第102話 変装令嬢と48時間のカウントダウン⑤――冷徹なる王宮魔術師の威嚇
女は不敵な笑みを再び浮かべ、エレナ・ヴァービナス女官の居所、そして、目の前の少年の正体を訊く。
目の前の少年――まさにエレナ・ヴァービナス女官が変装しているのだが、女はあいにくそれに気づいていないようだ。
「何が目的だ」
クロフォードの声は冷ややかなまま質問し返した。
「目的? フン、どうせ、私はこれで罪人になるんだろ?」
女は挑発的にクロフォードを睨みつける。
「あんた、かなりの手練だろ? これじゃあ、逃亡も不可能だ。だったら、そうだね……。
私の目的は、ここから離れたところで罪を償いたいことだねぇ。
聞いた話によると、牢獄の中でも遠い山岳の方では鉱山を死ぬまで掘り続けるところがあるんだろ?
そういう頭を使わないところで延々と働いて、命を費やしたいもんだ」
飄々と女は減らず口をたたく。
「お前、ふざけているのか?」
「ふざけてないよ。ここに連れて来られて五十年。いろいろ疲れたのさ」
女は肩をすくめる。
「毎日命をすり減らすような仕事ばかり。
ヘマしたら恐ろしい実験材料にされてしまう。
多くの命も奪ったし、もちろん奪われそうにもなった。
そんなことを繰り返していくうちに、あんたらのお家芸の魔法は少々使えるようになったが、故郷のシャーマンとしての術はもう使えなくなった。
精霊たちが私にそっぽを向いてしまったんだ」
女はいけしゃあしゃあと言いながらも言い放つ。
その瞳は、どこまでも豪胆で諦観の念は一切見えない。
琥珀色の瞳は、エレナを逃すまいと爛々と輝いていた。
猛禽に狙いを定められた獲物となった小動物のような心境に、エレナは襲われる。
「どうして……国に帰ろうと思わなかったんですか?」
気圧されるエレナに、女は鼻で笑う。
「能天気な坊やだね。
こんな従属契約の焼印を入れられて帰れると思うかい?」
「えっと、それは……」
女の強い眼差しにエレナは思わず視線が下がった。
「能天気な精霊動物使いの坊や、覚えておきな。
この従属契約は凄まじく強烈でね、この国を離れたら、体に宿った病がたちまち広がって殺されてしまうんだよ。
これはね、呪いなんだ」
女はギラギラした瞳で、エレナにぐっと顔を近づけた。
その声には、冷酷さと同時に、エレナに恐怖を植え付けようと迫りくる。
「呪い……つまり、呪術ということですか?」
「ふうん。呪いという言葉を聞いて、呪術にすぐ結びつくということは、あんたも中央に仕える魔法使いだね?」
確信めいた女の表情の切っ先に、エレナはハッとした。
クロフォードがエレナの肩にぽんと手を置いた。
「もう何も答えなくていい」
エレナはクロフォードを見上げた。
クロフォードの顔色が明らかに変わっていて、エレナは絶句した。
張り詰めた緊張感と、強烈な威圧感。
クロフォードから凄まじい魔力が漏れ出ていることに気づく。
エレナは初めてクロフォードに、その魔力に圧倒され、戦慄した。
「女。もう一度、言う。口を慎め」
女は鼻で笑う。
「はっ、何を今更」
「貴様――いい加減にしないとお前の爪を一本一本剥ぐぞ」
クロフォードが女に詰め寄り、威迫する。
女は驚愕し、全身が硬直した。
エレナも言葉が出てこなかった。
まさか、クロフォードからこんな低い声と冷酷な台詞が出るなんて。
「俺は、特別に魔法騎士団同様の取調べ権利を有している身だ。
つまり、罪人の尋問をしても許されている立場なんだ。
ふざけたことを抜かし続けるなら、それ相応のことで吐かせるぞ」
女に向けられる冷ややかな恫喝、追い詰められる威圧感。
エレナは一瞬、胸が苦しくなった。呼吸ができない。
心臓がどきどきして、顔が青ざめる。
殺気にも似た沈黙。
「さぁ、どうする?
改めて拷問部屋にでもいくか?
爪が終わったら今度は歯を抜いてやるよ。一番奥のヤツ」
クロフォードが冷ややかに尋ねた。
女の表情もサッと強張った。
飄々としていた態度を改める気になったのか、急に顔つきが真剣になった。
だが、女はふっと自嘲するようにあざ笑う。
「あんた、自衛警察団の奴らに追い出されるよ」
女は憎悪に満ちた目で反論をした。
「へえ」
クロフォードが、あえてニッと歯を見せて笑った。
彼女の発言から読み取れるもの――[夜鴉盟約]は、まだ自分たちと繋がっていた自衛警察団が魔法騎士団に捕縛された事実を知らない。
それは、すでにここに内通者がいないことを証明している。
「悪いが、あんな平民出身の自衛警察団と同じにされては困る」
クロフォードは、にやりと笑った。
「小次郎、大いに暴れろ」
クロフォードは結界を解除した。
『おうよ!』
勢いよく小次郎は返事をして、飛び上がった。
嬉々とした表情で、小次郎が女の周囲を踊るように走り回る。
『へへん、どうだ!
俺様、すごいだろ!』
女は再びクシャミが止まらなくなる。
「一応俺はこれでも侯爵家の息子であり、この国に二十四人しかいない王宮魔術師なんだ」
クロフォードがぐっと女の顎をつかんだ。
「!」
指先が食い込むほど力強く固定され、女の顔が苦痛に歪む。
「お前が下に見ている坊や――コイツも伯爵家より格上の貴族の子女だ」
目を見開いた女が、エレナをちらっと見た。
「高位貴族の子女が、なぜ格下の伯爵家の娘のために犠牲になる必要がある?
五十年もこの国にいるなら、それくらいの身分の常識は弁えておけ」
クロフォードが床に女を投げ捨てるようにし、再び結界に閉じ込めた。
さっきよりも空間は狭く、女は身を縮こませるしかない。
『なんだ、もう終わりかぁ? ちぇ』
小次郎の文句を尻目に、クロフォードは女を再び見下ろした。
「さぁ、言え。お前に従属契約をしたヤツの名は?」
クロフォードの声は相変わらず恫喝めいていた。
エレナの心臓の鼓動は激しくなる一方だった。
顔を強張らせたまま、エレナは小次郎を持ち上げてぎゅっと抱きしめた。
『エレナ、怒っているのか? 俺様、意地悪し過ぎたかな?』
小次郎は、つぶらな瞳でエレナを見つめた。
「そうだね、ほんの少しだけ、意地悪し過ぎかな」
エレナは無理に笑おうとしたせいか、頬が引きつったのを感じた。
ちらっと、クロフォードを盗み見た。
いつもと違う横顔。
変な感じがする。
知っているはずのクロフォードが、まるで別人のように見える。
(怖い……)
エレナは、ぎゅっと小次郎を抱きしめた。
クロフォードはエレナと小次郎の会話なんかまったく耳に入っていない様子で、女を冷ややかに見下ろす。
女は鼻を啜り、目に溜めた涙を袖で拭った。
言うべきかどうか迷っているのか躊躇する仕草を見せる。
だが、やがてポツリと呟いた。
「……通称、ザハル爺」
聞いたことのない名に、エレナと小次郎は思わず顔を見合わせた。
――その名が意味するものを、まだ誰も知らない。




