があったかな?」


 エレナは指折り数えた。

 夫婦は口をぽかんと開けて、絶句した。


 エレナは、自慢じゃないが、これまで結構多くの魔物を討伐したと思っている。

 兄に半ば強引に連れられることばかりだったし、どれも一歩間違えば命を落とす相手ばかりだったが、それらの経験がすべてが積み重なり、今の自分の強さを形作っていると自負している。


 そう、魔物は怖くない。

 一番怖いのは――人間だ。


「毒霧トカゲ、雷鳴角の山羊……他いろいろあります。

 けど、すみません、倒し過ぎて忘れてしまいました」


 へらっと笑うエレナに夫妻は、ますます驚きを隠せない。

 やがて、二人は顔を見合わせ、それでも難色を示す。


「ですが……」


「心配しすぎ。大丈夫だって。俺も傍にいるし。

 これでも俺、この国に二十四人しかいない王宮魔術師様だよ」


「お前が桁違いなのは分かるけどなぁ」


 バルトロメは苦笑した。


「それに何かあれば、エレナの上司のピーテル・リックランス公爵のせいにすればいいからさ」


 クロフォードがあっけらかんと笑って、手をひらひらさせた。


「いやいや、リックランス公爵閣下のせいだなんて……」


 この国四大公爵家の名前が出て、ますます二人は顔を蒼ざめ、手を振る。


(クロフォードは、わたしがいかにもすごい魔法使いだって話を盛ってるけど……。討伐したことに嘘はないもんね)


 いざ怖くなったら、飛行魔法で空へ逃げればいい。

 クロフォードも呆れるかもしれないけど、咎めないだろう。

 彼にとって、自分の能力値を過信して不相応なことをする者ほど扱いに困る。

 

――挑戦と無謀は違う。

 

 師匠のマインラート・ソシュールがよく言う言葉だ。

 だから、安全なところで遠巻きで歩き、周辺を観察するぐらいはきっと大丈夫。


「よく考えてみろよ、二人とも」


 クロフォードはたじろぐ二人の顔を覗き込んだ。


「逆にここでエレナを手ぶらで帰らせたら、エレナの立場がなくなるだろ? 

 それに、いつまで経っても解決できないと困るのはそっちなんだぜ」


 ぐっと二人は言葉に詰まった。


 魔力石分析の依頼をし、それを根拠に闇ギルド摘発を中央に依頼したのは彼らだ。

 格上の侯爵家令嬢のエレナの安否と、領地の不穏分子の排除への第一歩、秤にかけているのだ。


「サンティエ伯爵、お願いします。

 任務を全うしたいんです」


 エレナは拝む仕草をして頼み込んだ。


 バルトロメは「うーん」と長い間、唸る。

 やがて、ふうっ、とため息をついて、渋々口を開く。


「承知しました。

 そうですよね、あなたはヴァービナス令嬢だが、女官だ」


「あなた!」


「しかたないだろ? 

 彼女はフレデリカとは立場が違う」


「ですけど……」


 バルトロメはエレナに真っすぐ向き合う。


「あなたは、国が認めた魔法省の官僚でしたね。

 ですが、やはり心配に変わりはないので、こちらも案内役兼護衛をつけましょう。

 もちろん、その護衛は私の腹心の部下です。彼は生真面目、闇ギルドと繋がりを持つようなことはできない性分です。それに街の案内役としても役立つと思いますよ」


「えっ……あ、ありがとうございます」


 エレナは一瞬躊躇しながらも、とりあえずペコリと頭を下げた。

 ちらっとクロフォードを見ると、クロフォードの口角がニッと上がった。


「護衛って、ひょっとしてコンラートか?」


「ああ。彼ならお前とも顔馴染みだし、間違いなく信用が置ける男だ」


「マジかぁ、うわぁ、助かる。すっかり昔と街も変わっちゃったからさ。

 迷子にはならないだろうけど、直近の情報がなさすぎで少し心許なかったんだ」


 クロフォードはエレナに目配せした。

 エレナは頷く。

 

 これでお互い、任務の『魔力石』に一歩近づいた。


(一体どんな石なのだろう)


 おぞましい方法で抽出して作った『魔力石』。 

 早く『魔力石』の構造を解き明かしたい。


 胸の奥が高鳴り、鼓動が速さを増す。指先まで熱が走り、期待と興奮が渦巻く。

 エレナは武者震いがした。


 わたしは、みんなを守るために魔力石を分析し、仕事を全うするだけ。

 待っててよ、魔力石。徹底的に分析するから!


 そうエレナは言い訳をしながらも、その裏で、期待と緊張、魔法マニアの欲望が疼いていた。

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