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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮
第1章 王宮出仕編 ―人見知り令嬢と王宮の狂騒曲―

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第67話 戦闘令嬢の糾明は続いてる――積み上げられた虚飾と黒幕の処方箋

――分かったのかな? 黒幕。


 キムバートンが肩をすくめて、エレナに話の先を促す。


「はい、黒幕は侯国のスミルノフ医師です」


 静かにエレナはアメジストの瞳で見据え、言った。


「ほう」


 感心するようにキムバートンが声を出した。


「そう思った理由は?」 


「彼は野心家で、医療研究に熱心な凄腕外科医だとか。

 けど、非人道的なことも厭わない科学者という面もお持ちだと伺ってます」


「うん、そうだね。

 エレナ嬢は他国のことなのによく知っているね」


「魔法新聞と、とある筋からの資料から……」


「ああ、帝国魔法新聞ね」


 ワルトが鼻を鳴らした。


「魔法マニアしか読まないという、大衆新聞からかけ離れたところに分類されるお堅いアレか」


「お堅い新聞だから、確実な情報しか載ってないんです」


 魔法新聞ファンとして聞き捨てならず、エレナは思わず言い返した。

 キムバートンはぷっと吹き出した。


「ゴシップ記事よりも確固たる情報記事。

 宝飾品より遺跡や古書に興味がある、らしい回答だ」


 楽しそうにキムバートンは肩を揺らして笑った。


(何がそんなにおかしいのかしら?)


 エレナはムッとした。


「さぁ、話して。ヴァービナス嬢。

 君の見解を是非とも聞かせくれ」


 華やぐような人懐こい笑みを浮かべて、キムバートンはエレナに話を促した。


 彼の正体を知らなかったら、その笑顔に思わず頬を赤く染めていたかもしれない。

 けれど、彼の非道さや冷酷さ、命の軽視とか、そして、放たれる禍々しい威圧感と魔力。


 不気味で腹立たしい怒りが込み上げる一方、キムバートンがエレナを見るたびに、何か鋭いもので心臓を貫かれたような痛みが走る。

 

 目を離すことができない。


「さぁ、ヴァービナス嬢」


 キムバートンは興奮を滲ませてエレナに迫りくる。

 熱っぽい喜悦と興奮、なぜかかすかに淫靡いんびなものとが溢れ出す。


「侯国は十年前はとても貧しい国でした」


 エレナの声は思った以上に怯えていた。

 だが、彼はそれを気にすることはなく、爽やかに微笑んだ。


「ああ、そのとおりだ。正解だよ。

 あの国はね、一時期は飢餓などの死者数が出生数よりも上回るほどだったらしいね。

 よく勉強しているね」


 優等生を褒める教師。

 そんな図が頭に浮かんだ。


「それで、続きは?」


 彼は促す。

 どうやらあくまでも教壇の上で教鞭をとる教師のスタンスでいくようだ。


「豊富な知識と、医師としての確かな腕前があっても、輸出できるものがなければ国は儲かりません。

 病を治療できても、寒い地方ではなかなか民が豊かになることは難しいんです」


「うん、そうだね」


 寒い地域は暖を取らなければ、死んでしまう。


 その暖を取るには、たくさんのエネルギーが必要だ。

 薪であったり、毛布、火の属性の魔法石だったり。

 

 薪を盗む貧困層、魔道具による魔法暖房を独占する貴族や富裕層、寒さに耐える孤児など、社会的な暖房格差が生じていると聞く。


「持てる技術と知識で、一番手っ取り早くお金を稼ぎ、民が豊かに暮らしていくには、薬を生産することが手っ取り早いです。

 ですが、侯国では薬を安定して製造できる土地もエネルギーも人材も乏しい状況でした」


「いい線ついているよ。それで?」


 キムバートンは腕を組み、エレナの周囲をゆっくり歩く。

 まるで教師が教室で生徒の意見を聞いているかのような素振りだ。

 アカデミーに僅かな期間しか通っていないエレナでも、その風景が脳裏を掠める。


「侯国が変わり始めたのは、温室建築後です」


「そう。そこがターニングポイントだ。

 それは約何年前?」


「それが十年前くらい前です」


 マインラートの資料から、侯国は五、六年前から血生臭いお家騒動があり、多くの王族が文字通りの骨肉の争いで亡くなった。


「妖精姫が第一王位継承者になったのは、その直後。今から三年前。

 そして、時同じくして妖精姫発案だという温室が十二年の月日をかけて完成した年にもなります」

 

 三年前といえば、マリュード皇国と国境付近でちょっとした戦争が起きたのもその時期だ。

 ワルトが顔をキムバートンに似せて整形したと言っていた戦争、恐らくこれだろう。


 マインラートは国内に最短で強力な薬物販売ルートを造ったのは、表向き、合法的な経済活動をしている人物、と言っていた。


 合法的な経済活動、つまり、貿易商も該当する。


 その条件にワルトがぴったり当て嵌まる。


「おそらく、そのとき、ワルト様は治療に侯国に訪れていたんじゃないでしょうか?」


 ワルトがぴくっと反応し、顎に手をあて、まじまじとエレナを見た。

 キムバートンも、舐めるような目でエレナの表情を見ていた。それは楽しんでいるようにすら思えた。


「そうだね。エレナ嬢の言うとおり、ワルトはちょうどその時期に侯国にいたよ。

 正解だ。

 それに、温室施工後の時期に目を向けたのは、なかなか筋がいい」


「はあ、どうも」


 褒められても全然嬉しくない。

 教師じみたそのキムバートンの発言がどう好きになれない。

 癇に障るというか、上から目線というか……。


 キムバートンは、わざとらしくエレナの正面に立つ。


「一つ補足すれば、さっき、エレナ嬢が指摘したとおり、このときにペイドイルを救った時期でもあるよ」


「そうですか。

 なるほど、そのときに秘密結社”黒の杖”に勧誘したんですか?」


 ぴくりと二人の肩が震えた。


「ペイドイル様の遺体の左胸にはうっすらと黒の杖の証であるという紋章が描かれていた痕がありましたよ」


「ふふ、勘違いしないでくれ。

 ペイドイルから進んで加入したんだ。侯国のやり方に反吐が出るってね」


「え? 

 エリザヴェータ姫と乳姉弟ですよね? 

 姫様への忠誠心はなかったんですか?」


「彼女は第一後継者として君臨する一方、ペイドイル自身はもちろん、彼女の養母も助けなかったんだよ?

 いろいろ言い訳していたらしいが、第一後継者ならその権力を持って救えたはずだ」


 吐き捨てるようにキムバートンは言い、ため息をついた。


「だから、姫様を利用したんですか? 乳姉弟なのに」


「乳姉弟だからさ。先に裏切ったはあっちだ。

 だからこそ、ちょうどよかったんだよ。

 エリザヴェータ姫に近づき、侯国王にもワルトの名前を売るにはね」


 ね、とキムバートンは語尾を強め、ワルトを見た。


「ああ、そうだよ。

 インリューラーク王国の商人アイタリナ・ペトロヴィッチとして、侯国王に御目通りが叶った。俺はあちらじゃあ大商人で大富豪だ」


「縁者からの紹介、そう聞いてましたが。

 だからこそ侯国王は、あなたを信頼し、長く続く困窮を脱出するために医薬品の製造を許可したんですね」


「そういうことだ。

 いやぁ、よく考えられてる。

 整合性もバッチリだ。君はやはり優秀だね」


 満足そうにキムバートンは顎をわずかに上げて微笑むが、やはりエレナはその笑顔が好きになれなかった。

 

 嘘臭いし、常に上から目線。

 胸に冷たい嫌悪が広がる。


 エレナは、ふだん別に上から来られても全然気にしないし、腹も特段立たない。

 けど、なぜか彼には反抗心が芽生えた。


 飼いならされてはいけない、人懐こい笑顔に騙されてはいない。


 頭の中で警鐘が鳴る。


「商品になる薬の監修は、エリザヴェータ姫の従兄であるスミルノフ医師に一任されたんだよ。

 製造は気温の安定しているマリュード皇国で。

 きっとあのときのスミルノフ医師は敵国に行くんだから、命懸けな任務だと思ったんだろうね」


 悠然と腕を組み、キムバートンが乾いた声で言う。


「だが、生命の危険を脅かされることもなく、むしろ、侯国は安定した効果を発揮し、安定供給でき、薬はどんどん売れた。

 想像以上の莫大な資金が手に入ったんだ。

 スミルノフ医師はまたたく間に侯国での英雄になった。

 医師会での地位も盤石にできたしね」


「ああ、そのとおり」


 ワルトが続く。


「その資金で侯国民に食料を与え、妖精姫ことエリザヴェータ姫は侯国民に救済処置の一環として自立支援を促す。

 その一方でスミルノフ医師は、マリュード皇国と手を組み、医療技術発展のためという名目で医師会の権威を高めた。

 素晴らしいコラボレーションだよ」


 ワルトとキムバートンは互いに爽やかに微笑みながらも、言葉の端々に嘲りが混じっている。

 エレナは思わず眉をひそめた。


「それって、表向きには美談に聞こえますが、マリュード皇国としてもタイミング的にはちょうどよかった話だったんですよね?」


「どういうことかな?」


 キムバートンは笑みを湛えながらも、不快そうに僅かに片眉がぴくりと動いた。


 三年前の戦争は大規模ではなかったとはいえ、圧倒的な勝利を収めたアイルナバロー連合帝国に比べ、マリュード皇国側は大きな痛手を負ったと聞く。

 財源も戦力もそして人材も底をつき、マリュード皇国は新たな財源確保が必要になった。


「薬の売上の一部をマリュード皇国に献上、また、侯国が長年築き上げてきた最先端医療技術の情報も入手できた。

 魔法と違い、現物主義の医療です。

 魔力がない方でも勉強すれば手に入る人体の情報です。

 今後のマリュード皇国発展には欠かせない要素だった。

 そうでしょ?」


「ふむ。そういう視点でもエレナ嬢は物事が見れるのか。

 うんうん、素晴らしいね」


 まるで子供を褒め、諭すような声音。

 褒められているのに、こっちは逆に煽られているような嫌悪感が込みあげる。

 狙いを定められた獲物、背を向けたら最後、噛みつかれそうな威圧感。


 そう、彼は静かにわたしを恫喝している。


「他に気付いた点は?」


 表面上、彼は上機嫌だ。

 出来の良い生徒を特別に補修を受けさせてあげている教師、といったところだろうか。

 優越感が滲んでいる。


「ワルト様たち皇国側は、スミルノフ医師に近づき、本格的に臨床実験研究所の話を持ちかけたんだと思います。

 彼の伝え聞く人物像から、今まで禁止されていた人体実験が犯罪者とならずに実現可能となるんだったら、喜んで手を組むからです」

 

 人体の知識は皇国側にとって、喉から手が出るほど欲しい情報。

 なにせ、それをもとに、新たな対魔法使い対策用の、人体に影響を及ぼす武器を開発もできるから。


 エレナはスミルノフ医師とはもちろん会ったことはない。

 すべてマインラートからもらった事前情報だけの憶測だ。 


 けれど、キムバートンとワルトの反応を見るに、この推測は正しい。


 それもこれも全部、マインラートや魔法騎士団、アメリアの鑑定結果からもたらされた情報のお陰だ。


「ヴァービナス嬢、君は本当に逸材だよ」

 

 キムバートンは鷹揚に手を広げてみせた。


「けどね、ここでひとつ、問題が発生した。

 なんだと思う?」


 含みのある視線を向けられ、エレナは束の間逡巡する。


「エリザヴェータ姫ですね」


 キムバートンは目を見開き、白い歯を見せてニッと嗤った。

 

 奇妙な笑みを浮かべ、エレナはゾッとした。


「そう、聡明で人道的と謳われてきたエリザヴェータ姫は、愚かにも臨床実験研究所建設に反対したんだ」


 けど、スミルノフ医師は叶えたかった。

 彼にとって、王位継承者で凄腕医師の彼女はさぞかし目の上のたんこぶ、邪魔者に過ぎない。


 そして、悲願を達成すべく、彼は侯国の医師会が政治の実権を握ろうと、呪術で作り上げた“冥花めいかしずく”を使って彼女の精神を、体を毒に侵食させた。


「あはは」


 突然キムバートンが豪快に声を上げて笑った。


「なかなか面白い時間だった。

 これらの情報はすべて魔法騎士団経由かな?」


 笑顔を崩さないキムバートンの質問をエレナは無視して、質問をする。


「お茶の副作用で意識が朦朧とする姫様に、インリューラーク王国の騎士やクレインバール卿の肖像画を見せ、恋物語を語ったのは、あなた方ですよね?」


「うん、そうだね。姫様はあのときちょうど大衆恋愛小説にハマっていてね。

 その辺は年頃の令嬢と何ら変わらないよね」


 小馬鹿にしたようにキムバートンは薄ら笑いを浮かべる。


「官吏登用試験が終わって、弟のペイドイルと入れ替わるように侯国に俺が戻った理由はね――この国で流行っている大衆小説を姫様に持って帰るためだったんだ。

 飛行魔法をペイドイルは使えなかったからね。

 可愛いかったよ、俺が持っていって差し上げたら、子どものように無邪気にベッドの上を飛び跳ねるんだ」


 絵空事の恋愛にうつつを抜かすお姫様。

 薔薇色の頬で輝くような無垢で、天使のような美しい少女。


「ほら、最期くらい夢を見させてあげたいじゃないか」


 最期?

 やはり、初めから妖精姫を毒殺するつもりだったのか。


 エレナは無意識に拳を握りしめ、爪が掌に食い込む。

 彼らの見下すような笑みが、心の奥に不快なざらつきとして残った。


「二国の最強騎士に愛され、三角関係に陥り、やむなく戦火に巻き込まれ命を落とす。

 そして、侯国民に親しまれ、医師としても優秀だった可哀想な悲劇のお姫様」


 ワルトが自分の胸に手をあて、空を見上げ、芝居じみた声を出した。


「ね? 素敵なストーリーだよね」


「全然素敵じゃないです」


 エレナは言い返した。


「君はロマンが足りないね。

 遺跡と古書にそこを吸い取られたのかい?」


 ワルトはせせら笑い、キムバートンも頷く。


 その共犯めいた嘲笑。目配せ。

 エレナは肩がこわばり、吐き気にも似た嫌悪が胸を満たす。


「そうだよ、俺たちは花道を作って差し上げたんだ。

 とはいえ、思ったより毒の回りが早かったから少々計算外だったかな。

 いや、クレインバール卿が突然直属の警備担当でなくなってショックを受けたみたいだから、姫が亡くなったのは彼のせいでもあるね。

 責任を取ってもらわないといけないな」


 ワルトは悪びれる様子もなく、さらに姫が亡くなった理由をルシアンのせいにする。


 エレナは身震いをした。

 自分たちが皇国側が有利になるように、彼女の命を弄んだんじゃないの。

 それを人のせいにするなんて、ひどい、ひどすぎる!


 ふつふつと怒りが湧いてきて、体が熱くなる。


「そうやって、あなた方は侯国に触れ回り、侯国民感情を煽り、このアイルナバロー連合帝国から慰謝料をもらって戦争を仕掛けるつもりなんですよね?」


「あはは! これは素晴らしい! 

 そこまで気付いていたなんて。

 そうだよ、慰謝料を貰うと同時に戦争を仕掛ける。というより、もう仕掛けているけどね」


 キムバートンが歯を見せて豪快に笑った。


 あぁ、悔しい。


 改めて怒りが湧いてくる。


 気の遠くなるような長い年月をかけて積み上げた作戦。

 

 ここまで数々の人を欺いてこられたのは、丁寧に周囲からの信頼を積み重ねてきたから。

 何食わぬ顔で懐に潜り込み、息を潜め、周囲を窺い、当たり前のように溶け込んだ。


(腹が立つほど、実に見事だわ)



 魔法軍師大国二つが彼らに踊らされ、騙されたんだから……!



 ワルトはふと黙り込んで、何かを考え、少し間があってから口を開く。


「ねえ、エレナ・ヴァービナス嬢。いや、親しみをこめてエレナ嬢と呼ばせてくれ。

 俺たちと共に来ないか?」


 ワルトが突如手を差し出した。


「へ?」


 唐突なお誘いにエレナは目をぱちくりさせた。


「おお、それはいいアイディアだ」


 キムバートンが手を叩いた。


 二人は微笑み合って、同時にエレナを見た。



「さぁ、エレナ嬢。

 間もなくここ武装兵がやって来る。

 ここは沈みゆく泥舟だ。我々と共に行こう」



 キムバートンとワルトがエレナに手を差し伸べた。

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