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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第1章 王宮出仕編 ―人見知り令嬢と王宮の狂騒曲―

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第73話 平穏令嬢の愛しき日常への魔法――星降る予言と新たな決意(前編)

――あの怒涛のようなテロ未遂事件から数か月後。


 今宵の王城の大広間は、光と音と人の熱気に満ちていた。


 黄金のシャンデリアは夜空の星々のように輝き、磨かれた大理石の床は舞う人々を映す。

  弦楽の調べが流れ、色とりどりのドレスが花のように咲き乱れ、香水と花の香りが甘やかに交錯していた。


 今宵の舞踏会の主催者は、第1皇女のアストレイアと第2皇女ミシェーラだ。


 そのため、王都にいる貴族のほとんどが招待され、当然のように皆参加するようだ。


 だが、エレナは、そんな王城の王宮ホールで開催される舞踏会に興味がない。

 ローゼルから「一緒に参加しようよ」と誘われたけれど、断った。


 今のエレナには、舞踏会よりも、目の前の研究が一番大事なのだ。


 新たな任務である、古代文字の断片に心を躍らせる。


 

――王城地下に眠る「魔術図書館」は、古代から続く知識の集積所である。

 特にその奥の禁書庫は厚い魔術的封印で守られており、普段は誰も近づけない。


 なぜなら、その書庫の大半が、国家機密が多く潜む内容であり、また封印が必要な歴史的魔導書ばかりだからだ。


 そんな多数の機密級の魔導書は、何百年も長きに渡り封印されていた。

 だが、その封印魔法の一部が風化しているという。


 封印が中途半端だと、古い魔導書は意思をもった古代魔道具のように暴走し出す。

 本に記載されている魔術式が勝手に発動し、ひどいときは攻撃魔法を書庫内で、それも微弱なものではなく強靭な魔法陣を暴発させる。


 大事な古書がそんな暴走に巻き込まれないように、封印が解け始めている魔導書を抽出し、再封印を行う。

 それがエレナの今回の仕事だ。


 そのため、ここ数週間、エレナは「魔術図書館」にこもるように通い続け、危なげな魔力を感知し、本を選別していた。


 それから、不安定になって魔導書が暴走する前に、まず本に傷みがないか、虫に喰われていないか基本的な確認、そして、封印が解け始めている蔵書には、新たに封印魔法を施すのだ。


 中には古すぎて時間をかけて古代文字辞典を片手に読み解く必要なものもあり、それは許可をもらって魔法省の自分の研究室に運び入れた。


 昼夜問わず連日、研究室で本と向き合う日々。


 こういう古代文字や魔術式の断片を読み解くのは、大半の人々から退屈な事務仕事として嫌厭されがちだ。

 

 けれど、エレナは違う。


 滅多にお目にかかることのない古き蔵書の数々。

 にやにやしながら、エレナは辞書を片手に古代文字を解読していく。

 本好きのエレナにとって、まさに宝の山。


 好奇心を刺激する最高の仕事。


(まさに天職!)


『なあなあ、エレナ。

 エレナは舞踏会に行かないのか?』


 不服そうに小次郎が、本のページをめくるエレナの手元まで来て尋ねた。


「うん、行かない」


 エレナの視線は本の文字に向けられたままだ。


 封印が曖昧になっているその本の魔法陣は淡い光を放ち、古代文字が静かに脈動している。

 エレナは、その文字を指で沿うようにして、読み進める。


『ああいうところは美味しいもの、いっぱいあるぞ』


 小次郎はますますエレナに詰め寄る。

 けれど、反応なし。

 わざとその視界に入ろうとして顔を覗き込んだ。


「小次郎は行っておいでよ」


 エレナは少しむっとしながらも、小次郎の脇を抱えて移動させる。

 それでも小次郎は諦めない。

 またエレナの前に行き、今度は読んでいる本の上に座った。


『行こうぜ、エレナぁ』


 甘えた声を出すけれど、エレナはこの続きが解読したくて少々苛立つ。


「行かない。

 ほら、小次郎は行っておいでよ。小太郎が待っているんじゃないの? 

 それに木の実の種類は少ないかもしれないけど、大好きなベリー系のフルーツはたくさんあると思うよ。イチゴとかさ?」


 エレナは、なんとか小次郎をそっちに行かせようと大好物をチラつかせて諭す。

 そして自分は研究を続けるのだ。


『いちご? そ

 うなのか?』


 案の定、途端に大好物のいちごの単語に食いつく小次郎だ。

 が、すぐに拗ねたような顔つきになった。


『でも、エレナ、行かないんだよ?』


「うん、仕事しないと」


 そう言いつつ、目が爛々と輝き、いつも以上にとても生き生きしている。


『んだよ、ちぇ、つまんねぇ』


 不服そうに小次郎が口を尖らせた。


 そのとき、勢いよく扉が開いた。

 小次郎はさっと本の陰に身を隠した。


「やっぱり、ここにいた!」


 とんでもない美女が現れ、エレナはぎょっとした。


 深い紺のドレスに身を包み、銀糸の刺繍が星のように煌めく。

 髪はきちんと結い上げられ、耳元で小さな宝石が静かに揺れる。


 なんて綺麗な人。


 うっとりとエレナはその美女を見上げた。

 でも、なんでこんな美女がわたしの研究室に乗り込むように入ってこれたの?


 エレナの研究室には、勝手に人が入らないよう最低限の結界魔法を施してある。

 ここでエレナの研究室の扉を開けられるのは、エレナ以上の魔力を持つ先輩上官アメリアだけだ。


「……って、アメリア様!?」


 美しいドレスに身を包んだアメリアが、コツコツとヒールの靴音を立てて、エレナに近寄る。


 いつも透ける布を好むアメリアだが、今宵ばかりは違った。

 その姿は、誰もが知る奔放な彼女とはまるで別人だ。

 皇族主催の舞踏会にふさわしい上品さを纏う。


(これぞ、王道の侯爵令嬢……!)


 自分も南部地方代表の侯爵令嬢なのをすっかり忘れたエレナは、思わず神を拝むようにアメリアに手を合わせる。


「す、すごい美しすぎます、アメリア様」


「もう、雀ちゃん、何言ってんの!」


 ケラケラ笑いながら、アメリアがエレナの前に立つ。

 そして、エレナがいつもと同じローブを羽織っているのを怪訝そうにする。


「せっかくの舞踏会よ!」


 突如怒り口調になったアメリアは、本に夢中になっていたエレナに迷わず手を伸ばした。


「え?」


「こういう日こそ楽しまないと! 行くわよ」


 猫のようにローブの首根っこを掴まれたエレナは、半ば強引に引っ張られ、扉まで引きずられる。

 エレナは戸惑いながらも首を振った。


「いえいえ、わたしはここで本を研究してますから放っておいてください……!」


「そんなの後よ!! 

 ここにずっといたら、頭にキノコが生えちゃうわよ。

 せっかく若くて美人なんだから。

 あ~ん、もったいない!!」


 もどかしいとばかりに、アメリアは声を上げる。


 エレナの抵抗も虚しく、アメリアは勢いよく王宮内の生家レンフィールド伯爵家控室へ引っ張られるように連れ込み、エレナを鏡の前に座らせた。


「じゃあ、みんな。

 頼むわよ」


 アメリアは大勢いる侍女たちに目配せをした。


「かしこまりました!」


 元気で美しい侍女たちが元気に返事をする。


 エレナは嫌な予感がしつつ、物凄い勢いで侍女たちに別室のお湯の張ったバスタブに沈められた。


 体をもみほぐされ、オイルを塗り手繰られ、あれよあれよという間に美しいドレスを着て、さらにトドメをさすように容赦なくヘアメイクアップをされた。


 一体何が起きているのか。

 眼鏡を奪われたエレナには、まったく分からなかった。


 分かったことは、妖艶美女アメリアの侍女は、毎日アメリアを美しく仕上げているためか、とにかく手際がいい。恐らくマインラート邸の使い魔であるカシアよりも。


 この手際の良さは天下一品級だ。

 この話をマインラート邸でしたいところだけど、ふと考える。


(きっとこのことを話せば、カシアが負けず嫌いを発揮して今後容赦なく魔力まで使って、とんでもないスピードでわたしを整えようとするよね……)


 エレナの脳裏に、静かに闘志を燃やすカシアの姿が浮かぶ。


 屋敷に帰れば、魔力をフル活用した「超高速換装」が待っているに違いない。


 部屋に入った瞬間に強烈な洗浄魔法で文字通り一皮剥かれ、空飛ぶ柔らかなブラシ群に千手観音のごとき速さで顔面を叩かれ、肺の空気を絞り出すような速度でコルセットを締め上げられる。


「エレナ様、記録更新です」


 無表情なカシアに鏡の前に立たされるまで、わずか数秒。

 完璧に美しいが、魂が半分口から出かかった自分がそこにいるはずだ。


(……うん。命が惜しいから、絶対に黙っていよう)


 その間にも薔薇色チークが頬に乗り、唇には最新色のリップが塗られる。

 睫毛は侍女の魔法でふんわりカールし、髪型もどんどん艷やかに美しく整えられていく。


「んまあ、やっぱ、あなたって美人ね」


 そのエレナの姿を一目見、はしゃいだような声をアメリアは上げた。


「あの、アメリア様。

 眼鏡、返してください。何も見えません……」


「もう、やあねぇ、眼鏡なんて野暮よ」


「野暮と言われましてもアレがないと、見えないんです」


「だからね、とっておきの薬を用意したのよ」


 ふふっとアメリアは何かを企むような笑みを浮かべ、エレナに小瓶を差し出した。


「三時間だけ、視力が回復する魔法。

 一度飲んだら、一週間は飲んだら駄目な薬だけど……雀ちゃんは乱用しなさそうね」


「えっ。それって、効果が切れたら、さらに視力が悪くなる、とかそういう副作用ないですよね?」


「あら、ひどい物言いね。

 ご心配なく。その辺はちゃんと解消済みよ」


「でも、一週間は飲んだら駄目って」


「そうよ。

 即効性があるのと、どんなに視力が悪い人でも急激に良くなるから、連続の服用はオススメしないの」


「それだけ強いお薬ってことですか?」


「さすが、話が早いわね。

 そのとおり、強いお薬よ。

 だ・け・ど、大丈夫。

 王宮医務室の治癒魔法が使えるお友達と一緒に開発して何度も実験したから!」


 エレナはぼんやり見える小瓶を恐る恐る見つめる。


 王宮医務室と共同開発なら、たぶん問題ない。

 あそこは体に害のあるものは、共同研究者でも決して外部に持ち出せないよう厳重に管理している。


「いい?」


 アメリアが後ろからそっとエレナの真横に顔を覗かせ、エレナの両肩に手を置く。

 そこには自分の姿とアメリが映る大きな鏡。


「これだけのものを隠しておくなんて、本当もったいないわ」


 エレナは思い切って、ぐっと薬を飲んだ。


 ほんのり甘く、柑橘系の爽やかな酸味が口の中に広がる。

 まるで、レモンバームやミントを溶かしたような清涼感。


 瞳の奥を刺激するような鋭さを感じた。

 たぶん薬草が視力神経に到達したのだろう。


 視界が一瞬、光りを増す。


 視力回復はエレナの長年の夢。

 クロフォードから贈られた眼鏡で随分と世界が色鮮やかになったけれど、やはり眼鏡はない方が何かと便利だろう。


 やがて、うっすらと鏡に映る自分の輪郭がしっかり見え始める。


「ふふ、もう本当可愛いんだからっ!」


 鏡に映るアメリアのドレスの銀糸一本一本までが光を放ち始めた。


 同じように鏡に映る自分の姿にエレナは、呆然とした。 


「さぁ、行くわよ! 見せびらかさなくっちゃ!」


 アメリアは容赦なく、エレナをそのまま有無を言わさず、さっそく王宮のメインホールへ手を引っ張って連れ出した。




 煌めく大広間へと引き出されたエレナは、眩しさに思わず目を細めた。


 美しい弦楽の調べ、舞う人々、香水と花の香り、すべてがエレナを包み込む。

 さすが皇族の主催パーティーだ。


 煌めく大広間は豪華絢爛で、集まった参加者も目を覆いたくなるほど華やかだ


 こういう場に慣れていない田舎令嬢のエレナには、どうも苦手な空間だ。


「はあ? これがあのチビなのか?」


 最初に耳に飛び込んできた声は、驚くリデルだった。


「え、リデル様?」


 驚いたことに、リデルは普段伸ばしっぱなしの無精髭を綺麗に整え、美しい衣装に身を包んでいる。

 その佇まいは気品溢れ、どこからどう見ても見目麗しい皇族縁者だ。


 リデルとその隣には、見たことのある面子が並ぶ。

 魔法省魔法総括調査研究室のメンバーたちだ。

 みんなこぞってお洒落をし、華やかに着飾っている。


 エレナは、唖然とした。


「あらやだ、この子ぽかんとしちゃって」


 アメリアがくすっと笑った。


「リデル、良かったわね。雀ちゃん、見惚れてるわよ」


「はあ?」


 顔を赤らめたリデルが素っ頓狂な声を出し、一般研究員のメンバーの視線が自然と集まり、それはやがてエレナに集中的に注がれた。


「あのご令嬢はどなた?」

「すごく美しいご令嬢ね」

「ひょっとして新人の子?」

「え? うそぉ」


 驚く一般研究員たちの囁きが波のように広がり、場の空気がざわめきに満ちる。

 が、エレナはそれどころじゃない。

 ちゃんとした姿のリデルを見た驚きの方が勝っていた。


「変わったのはお前の方だろうが。

 前々からエロい顔してるとは思ったけど、ここまでの変わりようは詐欺レベルだぞ」


「んもう、リデルったら相変わらず失礼ね。

 チビとかエロいだなんて」


 アメリアがぷんぷん怒る。

 そして、エレナの腕に自分の腕を絡めてにっこりと満足そうに微笑む。

 まるでエレナに視線を注ぐ観客に「この子を見て!」と誇らしげに示すようだ。


「ふふ、キレイでしょ?」


 妖艶な笑みとエレナの着飾った面差しに、リデルはごくんと唾を飲み込んだ。

 普段から色気が駄々漏れなアメリアと、滅多に見ることができない魅惑的な美女のエレナ。

 男性陣は頬を染め上げた。


「ああ、まあ、女は化粧で化けるって言うしな」


 頬どころか耳まで赤くしたリデルはぷいっと顔を背け、手に持っていたワインをグイっと飲み干した。


「えー、それだけ?」


 アメリアは不服そうに声を上げた。


「え? エレナちゃん?」


 今度はディースの声がした。

 振り返ると、ディースがこちらに歩いて来る。

 今宵いつも以上に美しい。


 その姿に恍惚とした婚約者大募集の令嬢たちがこちらを見、顔を歪ませた。

 アメリアとエレナのコンビに敵意を剥き出しだ。


 いつものエレナならそんな視線にも過敏に反応し、身を縮こませるが、今はそれどころじゃない。

 研究に没頭し、服装や髪型に無頓着な魔法省のメンバーがとても輝かしく、美しいのだ。


 だが、エレナはまさか自分もその一人に入っているとは、これっぽちも思っていない。


「はぁ、すごいね、これは」


 感心するように、まじまじとディースは顎に手を置いてエレナを見た。


「さすがねえさん。

 見事までに原石をダイヤに変えたね」


「でしょう?」


 アメリアは得意気にエレナの頭を背後から抱えるように覆う。


「この艶肌、若さよねえ。

 たまらないの、手が吸い付くようよ」


「ババア発言かよ」


 小声でリデルが悪態をつくと、アメリアがキッとリデルを睨みつけた。


「おお、怖っ」


 リデルは肩を大袈裟に縮こまらせた。


 エレナは、みんなが褒めてくれるので、途端に頬が熱くなるのを感じた。

 同時に、居心地の悪さに思わず視線を逸らした。


 煌めく大広間の中、視線の奔流にさらされ、魔法省のみんなの中心に立たされていることが、ひどく落ち着かない。


 いい意味でも悪い意味でも、注目されるのは慣れない。

 とにかく居心地が悪い。

 足元がふわりと浮くような不安に襲われる。


 恥ずかしさと不安が入り混じり、煌めく大広間の光はむしろ眩しすぎて、思わず逃げ出したくなる。



 そのとき、広間の空気が一変した。


 ざわっと周囲の視線が一点に集中する。

 広間正面の階段の二階の扉が開く。


 主催者のアストレイア皇女とミシェーラ皇女が姿を現したのだ。


「わぁ」


 エレナは初めてそのお姿を拝見するアストレイア皇女に目を奪われた。


 アストレイア皇女は、“星辰の巫女”と二つ名を持つほどの占星術がよく当たる。

 その眼差しは、未来を見通すかのように冷ややかで美しく、金糸のように光り輝く髪は、なんとも神々しい。


 その隣でミシェーラ皇女の微笑みが、場をさらに華やかに照らす。


 エレナは思わず息を呑む。


(素敵! なんて美しいお姫様たちなのかしら)


 ふと、妖精姫とミシェーラ皇女のお茶会場面を思い出す。

 あのときも見麗しいお二人に目がくらみそうになったけど、この姉妹もまた無視できない眩い輝きがある。



 おのずと広間は静まり返り、音楽が一時止む。


 みんなが求心力のある美しい皇女たちに注目する。


 アストレイア皇女が艶然と微笑み、一歩前へ進んだ。


「皆様、今宵はお集りいただき、ありがとうございます」


 澄んだよく通る声だった。


「星は我らの行く末を照らすでしょう。

 どうか、この宴を未来への祈りとし、心ゆくまで楽しんでください」


 ふと、アストレイア皇女とエレナは、一瞬だけだけど目があった気がした。

 すぐに視線は逸れてしまったけれど、潮騒のようなざわざわとした胸騒ぎを覚えた。


 皇女から感じたのは、今まで感じたことのない不思議な魔力だった。

 七色の虹のような明確に色が例えにくい色彩、温かくもなく冷たくもない。

 そうかと思えば、柔らかい。でも、少し棘のある奇妙な感覚。


 続いて、ミシェーラ皇女が姉の隣に立った。

 エレナもハッとして、ミシェーラ皇女に注目した。

 彼女はみんなの顔を一人一人見回すように見渡し、さらに柔らかな微笑みを浮かべる。


「皆さま、姉上のおっしゃるとおり、今宵は心ゆくまで楽しんでくださいませ。

  この王城に集う光こそ、未来を輝かせる力となりましょう」


 まさに予言めいた皇女の挨拶の言葉を皮切りに、ざわっと皇女を讃える声と盛大な拍手が広がった。


 再び弦楽が鳴り始めた旋律は、まるで星々の軌跡を描くように広間を満たし、荘厳さと華やかさを交錯させていった。


 そのとき、従者たちが一斉に参加者にワインの入ったグラスを給仕し始めた。


 皇女たちの傍や、広間の隅には気配を消した魔法騎士団たちが佇んでいた。

 見たことのある顔も多い。


 彼らは貴族であるが、国を守る前衛。

 今宵も貴族としてではなく、通常通り騎士として警備をするようだ。

 平穏を守る彼らがいるから、こうして貴族たちは心ゆくまで夜会を楽しめるのだ。


 そのとき、エレナのもとに祝杯のワインを持った給仕が現れた。

 エレナもアメリアと目配せしあいながら、グラスを手に取る。


 皇女姉妹もグラスを受け取っている最中、宰相であるデメトリオ公爵が一歩前へ進み出た。


 音楽が止み、静けさが訪れる。


「それでは、皇女殿下の御言葉に感謝し、皆さまの未来に祝福を。乾杯!」


 デメトリオ公爵の声を皮切りに、一斉にグラスが掲げられ、煌めく音が広間に響いた。


 弦楽器の第一音が響いた瞬間、その響きは鮮やかな色彩となって広がり、光が舞うように広間をより一層、華やぎを帯びた。

 誰もがその音に導かれるように微笑みを交わす。


 しばらくすると、エレナに声をかける若い男たちが集まった。


「ご一緒にダンスでもどうでしょうか?」

「いえ、私とご一緒に」

「是非とも」


 エレナは最初、まさか自分が誘われているとは思わず、きょとんとした。


(何が起きてるの?)


 初めてのことで、アメジストの大きな瞳をぱちくりさせ、首を振った。


(とんでもない。わたしとダンスだなんて……!)


 エレナが混乱している最中、すっと見知った顔が手を差し伸べた。


「エレナ嬢、私と踊っていただけませんでしょうか?」


 深い紺の礼服に身を包んだランスだ。


 肩に金糸の刺繍をあしらい、銀のタイをきりりと結んだ姿は舞踏会の光に映え、知性と清潔さ、華やかさを放っていた。


 エレナは驚きに目を見張り、ほんの一瞬、見惚れてしまった。


 その姿に周囲の令嬢たちが思わず視線を向ける。


「まあ、あの方、外務省のランス・マクィーン様じゃない?」

「新人官吏なのに、先日の侯国の外交官として大抜擢されご活躍された方よね」

「ますます素敵になられて……」


 さっきまで空気に流されて少々夢見心地だったエレナの耳に、ハッキリと色めき立つ令嬢たちの声が聞こえてきた。


「ほら、雀ちゃん。

 楽しんで来なさいよ」


 アメリアがぽんっと軽くエレナの背中を押した。


「えっ、え……」


 胸が高鳴り、指先が熱を帯びるのを感じる。


「エレナ嬢、踊りましょう」


 いつもと同じ笑顔なのに改まったランスの表情。

 どことなく熱心で真剣な眼差しだ。

 甘やかな熱がそこに宿っている。


 エレナはおどおどしながら、ランスの手を取った。

 彼から温もりが伝わり、エレナの胸の奥で何かが弾ける。


 その瞬間、ランスから嬉しそうに華やぐような笑顔が広がった。

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