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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第2章 出張捜査編 ―死の予言と、血晶の陰謀―

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第83話 内気令嬢と闇ギルド夜鴉盟約 — 魚市場の戦陣と闇の連鎖

 クロフォードは迷わず窓枠を蹴って飛び降りた。


 四階からの落下。


 普通なら即死だ。

 運よく生きていても、骨折は免れない。



    「――衝撃分散インパクトゥス・ディフューザ!」

 


 着地地点が青白い光を走らせ、瞬時に描かれた円陣が稲妻のように輝き、地面に重なる。


 落下の衝撃は分散し、クロフォードの体は軽やかに着地した。


 石畳に着地した瞬間、視界の端に小柄な影が凄まじい速さで、軽々と屋敷の警備兵をけむに巻いて、裏門に駆け込む。


(え、マジかよ。身軽すぎ、しかも足速すぎだろ……)


 あれは、ただの盗賊じゃない。

 軽々と侵入者は門扉を飛び越え、港町の雑踏に向かう。


「くそっ。逃がすか!」


 クロフォードは石畳を蹴り、影を追って走る。



 夕陽が傾き、港町の魚市場はすでに店じまいを終えていた。


 木製の屋台には網や桶が乱雑に積まれ、魚の匂いがまだ濃く漂っている。

 人影はまばらで、広場の隅には氷の溶けかけた塊が転がり、潮風に混じって生臭さが漂う。


 小柄な人影は、魚桶を軽々と飛び越え、閉ざされた屋台の布を裂いて抜けていく。

 クロフォードは防御陣で着地の衝撃を殺しながら、障害物を次々と突破する。


(ったく、足、速すぎだろ。

 魔法で俊足の加護を付与しているのに全然追いつけねぇ)


 あの人影からは、微かに魔力を感じる。

 だが、魔法で攻撃は仕掛けてこない。

 こういう場合はだいたい攻撃魔法をしかけて逃げるのがお決まりパターンなのに。


 逃げてばかりだ。

 たぶん、攻撃魔法は使えないんだろう。


(とはいえ、アイツ、何者だ?)


 その昔、マインラート邸に住んでいたとき。

 基礎体力は魔法を強化するからということで、何年もみっちりしごかれ……いや、鍛えられた。

 マインラートは、自称気の良いオジサンだが、とんでもなくスパルタで容赦ない。


 あのときは毎日筋肉痛で悲鳴を上げていたが、今考えるとこうして持久力が続くのは、あの訓練があったからだろう。



 市場の奥は薄暗く、夕陽の光が届かない。

 人影はそこへ逃げ込んだ。


「待て!」


 クロフォードの前にスッと複数の男たちが、影を庇うように立ちはだかった。


「は?」


 やむなく立ち止まり、その間にも影は走り去っていく。


「ちっ」


 舌打ちをし、取り囲む男たちを見回す。

 彼らの手には刃物が握られている。


(あ~、面倒くせぇ……)


 次の瞬間、男たちが飛びかかって来た。

 クロフォードは即座に魔力を展開する。

 足元に青白い陣が走り、稲妻のように輝く。



     「――雷撃散弾フルグル・スパルタ!」



 クロフォードの掌から放たれた雷光が魚桶を砕き、男たちの武器を次々と弾き飛ばす。


 飛び散った氷塊が床に転がり、冷気を帯びた魔力が周囲を凍らせる。

 男たちの足元が滑り、数人が転倒した。


 だが、男たちは怯まず、魚油の入った壺を蹴り倒す。


 この隙に逃げるつもりだ。


 床に広がった油が光を反射し、不気味に揺らめく。

 クロフォードは即座に詠唱を切り替える。



    「――炎槍イグニス・ランス!」



 炎の槍が走り、油に引火した。


 瞬く間に炎が広がり、男たちの退路を塞ぐ。


 男たちは持っていた刃物をクロフォードに投げつけ、そして殴りかかる。

 それをひょいっと、クロフォードは軽々と避ける。


 赤い炎と青白い雷光が交錯し、魚市場は戦場と化した。

 黒煙が立ち込め、視界が奪われる。

 だが、クロフォードは魔力の流れを感知し、男たちの位置を正確に捉える。



    「――防壁展開バリア・サンクタ!」



 青白い壁が瞬時に広がり、飛び込んでくる刃を弾き返す。

 炎に照らされた男たちの影が次々と倒れていく。


 魚市場の奥で奇襲してきた男たちを一掃したはいいが。


 クロフォードは走り去った影の向かった先に視線を投げた。


(まったく、ここまで走らせやがって)


 不意に、ぐうぅ、と自分のお腹が鳴ったのに気づく。


 クロフォードは、荒い息を吐き、自分の腹をさすった。


「あぁ、腹減ったぁ……」


 肝心の盗難犯は逃すし、腹は減るし、最悪だ。

 

 炎と雷光の余韻がまだ漂い、魚油の焦げた匂いが鼻を突く。


 その瞬間、背後から鋭い魔力の気配がした。

 振り返る間もなく、黒煙の中から銃弾が飛び込んできた。


(しまった、不意打ち……!)


 だが、衝撃は訪れなかった。


 青白い光が弾を弾き返し、結界の余波が花びらの幻影となって舞い散った。

 優しい魔力の残滓が頬を撫でる。


「これは……」


 エレナの防御結界だ。



   「――氷鎖グラキエス・ヴィンクルム!」



 市場全体に広がったエレナの魔力が空気を震わせ、炎の残光ごとすべてを消し去る。

 次の瞬間には、少し奥の壁に隠れていた男へ向かって氷の鎖が走り、その四肢を完全に捕縛していた。


 男は身動き一つ取れぬまま、地面へと崩れ落ちた。


 エレナが息を切らして、こっちに駆けつけてくた。

 その手には、書類を大事そうに抱えている。


「クロフォード、大丈夫!?」


「……助かった、ありがとう」


「ううん。ふふ、相変わらず、派手にやってるね」


 エレナは肩で息をしながら、周囲を見回して苦笑いを浮かべた。


「お前ら、何者だ⁉」


 その時、エレナの氷の鎖に捕えられた男が声を張り上げた。

 クロフォードが冷ややかに視線を投げ、男の側まで行くと、しゃがみ込む。


「お前こそ、何者?」


 クロフォードが鋭い眼光で見据えるので、男は「ヒィッ」と引き攣った声を上げ、サッと顔を蒼ざめた。


「なんで、領主の館にお前の仲間は忍び込んだんだ?」


「それは……」


 男は言い淀み、視線を泳がせた。

 真っ直ぐ貫くように見るクロフォードに怯えた。


[夜鴉盟約よがらすのめいやく]ですか?」


 エレナが言った。

 男は飛び上がるように驚き、ローブを纏うエレナを訝しげに見つめた。


「なにそれ?」


 クロフォードは首を捻った。


「この街に蔓延はびこる闇ギルドだよ」


「へえ。闇ギルドねぇ……。ってことは、奴隷・密輸とかを扱っているってことか?」


「うん。ここに来る前にサンティエ卿に教えてもらったの。

 それに、この帳簿にもギルドの名前が載っていたし」


 男がぎょっとして、目を見開く。


「なぜ、その帳簿が……」


「申し訳ありませんが、それをあなたにお答えする理由がありません」


 エレナは冷ややかに男を見下ろし、醒めきった声で言った。


「見せて」


 クロフォードは、エレナからその書類を受け取り、パラパラと内容を目視する。


 確かに暗号で書いてあるけど――。

 これくらいは、カラクリさえ分かれば誰もが分かる暗号だ。


「クロフォード。

 とりあえず、サンティエ卿がこの町の自衛警察団を呼んでくれているって。

 もうすぐこっちにくると思うよ」


 エレナがクロフォードにそう言った瞬間、エレナはあるものを目撃した。

 捕まっている男が、一瞬ほっとしたような顔つきをしたからだ。


「……」


 エレナはふと押し黙った。


「この書類を見るに、俺たちの今回の任務に、この男たち――夜鴉盟約が絡むってことか」


 クロフォードが面倒臭そうに前髪をかきあげた。全力で走り回ったせいか、体が汗に濡れている。


「そういうことになるね」


 エレナは肩をすくめた。

 やがて自衛警察団がやって来て、男を連れて行った。


「さて、エレナ。

 俺たちも戻ろうか」


 クロフォードが、やれやれとため息をついた。


「ううん、まだ戻れないよ」


 エレナは抱えていた書類をぐっと握り締めた。



***



 ギルドとは本来、都市の秩序を支える職能組合である。

 だが、その認可を受けず、禁じられた依頼を請け負う組織も存在する。

 それが闇ギルドだ。


 彼らは密輸や密売、暗殺、人身売買を扱い、裏社会のネットワークを築いている。

 繁栄する都市の影で、闇ギルドは確かに息づいている。


 闇ギルドの存在は帝国の安全を脅かす大きな影だ。

 彼らは地方に身を隠し、地方権力と癒着していることがしばしばだ。



「なるほど。それで我々が」


 第8魔法騎士団の団長であるアルバトス・ナードリアがしみじみと呟いた。


 年齢は、だいたい五十前後、経験を重ねた落ち着きと威厳を漂わせる男だ。

 鍛えられた騎士らしい逞しさを保ちつつ、無骨ではなく端正。

 銀髪混じりの落ち着いた髪、深い灰色の瞳で背筋が伸び、立ち姿に威厳がある。


 若い騎士ばかりを見てきたエレナには、少々新鮮で、父親に近い雰囲気があり、なんとなく話しやすい。


「ま、誠に申し訳ございません。

 急に呼び出してしまいまして……」


 エレナはひどく恐縮した面持ちでペコペコお辞儀をした。


「いえ、全然。

 むしろ、そのために我々がクロフォード殿に協力するようルシアン様から指示をいただいておりますから」


 その灰色の瞳は厳しさを湛えながらも、どこか温かさを含んでいる。


「むしろ、ヴァービナス女官こそ。

 こちらにつきあわせてしまい、申し訳ございません」


「いえいえ、とんでもないです」


 アルバトスは、まさかエレナが〈影〉の諜報部員だとは思っていないようだ。


 あくまでも何の変哲もない「運悪くクロフォードに捕まり、無理やり手伝わされている可哀想な魔法省の女官」と感じているようだ。


(実際は全然違うけど……)


 なんだか騙しているようで居た堪れない。 


 エレナは、魔法省の特別補佐官という表の肩書でここに出張している。

 目的は、「魔力石」の分析と王城へのサンプルの持ち帰り。


 けれど、エレナに与えられた本来業務である〈影〉の任務は、出所不明の「魔力石」の製造源を突き止めることにある。


 そして、その〈影〉の業務をクロフォードが王宮魔術師として引き継ぎ、この街に蔓延はびこる闇取引を摘発する。

 そのため、必要に応じて二人は手を取り合い、闇組織を追い詰める協力体制にある。


 相手が魔法騎士団の団長とはいえ、そう安々と自分が〈影〉であることを明かすわけにはいかない。


「で、これがそれに繋がるかもしれない書類、と?」


 アルバトスが洞察するような目でエレナの持つ書類に視線を投げた。


「はい」


 エレナはアルバトスにその帳簿を手渡した。

 そこには暗号で盗品をどこに売るのかが記載してあった。


 あの小さな人影が盗んだのは、領主バルトロメ・サンティエ伯爵邸の執務室に保管してあった「魔力石」だった。


 そして、そのとき、部屋中に散らばっていた書類の中に、この帳簿も含まれていた。


――この帳簿書類は、隣領の療養所で起きた医薬品盗難事件の犯人を捕縛した際、隠し倉庫から押収されたものだ。

 そうバルトロメは説明していた。


 なぜ、隣領のものがここにあるかというと、暗号ばかりだが、ここリオナーレの地名だけは読み取れ、関連性があるのではと判断されたため、領主のバルトロメに手渡されたという。


 その暗号からエレナが、闇ギルドが関わっているとさらに読み解いた。


 エレナは、真剣な眼差しで帳簿に目を通すアルバトスに向かって言う。


「一見暗号のようで、よく分からない単語ばかりだと思います。

 このままでは何のことかさっぱりですけど、規則性を見つければ簡単に読み解けるんです」


「ほう」


 アルバトスがちらっとエレナを見た。


「例えばこれ、公用語の文字盤の並びを、一つ後ろにずらして読んでみてください」


 エレナが帳簿を覗き込んで、指差す。

 アルバトスはじっと帳簿を見つめ、束の間逡巡する。


「なるほど。単純な構造の暗号だが……。

 確かに、引き渡し先が[夜鴉盟約よがらすのめいやく]とありますね。他にもこの前の黒の杖大摘発で捕縛された貴族名や商人名、他にも魔法騎士団が危険視している団体名もある」


「はい。これ、結構大きな証拠になると思うんです。

 特にここの街、リオナーレに運ばれている医療器具の数量がとてつもなく大きいです。

 ざっと計算しても八割は[夜鴉盟約]が手に入れる予定でした」


「大量の注射器に注射針。

 それから、成分分析魔道具機器……?」


 アルバトスは首を捻る。


「闇ギルドにしては、ずいぶんと高尚で高価な設備を入手したんですね」


 訝しむアルバトスに、エレナは同意するように大きく頷いた。


 この国の医療は、治癒魔法が主体。

 物理的な医療器具を治療は皇族や貴族専用医師でない限り、そういった技術を会得することも、ましてやそういった医療器具を入手することも大変困難。

 

 もちろん、その医療器具は、大変高額であり、一般庶民が手に入れることは不可能に近い。


「ですよね。これらの器具を使って何かをしようとしているんですけど……。

 書類によると、得た『魔力石』は、魔力補強のエネルギー源になると記載されています」


「ええ、そのようで」


 アルバトスは書類をペラっとめくった。


「その『魔力石』の元となる血液入手の注射器の使い方は、指南書がありました。

 けど、成分分析魔道具機器をどのように使うのかまでは……この中には記されていませんでした」


 エレナは肩をがっくり落とした。

 

 恐らく、成分分析魔道具機器は、血液から魔力だけを抽出するのに使っている。

 オフィーリア・ヘインズ伯爵令嬢の治療と称した血液採取――あの話からそう推論づけられる。


 けど、それはエレナの勝手な推測にすぎなくて、確固たる証拠がない。

 こういうのは、憶測だけで口に出すのは良くない。

 もう少し確実な証拠を集めないと。


「ふうん。これはちょっとした謎ですね。

 ただここから窺えることは、注射器は不特定多数でも扱える、だが、成分分析魔道具機器は特殊技能を身に着けている者でないと扱えない」


「特殊技能……」


「ええ。体液の職人です。

 例えば、王宮医師のような治癒魔法も外科医療も扱える医師。

 それに準ずる知識のある者」


「なるほど」


「だから、指南書を用意していない。もしくは、用意しなくても扱えるから。

 まあ、どちらにしろ、彼らが善意でお国のため、みんなのために使うわけがないです」


 アルバトスは、顎を撫でながらしみじみ言った。

 エレナは頷く。


「はい。わたしもそう思います。良くないことに使っているに決まってます。

 人の血液を採取している時点で『魔力石』はあってはならないものです」


 アルバトスは、エレナを奇妙な生き物を見る目つきでまじまじと見た。


「君は……なかなか鋭い考察力をお持ちだ。話が早くて助かります」


 蝋燭の炎が揺れ、壁に二人の影を長く伸ばす。


 部屋は二階の角にあり、大通りを見下ろせる窓が一つ。


 こぢんまりとした造りで、木の梁がむき出しになった壁は古びている。

 机と椅子が二脚、蝋燭台には溶けた蝋が固まり、窓からは街灯に照らされた大通りがよく見え、馬車の音や人々の声が微かに届いていた。


 この部屋は事前に、魔法騎士団がここの家主と交渉し、一晩借りることになった。


「『魔力石』の噂は、私も少し耳にしたことがあります」


 静かにアルバトスが話し始めた。エレナは静かに耳を傾ける。


「あの石を砕き、液状化し、薬として液状化したものを、針と管を使って直接血液に入れ込むとさらに魔力が増強できる。しかも、若さも保てるとか。

 そうした効能があると知れ渡れば、当然欲しがる者は後を絶ちません。

 下級魔法使いにとっては、わずかな魔力増強であっても切実な望みですからね」


 蠟燭の明かりが僅かに揺らめいた。


「もっとも、魔力が増える石――そんなものが実在するなら、当然『魔力石』はとても稀少なものになります。

 そのため滅多に表の市場に出回ることはほとんどなく、裏の取引では高値で売買されるでしょう。

 噂だと、 一つの石が、時に家一軒分の価値に匹敵することもあるとか。

 そして……その流通を握るのが闇ギルド」


 闇ギルドは単なる犯罪組織ではない。

 

 彼らは都市の下層を支配する構造を築き上げ、その支配網は、地主などの権力者すら無視できないほどに拡大している。


「彼らは供給を独占し、価格を操作し、需要を人質に取る。

 違法麻薬も同様、求める者は彼らに従わざるを得ず、やがては借金や依存で縛られるのです」


 そして、至る所から歪に壊れていく。


 そのとき、外で動きがあった。

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