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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第1章 王宮出仕編 ―人見知り令嬢と王宮の狂騒曲―

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第70話 戦闘令嬢と崩壊の残光――奇跡を編むやわらかな風

 血走った瞳を剥き出しにしたまま、クロフォードの体は空中で痙攣けいれんしていた。


 その惨状を、ワルトは冷笑を浮かべながら、じりじりと空中に持ちあがるクロフォードを見上げる。


「お願い、もうやめて!」


 エレナは首を振るけれど、ワルトは容赦ない。



   「――雷狼フルミナ・ループス! 

    氷鎖グラキエス・ヴィンクルム!」



 エレナは恐怖に駆られながらも、声を震わせずに詠唱を紡いだ。


 いやだ、クロフォードがいなくなるなんて……!

 絶対に嫌!!


 瞬間、空気が裂ける轟音とともに雷の狼が何匹も放たれ、稲妻の如く勢いでワルトへ襲いかかる。眩い閃光が照らし、稲妻がワルトに牙を剥く。

 ワルトは土壁を出して防御する。


 同時に、エレナはクロフォードに防御魔法をかけた。

 その首を締め上げる腕へ氷の鎖が走り、瞬く間に白い霜が広がる。

 腕は凍りつき、音を立てて硬直した。


 クロフォードの体はようやく吊り上げから解放され、地面へ落ちる。



    「風よ、柔らかな掌となりて

     小さき命を抱け、

     ──手のひらの風(アウラ・マヌス)



 エレナの風魔法でふんわりとクロフォードの体が優しく受け止められる。


 だが、氷の結晶化する腕は、荒い息をするクロフォードの首をさらに絞め続ける。


 エレナの攻撃は終わらない。


 畳みかけるように、雷狼の数が増え、追い払われても何度もワルトを襲う。

 防御魔法だけでは、エレナの魔法の狼たちは追い払えない。

 ワルトは地面から鋭い槍を突き出し、雷狼を容赦なく貫く。


 バシン、ドシン、という破裂音と地響き。

 岩の破片が飛び散り、乾いた土の匂いが鼻を突く。


 その間も、ワルトの視線はエレナを貫くように、じっと佇む。

 

「へぇ、魔法は通常、最大二つまでしか使えないはずだ。

 それなのに三つも同時に発動させるなんてね」


 しかも、無詠唱であの男の体が自分の魔法で傷つかないように守り抜いた。

 ワルトは冷笑する。

 

 エレナはそんな冷やかす声を無視して、クロフォードの元に飛び込み、拳に魔法を込め、凍った手を殴り砕いた。氷漬けにされた手は粉々に割れ落ちた。


「やった!」


 だが、氷から発生した黒い靄が蛇のようにエレナの腕へ絡みつき、覆い尽くそうとうごめいた。


「ひゃぁ!」


 エレナは思わず小さく声を上げて、後ろへ飛び退き、必死に声を保ちながら詠唱を続けた。



   「――風浄アウラ・ピュリタス!」

 


 瞬間、透明な風が渦を巻き、エレナに絡みつく靄を包み込む。

 鈴の音のような風の響きを伴い、黒い靄を吹き払う。

 靄は悲鳴を上げるように震え、次々と霧散していった。


 エレナはクロフォードに視線を投げた。

 クロフォードは咳き込み、崩れ落ちるようにしゃがみ込んでいた。


「クロフォード……!」


 ゼイゼイと呼吸する彼に再びエレナが駆け寄ろうとすると、ワルトが火の球を投げて阻む。


 エレナはクロフォードに無詠唱で魔法防壁を施し、同時に詠唱する。



   「――雷蛇フルミナ・セルペンス! 

    水蛇アクア・セルペンス!」



 稲光が絡み合い、大蛇の幻影が轟音とともに現れた。

 首を二つに分けてうねりながら火球へ突進する。

 一つは雷属性、もう一つは水属性。


 稲妻が空を裂き、眩い閃光が周囲を照らした。


 水の大蛇がしぶきを撒き散らしながら、火球へ絡みつく。

 炎は水と雷に呑まれ、轟音と蒸気を残して消え去った。


 熱気と冷気が霧のように立ち込める。

 そこへ、ひらひらと淡い桃色の花びらが舞い散り、蒸気に濡れながら揺らめき、溶けていく。

 雷光と水滴が光を反射し、火の熱気を冷ます清涼な風が花びらとともに流れ込んだ。


 その風は、戦場の焦げ臭ささえも一時忘れさせるほどに清らかだった。


「はっ、これは美しい。

 やはり連れて帰りたいな」


 小さく感嘆するワルトをエレナは睨みつけた。

 

 そのとき、ワルトの切断したはずの腕には肉が蠢いた。

 みしみしと骨が軋む音を立てながら再生していき、血が逆流するように流れ込む。瞬く間に皮膚が張り直されていった。


 エレナは慄いた。


「なんだよ、あれ……ゴホッ、まるで詐欺じゃないか」


 首を押さえたままクロフォードが悪態をついた。

 首には絞められた人の指の痕がくっきり赤く残っていた。


「クロフォード」


「ありがとう、エレナ。助かった」


「ううん」


 エレナがクロフォードのもとに駆け寄って、クロフォードとともに、ワルトへ視線を投げた。


 ワルトの両腕は、何事もなかったように元通りになっていた。


「どう? すごいだろ? これも侯国の医療技術なんだよ」


 ワルトは自慢げに修復された腕を撫でるように触った。


「呪物の一欠片を薬にした栄養剤の“黒曜こくようエキス”っていうのを飲むと、肉体の末端をいつでも回復できるようになるんだ。

 けど、副作用が強くてね。

 この体もそろそろ限界だな。

 せっかく修復しても痛覚がない」


 得意気に笑うワルトにエレナは顔を歪ませた。


「エレナ嬢、君はここにいてはいけない」


「え?」


「魔法に満ちた世界に、こんなにも美しい術式を編み出せる君はもったいない。俺と逝こう」


 ワルトが手を差し出すも、クロフォードがさっとエレナを自分の背中に隠す。


「あはは、魔術師が騎士ナイト気取りか。傑作だね」


 ワルトはあっけらかんと笑った。


「さて、キムバートン」


 ワルトは飛行魔法で舞い上がり、一瞬でキムバートンの元へ行く。


 キムバートンは攻撃の手を止めた。

 その目には、なんとも言い難い哀しみが広がっていた。


 なんだろう、この異様なまでの胸騒ぎ。

 その違和感の正体を突き止めようとするも、鼓動だけが速まる。


 不快な空気の中で、エレナは寒気すら覚えていた。


 エレナは、追うようにして飛行魔法でワルトを追う。


「お、おい、エレナ」


 クロフォードが驚く。


 だめ、このままだと良くない事が起きる。

 そんな天啓めいた直感がエレナを貫く。


 

 いま、二人を一緒にさせてはいけない……!




 ワルトはすかさずキムバートンに寄り添い、抱きしめる。

 潤んだ瞳が揺れる。

 そして、互いに熱い眼差しで見つめ合って、そっと口付けを交わす。



「逝くのかい? ワルト」



 キムバートンの表情はエレナが見たことないほど人間味あふれ、温かい。

 そして、いまにも泣き出しそうな憂いた表情を浮かべる。


「ああ、これ以上は君の足枷になる。

 それだけは我慢ならないんだ」


 そっとキムバートンがワルトの手を握った。


「そうか」


 キムバートンはワルトの双眸を覗き込むように熱心に見つめた。


「俺を愛してくれてありがとう」


 ワルトはゆるく首を振り、微笑んだ。


「いいや、俺こそお前に会えて良かった」


 美しく微笑む二人は、同時にエレナを見た。


 二人は互いに距離を取り合う。

 

 だめ、このままじゃあ、絶対に!


 何かが集まってきている。何かがじわじわとワルトに積もってきている。

 ワルト中心に、周囲から禍々しいエネルギーが渦を巻くように流れ込んでいる。


 何かを起こそうとしている。

 誰も予想できないような、誰もが驚く何か。彼らしか知らない不吉なこと。


 人知れず、エレナは青ざめ、唇を噛み締めていた。


「では、エレナ・ヴァービナス嬢。

 また会える日があれば」


 キムバートンが慇懃いんぎんにお辞儀をした。


 その瞬間、ワルトが詠唱を始め、全身が眩い閃光に包まれ始めた。


「まずい、アイツ、自爆する気だ!」


 ルシアンの声が地上から響く。


「さよなら、エレナ」


 ワルトが少年のような、あどけない笑顔を浮かべた。





 ランスは見えない壁に阻まれた。


 これ以上進めない。

 誰かが踏み込ませぬよう強力な結界を張ったのだろう。

 かなり強力だ。


 恐らくマインラートが王城、ひいては皇族たちを守るために施したものだ。

 それほど中では激戦が繰り広げられているに違いない。


 エレナは大丈夫か?


 結界の中を覗く。


 亜麻色の髪の女性が空へ向かって飛んでいた。


 その時、結界の内側が閃光に包まれた。


 轟音と共に爆発が起きる。

 地面が激しく揺れた。


 結界のおかげで爆発の衝撃もなく、ランスは何事もなかった。


 じゃあ、中の者たちはどうなったのか。


 背筋が氷に触れたように冷えた。

 嫌な予感がする。


「エレナ!」





 ネイトとレイノルドは、王城に侵入しようとしていた無法者たちを魔法が使えなくなる魔封じの手錠をかけ、縄で縛り上げた。魔封じの手錠は、手錠をかけた者の魔法を封じる効果がある。


「よし、これで終わりか」


 ネイトが額の汗を手の甲で拭う。


 綺麗好きなネイトだが、流石にこの屈強な体格の男たちを相手の戦闘は汗をかき、砂埃にまみれている。それだけ大変な乱闘だったのだ。


 同期のレイノルドもかなり服装が乱れ、汚れていた。


「さすがハウルデュース公爵の息子だな、剣術も魔法もすごかったぞ」


 ネイトが声をかけるとレイノルドは首を振った。


「大したことない。

 むしろ、こんな輩にこんなにも手間取るのは弛んでる証拠だ」


「いやいや、コイツら、結構強かったぜ」


 ネイトは苦笑した。相変わらず自分にも他人にも厳しい男だ。


 刑部省全員が急遽戦うことになったのは、『秘密結社 黒の杖』とマリュード皇国の間諜たちだった。


 さすがに強者は、総帥率いる軍部上層部や騎士団団長たちが見事倒してくれた。

 だが、下っ端は下っ端で、無法者たちと対峙することになった。


 相手はそれなりに剣術に腕の覚えのある者たちばかりのようで、普段から剣術の稽古を欠かさなかったネイトでも倒すのにかなり骨が折れた。


 攻撃魔法を使うのも久々だ。


(まったく、入省して一年経つ前からこんな重労働……)


 最近事務仕事ばかりで体も満足に動かせていなかったというのに。


「こりゃあ、明日から庭で鍛錬再開だなぁ……」


 ネイトはもともと魔法騎士からスカウトを受けていた。

 だが、母親から「危険だからやめて」と泣きつかれ、渋々試験のハードルの高い文官を目指すことになった。

 一年浪人して、ようやくこの地位にいる。


 まさかここでその腕を奮うことになるとは思わなかったけど。


 こんなこと母親が知ったら卒倒し、姉はネイトのボロボロの姿を見て盛大に大笑いするだろう。


 まったく、侯国はとんでもない客人だったよな。


――招かれざる客。


 魔術師と名乗っていた男二人が実はマリュード皇国の手の者と判明。

 すでに妖精姫は彼らの策略により死亡。


 それなのに、呪術という禁術を使って、この国で殺害した女性の魂を入れて誤魔化そうとしていた。


 敵国ながら不気味な国だ。


 人を苦しめることに特化した呪術。

 その昔は、神々に祈りを捧げるような高尚な術式のひとつだったらしいが、今じゃあ、人を多く殺し、人の魂を弄ぶ戦争の道具になっている。


 それなのに、その呪術で発展した亡国ナバロー王国復古を本気で望む勢力がいる事実に、おぞましさと寒気を覚える。


「まさか、その勢力と呪術国家マリュード皇国、さらには侯国と結託し、この国に戦争を仕掛けようとしていたのだなんて」


 思わずネイトが呟くと、レイノルドも捕縛作業を進めながら頷いた。


「まったくだ」


「物騒な世の中だよなぁ」


「ああ」


 まさか、自分の人生でこんな大事件に遭遇し、軍部とともに国賊を倒す日が来るとは思わなかった。


 王城内の人々や城下町に住む人々には、「緊急軍事演出訓練だ」と偽りを通達していたため、街の混乱は最小限に抑えられている。

 それに、結界の天才マインラート・ソシュールが、王都の城下町にも被害が及ばないよう睨みをきかせているはずだ。


 冷徹軍師であるニーデル・ターラントは、城下町の軍部の隠れアジトで、逐一戦況を報告させ、事細かに指示を与えている。


「ガハハ! まだまだだな」


(で、総帥は一番ヤバそうな武装魔法使いを倒したわけか……)


 豪快に笑って、拘束される捕虜たちに清々しい笑顔、いや、敵からしたら癇に障る笑顔を向けている。


(っていうか、総帥って一番偉いんだから、軍師のターラント卿とともに作戦を練って指示を与える側にふつういるんじゃないのか? 

 もしくは陛下のお傍でお守りすべきで……)


 規格外かつ斜め上の発想をする豪快総帥の行動は、常識人のネイトには計り知れない。


 その息子であるレイノルドに、ネイトは視線を投げた。

 どうやったらあの父親に、この超真っ当常識人、朴念仁息子ができるのか。


 ふと、レイノルドが旧離宮方面に視線を飛ばした。

 ネイトもつられてその視線を辿った。

 強い魔力の衝突を感じたからだ。


 先程遠征から戻って来たルシアンが「参戦してくる」と王城内へ物凄い剣幕で突入していった。

 これは、ターラント卿の指示だ。


 中ではいまだ激しい戦闘が続いているのか、魔力の激しいぶつかり合いを感じる。


 旧離宮の戦闘の火の粉が降りかからないように、マインラートがかなり厳重に結界を二重三重で張っているようだが、振動や攻撃魔法の衝撃が激しく伝わってくる。



 その時、カッと視界の先が閃光に包まれ、強烈な光が走った。

 そして、莫大な魔力と地響きが襲い、軽く地面が揺れた。




 ホキアンはこの度の侯国に対する抗議文を外務省から受け取り、慎重に封筒に入れた。


 とんでもないことになったよなぁ。

 ぼんやりと思う。


(まさか、僕たちが知らない間に侯国でクーデターが起きて、主権が変わったなんて)


 しかも、よりによって不気味な敵国と結託するなんて。


 その時、窓ガラスがビリビリと小刻みに揺れて、パリンと割れた。

 驚きのあまり、肩を震わせてホキアンは思わず立ち上がった。

 他の同僚たちも目を剥いて、一斉にざわめく。


 先程の震動といい、この衝撃波。


 外から莫大な魔力を感じ、ホキアンは恐る恐る外を見た。

 なんだか不穏な空気感が漂っていて、やけに鼓動が不穏に速まる。


 不吉な予感がした。





 エレナは力尽きて倒れ込んだ。


 それを誰かが優しく受け止めた。


「よくやった。ありがとう、エレナ」


 クロフォードの声がした。


 額に柔らかなものが当たった。

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