第66話 戦闘令嬢の糾明は続く――生命連動の罠、魂の鮮度
遠くで結界が震え、爆音が響いていた。
「ペイドイルはね、俺よりも魔力がないためにこの国から抹消された存在だ」
キムバートンはゆっくりと話し出す。
「もし俺がペイドイルより魔力が弱かったら、きっと俺の方が名を消されていた。
魔力の弱いペイドイルは、東の果ての山岳の……小さなマリュード皇国の属国の弱小貴族の養子になった」
「それがエリザヴェータ姫の乳母の家ということですね?」
エレナが確認するように尋ねた。
「そうだ。あの両親はね、双子の我が子をこんな帝国のために捨てた。
滑稽だよね。生家は敬虔なアミラス教信者のくせに、両親はこの国を滅びさせないために、風習に従ったんだ。
この国はね、そうやって、ずっと守られてきたんだ」
キムバートンの表情が徐々に憎悪を含んだものに変わる。
異様なまでに彼の魔力が膨れ上がり、やがて抑え込まれた。
「みっともなく、惨めだよね。
自分たちのアミラス教徒としての志も、この国への忠義もない。
宙ぶらりんで、なんとなく誤魔化して生きている中途半端な奴らだ」
嫌悪感を滲み出して、キムバートンが鼻を鳴らした。
「その後、弟は侯国のくだらないお家騒動に巻き込まれてね。
生死を彷徨っていたところを治療に来ていたワルトに偶然助けられたんだよ。な?」
キムバートンがワルトに含みを持って目配せした。
「ああ、驚いたぜ。
なにせ学友のキムバートンと同じ顔をしているからね」
エレナは、ワルトと目が合った。
そこには誇らしげな表情。
彼がキムバートンのことを慕っているのが、声の弾み具合からよく分かる。
けれど、ふと、笑顔の下の奇妙な違和感を抱いた。
頬の筋肉が動いていない、肌の下で何やら淡く光っている。
妖精姫のときは、また異なる。
「そう、それで俺は双子の片割れと再会することができたんだ」
キムバートンの声が少し明るくなって、熱っぽい視線をワルトに投げかけた。
「ああ、そうだったな。
まさに感動の再会だったぜ」
ワルトも頬を綻ばす。
ああ、まただ。
笑っているのに、ワルトにの頬の筋肉が動かず、目元だけが引きつっているように見える。
それだけじゃない。
口角だって上がっているのに、頬の皮膚が連動していない。
完璧に整えられた顔なのに、どこか仮面のようで人間らしい温かみが欠けている。
そのとき、頬の皮膚がわずかに透け、魔術の紋様がちらりと覗いた。
ひょっとして――。
エレナの中で確信めいた直感があった。
「ワルト・チェッカレッチ様のお顔は……侯国の医療技術によるものですか?」
「え?」
ワルトの目が見開いた。
キムバートンがさっとエレナを一瞥した。
「皮膚の下に隠された縫合の線や、魔法で覆いきれない微細な亀裂がうっすら見えます」
エレナは慎重な手つきで、自分の顔の輪郭をなぞるように触った。
「へえ、すごい!」
ワルトとキムバートンは笑顔で顔を見合わせ、ますますはしゃいだ声を上げた。
「見えるのかい、この線! 君は本当に素晴らしいね。
そうだよ、先の戦争でここの帝国の騎士団長さんの雷の刃が当たってね、顔を裂いたんだ。
侯国の医師に整えさせたけど、未熟な医師だったせいか痕を消しきれなかったみたいなんだ。
魔法で補強したんだけどなあ」
ワルトはニヤニヤしながら答えた。
なるほど。
それで完璧に見えるはずなのに、光の角度によって左右のバランスがずれ、笑った時に目や口の動きが不自然で、筋肉の連動が欠けるのか。
「どうせ顔をいじるなら、キムバートンに似た顔がよかったんだよ。
キムバートンは、俺たち仲間内では憧れの容貌だからね。
鼻筋が通っていて端正で爽やかでさ。
だから他にも何人も同じ容姿になる手術を受けているんだ。
俺たちの間じゃあ、自分の顔なんてアクセサリー同様だ。
アクセサリーは美しければ美しいほど素敵だろ?」
ワルトはしたり顔で胸を張った。
彼の整いすぎた鼻筋が、結界に反射する光を受けて、一瞬だけ陶器のような無機質な質感を放った。
顔を――それは憧れなのだろうか?
もはや彼の言うことは、自分の顔すら『消耗品』として扱っている。
エレナには、彼らの羨望が、妄信しているだけの危うい歪んだ愛に見えた。
「じゃあ、ロシェ・ガルブレイス様とサブリナ様を殺害した魔法使い。彼がキムバートン様に似ていたのは、そういう手術を受けた人だったんですね?」
エレナがおもむろに口に出すと、キムバートンがぎくりとした。
「おいおい、ワルト。おしゃべりしすぎだ。
気付いてしまったじゃないか、このお嬢さんの推理力がなかなかのものだぞ」
おどけた声音でキムバートンがワルトを咎めた。
「ああ、すまない。
つい楽しくなっちゃってね」
ワルトは悪びれる様子なく、楽しそうに話す。
「けど、納得したよ。
彼女、想像以上にいい勘をしてる魔法使いだ。
あの女どもの話を聞いたときは、ちょっと半信半疑だったけど。
うん、あの女たちが太刀打ちできるタマじゃないね」
「あの女たち?」
エレナは眉をひそめた。
「ああ。君に嫌がらせしていた低レベルの女たちだよ。
あの女の一人に頬までぶたれて、君のことをなんとか聞き出したんだ。
魔法の対策方法とかも教えてもらってけど。
結果、君は俺達の想像を超えた魔女だった」
“女たち”と呼んだのはカトリーナとサブリナのことだろう。
自分たちの協力者だったのに、なんとも冷たい言い草だ。
彼らにとって他愛ない命だったのか。
まったく気にも留める様子がない。
いいえ、最初から彼らは命を軽視している。
「いつ、ペイドイル様と入れ替わったんですか?」
込み上げる怒りを抑え、エレナは冷静に尋ねた。
「入れ替わる?
いいや、魔法騎士団員が勝手にペイドイルをキムバートンだと思って捕獲したたんだよ」
ワルトが手をひらひらと振って否定する。
「もうさ、俺からしてみたら、かなりウケる状況だったよ。
犯人逮捕、なんて嬉々として騒いでいたけど、結局誰も気付かないんだからさ」
くっくっとワルトは楽しそうに肩を揺らして笑った。
「しかたないさ、ワルト。
ペイドイルの存在をこの国は消したんだから」
「ああ、悪い、そうだったな」
ワルトはハッとして、両手を合わせてキムバートンに謝る。
「俺にとっても、アイツは可愛い弟同然だったのに残念だよ。
ペイドイルにこの国は本当に無慈悲なことばかりをしてくれるよな。
だから、ペイドイル自身が提案したんだ。
『このまま自分を兄ということにしておこう』って。
『そうすれば、兄者は自由に動けるし、偉そうにしている魔法騎士団を欺ける。最高だ。まさにざまぁねぇってやつだ』なんて、なかなか最期までユーモアのある男だろ?
命懸けの芝居だったんだよ」
ワルトはご機嫌に笑って、キムバートンと見合う。
「あれはきっとアイツなりのこの国への復讐だったんだろうな」
キムバートンの目には深い喪失と虚無感が広がる。
「俺は試験後すぐに侯国へ出向いていたから、アイツの死に目には会えなくて本当に残念だ」
「いいや。この国にいたらキムバートンが捕まっていたよ。
すぐさま、あの女たちが脱獄させてくれて本当、助かったぜ。
取り調べがあのまま続いていたら、さすがのペイドイルでもボロが出た」
「ああ、ペイドイルが死に損にならなくてよかったよ」
達成感に満ちた笑みを浮かべ合う二人に、エレナは冷ややかに口を挟んだ。
「本当はエリザヴェータ姫に魂を入れるわけではなく、ペイドイル様の亡骸に魂を入れる予定だったんですよね?
魂の主はロシェ・ガルブレイスあたりでしたでしょうか?」
途端に二人の目つきが変わった。
やっぱり、そうか。
エレナは緊張のあまり、全身が強張った。
殺意に満ちた二人の顔を見回しながら言う。
「鑑定した騎士団の鑑定書には、ペイドイル様の遺体は、奇妙なことにどこも傷んでいなかったと記載がありました。
まるで眠っているようだったと。
虫にも食われていない。
腐ってもいない。
そのお陰で、指紋も鮮明にとれました」
「君は何を言っているんだい?」
キムバートンはすぐに表情を繕い、背筋を伸ばす。
「ペイドイルの躯に魂を入れる、どういうことか、詳しく説明願おう」
腰に手を当てたキムバートンは平然としているよう見える。
だが、その声には微かな震えがあったのに、エレナは気づいた。
素知らぬフリをしようというのか、はたまたエレナがどこまで知っているのか探りをいれているのか。
「あなた方の計画では、ルシアン・クレインバール総騎士団長に催淫剤を飲ませ、エリザヴェータ姫と肉体関係を持たせる。
そして、そのままエリザヴェータ姫が薬で亡くなるように目論んでいました」
エレナは二人の反応を見ながら言葉を紡ぐ。
「そうなれば、この国から莫大な慰謝料を請求できますし、侯国民の憎悪をこの国に向けることができます。
うまくいけば、侯国民の怒りの矛先として、この国に戦争を仕掛けられるかもしれない。
でも、ハーブは没収、肝心のクレインバール卿は専属警備の任を解かれ、姫との接触の機会はなくなった。
そして、彼女は事切れてしまった。
それをこの国の外交官が目撃しています」
エレナは話しながら、ランスの顔が脳裏を横切った。
ランスは快くたくさん教えてくれた。
エレナと話をしている間は終始笑顔でどこか楽しそうだったし、エレナが知りたがっていた情報をいっぱいくれた。
ランスとのおしゃべりは楽しい。
でも、彼の純粋な忠誠心を利用している――それがまるで騙しているようで、さすがに少し心が痛んだ。
「そう、姫様が事切れてしまうにしては、タイミングが悪すぎた。
かといって、このまま姫を死なせたままにはしておけない。
死体は時間が経てば経つほど腐りますし、帰国の際に皇族にご挨拶もなしではさすがに怪しまれる。
本当はペイドイル様の体に魂を入れ替える予定で、いろいろ準備をされていたようでしたが、諦めざるを得なかった。
違いますか?」
「へえ。なかなか斬新な推理だね。でも、君は勘違いしてるよ」
キムバートンが侮蔑の混じった笑みを浮かべ、両手を広げた。
「いくつか指摘をしないといけないね。
まず、エリザヴェータ姫が亡くなるように目論んでいた?
逞しすぎる想像力だね。
まるで俺たちがクレインバール卿が殺すのを待ち構えているような物騒な物言いだ」
「物騒はそっちです。まったく白々しいですね。
遊学前から彼女を裏から操りやすいよう、冥花の滴に、黒曜花、カロライナシキミ草、灰蓮の根のエキス、ドラゴンの髭のブレンドのお茶を毎日飲ませていましたよね?」
その瞬間、ワルトとキムバートンは虚を突かれたような顔をした。
「へえ、これは……お茶の存在に気づいていたのか」
キムバートンは顎に手をあて、口角を二ッと上げた。
「やはり魔法騎士団にすべて薬草を没収されたのは痛かったかな」
肩をすくめ、エレナが拍子抜けになるほど、あっけらかんと認めた。
これはもはや自白ととっていいだろうか。
エレナの推理通り、彼らは計画的に姫を死に至らしめようとしていた、まさに計画的犯行。
「それにしても、どうやってその情報を入手したんかな?」
ワルトが口を挟む。
「あれは一般に流通していない極秘のハーブ茶だよ。
貿易商をやっている俺だから手に入った美容薬草だ。極秘扱いだったのに、おかしいなぁ。
しかも、”冥花の滴”。あれは呪術によって生み出されるものだ。ここの国では呪術は禁術なんだろ?
どうやって知った?
さては君はすでに禁術に手を染めているのかな?」
ワルトがニヤニヤと意地悪く笑った。
「違います。
こちらにもそういった薬の専門家がいるんです。
それも合法的です」
エレナは憮然とした。
「ふうん、薬の専門家。
でも、こっちの治療は魔法任せっきりで技術も知識も何もいらない。
頭の中は空っぽでも詠唱さえできれば治るんだろ?」
「失礼な」
エレナはむっとする。
「魔法は単なる道具ではありません。
それは研鑽と倫理の結晶です」
治療魔法には幾通りものやり方がある。
それに、ちゃんとした魔術式の勉強をしないと、治療魔法こそ、すごく危険な魔法だ。なにせ人体に多大なる影響を及ぼすのだ。
昨今流行りの大衆小説のように治癒魔法をおいそれと乱用することはない。
自己治癒魔法ならまだしも、他人に施すには医師や薬剤師同様、国家許可免許がいる。
それらをすべて保持しているのがアメリアだ。
彼女は世界のありとあらゆる薬に精通している。
薬だけじゃない、機械や設備に使うような油などの液体は無論のこと東方の漢方薬もよく知っているし、違反にならない程度に彼女は呪術の資料も入手している。
彼女はこの国随一の医術魔法研究者。
そして治癒魔法の先駆者。
ふだんは研究マニアのどこかズレた人だけど、そんな先輩を彼らに馬鹿にされた気がした。
エレナは彼らに強く反感を抱いた。
「まあまあ。
それよりも、じゃあ、次の指摘事項にいこうか」
キムバートンが改まった声を出し、その場を仕切り出す。
勝ち誇るワルトの笑顔。
まるで、エレナは何も悪いことをしていないのに、クラスの悪ガキに絡まれ、共に叱られる生徒のような、そんなばつの悪い思いをして、憮然とする。
まるでここはキムバートンが治める教室。
その教壇に立つ教師。
「魔法信仰者の帝国民の君には未知なる世界だろうけど、呪術の世界ではね、魂の入れ替えの儀式は神聖であり、多くの生贄が必要なんだよ」
キムバートンは生徒に授業するようにエレナに諭す。
「しかも、少なくとも百人分の魂がね、いるんだよ。
そんな数、そう簡単に手に入らないんだよ。
戦争でもない限りね」
悪寒にも似た感覚。
口元をニッと釣り上げて嗤うキムバートン。
ナイフのように研ぎ澄まされた青い目。
「知ってます。
その魂の入手先は奴隷船ですよね」
途端に二人の顔色が変わった。
「先日全焼したという奴隷船について、調べてもらいました。
持ち主はこの国の貿易商ではなく、お隣のインリューラーク王国の商人の名前でした。その方の名前はアイタリナ・ペトロヴィッチという人物でした」
エレナは真っすぐワルトを射抜く。
「ワルト様、あなたがインリューラーク王国で使っていた名前ですよね?」
ワルトは怯むどころか鼻で笑う。
「ああ、そうだよ。インリューラーク王国での俺の名義だ」
「それと連名で……」
エレナはキムバートンに視線を投げた。
そのとき、背後から屍鬼の切られたべっちょりした赤黒い肉体の切れ端がキムバートンの頭に降り注ぐ。
だが、彼はタイミングよく、腕を薙ぎ払い、黒い煙を出す。屍鬼の残骸を霧散させた。
「ああ、失礼」
キムバートンは悠然と微笑み、屍鬼の残骸が飛んでこないようエレナとワルトを入れた空間で結界を聞いたことない言語で詠唱し、あっという間に張った。
「さ、これで邪魔者は入って来ない。さぁ、続きをどうぞ」
キムバートンは艶やかな流し目を送る。
エレナは一瞬慄くものの、続ける。
「アイヒヴァルト子爵の名もありました。
こちらの方はキムバートン様の一番上のお兄様ですよね?
そして、アイヒヴァルト子爵が、あなた方が“あの女”たちとひとくくりにした、カトリーナ様を殺害した」
昨晩遅くカトリーナを殺害した後、子爵とキムバートンは王都のどこかで合流し、キムバートンは拳銃と地図を手に入れた。
そして、その地図を同志である“黒の杖”に手渡し、拳銃は呪術で王城に持ち込んだ。
「拳銃を持ち込んだ意味、これって、わたしを魔法で殺すと困ることがあるからですよね?」
エレナの眼光が鋭く光った。
魔法省魔法総括調査研究室の室長、モラリス・オーヴァーストリートはいい人なのだが、人前で特別補佐官に任務を言い渡すから本当に困る。
そのときの声が蘇る。
魔力を宿すルビーは割れててね……でも、もし修復できたら嬉しいかなあ。
――修復をエレナにみんなの前で依頼した。
「中級以上の魔法使いなら気づきます。古代魔道具を修復するということは、それ相応の修復魔法を使うべきであることを」
修復魔法はそもそも難易度が高いカテゴリーに入る。
そのうちのエレナの教育係のディースが古書などでよく使う修復魔法は、基本に忠実な魔法。
年月が経てばやがて風化していく。
けど、古代魔道具の修復が風化しては困る。
だから、エレナもマインラートの教えに従い、応用魔術式の生命連動魔法まで同時に施した。
「修復魔法に生命連動魔法を施しておく。
つまり、魔法で術者が殺害されると、封印が解除されると同時にルビーそのものが粉々になる。
中級魔術師のカトリーナ様から魔法省の内部情報を入手していたあなた方は、魔法じゃない術で、物理攻撃でわたしを殺して封印を解き、古代魔道具を奪還する必要があった」
エレナは懐に忍ばせてある拳銃を触る。
ひんやりとした感触。
不気味な温度。
「古代魔道具奪還なんて、魂入れ替えの儀式の邪魔立てをしない目くらましだと思ってました。
けど、先程ワルト様が拳銃で攻撃してきた時点で、魔道具を回収しようとしているのだな、と分かりました。
だって、修復魔法を生かしたまま古代魔道具を奪還するには、わたしを物理攻撃の拳銃で殺すのが的確だからです」
「参ったなぁ……」
感心したようにしみじみとワルトがエレナを見る。
どうやら正解だったようだ。
キムバートンは鷹揚に手を広げた。
「ヴァービナス嬢。いや、親しみをこめてエレナ嬢と呼ばせてくれ。
君の推理とその洞察力には感服したよ。
いやはや、敵国の魔女にしておくにはもったいない」
「そうなんだよね。
一応、あの古代魔道具、国から借りた宝飾品だからね。
返却義務があるんだよね」
ワルトが面倒臭そうに後頭部をカリカリ掻く。
「まあ、あっても、どうせ祖国は使わない代物だけどな」
「だな。むしろ、お偉い方は国外に持ち出したことで、せいせいした顔をしていたよな」
二人ははしゃぐ少年のように嬉しそうに顔を見合わせた。
エレナは拳を握り締め、質問をぶつけた。
「魂が必要だったとはいえ、なぜ、彼女たちを殺したんですか?」
「え?」
二人は目をぱちくりさせた。
「なぜエリザヴェータ姫の躯にサブリナ様の魂を入れたのしょうか?
もっといえば、あなた方の協力者だったんでしょ? カトリーナ様だって……」
何でそんな無慈悲に切り捨てられるの?
二人の表情がすっと消えた。
ワルトが口火を切った。
「なんで?って。
簡単だよ。
邪魔だったからだ」
あっさりと答えた。
エレナはたちまち顔に血が昇るのを感じた。
怒りと当惑。
「ハッキリ言えば、貴族の女なら誰でもよかったんだ。
やはり魂を入れ変えるにしても、元の人格よりも新たな魂の性格の”我”っていうのが出て来ちゃうんだよ。
お行儀の良さはやっぱ貴族の女が一番。
さすがに、一国の姫の躯にスラム街や娼婦の女の魂では品がなさすぎだ」
半笑いをワルトは浮かべた。
「それに、彼女、最近積極的すぎて少々俺も手を焼いていたんだ。
女の勘なのか執念なのか、魔法騎士団も王宮魔術師も、ここの上層部誰もが俺の正体に気付かないのに、あの女だけ即座に俺が侯国の魔術師やっているのを見つけ出したんだ」
ワルトは呆れ返るような声を出す。
「それからは後をつけ回されるし、王宮内でデートしたいの一点張り。そうしたら騒ぎを起こして女官の地位も危うい立場になったと言い出すし……、もうそうなったら、こっちには利用価値がない。
ヒステリックで束縛魔な女だったけど、まあ最期くらい、俺たちの役に立ってくれてもいいだろ。俺だって散々我慢したんだ。そういうことで魂を有効活用させてもらっただけだ」
うんざりするような顔つきだが、ワルトは悪びれる様子は一切ない。
「でも、あれだけ苛烈な性格が出て来ちゃうなら、もう一人の女の方がよかったかもな」
ワルトが意味深にキムバートンを見た。
「ああ、あの何もない女か」
キムバートンの声は冷ややかだった。
「あの子の方がかなり役立ったぜ。女なのに教師やれるくらい頭も良かったし、分をわきまえていた」
「そうかい? どっちでもいいけど」
キムバートンは興味なさそうにこめかみを掻きながら、視線を外す。
「ただ、タイミング的には、頭空っぽの水色頭でちょうどよかったと思うぞ。
なにせ、ワルトが黒の杖の男の傍で、殺害を指示した直後――そこで手に入れた魂だ。殺してすぐ儀式をした方が成功率が高い。見事成功したじゃないか。
これも星の定めってやつだろう」
キムバートンは自嘲するように笑った。
エレナは、いつのまに震えていた。
どくどくとこめかみが波打ち、顔は熱く、いつしか涙も込み上げる。
喉がカラカラだ。
反吐が出る。
エレナは胃の奥がせり上がるような不快感を、ぐっと冷徹な理性で押さえつけた。
「そんな理由で殺したんですか?」
「え? 君は何を怒ってるんだ? 君にあれだけのいちゃもんをつけた女たちだよ?」
ワルトは不思議そうな顔をした。
「ああいう女にはああいう死に方が相応しい。
儀式が成功したとはいえ、あの調子だとまあ一カ月もたないだろうね。
姫様の体自身が入れた魂を拒否しているみたいだし。
これも星の定めってやつ?」
「だからって……!」
この男たちは、どこまで他者の尊厳を泥靴で踏み荒らせば気が済むのか。
言葉にならぬ激痛のような怒りが、エレナの胸を焼いた。
「いいじゃないか。
そちらだって、姫をこれ以上関わらないよう、うまくクレインバール卿を王都脱出させたんだから。
まあお陰でこっちは助かったけどな。
これ、東方の果てのことわざで”災い転じて福をなす”ってね」
「災い?」
エレナが訝しむと、キムバートンが肩を震わせてくっくっと笑った。
「愉快だよ、ヴァービナス嬢。
ここまで気づいていたなんて。
あぁ、この調子だと、そのお茶を用意した黒幕も判明してるのかな?」
キムバートンがエレナに挑発的な視線を投げた。
エレナは静かなアメジストの瞳で彼らを見据えた。
「で、分かったのかな? 黒幕」
エレナにはもはや迷いも怯えもない。
ゆっくりと、確信めいたその名を紡ぎ出す。




