第65話 戦闘令嬢の糾明――系譜なき弟の正体、白猫は影に消ゆ
――エレナがワルト・チェッカレッチとキムバートン・アイヒヴァルトと対峙し始めた頃。
王城の外は、荒々しい戦場と化していた。
小高い丘を取り囲む粗暴な侵入者たちが、剣や斧を振り回し、怒号を上げながら結界へと襲いかかる。
火球や雷撃が乱暴に放たれ、結界の表面に波紋のような光が走る。
だが、マインラートが張った頑強な結界は揺らぎながらも耐え続け、王城への侵入を阻んでいた。
武器を振り回す者たちの怒声が飛び交い、魔法騎士団員たちの閃光が交錯する。
砂埃と黒煙が上がり、焦げた匂いとむんとする熱気と爆音が空気をさらに重くした。
城壁の上から刑部省の官僚たちが応戦し、数々の魔法で侵入者を退ける。
だが、侵入を拒む結界から弾き返される強烈な衝撃波にも関わらず、粗暴な者たちは一切怯むことなく、結界を砕こうと暴力と魔法を重ねて叩きつける。
「うっとおしい奴らだな」
結界を破ろうとする魔法使いと空中戦を繰り広げながら、クロフォードは苛立ちを隠さず舌打ちをした。
空中で交錯する魔力の奔流。
敵の炎の矢が唸りを上げて飛来し、クロフォードの光刃と激しく衝突する。
閃光が夜空を裂き、爆音が丘を震わせた。
敵魔法使いは必死に詠唱を重ね、結界の表面に亀裂を走らせようとする。
だが、すかさずクロフォードは反撃し、闇を切り裂く光の槍を放つ。
槍は敵の防御魔法を貫き、火花を散らして爆ぜた。
だが、敵は怯まず、次の詠唱を重ねて炎の壁を立ち上げる。
魔法の乱射が結界に叩きつけられるたび、王城全体が震える。
どうやら敵はマインラートの結界を突破することと、王城に侵入して内部から崩壊するのを重点的に目論んでいるようだ。
すでに一部は結界の隙間を突いて潜り、城内に入り込んでしまっている。
だが、これも計算のうちだと、第2騎士団マッシュなら豪語するだろう。
あの粘着質で性悪男のことだ。
地下の抜け道を利用した敵を逆に罠に嵌める算段と推測がつく。
クロフォードの光刃が夜空を走るたび、敵の魔法が爆ぜ、閃光と轟音に包まれている。
衝撃波が肌を刺し、耳鳴りが残る。
キリがない。
これでは、エレナのところに駆けつけたいのに駆けつけるのが難しい。
「くそがっ……!」
クロフォードは盛大に舌打ちをし、足止めされている苛立ちを込めて詠唱をし続け、攻撃を強めた。
だが、表情は冷静そのものだった。
敵魔法使いの詠唱の抑揚を読み取り、次に放たれる魔法の種類を即座に見抜く。
炎の矢が飛来する瞬間、彼は光刃の軌道をわずかに斜めにずらし、魔力の流れを逆手に取って切り裂いた。
爆ぜる火花が夕闇を照らす中、クロフォードはすでに次の詠唱に移っていた。
敵が炎の壁を立ち上げる。
クロフォードは高度を変え、壁の上から光槍を投げ下ろす。
槍は重力と魔力を融合させた独創的な一撃となり、防御魔法の弱点を正確に突いて爆ぜた。
彼の動きは舞のように美しく滑らかで、詠唱と攻撃のタイミングを寸分違わず合わせている。
それは計算し尽くされた魔術であり、冷徹な精密さを感じさせた。
雷撃が飛来すると、クロフォードは光の盾を瞬時に展開し、衝撃を受け流す。
盾の残光が消えるや否や、反撃の光刃を放ち、敵の詠唱を寸断する。
その一連の動きは、それは理論の極致とも言える魔術であり、機械的なまでの精密さを感じさせた。
常識的な魔術師なら選ばない軌道、光と闇の属性を自在に組み合わせるクロフォード独自の戦い方は、既存の魔法理論では説明できない融合ばかり。
それは敵にとって予測不能で不気味なものだった。
だが、彼の戦いもまた、王城防衛の一部にすぎなかった。
――その頃、エレナの前では別の激戦が始まろうとしていた。
***
冷ややかにエレナを見下ろす男。
獄中死したと思われていたキムバートン・アイヒヴァルト。
詠唱してエレナを奇襲攻撃しようとしていたキムバートンは、眉をぴくりと動かして、詠唱を止めた。
「魔力感知が鋭い侍女だね」
キムバートンは友好的に見える笑顔を浮かべた。
彼の声は想像以上に紳士的で優しかった。
「なぜ俺がキムバートンだと分かった?
違う人間かもしれないよ」
エレナを試すかのようにキムバートンが尋ねた。
「あなたがキムバートン・アイヒヴァルト様だと確信したのは、今朝開催された姫様のお茶会です。
官吏登用試験会場にいたあなたと魔力が同じだったからです」
エレナは毅然と答えた。
「ああ、なるほどね。
気配を消していたけど、ふふ、やはり見破られてしまったか。
君は賢くて魔力感知が鋭いね。
――でも、キムバートンは獄中死したよ。
侍女に扮した魔法使いのエレナ・ヴァービナス侯爵令嬢」
彼は薄っすら笑った。
「ああ、やっぱり彼女が例の魔女か」
ワルトがローブのフードを脱いだ。
「改めまして、エレナ・ヴァービナスです」
エレナは丁寧にカーテシーを披露し、二人の顔を見上げた。
「ふうん。話とはだいぶ違うなぁ。
随分とそそる顔をした美女だ」
ワルトがニヤリと笑って舌なめずりをする。
「殺すには惜しいな」
嗤ったその表情にエレナはぞくっと背筋が凍った。
「拳銃は?」
平坦な声でキムバートンが尋ねた。
「ああ、すまない、物理的手段で殺さないといけなかったのに、この子に奪われた」
「まったく。こっちはあれだけ呪力を込めて城内に持ち込んだというのに」
キムバートンから大きなため息が漏れた。
「悪かったって。
でも、この子、どれだけ撃っても、とんでもなく強いバリアを持って全然当たんないんだ。
ね、ヴァービナス嬢」
ワルトは友好的にエレナに微笑んだ。
親しみのこもった人懐こい笑顔。
エレナは思わず顔をこわばらせた。
彼もまたキレイな顔をしている。
けれど、どこか不吉で違和感がある。
そして、キムバートンになんとなく似ている。
上流貴族のような気品溢れた物腰も背格好も、甘いマスクと柔らかな口調と声質だって瓜二つ。
それにこうして見ると、二人とも品行方正な貴族子息としか思えない。
ましてや敵国の工作員とは信じがたい。
虫一匹殺さなさそうな優しくて美しい面差しだ。
彼らに女性たちが夢中になるのは頷ける。
雰囲気がなんとなく違うけど、傍から見れば彼らが兄弟、いや、交わし合う視線から熱っぽさからロシェやニコライが言っていたように、恋人同士にも映る。
現に二人は恋人同士だ。
魔力の結びつきがとても強固だ。
「午前中のお茶会と、官吏登用試験会場にいた俺の魔力が同じ、と言ったね?
つまり、君もあの試験会場にいたのかな?」
したたかで、ねっとりした視線をキムバートンはエレナに投げた。
「はい」
「道理で」
ワルトは肩をすくめた。
「ヴァービナス嬢ほどの大魔法使いが試験日にいたんだったら、そりゃあ、あの混乱が瞬殺されるよね」
「ああ。あれは想定外の速さで収束されたな」
「けどまあ、悔しいけど、すごく納得したよ」
エレナに向き合うワルトの視線は、好奇心と興奮を孕んでいて、エレナは身構える。
けれど、そこには憎悪がない。
自分たちの邪魔をした者に向けるにしては奇妙な目だ。
「あぁあ、こんなことなら、あの時ボケした巨乳女にルビー付きのネックレスをプレゼントせず、君に贈るべきだったよぉ」
実に残念そうな声。
そして、女性への蔑視と嘲り。
ぴくりとエレナのこめかみが動く。
(わたしは、まだまだ未熟だ)
あのとき試験に合格することに精一杯で、敵国言語のマリュードナバロー語を話す彼らのことなんて全然気に留めてもいなかった。
もう少し彼らの動向を気にしていたら、古代魔道具を乱用したセインレイム令嬢が使うのを止めれたかもしれない。
それから、皇帝陛下のいらっしゃる王宮でこんな乱闘騒ぎをしなくても済んだのかもしれない。
今更ながら自分の余裕のなさが悔やまれた。
エレナは苦い気持ちを噛みしめながら答える。
「えっと……それは非常にありがたい申し出ですが、残念ながら、あの赤い大きなルビーはわたしのような地味顔には似合いません」
エレナはゆったりと首を振る。
「華やかな顔立ちのご令嬢に似合う代物なので、あなたのセンスに狂いはないと思いますよ」
キムバートンとワルトは意外そうに目を見開いた。
エレナは続ける。
「だって、セインレイム令嬢、彼女に魔力さえあれば、あの古代魔道具から凄まじいパワーを発揮させることも可能だったのでしょ?
なにせ、彼女、セインレイム家は元ナバロー王国の貴族ですから」
「ほう」
「すごいな、そこまで調べたのか」
「ふふ、だいたい、そんな色っぽい顔をしておいて、自分のことを地味だなんてね」
「ああ、なんとも聡明で謙虚な令嬢だ。
こういう慎ましやかな令嬢であれば、もう少し状況は変わっていたかもしれなかったね。
彼女の振る舞いは実に下品だった」
二人は興奮したように微笑み合い、やがて肩を揺らして愉快そうに笑う。
そして、エレナに向ける眼差しが期待めいたものに変わった。
「で、期待の新人ヴァービナス嬢。話を戻すけど、俺がキムバートンという理由はなんだい?」
キムバートンが意味深な横流しの目を向けた。
一瞬、どきっとする。
とてもつもない色気を含んでいる。
吸い込まれそうな、青い瞳。
こうすれば、女性の気持ちが揺らぐと思っているのかしら。
彼はこうして色気を持って、数々の女性たちを魅了し続け、騙し、利用してきた。
エレナは毅然と言い返す。
「亡くなった方は、キムバートン様ではありません」
キムバートンとワルトの眼光が鋭く光った。
「――なぜそう言い切れるんだい?」
「まず、指紋です」
「指紋?」
キムバートンは僅かに眉をひそめた。
「指紋って指の内側にある模様だろ?」
ワルトが鼻で笑った。
「はい。指紋は 万人不同の原則で一人一人違っていて、世界中のどこを探しても同じ指紋が存在しません」
「ふうん、そうなんだ」
不思議そうにワルトが自分の両指の腹を見る。
「キムバートン様、あなたはこの国で洗礼式を受けてました。
だから、あなたの指紋は教会に記録されています。
もし、これが赤の他人なら試験会場にすら入れません。それはワルト様も同様です。
お二人の目的達成はさておき、試験は受けましたよね?」
「まあね。とはいえ……」
ワルトはサブリナの親の威光を借りて試験資格を得たからか、微妙な顔をして肩をすくめた。
「ふうん。あの会場、そんな仕組みが……この国に気軽に出入国できたのは、この国にそういう登録の仕組みがされていたからか」
しみじみとキムバートンが呟き、薄笑いを浮かべた。
「とはいえ、魔法騎士団は獄中死した男をキムバートンだと言い張っていたようだけど?
それって、亡くなったのはキムバートンってことだよね?
それともなにかい? 君はこの国の魔法騎士団の決断を愚弄するのかい?」
「はい。
あれは完全に魔法騎士団の失態です」
言い切るエレナに二人は一瞬呆気に取られる。
それから、ふっと、同時に噴き出した。
「へえ、味方の失敗を庇うわけでもなく、素直に告白するんだ」
面白がるワルトの声が上がった。
「情報が明らかに不足していたんです。
だからこそ、再調査してもらいました」
エレナが言い切ると、キムバートンはゆったりと地面に降りた。
「へえ、再調査ねえ。
じゃあ、獄中死したのは誰だというのかな?」
その青い目が射抜くようにエレナを見た。
「あなたの双子の弟、ペイドイル様です。
侯国では姫様の乳姉弟という設定で、乳母とともに魔術師として侯国の王城に侵入していた方。
あなたはいま、その彼になりすましています」
エレナの答えに、驚きと興奮を感じるようにキムバートンが面白がるようにエレナの顔を覗き込んだ。
「俺が双子?
ペイドイルという名はこの国の貴族辞典や戸籍、系譜にも載っていない名前だよ?」
一歩キムバートンがエレナに近づく。
ぎょっとしてエレナは一歩後ろに引いた。
青い目がすぐそばにある。
吸い込まれそうな恐ろしい錯覚。
エレナはぐっと拳を握り締めた。
「あなたのご両親が、魔法騎士団の取り調べの際、系譜に載っていない末弟の存在をぽろりと口にしたそうですよ」
キムバートンが驚き、大きく顔を歪めた。
「世間体しか気にしないあの両親が?」
「はい。系譜や戸籍では、五男のあなたまでしか確かに載っていません。
でも、『五男とその弟は十年ほど前、他国へ養子にやった』と供述していたそうです。
ただ、養子縁組の正式な届け出は国に提出されていないし、やはり戸籍にも載ってません。
ですが、この供述自体が末弟の存在を仄めかしてますよね?」
キムバートンは何も反応を示さない。
それでも、エレナにはどうしても言わないといけないことがあった。
「わたし、アイヒヴァルト子爵領を訪れたことがあるんです」
思い切って言ってみる。
キムバートンのこめかみがピクリと動いた。
「あの田舎領地のことを?」
キムバートンの声音から侮蔑が滲む。
「はい。でも、森とブドウ畑ばかりで、魔物がそこら辺を闊歩している私の故郷に比べれば、すごく都会だと思います。
大きな街だってあるし、本屋さんも王都並みに品揃えがいい。
なによりも貴重な遺跡もあるじゃないですか。
あんなに毎日歩き回っても終わることがない何世紀にも及ぶ遺跡のループ。
さすが、考古学の学者さんたちが住む夢の街だと思いました」
「伝統という名の古さの象徴だよ」
「古さ、素敵じゃないですか!」
「え?」
「古い文献を保存してある由緒正しきチェッカレ=バール図書館だってあるのは、本当に、ほんと~に羨ましい限りです!」
思わずエレナの声に興奮が滲み、徐々に早口になって熱量がさらに増す。
「歴史的建造物だけではありません! あの領地は、まさに民俗学の宝庫とも言える土地柄なんですよ。なにせ、敗者の伝承すらも無形文化遺産として残す素晴らしき文化。これはまさに先人の知恵を重んじる考え方であり、遺跡はその地に住む人々の英知の証。人類の宝としか言いようがありません! わたし、遺跡と図書館に通い詰めでしたもん、見たことない文献に興味深い壁画。ああぁ〜、なんて美しい歴史のロマン! 領地が近かったら毎年通いたかったぐらいですよ!!」
感極まるエレナに、キムバートンとワルトは毒気を抜かれたように互いに顔を見合わせ、苦笑した。
「そう。お褒めに預かり光栄だ」
呆れ返ったようなキムバートンには苦笑が浮かんでいた。
「はい! わたし、また訪れて長期滞在したいです!」
エレナの頭の中には、昔、父とアイヒヴァルト子爵領を訪れたことが強く蘇っていた。
父は古書コレクターで、珍しい蔵書を暇さえあれば探し回っていて、幼い頃から本好きなエレナもよくお供した。
たくさんの稀少な文献に、昔から既存しているこれまた貴重な遺跡と神殿。
一カ月滞在したが、全然足りなかった。
もっと地中を掘り下げれば、様々な歴史建造物に会える。
あのワクワク感は今も強く残っている。
むしろ、当時よりもキラキラした思い出になっているかもしれない。
キムバートンがますます奇妙な生き物を見る目つきでエレナを見つめ、ワルトはお腹を抱えて笑い出す。
「あはは、これには驚いた。
貴族の女というのはドレスや宝石や、くだらない色恋沙汰や他人の不幸にしか興味持っていないと思っていたけど、あははは!
君、最高に面白いよ」
傍では魔法騎士団たちが屍鬼と必死で戦闘しているというのに、明らかに場違いな明るい笑い声だった。
「それだけ考古学や歴史に造詣が深いのか。
君は俺が出逢ってきた女性とは随分と違うんだね」
棘のある口調でキムバートンは言い、ふと口の端を持ち上げて意地悪く笑った。
随分と……。それは変わり者令嬢、と言いたいのだろうか。
けど、別に、この人たちテロリストに変わり者だと思われても全然構わない。
エレナは口ずんだ。
黒猫がひとり 名を残す
白猫は影に 夜へ消す
双子の子馬は 片方だけ
もう片方は 遠い国へ
もしも二匹を 帳に書けば
羊も牛も 眠り絶え
国も城も 闇に沈む
キムバートンの顔が僅かに険しくなった。
「これはあなたの生家の地域に伝わる古い伝承の唄ですよね?
訪れたとき、ちょうど村の子どもたちがこの唄で石蹴りゲームをしてましたから」
「ああ、地面に円を描いて、そこに小石を並べて、順番に自分の小石を蹴って、相手の小石を円の外に出したら自分の得点っていう遊びだね」
キムバートはわざとらしく懐かしそうな声を上げた。
「はい、あの唄の意味は、
『双子は不吉とされて、生まれたらすぐに片方を他国へ養子に出す。先に生まれた子だけが名前を残され、弟の存在は系譜に載せてはいけない。もし記録に残せば国が滅びる』
というものです」
「うんうん、そうだったね。
だから、双子が生まれたときは、必ず双子の下の存在は消されるんだ」
キムバートンは目を逸らした。
夕闇が僅かに差し込む中、その横顔からは何の感情も読み取れない。
「あなた方は、侯国の魔術師としてこの国にいる間、ずっと手袋をしていました。
魔法も……昨日の泥トカゲ以外は王城内では使わず、魔力残滓も一切確認されていません。
まるで、すべての痕跡を残さないようにしているようです」
エレナはワルトを見た。
「わたしの研究室に忍び込もうとした土と影融合魔法の使い手はあなたですよね?」
「やっぱり俺のを食い止めたのは君自身か」
ワルトが声を出す。
だが、それはとても明るかった。
面白がっている節もある。
「参ったよ。
式神があれ以来戻って来ないんだよね。
残念だったよなぁ、あれ、結構可愛がっていたのに」
ワルトが拗ねるように口を尖らせる。
「見事なトカゲでした。本物そっくりでびっくりです」
「そうだろ? 俺の自信作だ。
だから気配を探ったんだよ。
そうしたら、魔法騎士団の軍師閣下の部屋の中で瓶詰めにされているじゃないか。
しかも、あのオッサン、頭つるっぱげの軍部総帥のオッサンより質が悪い武装魔法使いだし」
残念そうにワルトはがっくり肩を落とした。
軍師閣下ニーデル・ターラント。
昨夜お世話になった第4騎士団のノーラン・ターラントの父親だ。
ルシアンの師匠であり、戦略的で冷徹。魔力の流れすら戦術に組み込む軍部の頭脳と言われている。
エレナをここに派遣したのは主様の指示だが、その裏にはその軍師がいるはずだ。
「わたしはペイドイル様の墓を魔法騎士団の方々に掘ってもらい、指紋を採取いただきました」
「は? まさか」
「あのプライド高い武装魔法使いたちが墓掘り?」
二人は口々に驚く。
「はい。大事な証拠になるので、誰かに委ねず、確実に魔法騎士団の皆さんの手で行ってもらうよう依頼しました」
だから、クレインバール卿がマッシュに指示した。
「結果、獄中死した遺体とその指紋は一致しなかった。
ですが、遺体の毛髪と、あなた方の住んでいた家から押収物である……ええと、お二人の『親密な生活習慣』が伺える日用品の……付着物で鑑定していただきました」
なんとなく、エレナの単語が曖昧になる。
なにせ、押収物――二人が愛し合った証拠の体液だからだ。
さすがにそれを直接口にするのは憚れ、エレナはなんとなく誤魔化して、続けた。
「遺体の細胞はひどく酷似してましたが、一致はしていません。
ただ、細胞レベルで酷似しすぎている。指紋以外は。
すなわち、亡くなった遺体とキムバートンはとても近い親族で兄弟であり、双子になります」
「素晴らしい!」
ワルトは目を輝かせ、ぱちぱちと拍手した。
「なるほどね。
墓まで掘り起こすとは……罰当たりな帝国民らしいというかなんというか」
キムバートンはふっと瞼を閉じる。
「俺の双子の弟はペイドイル・アイヒヴァルトという」
その声には愛おしさが滲んでいる。
驚く柔らかくて、目を見開いたキムバートンの双眸もどことなく優しい。
「彼は、侯国の魔術師であり、ペイドイルという仮名でエリザヴェータ姫の付き人、いや、乳姉弟として従事していた」
「乳姉弟?」
エレナがその言葉を繰り返すと、キムバートンはただ静かに深い闇を湛え、微笑んでいた。
「弟はね、この国に存在を消されたんだよ」




