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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第2章 出張捜査編 ―死の予言と、血晶の陰謀―

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第76話 困惑令嬢と思いもよらぬ告白①――オタク魂は完璧エスコートに翻弄される

「エレナの次の休みはいつ?」


 久々の王宮官吏食堂。

 同期のみんなとランチタイムを共にするエレナに、ランスが声を掛けた。

 他のみんなはそれぞれ仕事の悩みや愚痴をこぼしあい、二人の会話には気づいてない。


「明日だよ、お休み」


 エレナは前菜のサラダを口に運びながら答えた。


「へえ。そうか。

 奇遇だね、実は俺も明日休みなんだ」


 ランスの口元が緩み、柔らかな笑みが零れた。


「なあ、それなら明日、どこか一緒に出掛けないか?」


「え?」


「来週妹の一人が誕生日なんだけど、贈り物をどうすればいいか迷っているんだ。

 選んでくれないか?」


「わたしでいいの?」


「ああ、もちろん」


 ランスはにっこりと微笑んだ。


「えっと、じゃあ夕方からでもいい? 

 お昼時間帯は、レイノルドとお茶会兼勉強会をするから、そのあとになるけど」


 もじもじしながらエレナは答えた。


「お茶会兼勉強会?」


 ランスは微笑みながらも、自分のこめかみが僅かに動いたのに気づく。

 チラッと、ネイトと話しているレイノルドを盗み見る。


(へえ、恋愛下手だと思ってたけど、やる時はやるんだな。

 さては、お茶会と称して、エレナを口説くつもりかも……)


 彼の父親である軍部総帥閣下は、エレナを朴念仁の息子の嫁候補に考えているらしく、息子に「お茶を誘え」だの「夜会にご招待しろ」だの、いろいろ発破をかけている。


「何の勉強をするんだ?」


 ランスはさりげなく尋ねた。


「討伐した魔物をどう処理するか」


「え?」


 なんだ、それは。


 ふっと、ランスは吹き出した。

 色気もへったくれもないじゃないか。


「え、おかしい?」


 エレナが口を尖らせた。


「いや、なかなかないテーマで、二人らしいよ。

 でも、何でそんなテーマを選んだんだ?」


「えっとね、レイノルドは動物にすごく詳しくて、魔物の生態にも精通しているらしいの。

 でね、この前そういう知識を教えてってお願いしたら、じゃあ今度お茶をしましょうってことになったんだよ」


「へえ」


 ふたりきりのお茶会、それはもはやデートではないのか?

 だが、その内容は、なんとも……魔法オタクのエレナと動物愛好家の朴念仁レイノルドらしく、なかなかない個性溢れるテーマだ。


 逆に、これはチャンスかも。


 正直なところ、その会合テーマ、少々気になる。


「なあ、それって俺も参加していいかな?」


「え? いいと思うけど、何で? 

 ランスに魔物討伐は無縁なのでは?」


 エレナは不思議そうに首を捻る。


 その通りだ。実際領地は魔物とはほぼ縁のない地域だし、領地もいずれは兄が治めるので、魔物が出没した場合、どう討伐するのかは兄次第だ。


「今度、俺みたいな友好国の新人外交官が集まった会合が開催されるんだよ」


「へえ、そうなんだ。

 きっとランスみたいに語学堪能な人が集まるんだろうね」


「まあね。で、そこに俺も参加することになったんだけど、やはりどの国も魔物討伐の課題はあってね。

 どのように討伐した魔物を処理するか、具体的な解決策をどの国も模索してるんだよ」


「ああ、なるほどね。

 討伐後の魔物は早く処分しないと、その血に引き寄せられて別の魔物が現れたりするもんね。

 それは万国共通課題だね」


「そう。それに、放置しておくと魔素が広がって、そこを起点に『魔力漂う地』に変貌してしまう」


「うん、そのとおり。

 案外広がるのが早いしね。

 気が抜けないっていうか」


「そうそう」


『魔力漂う地』――そこは、魔物が跋扈ばっこする大量発生区域。

 澱んだ魔素が瘴気となって滞る、あの暗く深い森から魔物どもは産み落とされるという。

 領主として、これ以上の侵食を許すわけにはいかない。


「実際倒すのも大変だけど、それ以上に後処理が面倒なんだよねえ……。

 うちの領地は、専門職の領域になるからという理由で、父が主体となって魔物解体職を結成したよ」


 エレナはそう言うと、美しい所作で食事を口に運んだ。


「なるほど、そこに魔物処置方法の知識を集結させるんだな」


「それもある。けど、やっぱり魔物の解体って相当な重労働じゃない?  

 返り血は浴びるし、肉を細断する時のあの独特な生臭さ……あれ、一度つくとなかなか取れないんだよね。

 そうなると、領民のみんなもなんだかんだと理由をつけて、処理を後回しにしちゃうんだ」


「そうか、そうなると本末転倒だな。

 倒したはいいが、そのまま放置されて魔素が広がり、また魔物を呼んでしまうかもしれない」


「そうなの。で、魔物によっては、魔素抜きをして、うまく処理すれば薬にもなるし、毛皮とか絨毯、コート、そういった贅沢品にもなる。

 それに、食べられないような堅い箇所のお肉だって、土魔法を混ぜ合わせれば、畑に撒くいい肥料になったりするでしょ?」


「えっ、そうなのか。

 ってことは、ひょっとして、ヴァービナス産地のワインはその成果か?」


「ピンポーン! 正解〜。

 葡萄に適した肥料を土魔法と魔物の肉や臓物の配合で作ってるの」


 エレナは得意げになり、どんどん饒舌になった。


(はは、なるほど。

 これは、思った以上に実りのある会話だ)


 ヴァービナス侯爵領地は、周辺諸国の王族、皇族、貴族が好んで口にする最高級品扱いだ。

 ランスは心の底から笑みが溢れた。


「おいおい、そこの二人。

 華やかなランチタイムにどんなゲテモノ会話してるんだよ」


 ネイトが呆れたような表情でこっちを見る。

 他の同期たちもぽかんとして二人を眺めていた。


「ああ、悪い悪い。

 つい盛りあがっちゃって。な、エレナ?」


 ランスが意味深にエレナに視線を投げた。


「そうみたいだね。

 ごめん、またオタク魂に火がついちゃった」


 エレナは照れ隠しで笑いながら誤魔化す。


「でも、かなり有意義な会話だったよ」


 ランスは細く微笑んだ。


「えー、どんな話?」


 ローゼルが身を乗り出して尋ねた。


「魔物討伐後の解体について」


 ランスが言うと、レイノルドの表情が固まった。


「面白そうな話だね!」


 モレーノが身を乗り出した。


「僕もすごく興味があるよ! だって、魔物は毒素さえうまく抽出すれば、希少な薬草に匹敵する生薬になるんだ。最近じゃ、既存の薬が効かない病や毒に対する新薬のたねとして、かなり注目されているんだよ。恐ろしい災厄だけど、扱い方次第では薬の歴史を塗り替える素材と言っても過言じゃないよね!」


 鼻の穴を膨らませて、モレーノがエレナ以上に饒舌にうんちくを語りだす。どうやら彼の職業魂に火がついたようだ。


「そっか、モレーノは毎日そういう生薬を触ってるんだもんね。

 すごいなぁ」


 ローゼルが感嘆のため息をついた。


「うん。魔物から採取できる生薬は、本当に貴重なんだ!  

 特に伝説級の『白竜の鱗』。

 あれがあれば、ありとあらゆる病が治せるとまで言われているんだよ。

 そうそう、この前エレナが見にきた『ドラゴンの髭』だって、それと同じくらい貴重な生薬のひとつなんだ。

 まさに、その系譜に連なる一級品の生薬」


 モレーノがエレナに視線を飛ばした。


「あれは本当に貴重な体験だったよ〜。

 見せてくれてありがとね」


「いやいや。僕もエレナのお陰で、生まれて初めて結晶化魔法をこの目で見れたよ。

 あれは最高にワクワクしたなあ」


「いいなぁ、私もエレナの魔法見たい! 

 綺麗なんだもん」


 ローゼルが拗ねたような顔をした。

 エレナがふっと微笑む。


「じゃあ、今度どっかで魔法お披露目会しようか」


「うん!」


 エレナはローゼルが大好きだ。

 ローゼルの願いは何でも叶えたがる。


 ローゼルも普段は硬質的なノーブルな一人狼美少女だが、エレナにはすごく懐いていて、ニコニコ嬉しそうだ。

 たぶん、ふたりの波長がなんだかんだ合うのだろう。


「ねえ、ちなみに何でそういう話の流れになったんだい?」


 ホキアンが不思議そうに口を挟んだ。


「ああ、それは……」


 ランスが言い淀む。

 ちらっとレイノルドを盗み見た。


 俺が口に出していいんだろうか。

 さっきから、レイノルドのご機嫌があまりよろしくない感じだ。


「明日ね、レイノルドとそういった勉強会兼ねてお茶することになったの」


 ランスが躊躇ためらっていると、エレナがさらりと言った。


「へえ、お茶会ねぇ」


 含蓄ある眼差しをネイトがレイノルドに向けた。

 レイノルドの動きが止まり、もそもそと、ほんのり赤くした顔を上げた。

 だが、ランスに向けられる眼光は鋭い。


 なんとなく、レイノルドから牽制されている。目で訴えてくる圧迫感が迫り来るようだ。

 二人で行きたいから邪魔するなよ、そういう無言の圧、といえばいいだろうか。


「え、僕もそのお茶会、参加したい……」


 ぼそっとモレーノが呟くように言った。

 みんなが目をぱちくりさせた。

 本来なら真っ先に空気を読むモレーノだが、今回は仕事にも絡むからか遠慮をしない。


「ねえ、レイノルド」


 モレーノは立ち上がって、レイノルドの方に前のめりに体を向ける。


「僕も是非とも参加させてもらえないかな?」


 自分の胸に手を当てたモレーノは、目をギラギラさせながら懇願する。

 アライグマに似た人懐こい笑顔とつぶらな瞳。

 動物を愛するレイノルドには、ある意味、最も断りにくい相手だ。


「えっ、それは……」


「だって、君は入省してから何度も騎士団が仕留めた魔物を血の一滴まで無駄にしない方法を新人騎士や領主に伝授し、実際実践講義も行っているっていうじゃないか。

 僕もこっそり参加したけど、あれは実に素晴らしい講義だったよ! 

 医務局の薬の在庫も君の採取方法を取り入れて以来、潤沢になって、最近では王都内の薬師にも卸せるほどになった。それは間違いなく君のお陰だろう?」


 モレーノは、まくしたてるように身を乗り出して、レイノルドに詰め寄った。


「え、あ……」


 レイノルドは面食らって言葉を失う。


「うわぁ、すごい! 騎士団内で講義って。

 しかも、領主にもなんて……、わたしの父や兄も呼んで欲しいぐらいだよ」


 エレナは無邪気に声を上げた。

 なんとしても二人きりでお茶会を開催したいだろうレイノルドは、ぐっと言葉に詰まった。


「そんなに素敵な知識を伝授してもらうのに、わたし、一人だけの生徒じゃもったいないわ。

 是非とも参加してもらいましょうよ」


 興奮を滲ませるエレナも、レイノルドに詰め寄った。

 モレーノも、「うんうん」と何度も頷いて、改めてキラキラした瞳でレイノルドを見つめる。


 レイノルドの気持ちに全く気づいていないエレナの言動に、ホキアンとネイト、はたまたローゼルまで、いささか気の毒に思ったのか、互いに目配せし合う。

 どう助け舟を出そうか模索し始める。


「俺も是非とも参加させて欲しいな」


 トドメを刺すように、ランスが口角を上げて軽く手を挙げ、言った。


「実は、こういうのは案外世界各国共通の話題になるんだよ。

 今後を見据えて後学のために、俺にも伝授を頼む」


「ね、お願いだよ、レイノルド」


 なんとなく断りにくい空気になったレイノルドは、露骨に拗ねたように憮然とした。


「お願い、レイノルド」

 

 両手を拝むように合わせて頼むエレナに、レイノルドはさらに追い詰められる。


 レイノルドは気に入らないとするものの、エレナのローブから覗く美しいアメジストの瞳に一瞬見惚れる。

 その期待に膨らんだ瞳を見たら――断れるわけがない。


「……構わないが、明日だぞ。

 仕事、休めるのか?」


「ああ、俺は大丈夫。

 偶然、明日休みなんだ」 


 偶然を強調して、ランスは余裕で微笑んだ。

 レイノルドの顔が引き攣った。


「僕、休む! 

 前々からどこか休みを取るよう言われてたんだよね」


 モレーノも嬉しそうに頬を緩ませて手を挙げた。


「ああ、まさに惚れた弱みかよ……」


 ネイトが同情的に小さな声で呟いて、レイノルドの肩を叩いた。


「今度はもっとうまく誘えよ」


 レイノルドは、俯いてから無言で頷いた。



***


 集合場所は、貴婦人たちに人気のカフェ。

 なかなか異様な雰囲気を放つ個性的な四人は、入店からかなり目立っていた。


 特に武官のような出立ちのレイノルドは、一際目を引いた。

 レイノルド本人はいつものことだからか、まったく気にしていないが、人目を避けたがるエレナは気まずそうに、モレーノの後ろに身を隠す。


 本日のエレナは、ローブなしの普段着用ドレスである平服だった。


 深い紺色の柔らかなシルク混の布地のロングワンピース。

 シルエットはシンプルでウエストを軽く絞り、華奢さを際立たせる。

 控えめな襟元のレースには、アメジストの瞳を引き立てる小さなブローチが輝いていた。

 口元のホクロと相まって、知的さと艶やかさが際立つ。


(これは想像以上にいい……)


 ランスはごくりと喉を鳴らす。


「ねえ、あの令嬢は誰かしら?」

「王都ではお見かけしない顔ね」

「殿方を三人も従えて、どちらの家門の方かしら」


 悪意はないだろうが、チラチラと好奇な視線がエレナに注がれる。

 ますますエレナは小さな体をさらに縮こませた。


 さすがにこれは悪目立ちし過ぎだ。

 

 ランスはすぐさま店員に個室の用意ができるか確認をした。

 運良く個室は空いていたので、そこへ案内してもらう。


 エレナはほっとしたように胸を撫で下ろし、メガネをくいっと上げた。


「大丈夫か?」


 そっとランスが声をかけると、エレナは苦笑して小さな声でそっと囁いた。


「ありがとう。

 ごめんね、個室を手配してもらっちゃって」


 エレナは人の視線が怖い。

 こんなに美しいのに、アカデミー時代のいじめが原因か、いまだに自分は醜いと思っている節がある。


「気にしないでくれ。

 こういうのは、個室の方が安心して議論を交わせるんだ。

 有意義な勉強会にするぞ」


 ニッと口角を上げてランスが笑ってみせると、エレナは、ほっとしたように微笑んだ。


「そうだね」


「さっ、行こう」


 ランスはエレナに手を差し伸べた。

 エレナはそっとランスのその手に、手を重ねた。


 さすが侯爵令嬢だ、エスコートされることには慣れている。

 これが少し爵位の低い令嬢だと、エスコートされることに慣れておらず、なかなか手が出ない。


 昨今は流行りの大衆小説の流れか、身分の低い令嬢を婚約者候補にし、自分好みにカスタマイズ、育て愛でるスタイルが主流のようだが、それはランスには合わなかった。


 エレナと目が合って、お互い自然と笑みが零れた。


 ああ、こういうの、いいな。

 こんなふうに笑い合えるのが嬉しい。


 店員に案内された部屋は、豪華すぎず落ち着いた家庭的な温かな雰囲気があった。


(エレナは煌びやかなところより、こういうのが好きだろうな)


 そう思ってエレナをちらっと見ると、案の定、目を輝かせていた。


(だよね、正解)


「へえ、落ち着きがあっていい部屋だね」


 モレーノが絶賛した。


「ね、本当だね。ランス、手配してくれてありがとう」


 エレナの笑顔がランスに向けられる。


「どういたしまして。さぁ、勉強会だ」


 ランスはそのままエレナを座り心地の良さそうな椅子までエスコートした。


「ありがとう」


 エレナの屈託のない頬を薔薇色に染めたキラキラした美しい笑顔、ランスの胸が高鳴る。

 最高の報酬だ。

 

 ただ目障りなのは、さっきからチラチラとレイノルドだ。恨めしそうに、じとぉ〜と見てくる。

 しかたないだろ、常に先手必勝。

 恋愛は気遣いとタイミングが大事。


 そもそもエレナが人に苦手意識を持っているのは、分かりきっていたはずだ。

 それならば、初めから個室を予約しておくなり、彼女が引け目を感じずにいられるよう手配すべきことだ。


 彼女を想うのであれば、そういった優しさは必要。

 それを怠ったレイノルドが悪い。



 婚約候補から白紙を突きつけられて以来、ランスは新たな出会いを求めて色んな女性たちと擬似恋愛をしてきた。


 だから、なんとなく分かるのだ。

 相手の気持ちを手繰り寄せるものは何か、相手の欲しがる言葉はどれか、どうすれば距離を詰めることができるのか。


 うまくいけば行くほど最初のうちは楽しい。

 だが、その分すぐに気持ちが冷めることが多かった。


 エレナともすぐ打ち解けた。

 けれど、彼女はランスの想像の斜め上の行動をする。


 人目に関することは桁外れな非常識なことをするくせに、淑女の嗜みや貴族のマナー、所作など、これらは驚くほどちゃんとし過ぎている。 


 さすが、躾に厳しいヴァービナス侯爵家の娘だ。


 知れば知るほど深みにはまる。

 こうして一緒にいられるだけでも浮き足立つ。


 お茶は最高級なベルガモットの茶葉、令嬢に人気の桃のタルト。

 手軽につまめる小さなスモークフィッシュと葉物野菜のサンドイッチ。


 交わされる内容は、そんな華やかな食べ物とは別次元、なんともおどおどしく生々しい魔物の解体方法だ。

 そして、その解体後の利用手段はさらに残酷さを極めるものだった。


 貴族とは思えないほどのエグい会話。

 白熱する講義と議論。

 たいていの令嬢は、いわゆる「引く」会話ばかりだ。


 けど、エレナは違う。


「王都に来る前にアウルベアを雷魔法で丸焦げにしちゃって、せっかく食用になるはずのお肉を無駄にしちゃったんだよね」


 とんでもない方向から、さらりととんでもない話をぶっ放す。


「雷魔法はどこを狙うかが肝だ。

 魔物の核となる心臓を狙い撃ちすれば、解体した時、キレイな状態で肉も内臓も取り出せるぞ」


 レイノルドが言うと、モレーノとエレナは声を上げて「なるほど!」と納得する。


「そういった場合、血抜きはどうするんだ?」


 ランスがティーカップを片手に質問するとレイノルドは神妙に答え始める。


「それはだな……」


 ランスはチラッと廊下側の壁に控える店員を見た。

 顔がかなり引き攣っている。


 時間が経つにつれ、モレーノとレイノルドの知識が幾重にも交わされ、内容はどんどんディープになっていく。


 やはり、この会話、個室にしておいて良かった。



***



 お茶会はかなり白熱し、充実した講習会にもなった。

 エレナは、すごく満足していた。


「エレナ、もしよかったらディナーでもどうかな?」


 馬車に乗る手前で、エレナはレイノルドに誘われた。

 さっきとは打って変わって緊張したような顔つき。

 エレナは不思議に思った。


 なんで、そんなカチカチなのかな?


「ごめん、レイノルド。

 実は、このあとランスの妹さんのお誕生日プレゼントを一緒に探す約束をしているの」


「え?」


 レイノルドはサーッと顔を青ざめて、異様なまでにがっかりする。

 エレナは驚き、すごく申し訳ない気持ちになった。


「ごめん、本当に。

 また今度みんなで行こうよ。ね?」


「みんな……」


 レイノルドはさらにショックを受けたような表情になった。

 まるでこの世の終わりのような形相だった。


「わかった……。また今度」


 憔悴しきったようにレイノルドは肩を落とした。


「レイノルド、仕方ないよ。

 こういうのもタイミングだ」


 モレーノが何かを察したように同情的な声を出し、レイノルドに寄り添うように大きな背中をさすった。


「それじゃあ、僕、レイノルドを送ってから帰るね」


 モレーノはランスに目配せし、手を振ってレイノルドと共に馬車に向かう。


 漂う微妙な空気。

 エレナは何がなんだか分からず、とりあえず手を振り返した。


 まだまだ魔物処理方法について語り足りなかったのかなぁ……。


「さて、エレナ。

 俺達は我が家の馬車に乗って移動しようか」


 ランスがエレナの顔を覗き込むように微笑んだ。


「えっ……うん」


 差し出されたランスの手をエレナは取って、馬車に乗った。


「レイノルドも一緒についてきてもらえばよかったかな?」


 エレナが移動中の馬車内で思わず呟いた。


「え」


 ランスがギョッとし、手を振った。


「アイツはいいよ。レイノルドが乙女心を分かるとも思えないし。

 ほら、アイツが女性用の小物を選ぶのを想像できる?」


 エレナは必死で頭の中で思い描く。


 あの巨体が、女性用の繊細な刺繍の入ったハンカチを手に取る。

 少しでも力を加えたら破れてしまう。

 きっとガラス細工を扱うように、恐る恐る丁寧に手に取るのだろう。


「でも、いつかはレイノルドも女性にそういうものを選んでプレゼントするんじゃないのかな」


「いつかはね。

 でも、少なくとも今じゃないよ。

 俺はエレナと選びたいんだ」


 ランスはにっこり微笑むが、目は笑っていない。

 暗く、底光りしている。


 しまった、これはまたしても知らぬ間に失言をしたのかも。

 エレナは不安に思いながら、話題を変えることにする。


「ねえ、ところでお誕生日を迎える妹さんはおいくつ? 

 どんなものが好きなの?」


 向かう先は、女性用高級小物ブティックだ。


「エレナよりひとつ年下、ローゼルよりひとつ上の十八才だ。

 あの子は少し変わっててね、黒が好きなんだよ。

 ふつう、ピンクとか華やかな色を選ぶと思うのに、どうもそういうふわふわした色が苦手みたいなんだ。変わってるだろ?」


 ランスは自嘲気味に笑った。


「えー、いいじゃない。黒を上手く使うと品が上がるわよ。

 例えば真っ赤なドレス。

 黒の刺繍の手袋とか黒バッグ。

 もちろん赤ドレスも裾が広がるタイプじゃなくて、マーメイドの形にすればぐんっと大人っぽくなるの」


「へえ、なるほどね。

 あえて、濃い色のドレスで黒を映させるわけか」


 エレナの提案にランスが興味を示したのか、前のめりになる。


「そう。ね、素敵でしょう? 

 赤だけじゃなくて、深い緑とか、あと、ランスの瞳みたいなダークブルーの色も似合うと思うよ」


「ああ、そうだな」


 ランスは嬉しそうにエレナを見つめた。

 熱っぽい喜悦と興奮。

 エレナはどきっとした。


 奇妙な視線だと思ったのに、やけに胸が熱くなる。



***



 女性用小物専門店のブティックにて。

 エレナは黒の刺繍入りの手袋、高品質なバッグとリボン、端正な帽子を選んでいた。

 黒という重たいカラーなのに、可憐で知的な気品を漂わせる逸品ばかりだ。


 そこに今流行りのフローラル系の薄紅色の香水を添えて並べる。


 その香水瓶は、掌にすっぽり収まるほどの小ぶりなサイズだ。

 透明なガラスは薄紅色の液体を閉じ込め、光を受けるたびに花びらのような柔らかな輝きを放つ。

 瓶の表面には繊細なカットが施され、まるで宝石のように光を反射していた。


(へえ、これは、なんともセンスがいい)


 ランスは心底感心する。


 さすが侯爵令嬢。

 上流階級の淑女教育を受けているだけある。


 先日の舞踏会でエレナが素顔を露わにしたことで、随分と度胸がついたみたいだ。

 今日もフードなしで現れたのは、その証拠だろう。


 カフェでは、貴婦人たちだけでなく、令嬢とデートとめかしこんでいた令息たちがチラチラ見ていた。


 舞踏会のときだって、「あれは誰だ?」と若い貴族たちに囁かれていた。


 ネイトとホキアンの知人たちがこぞって尋ねても、彼らは面白がってニッと笑うだけ。

「秘密だ」

 とあえてそう得意げに言い、教えていない。


 まさにミステリー美女として注目されていた。


 ブティックでも店員が「どこのご令嬢なのかしら」と見慣れぬ顔のエレナが気になっている様子だ。


 そんな視線にエレナは、気づいてない。


 いまのところ、表立ったライバル台頭はレイノルドだけだが、貴族子息だけが集まるサロンで、目敏い奴らが騒ぎ出すのも時間の問題だ。

 エレナに声をかけないか冷や冷やする。


――親の決めた婚約者候補は、愛らしい年下の少女だった。

 思い出すと、少しばかり胸がちくっとしてざわつく。


 彼女は少しマイペース過ぎて、なかなか会話が噛み合わなかった。

 だが、妹たちの自分本位なおしゃべりより全然良かった。

 謙虚で気弱、自分が手を引っ張ってあげないといけない、そう思っていた。

 けれど。


「どう? ハンカチも、と思ったけど、流石に黒ハンカチはなかったよ」


 エレナは得意げに選んだ品々をランスに見せた。


「うん、これで全然十分だよ」


 ランスは店員に目配せし、購入する。


「選んでくれてありがとう、やっぱりエレナはセンスがいい。

 エレナに選んでもらってよかったよ」


「ふふ、実はこの前ね、ローゼルとまたお買い物に出掛けたの。

 その時、いろいろなお店を回って、新作のケーキを食べながら、王都の女の子たちのファッションを研究したんだ。

 今はあれが流行りね、とか、アレは斬新だわとか言いたい放題」


 その時のことを思い出したのか、くすくすエレナは笑う。


 ランスはファッションを語り合うエレナ、ローゼルの小柄美少女コンビの姿を思い浮かべた。

 肩を寄せ合って、好みのお菓子を頬ばりながら、微笑み合い、街の少女たちの洋服を見てあれこれファンションチェックする。


 妹たちも似たようなことをしているが、それがエレナとローゼルだと思うと、見る角度が少し変わってくる。


 エレナとローゼル……それはもう抜きん出て可愛いだろう。

 自然体で見ているだけで眼福と思えるふたり。


 その場にいるだけで周囲が注目しただろう。


「それは楽しそうだね」


 ランスは思わず笑みが漏れた。


「うん、とっても楽しかったよ」


 エレナは、無邪気ににこっと笑った。

 胸の中に温かなものがぱっと広がる。

 ランスは目を細めた。


「エレナは、本当に急成長したね」


「そう?」


「うん。だって、ほら、入省したての頃なんて、どもる話し方を教育係の男爵からあれだけ注意され、『なかなか合格点が出ない』ってべそをかいていたじゃないか。

 それが今じゃあ全然吃ることも減った。

 最初はローブのフードから絶対に顔を出さなかったけど、今はこうして俺に素顔を見せてくれてる。

 すごいよ」


 ランスが前のめりになって言うと、エレナは目を見開き、嬉しそうに輝かせた。


「本当? 嬉しいなぁ。ランスみたいに素敵な同僚に褒めて貰えるなんて」


 エレナははにかんで、両手で頬を覆った。

 その照れ臭く微笑むエレナの表情に、言葉を失い、ランスは悶えた。


(ヤバい、これ、すご~っく可愛い……)


 自分の顔がカッと熱がこもったのに気づいた。

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