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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第2章 出張捜査編 ―死の予言と、血晶の陰謀―

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第78話 困惑令嬢と思いもよらぬ告白③――雨音と疑惑

――俺の婚約者になってくれないか?


 ランスの真剣な深緑の静謐を秘めた双眸。


 なぜ、あそこでわたしは頷いたのか。

 

 たぶん、素直に嬉しかったから。

 初めて、人から「好き」と好意を示された。

 正面から、あんなにも真っすぐ。


 その端正な顔立ちとしなやかな長身の体躯、青みを含んだ深い黒色の髪。


 昨夜、視線が絡み合った深緑の瞳の涼やかな目元は、潤んだ熱っぽく、妖艶な色気を放っていた。

 こんなふうに甘くて淫靡な視線を注がれ、エレナは舞い上がっていた。


 今まで一度も彼のことを異性としてみたことはなかった。

 嫌いなわけじゃない。

 むしろ、人として好き。


 ランス・マクィーン。


 彼の落ち着いた物腰と柔和な笑顔は、妙齢の令嬢たちを色めかせ、お年頃の女性たちに大人気だった。

 伯爵家の次男であるため家を継がなくていい分、娘ばかりの女系貴族は、彼を娘の婿にと望む声も多いと聞く。


 もし、「ランスと婚約したい」とわたしが父に申し出れば、両親は諸手を上げて喜ぶだろう。

 面食いな祖母だって、公爵家のレイノルドでなくとも、ランスの容貌を一目で気に入るはずだ。

 それに、コミュニケーション能力の高いランスなら、兄のノックスとも気が合うだろうし、義理の弟として可愛がるだろう。


 みんながきっと幸せになれる。

 同期のみんなだって祝福してくれるはずだ。


 そう、ランスならきっと、ニコライみたいにわたしを馬鹿にもしないし、むしろ、縮こまっているわたしを優しく受け止めて、手を差し伸べてくれるだろう。


 無下にもしない、ううん、すごくわたしを大事にしてくれると思う。

 その姿は、なんとなく想像できる。


 けれど、ここまで胸がざわつき、落ち着かないほど辛いのは……。



「ランス・マクィーン伯爵令息とレイノルド・ハウルデュース公爵令息、両家から婚姻を望まれているらしいね」



 翌日のマインラート邸の夕食で、爆弾のような発言を投げ込まれた。

 クロフォードも来ての三人の和やかな夕食時だった。


 口火を切ったのは、もちろん、自称おっとりした人の良いオジサン、マインラートだった。


 エレナは唐突かつ率直すぎるマインラートの台詞に、口をパクパクさせた。


 なぜ、それを知っている?

 しかもランスからプロポーズをされた翌日。

 こんなに、タイミングよくこんな話をされるなんて。


 その上、クロフォードのいるときに――。


 エレナは、ちらっとクロフォードを見るが、クロフォードは顔色一つ変えず、白身魚のムニエルを口に運んでいた。


「実はね、エレナの御父上からお手紙をもらってね」


「お父様からですか?」


 エレナはきょとんとした。

 なぜ自分ではなく、マインラートに手紙を送ったのか。

 その真意を測りかねた。


「そう。なんでも、いま、さっき言った両家から『エレナに婚約の話が来ているが、エレナの様子はどうですか?』という内容だったよ。

 まあ、ちょいちょい前々から相変わらず元侯爵夫人も精力的に見合い話を持ってきてたみたいけど……それは全部お断りしているらしい」


「はあ……」


 エレナは浮かない顔で生返事をした。


 祖母の数々の見合い話は、ニコライとの婚約破棄騒動があって以来、エレナはもちろん、家族は辟易していた。


 祖母に悪意がないことは分かっている。


 祖父とは政略結婚だったとはいえ、その死の間際まで仲睦まじく寄り添っていた。

 だからこそ、結婚こそが女の至上の幸せだと信じて疑わないし、孫娘にも自分と同じ幸福を掴んでほしいという強い願いも感じる。


 けれど、受け手と価値観が食い違えば、それはたちまち独り善がりな押し付けとして疎まれる。


 祖母を突き動かす「貴族令嬢たるもの結婚すべき」という信念は、いまや時代の潮流から僅かに、けれど決定的に逸れ始めている。


 エレナが女官の道を選んだのも、結婚以外の選択肢を広げるためだ。


 はっきり言えば、余計なお世話なのだ。

 向けられる善意の重さに、どうしようもなくやり切れない心地がした。


「申し訳ありません、身内の話に巻き込んで……」


「いやいや、あまり気にしないで。

 こういう話はお年頃の子には必ず降ってくる話だから。

 そう、それでその両家のご子息は、エレナと同期仲間なんだっけ?」


 マインラートはワイングラスに手を伸ばした。


「はい、同期で、この前もみんなでお茶会した仲間です」


「そうだよね。

 ……どうやら御父上は、エレナの婚姻相手は、エレナ自身をよく知る男性にしたいそうだよ」


「え? よく知る?」


「ああ、勘違いしないでね。

 必ずしも両家どっちかと婚約させるとか息巻いているわけじゃないから」


 マインラートは曖昧な笑みを浮かべ、ワインを飲んだ。


 エレナは恐る恐る尋ねる。


「でも、そういう話をマインラート様にお手紙で知らせするということは……その、婚約させる気満々なんじゃないんですか?」


「大丈夫、本当に、全然満々じゃないみたいだから」


 マインラートは、エレナの小さな苛立ちを勘づいたのか宥めるような声音で言った。


「じゃあ何で、マインラート様にお手紙なんか出しんですか?」


 エレナは憮然とした。


 自分ではなく、よりにもよって師匠のマインラートを宛先にするとは。

 卑怯だ。

 エレナは両親を恨めしく思った。


 エレナはもう一度そっとクロフォードを盗み見るも、クロフォードは興味なさそうに食事を淡々と進める。


(少しも気にならないのかな。わたしの婚約……)


 それは少々、……ううん、とても寂しくもあり、哀しかった。

 胸がぎゅっとわしづかみされたように苦しくなる。


 マインラートはワイングラスを置き、頬杖をつく。


「エレナは王都に来てもうすぐ一年経つよね?」

 

「はい」


「エレナの心の傷は癒えたのか、とそこを心配されていただけだよ」


「傷?」


「うん、傷も癒えていないのに、新たな婚姻を結びたくない。

 しかも、同期の家からの婚姻の話だ。慎重に考えてるんだよ。

 仲が良くて、将来的に発展するような相手ならまだしも、逆に毛嫌いしているような相手だったら身分や家柄関係なく即お断りする、もちろん、角がたたないように丁重に。

 そういうおつもりらしい」


 エレナは、膝の上の拳をぎゅっとスカートを握り締めた。指先が冷え冷えとしていく。


「二人とも、毛嫌いは……していません」


「そうか。一応、両家ともにエレナの婚約破棄、その相手の非道な行いも存じているからね、エレナ自身に決めて欲しいとご要望だ。

 ハウルデュース公爵家は、正式回答は半年を目途には待つ、との回答があり、それに対して、マクィーン家は……おや、もう本人から聞いているかな?」


 含みのある視線をマインラートは、さらりとエレナに投げる。

 心をひんやりとした指が撫でていく。


「彼は、ずっと待ち続けるそうだよ」


「ずっと……」


 エレナは思わず繰り返す。

 

 俺は、いつでもいいから――。


 なんて、重たい言葉。

 すでにランスから話は聞いていたけど、いささか感傷的な気分になる。


「そして、マクィーン家は君に積極的にアプローチすることを許して欲しいとのことだそうだ。

 これは、ランス・マクィーン令息たってのお願いだそうだ。

 随分とランス・マクィーン令息から大切にされているんだね」


 マインラートのさりげない言葉には、なんとなくだが、批難めいた何かを感じて、少しどきっとする。

 エレナは肯定も否定もしなかった。

 何を言っても、かえってマインラートの好奇心を煽る気がしたからだ。


「これでも師匠として、僕の方でもふたりの婚約候補者のことは事細かに調べたんだよ」


 マインラートはテーブルの上で手を組み、そこに顎を載せた。


「エレナの前の婚約者みたいなことは避けたかったからね。

 いまのところ、二人とも不審な履歴もないし、女性に対してひどい扱いをしたようなこともなかった。

 ただね……」


 不意に、マインラートは言葉を飲み込んだ。

 その続きが気になった。


「ランス・マクィーンの、婚約する予定だった女性は心を病み、自殺しているんだ」


「え?」


 エレナの指先から力が抜け、銀のスプーンが皿に当たって高い音を立てた。


 窓の外では、いつの間にか冷たい雨が降り始めていた。

 先ほどまで脳裏に焼き付いていたあの温かな手の温もりが、急速に冷めていくような錯覚に陥る――。

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