第63話 戦闘令嬢と王都の風――亜麻色の記憶と駆け出した背中
――予定どおり決行。
そう記された手紙を読み終えたワルトが不敵に笑っていたその頃。
ランスは昼間のエレナとの会話を反芻しながら、落ち着きがなく、庭園をうろついていた。
(絶対に、さっきの爆音はあのナイトレルム侯国絡みだ……!)
マインラート・ソシュールから上層部、その一部関係者にもたらされた情報は驚くべきものだった。
【ナイトレルム侯国は事実上数か月前に滅亡。
現在はナイトレルム侯国医師会の最高権威者スミルノフ医師が実権を握り、王族は消されたも同然】
当時、スミルノフ医師は、医師としての腕前と妖精姫と従兄という立場も相まって、王族の健康管理を一手に担っていた。
今から思えば、彼がその気になれば、いつでも毒を盛ることは可能だった。
そして、彼は侯国唯一の生き残りの妖精姫、その母の父親、つまり妖精姫もスミルノフ医師の祖父は――マリュード皇国の皇族であることが判明した。
実際、侯国の長く続いた骨肉の争いですら、実はスミルノフ医師が裏で糸を引いていたのではないかという疑惑すら浮上しているらしい。
ランスはますます落ち着きがなくなる。
「――ランス、さっきはありがとう」
あのお茶会の後、エレナがランスにお礼を言いに来た。
ちょうど上層部が会議していたときだ。
今回新たにもたらされた情報から、ナイトレルム侯国遊学一行をどう扱うか。
そんな議題で会議は白熱しており、一介のランスは会議結果が出るまで廊下に待機していた。
そこに現れたのは、ローブを頭から被ったエレナだった。
「本当、偽装婚約をうまく誤魔化してくれて助かったよ。
偽装だなんてバレてしまったら、マインラート様から何を言われるか……」
エレナは心底ほっとしたように胸を撫でおろした。
「いや、全然だよ。
気にするな」
ランスは素っ気なく答えた。
すでにフードをいつもどおり目深に被って、エレナの顔がしっかり見られない。
少し残念な気がした。
不意にランスの脳裏にある光景が蘇る。
エレナが庭園に姿を現した途端、クロフォードが走り抜けた。
満面の笑みに、頬を僅かに赤らめる仕草。
彼の熱の入れようが凄まじく、あれには帝国側の人間全員、驚いたっけ。
ミシェーラさえも唖然としていた。
クロフォードは偽装なのに、堂々とエレナを紹介した。
嘘臭い台詞をいけしゃあしゃあと並べ立てるが、それがすべて偽りとは言えないほど、エレナの肩を大事そうに抱いていた。
そして、言いたいことをあの姫に言い放つと、そっとエレナの手を握ってにっこりと微笑み合い、彼女を連れ去って行った。
あのとき、ランスは息苦しさを覚え、動けなかった。
去って行く二人をじっと無表情に見つめ、耐えるしかなかった。
ぎゅっと握った拳が、爪が食い込んで少し血が滲んだほど。
ランスは舐めるようにクロフォードの表情を追い、微笑むエレナを追った。
姿が消えるまで、身動ぎもせずに見つめ続けた。
「それよりもエレナも巻き込まれて大変だったな」
ランスは気を取り直した声で、エレナを見下ろす。
苦笑を浮かべて労うものの、エレナは満更でもない様子で、もじもじし出す。
「ううん、仕方ないよ。
魔道具の件もあるし、ある意味、わたしも当事者みたいなものだから。
侯国の魔術師様と一度お会いしたかったし。
いい機会だった」
「へえ」
なんとなく自分の顔が強張っていくのが分かった。
「けど……はぁ、ちょっとお姫様の発言は驚いたかな」
エレナはため息をついた。
「そりゃあそうだよ。
エレナに敵対心剥き出しにしてさ。あれはみっともない」
ランスは素直に怒りを滲ませた。
エレナに対しての数々の失礼な発言。
(エレナを散々不細工とか地味とか言いやがって)
あの場にいた誰しもが頭に?マークを浮かべていた。
これほど端正で美しい顔立ちエレナの、この美女に何の不満があるのだろうか?
みんなそう思っていたはずだ。
派手さはなくとも、凛然とした上品な立ち振る舞いは、周囲から自然と目を惹かれた。
妻子持ちのお堅い第3騎士団ですら目を奪われていたほど。
さすが、人の好き嫌いが激しい王宮魔術師 異端児クロフォード・ノーエランドの偽装婚約者に選ばれたことはある。
しかもクロフォード本人が偽装とはいえ承諾した相手だ。
――あれだけの美人なら、クロフォードも偽装とはいえデレデレになるはずだ。
そう団長のトーマスが苦笑していた。
だからこそ、あのエレナの美貌をあそこまで罵れる妖精姫の気がしれない。
ランスはローブを羽織っているエレナに向き合う。
「エレナのカーテシー、初めて見たけどすごいキレイで見惚れたよ」
「えー」
恥ずかしそうにエレナは、顔を伏せた。
「そんなことないよ」
「いいや、あれはなかなか出来ない。
うちの姉妹たちのと比べると雲泥の差だったよ」
「へへ、ありがとう。祖母がいろいろ礼儀に厳しい人だったからね、あの当時はすごく嫌だったけど、いまはすごく感謝している」
顔を真っ赤にしたエレナは身を縮こまらせた。
そんな仕草が可愛くて、くすっと笑った。
「そうだよなあ、俺に淑女教育は分からないけど、子どもの頃って、なんでこんなことやらされるのか、と思って耐えていたことが多々あったけど、こうして社会に出ると、ああ、やっていて良かったなあと身に沁みるよ」
「だよね、分かる。
特に勉強とか礼儀作法とか」
頷くエレナにランスは心がほっこりした。
「うん、だよね。
知識は身を助けるっていうけど、本当だった」
「ね」
久々だった、こんなふうにのんびりエレナと話をするのは。
入省して約半年。
それぞれ急な出張や用事、緊急業務などなど仕事を任されるようになった。
職場の人間関係も相まって入省したての頃よりも会う機会はめっきり減った。
だから、会えないのは仕方がないことだ。
ましてや、未婚の男女。
婚約者同士でない限り、会う機会は限られる。
そうは思っているものの、エレナだけはなんだか最初から立ち位置が違う。
(レイノルドだって官吏食堂に現れるぐらいなのに、なんで昼食、別々で食べるんだろう?)
彼女はいつも昼食を同期とは別の場所でとっているようだった。
「ねえ、妖精姫っていつもあんな高飛車なの?」
エレナがふと尋ねた。落ち着き払ったアメジストの瞳がすぐそこにある。
「いや、そんなことない。
我儘だったけどあんなふうにヒステリックになって声を荒げる方じゃなかったよ」
ランスは目を逸らすことができなかった。
「いつからああなっちゃたんだろうね?」
エレナの問いかけに、ランスはしばらく真剣に逡巡し、言葉を紡ぎ出した。
「え~……っと、昨日の昼まで……かな」
「具体的だね」
エレナは驚いた。
「まあね。っていうか、お菓子作り後のお茶会まではいつもどおり淑やかで、穏やかだったよ。
違法ハーブが騎士団員に見つかっても悪びれる感じなく、ずっと優しく微笑んでいたくらい」
「ああ、それで昼過ぎまではいつもと様子が変わらなかったって言い切れたんだね」
「うん、そう。違和感を覚えたのは夜かな。
いきなり呼び出されたんだよ。
クレインバール卿が警備から外れたのが気に食わないみたいで抗議したいとかでさぁ」
ランスは思い出してうんざりして、後頭部を掻く。
「あの時からだよ。
かなり高圧的で、辟易したよ」
「まるで人が変わった感じ?」
エレナがさりげなく尋ねた。
「ああ、言われてみれば……。
うん、まさにその言葉ぴったり」
あっけらかんとランスは答えたが、僅かにエレナが息を呑むのが分かった。
「あ~でも、中身が入れ替わるなんてあり得ないし、たぶん、専属警備がクレインバール卿じゃなくなったから猫の皮を被る必要性がなくなって本性を現しただけかもしれない」
ランスは強張るエレナを安心させようと、あえて笑顔を向けた。
「そっか。じゃあさ、仮の話で、もし人が変わったとしたら、変わるタイミングとか変化点とか何かあった?」
「え、なにそれ。変化点?」
ランスは面食らった。
どうして? どうしてそんなことを言い出す?
質問の意味を測りかねた。
それに気付いたエレナがハッとして、へらっと笑った。
「なんとなくの言葉遊びだよ。タラレバごっこ」
「なんだよ、それ」
「楽しそうじゃない?」
「まあ、うん……タラレバごっこねえ」
「なんでもいいんだ。タラレバなんだから。
体調を崩してしばらく部屋から出てこなかったとか……」
探るような目つきでエレナがランスを見上げ、フードから覗くアメジストの瞳にどきっとした。
タラレバごっこなんて、いささか腑に落ちないけれど――この瞳を真っすぐ向けられると、ランスは体のどこかが甘く震えるような気分になる。
じっと注がれるエレナからの視線。
「え~、そうだなあ……」
ランスは言い淀みつつ、頬を赤らめる。そして、ふと思い出す。
「そういえば、お茶会が終わってしばらくしたとき、姫様、急にがくんってなって地面に座り込んだんだ。
それも廊下を歩いているときにぐったりと。
まるで、機械仕掛けの人形みたいにだらりとして……。
慌てた侯国の男従者が彼女を抱きかかえていて、そのままさっさと部屋に引っ込んだんだけど。
あとから、貧血の立ちくらみの軽い体調不良だったって理由を教えられて、王宮医務室に薬の手配を頼んだ覚えがある」
「ふうん。その人形みたいって、まるで魂がぬけてしまった感じ?」
「ああ、そう、それ」
突然地面にしゃがみ込んだ彼女は、不自然なまでに力が抜けていた。
まるで魂そのものが抜けたように目は虚ろで、顔色が蒼白色、だらんと無造作に投げ出された手足。
ランスはその光景に戦慄した。
「クレインバール卿の同行は求められた?」
「ああ、そうそう、そうだった。
クレインバール卿を寝室へ呼んで欲しいって、口まで覆ったローブの男が言っていたな」
青い瞳をした静かな男。
「へえ、そうなんだぁ」
「でも、クレインバール卿は姫が性欲増進用ハーブを持ち込んで、自分に食べさせようとしていたことを耳にしたんだろうね。
急に『国家を揺るがすような緊急案件が入った。騎士団長として行かねばならない』とか言って第3騎士団に任せて、任を解いてもらったみたいで捕まらなかったよ」
ランスは冗談めかして言うが、エレナは苦笑を浮かべながら、何かを考え込む。
彼女は何を考えているんだろう。なんか、別のことを考えているような――。
その真剣な表情が、ランスには不思議だった。
「ランスは盛られてない?」
「え? 俺?」
「うん」
唐突な質問に驚くものの、硬い表情がほぐれてランスは落ち着いた顔で朗らかに答える。
「俺は平気だよ。彼女の理想の騎士でもなければ、しがない外交官。むしろ、警戒されてたしね」
「警戒って……そうなんだ」
エレナは意外そうな声を上げる。
「でも、大変だよね、ランスも初っ端から手を焼くような国を相手に対応してきたんだから」
エレナはランスを労うように、にっこりと笑った。
「まあね。けど、これも経験値獲得のため。
やっぱ、外交官って長年の勘っていうか経験値とか大事らしくって、今回初っ端から結構苦戦したけど、絶対今後の俺のためになるな、って思ったんだよ」
ランスは少し得意気な気分になった。
「すごい前向きね。
うん、そうだね。魔法も同じだよ。
今回古代魔道具の分析なんていうとんでもないお仕事任されたけど、すごくいい経験になってる」
「ふうん、エレナも前向きじゃないか。
入省直後はおどおどして、ビビッてばっかりだったのに。
いまじゃあ全然違うよ、見違えたなぁ」
ランスはわざと意地悪く笑うと、 エレナが拗ねた。
「もう、その話はなし。一応、頑張ってるんだから」
その姿が可愛くてランスは声を上げて笑った。
「あはは、そうだね。ごめんごめん。
その、ひょっとして、古代魔道具の分析ってマインラート・ソシュール様の弟子だから?
俺、全然弟子なんて知らなかったよ」
「ああ、それね……」
エレナがなんとなく言葉を濁し、しばらく躊躇ってから切り出す。
「うん、そう。マインラート様が斡旋したの。わたしに経験値を積ませたいってね。
分析魔法の分からないところは随所マインラート様に教えてもらってるんだ」
エレナは思い詰めたように顔を曇らせ、改まった声を出す。
不思議な子だ。以前よりもぐんと大人びているし、なによりも落ち着いている。こんなに急成長するものだろうか。
「あのね、ランス」
エレナが改まった口調でランスを見上げた。
「偽装婚約もだけど、その、マインラート様が師匠っていうのも内緒にしておいてくれる?
マインラート様が凄すぎてわたしが弟子なんて名乗ると、『烏滸がましい』とか『図々しい』とか、そのね、うん、変な嫌がらせとか受けるんだ。
現に新人なのに特別補佐官になったことであまりいい感情もっていない先輩たちから目を付けられてて」
もぞもぞとエレナが指をこねくり回した。
「ああ、そういうことか」
魔法省は貴族社会にしては珍しく実力社会だ。とはいえ、家柄を笠に着て威張り散らす奴はどこにでもいるのだろう。
婚約者になるはずだった少女の面影を思い出し、ランスは大きく頷いた。
「それは面倒だよな。うん、わかった。内緒にしておくよ」
「ありがとう」
ほっとしたエレナの声にランスの心に温かい感情が染み渡った。
心のどこかで、自分は彼女の頼みならば引き受けるであろうことを確信していた。
そう、エレナだから。この目に懇願されれば、俺は何でも引き受けてしまう。
「そういえばさ、ランスはワルト・チェッカレッチ様を知ってる?」
エレナが話題を変えた。
「ワルト?」
エレナから出る台詞にしては珍しい男の名前で、ランスは虚を突かれた。
「うん。この前、その人にそっくりな人を街中で見てね、あの人、脱獄した人でしょ?」
エレナが探るような口調で言う。
そして、またあの目だ。
「ああ、そういえばそうだったな。
まだ捕まっていないんだってな」
ランスは何事もないように肩をすくめる。思わず喉の奥で唾を飲み込んでいた。
「ワルト・チェッカレッチかぁ。
一時期葉巻を購入したり、珍しい外国製の菓子を購入したりとかでやり取りしたことはあったけど……」
そういえば、婚約者になる予定だった彼女を喜ばせたくて、珍しい茶葉を彼から買っていた。
(今だったら、俺は何を買う?)
ふと、エレナにきっと金細工の櫛を贈りたくなった。
最近は小さな宝石を控えめにちりばめたものが人気だと妹たちが言っていた。
「彼は気さくで話しやすい男だったよ。
大胆ではあるが、慎重で少々神経質だったかな。
実に計画性のある人間だなと思ったね。
まあ異国の地でいいものを手に入れるため日夜旅をし、様々な貴族ともやり取りしているからね。
商売人としてある程度の計画性と柔軟性を持っていないと成り立たないんだろな」
「計画性と柔軟性ね……ふうん」
エレナは意味深に噛み締めるように頷いた。
「キムバートン・アイヒヴァルト様は?」
「え? キムバートン?」
思わずランスは素っ頓狂な声を上げた。
(これまた珍しい名前が出たなあ)
キムバートンは中性的な美を持った中に精悍さがあり令嬢たちにわりと人気だった。
ひょっとして、エレナもああいう男がタイプなのか?
ぎゅっと胸が握られたように痛くなる。
そういえば、クロフォードも中性的な美しさを持つ青年だ。
そういった意味では、二人は似ても似つかないが、共通点はある。
魔法に精通し、魔力が桁外れにある。
クロフォードは、マインラートの弟子になったことで魔力制御を常にしているようだが、同級生のランスは彼が桁外れの魔力を持っていることを知っていた。
「ねぇ、ランスは知らない? キムバートン・アイヒヴァルト様」
ランスが独りで悶々と悩んで答えが返ってこないことに不信感を抱いたエレナが再度尋ねた。
「知ってるよ、ワルトと仲がよかった奴だよな。
いい奴だったけど……う~ん、政治的な話では彼とは意見があまりにも合わないから、正直ちょっと距離を置いてたんだ」
ランスは苦虫を嚙み潰したような表情をした。
キムバートンは亡国ナバロー王国をそのまま受け継いだような男だった。
ランスはまさに水と油の関係性。
あえて、互いに距離を取り合っていた。
「けどまあ、アイツの仲間うちではかなり受けが良くてさ。
教師もやっているからか、人前で話すのがすごくうまいんだ。
カリスマ性があるというか、正義感もある男で、こう、熱血漢って感じ。
中性的な見た目に反して力強い印象はあったかな。
彼のそういうギャップに惹かれる令嬢も多かったし」
「へえ。ランスってすごいね」
途端にエレナが目を輝かすので、ランスは驚いた。
「え? 何が?」
「反りが合わない人でも、ちゃんとその人の良さを見ているんだね」
エレナの声が感極まって、自然と顔が熱くなった。
「そうかな?」
「うん、なかなか出来ないことだよ。すごいなあ」
そうエレナに褒められて、ランスは胸が弾んでカッと体が熱くなる。
(ヤバい、俺って案外単純だ。
エレナの何気ない一言で一喜一憂し、その日の気分が変わってしまう……)
結局、その後上層部会議が終わったタイミングで、エレナは魔法省へ帰って行った。
そして、ランスは上官のグロウディーナ公爵から、侯国の外交官の任を解かれた。
「皇帝陛下から正式な沙汰はもうしばらくかかりそうだが、君はこれ以上深入りしないのがいい。
いままで新人にも関わらず、よく成し遂げてくれた。
これは君の今後のキャリアにいい影響をもたらすぞ」
珍しくグロウディーナ公爵からお褒めの言葉をもらった。
「ありがとうございます」
「そうそう、君の教育係についてだが、もう少しレベルの高い人間に変更するから」
宰相のデメトリオ公爵がちゃんとグロウディーナ公爵に一言言ってくれたのだろう。
*
ランスはハッとした。
遠くから爆鳴音が聞こえた。
不意に、旧離宮の、さっき地響きがした方角から魔力の衝突も感じた。
それにさっきから王城の外も騒がしい。
軍部総出で突発演習訓練を王城外で行うと、つい先程全王城に通達された。
それによって、王城内にいる全員、門外立入禁止となり、演習訓練が終わる通達があるまで所属部署で待つよう言い渡された。
明らかに何かが起きている。
あっ、ほらまた。魔力の衝突を感じた。
これはただの軍事訓練じゃない。
そして、エレナもそこにいる。直感的に思った。
ランスはこれまでの回想を打ち切り、気づいたら駆けだしていた。
回廊を蹴る足音が、静まり返った王城に響く。
醒めた気持ちで考えようとするも、逸る気持ちを抑えきれない。
エレナと話したのはつい数時間前。
今にして思えば、あれは予兆にすぎなかった。
迂闊だった。
あの時はそのままスルーしてしまったが、冷静になって考えてみればおかしな話だ。
エレナがワルトやキムバートンを気にするなんて絶対に変だ。
偽装とはいえ王宮魔術師の異端児で重用されているクロフォード・ノーエランドに選ばれ、マインラート・ソシュールの弟子でもある彼女。
同期との初めての飲み会で見た亜麻色の髪の魔法使い。
――きっとエレナは、あそこでまさに侯国の連中と最前線で闘っている。
とはいえ、エレナが俺と同じ新人官吏。
マインラートに引き抜かれるほどの魔法使いでも、これは無謀なのは明白だ。
おかしい。
彼女は至ってふつうの魔法が使えるだけの令嬢。
そう思うものの、なぜだ?
エレナなら、あそこにいても大丈夫、そういう謎の確信が浮上する。
亜麻色の髪の彼女の後ろ姿――鼓動が速まり、急に落ち着かなくなる。
彼女を見た時の胸の高鳴りを思い出した。
もしエレナがあの彼女と同一人物なら俺はその姿を見たい。
俺は、彼女の魔法をこの目に焼き付けたい。




