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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第1章 王宮出仕編 ―人見知り令嬢と王宮の狂騒曲―

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第71話 戦闘令嬢の目覚め――一週間の空白と癒しの風

 エレナが目を覚ますと、そこは見知らぬ天井が広がっていた。


 ここは、どこだろう?


 寝心地の良さから、どうやらベッドの上らしい。

 横たわったまま、ゆっくりと部屋を見回す。


 こぢんまりとした個室に、格子窓から差し込む光が眩しい。

 エレナはベッドサイドに置いてあった眼鏡をかけた。


 ふと、自分でない誰かの寝息がすぐそばから聞こえて来る。

 寝息のする方を見ると、クロフォードがエレナのすぐそばの椅子に腕を組んで眠っていた。


「えっ!」


 びっくりして、エレナは飛び上がるように上半身を起こした。

 その瞬間、ズキっと頭が痛んだ。思わずこめかみを押さえる。 

 それなのに、目はクロフォードに吸い寄せられた。


 端正な顔立ちに長い睫毛、透き通るように白い肌。

 薄っすらと陽が降り注ぐクロフォードの寝顔は、まるで天使だと思った。


 その辺の女の子より、うーんと綺麗。

 思わずまじまじと見つめてしまう。


「あっ、起きた?」


 ひょこっと扉の奥から、アライグマに似た同期のモレーノが顔を出した。

 エレナはびくっとして、肩を震わした。


「モレーノ……」


「おはよう。よく眠れた?」


 ひょこひょことエレナに近寄って、そっと顔を覗き込んだ。


「顔色は良さそうだね。

 気分は悪くない?」


「う、うん。でも……頭痛い」


「あはは、そうだと思うよ。

 一週間寝っぱなしだったからね」


「え!」


 一週間? 


 エレナ的には、寝不足も相まって、半日たっぷりお昼近くまで寝た感覚だった。


 エレナが目をパチクリさせていると、モレーノはくすっと笑って、近くのサイドテーブルの水差しからグラスに水を注ぎ入れた。


「驚くよね。しかたないよ。

 それだけ魔力を消耗してたんだよ」


 グラスをエレナに手渡す。


「ありがとう」


「たっぷり飲んでよ」


 エレナはグラスに口をつけた。

 モレーノの言うとおりだ、思った以上に喉が渇いている。

 するすると水が喉を通り抜けていく。

 

 エレナは飲みながら、部屋を目だけで見渡す。

 なるほど、自分が寝かされていたのは王宮内の医務室のベッドのようだ。

 

 それも個室。

 ふつうは男女別の大部屋だ。

 それだけ、待遇の良い部屋に通されたのか。


 ふと、自分の服装が簡易な平服になっているのに気がついた。

 さすがにあのまま侍女の制服では色々誤解を招くから、着替えさせてくれたのだろうけど。

 

(誰が着替えさせてくれたのかしら)


 それがなんとなくリバーラスの気がした。


(今度会った時、お小言を言われそう……)


 彼女が妖精姫を確保したときに見せた笑顔が脳裏を横切った。


「魔法省の実験に失敗したって聞いたよ」


「え?」


 エレナは反射的に首を捻った。

 モレーノは笑みを消して、エレナの顔を見た。


「古代魔道具の修復と分析は成功したけど、その副作用的なパワーに襲われて――ありったけの魔力を使って自分の身を守ったんだね。

 古代魔道具相手じゃあ、そういうこともあるよね。

 命に別状なくて本当よかったよ」


 モレーノは空になったエレナのグラスに、水差しを持ってきて、追加で水を注ぐ。


「あ……ありがとう……」


 違う。

 

 突然、悪寒に似た感覚が蘇った。

 わたしはあの時、ワルトの自爆の被害を最小限にするため、クロフォードの真似をして彼を囲む結界を作った。それでも彼の魔力と呪術の力は凄まじく、防ぎきれなかった。


 だから、防御魔法を力の限り発動した。

 ただ、そこから先の記憶がまったくない。

 ぽかり穴が空いたような感覚。


「クロフォード・ノーエランド卿がすごく心配されててね。

 本当は面会謝絶なんだけど、あまりにもごねるから……マインラート・ソシュール卿が特別に医務局長にお願いして、ここで看病する許可をもらったんだよ」


 エレナは意外な面持ちでクロフォードを見た。


「僕さぁ、エレナがノーエランド様と仲がいいこと、全然知らなかったよ」


 探りを入れるような眼差しのモレーノに、エレナはどきっとした。


「こんなにすごい人たちと仲がいいなら教えてくれてもいいのに」


 モレーノは少し拗ねたような顔をした。


「あはは、お仕事で少し関わることがあってね……」


 エレナは苦笑して、なんとか誤魔化そうと必死で頭を回転させる。


 わたしが彼らと一緒に〈影〉のお仕事をしているのは、絶対に秘密だ。

 クロフォードとは兄妹弟子で、師匠が元王宮魔術師筆頭のマインラートであることも。


 どうやって、クロフォードとマインラートとの関係を隠しておこうか。

 

 さっきまでの頭痛がどこかへ吹っ飛んでしまうくらい、エレナは一生懸命、知恵を振り絞る。


「古代魔道具の修復魔法を施す際、――生命連動魔法も同時に発動させることになってね」


「へえ、それはまた難度の高い魔法だね」


 モレーノは驚いて目を見開く。


 エレナは鼓動が早まった。

 不自然じゃない言い訳を考えないと。


 不安は背中いっぱいに広がる。

 指先から、ベッドへと伝わっていく。

 今、わたしの手からはベッドから床へ焦りと不安が流れ出ている。


「実はね、教育係のディース様がこの技に関しては、『自分には人に教えてあげられるほどの実力を持っていない』ってご辞退されたの」


 シーツをギュッと握って、やっとそう言えた。

 

 そう、これは嘘じゃない。

 ディースの生命連動魔法の成功率は著しく低い。

 きっと頼んだところでも、彼は辞退しただろう。


 その点、クロフォードは天才異端児 王宮魔術師と呼び名がある通り、難易度の高い魔法でも難なく使いこなすことができる。

 そういった事情も相まって彼が主体となって教えてくれたのだ。


 ディースもディースで、エレナが古代魔道具の分析結果報告をしたとき、何も疑問を呈しなかった。

 生命連動魔法を使ったエレナに対して、反応なし。


 なんとなくだけど、ディースはエレナが偉大なる魔法使いであるマインラートの弟子であることに気づいているっぽい。

 むしろ、見て見ぬ振りをしているような、そんな気がする。


「なるほどねぇ。

 それで王宮魔術師のノーエランド卿が教えてくれたわけか」


 モレーノが納得したような声を出した。


「うん。リックランス大臣からマインラート様に頼んで、そこから……ク、クロフォード・ノーエランド卿が先生になってくれたんだ」


「そっかぁ。それはさぞかし大変だったね。

 そういった疲れもきっと溜まってたんだろうね」


 モレーノはやけに同情的な表情を浮かべた。


「疲れ?」


「うん。天才魔法使いだからこそ、凡人には理解し難い領域にいるというか……ほら、そういうの、あるじゃないか」


 モレーノは奥歯に物の挟まったような物言いをする。


 そっか、世間では、クロフォードはすごい魔法使いだけど、神経質で人の好き嫌いが激しすぎる、近寄り難い存在と認識されている。


 実力のない者には、冷徹、その美しい顔からは想像できないほど苛烈で、とにかく手厳しい。

 貴族にありがちな美辞麗句を並び立てることもない、忖度だって全くしない。

 そのせいで正直、評判はあまり良くないのだ。


 きっと、モレーノは、エレナとクロフォードが案外うまくやっているところを想像できないのだろう。


 やけに同情的なところから、エレナがヒンヒン泣きながら、クロフォードのスパルタ教育を受けている。そんな図を思い描いているに違いない。


(全然違うんだけどなぁ……)


 クロフォードとは話が合うし、――彼の持つ中性的な雰囲気と、気取ったところのないところや、裏表がないところに感心して、すっかり寛いでいる。

 それはクロフォードも同じ。

 だからこそ、こうして親身になって看病してくれたのだろうけど。


「そうそう、みんなも心配してたよ」


 モレーノは思い出したように言って、話題を変えた。


「特にランスとレイノルド、あっ、ローゼルも。あとネイトもホキアンも。

 あはは、同期全員だね」


「そうなんだ。

 なんか心配掛けちゃったね」


「ううん、気にしないで。

 今回対処が早かったから、急性魔力欠乏症は免れたんだよ。

 アレやると回復にすごい時間かかるし、結構後遺症に苦しむんだよね。

 なにより、今、元気そうで良かったよ」


「そっか。いろいろ、ありがとう」


「ううん、これが僕のお仕事だから気にしないで。

 でも、実際、甲斐甲斐しくお世話をしてくれたのはノーエランド卿。

 逆に僕は彼の意外な一面が見れてちょっと得した気分」


 ホクホクとした表情のモレーノが、クロフォードに視線を投げた。


「スパルタとはいえ、ちゃんと先輩に感謝しないとね」


「あはは……そうね」


 思わず、エレナから乾いた笑い声が漏れた。 

 やっぱり、モレーノはエレナがクロフォードから厳しいスパルタ教育を受けたと思っているようだ。


 とはいえ、ほんわか心の中が温かくなった。


(クロフォードがわたしの看病を……。

 すごく恥ずかしいけど、嬉しい)


 つい口元が緩みそうになって、エレナは姿勢を正した。


「ねぇ、モレーノ。

 回復したらみんなでまた美味しいご飯を食べに行こう」


「そうだね、賛成! 

 そうだ、エレナの快気祝いに行こう。食べたいもの、考えておいて。

 お店はまた僕がとっておきを紹介するからさ」


 ウキウキでモレーノが声を上げた。

 モレーノは同期の中で一番美食家である。

 いろんな美味しいお店を知っている。


「へへ、早く行きたいなぁ」


「だよね。そのためにも早く元気にならないと」


「うん、そうね」


 その時。


「うーん……」


 クロフォードが寝返りを打つように声を上げる。


「あっ、起きそうだね。

 僕は朝食を用意してくるよ」


 モレーノはそう言うと、そそくさと部屋の外に出た。

 クロフォードが目をこすりながら、欠伸をする。


「クロフォード?」


 そっとエレナが声をかけた。


 ハッと目を覚ましたクロフォードが、身を乗り出してベッドのエレナを見た。

 若草色の瞳が大きく見開き、そして、一瞬潤んだ気がした。


「エ、エレナ!」


「おはよう、クロフォード」


 にっこり微笑むエレナにクロフォードが勢いよく抱きついた。


「ああ、マジで良かった! 

 このまま起きないんじゃないかって心配したんだ」


 ぎゅっと力強くエレナを抱きしめた。


 クロフォードのミントの香水が漂う。

 エレナは胸の高鳴りを感じた。


「ク、クロフォード……!」


 エレナは顔を赤らめ、どうすればいいのか分からなくなって、視線を泳がせた。

 それに気付いたクロフォードは、慌ててエレナから離れた。


「ご、ごめん。すごく心配だったから……。全然目を覚さないし……」


 いつも強気なクロフォードなのに、語尾がゴニョゴニョ弱くなっていく。

 顔も心なしか不貞腐れているような拗ねた表情。

 そのくせ、自分の突拍子のない行動に恥ずかしいのか目尻を赤くさせる。


 そんな姿が愛おしくて、エレナはふと笑みが零れた。


「ふふ、心配かけてごめんなさい」


「……ああ、まったくだ。

 すごく心配したんだからな」


 クロフォードは、憮然とした表情で、そしていつもどおりの口調で言った。


「ごめん。心配してくれて、ありがとう。

 ……その、みんなは無事?」


「ああ、うん、それは全然大丈夫。問題なし。

 むしろ、あの乱闘で変に活性化されたのか元気が有り余ってるぐらいだぜ。

 クレインバール卿なんて、『最近の若者はたるんでる』とか言い出して、魔法騎士団強化訓練メニューを組んだりしているみたいでさ。

 自分だって十分若者だろって、感じなのにな」


 クロフォードは苦笑しながらも、楽しそうに話し出す。

 それをエレナは笑顔で「うん、うん」と聞く。


 こうやって穏やかにクロフォードとおしゃべりをするのは久々だった。

 いきいきと顔を綻ばせて、饒舌に話す。


 個室の病室の静寂の中に響くクロフォードの声。

 裏表のない眼差し。

 窓越しの雲。

 外から聞こえる小鳥のさえずり。

 

 エレナたちは飽きもせず他愛ない話に興じていた。

 

 やっぱり世間の評判なんて信じられない。

 だって、こんなにも楽しいんだもの。


 不意に、あの乱闘のときにクロフォードがワルト・チェッカレッチに首を絞められたことを思い出した。


「あの、クロフォード、首は?」


 エレナはそっとクロフォードの首に手を伸ばす。


「え?」


「ほら、首、絞められてたから、痕もすごい残っていたし……」


 もうすっかり痕はきれいさっぱりなくなっている。


「うん、ほら、このとおり全然平気」


 クロフォードは安心させるように、柔らかく微笑んだ。


「そう。良かった」

 

「これもそれも全部、エレナのおかけだよ」

 

 ふと、クロフォードが改めてエレナを射抜くように真っ直ぐ見つめた。


 どきっと胸が高鳴った。

 

 今度はクロフォードが手を伸ばして、そっとエレナの乱れている前髪を整え始めた。

 エレナは、思わず視線を落とす。


 優しくて、温かな指。

 白く長くて、節骨のある手。

 顔は中性的なのに、手はちゃんと男の人だ。

 そう思ったら、頭が冴え渡って急に気恥ずかしさが湧き立った。

 

「あの後、何が起きたか。どうなったか。

 すごく気になっていると思うけど、後ほどリックラス大臣たちから話があると思う」


「うん。分かった」


「それじゃあ、俺、そろそろ行くな」


 クロフォードはエレナの頭を優しくぽんぽんして、席を立つ。


「今はとにかくゆっくり休んで。

 腹、減ってるだろ?」


「そういえば……」


 言われてみると、急に空腹を感じた。

 

「お大事に」


 そういうと、クロフォードは部屋を去ろうと扉に手をかけた。


「あの、クロフォード。

 ずっと側にいてくれたって……」


「え、あっ」


 クロフォードは振り向き、一瞬目を見開く。 

 次には、分かりやすく耳まで真っ赤にして、照れ臭そうに頬をぽりぽり掻いた。


 束の間、沈黙が流れた。


 やがてクロフォードが気まずそうに言葉を紡ぎ出す。


「だって、俺さ、助けに行ったのに、結局エレナに全面的に助けられたばかりだったし……、少しでもエレナの役に立ちたくて……その、居ても立っても居られなかっただけだ。

 つまりは、俺の自己満」


 顔をくしゃっとさせて、クロフォードは笑みを浮かべた。

 その笑みにエレナは、胸がぎゅっと甘酸っぱくざわめいた。


「ってことで、全回復したら今度こそウマイ海鮮を食べに行こうぜ。

 今度こそ約束を実行しないとな」


 その台詞せりふにエレナの表情が明るくなった。


「あ、あと異国のフルーツのケーキも!」


 元気なエレナの声に、一瞬クロフォードの目が見開き、それからにかっと白い歯を見せて笑った。


「もちろん」


 クロフォードは、ひらひらと手を振りながら部屋を出た。


 急に静寂が戻った。


 ふわりと、窓の外に白い蝶が横切った。


 外は晴れ渡り、青空が続く。

 窓近くの木に鳥が二羽やってきて、つがいなのだろうか、巣作りを始めている。


 エレナは、ふわふわと空に昇っていく蝶を眺めた。


 終わった、んだよね?


 昔何かの本で読んだことがある。

――蝶は死者の国の使い。

 死んだ人の魂を案内していくと信じられていた。


 彼は――ワルト・チェッカレッチは、ちゃんと天に召されたのかしら。


 眩しい光の中に、蝶は既に姿を消していた。



 その後、モレーノが用意してくれた胃に優しいミルク粥を食べていると、マインラートとリックランス大臣が現れた。

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