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素っ気ない一言が電波に乗って、陽子の元へと届く。
たった数十メートルの距離なのだから、そのまま陽子のいるコンビニへと行けば良かったのかもしれないが、凪沙は敢えてそうしなかった。
自分から声を掛けに行くのが恥ずかしかったのもあるが、何故か陽子に気付いていない振りをしたかった。
それがどうしてなのかは本当に分からなかったが、ただ陽子から見付けて欲しいと思った。
陽子の方から声を掛けてきて欲しいと思ってしまっていた。
一番最初、そうしてくれたように。
陽子はポケットが震えているのに気付く。凪沙からのメッセージを確認すれば、手に取っていた料理のレシピ本をそっと元の位置へと戻した。
自動扉から一歩外へ踏み出すと、少し生暖かい風が陽子を包む。
コンビニの冷房は少し効きすぎていて、その温度差に自分の肩を抱きながら小さく、うわ、と声を上げた。
凪沙は遠くからその様子を見ていたが、凪沙が気にしていたのはそこではない。陽子の服装だった。
陽子は全身白色で統一されたファッションに身を包んでいた。
それは凪沙のイメージから大きく掛け離れてはいなかったが、少しだけがっかりもしていた。
陽子は白いデニム素材のショートパンツを履いて、同じように白いトップスを着ていた。
表身頃は大ぶりなレースが全面にあしらわれており、裏身頃はシンプルといった、ガーリーさを取り入れた大人っぽく爽やかな出で立ちだ。
小麦色の少し大きめな籠編みのバッグを肩に掛け、足元は赤いジュートウエッジのサンダル。かかと部分はバッグと同じように編み込まれたデザインで、陽子の女性らしいセンスが窺い知れる。
凪沙の姿を見つけた陽子は、いつも売店から帰って来る時と同じようにぱたぱたと音を立て、凪沙の元へと走る。
揺れる髪からちらりと覗く耳元は、赤いハートのイヤリングが付けられていた。凪沙は思わず見とれてしまいそうになる。
けれど、制服姿ではないいつもと違う陽子が、イメージしていた様なスカート姿ではない陽子が、自分の知らない別の女の子のような気がしてしまって、いつも以上に上手く陽子の顔を見られないでいた。
「ごめん! 待った?」
陽子は初夏の陽気とぬるいそよ風も相俟って、まるで昔読んだ少女漫画のヒロインが好きな男の子とデートをする時のような、そんな笑顔をしていた。
心做しかいつもより長い気のする睫毛も、淡く色付いたミルクチョコレートのようなブラウンの瞼も、ほんのりとピンクが乗った頬も、艶のある唇も、全て今日この日、凪沙と遊ぶために掛けられた魔法だ。
「今来たところだから、大丈夫。」
陽子にとってはただのお洒落であって、相手が凪沙じゃなくとも、例え一人だろうと変わらない。そんなことは凪沙自身も理解している。
けれど凪沙には今日のために陽子がお洒落をして自分の元へ来てくれたという事実があり、それだけで今まで感じたことのない全能感のようなものに溢れていた。
こんな台詞だって、まるでヒロインと結ばれたボーイフレンドのようだ。
陽子は早速どこか店に入ろうと提案して来たが、家族以外と外食をした経験があまりない凪沙は、全て陽子に任せることにした。
凪沙は高校生がどういう店に行くのかよく知らないのもあるが、陽子がどんな場所を選ぶのかが知りたかった。
思えばあの自己紹介の時間から今まで、凪沙は陽子の事をずっと探っている。
少しずつ、気付かれないように。
陽子は駅から見える大通りの角にある、有名チェーンのハンバーガーショップを選んだ。
あまりファーストフードを食べたことのない凪沙でも知っている店だ。
その中で軽く小腹を満たしながら今日の予定も決めよう、と陽子は言う。
凪沙は戸惑った。
「服を見に行くんじゃないの?」
凪沙はダブルチーズバーガーのセットを、陽子はフィッシュバーガーのセットを注文する。
出来上がりを待つ間、フライヤーでポテトを揚げるしゅわしゅわとした音が聴こえる。
「その後のことだよ。」
お待たせしました、と店員が揚げたてのポテトをトレイに載せ、にっこりと無料の笑顔を添えて差し出す。
休日の昼間の忙しさに強ばったような、無言の威圧を感じ、凪沙はそれを受け取ると礼も言わずにそそくさと空いている二名席に向かった。
陽子のプランとしては、服を見た後は荷物が多いだろうから出歩くのには不向きだろうという理由で、その後はカラオケか喫茶店に行くのはどうだろうということらしい。
正直凪沙はどちらもあまり行ったことはなかったが、それより良いプランも思い付かなかったのでそれで良いと首を縦に振った。
人前で歌った経験など音楽の授業でしか無い位だったが、いざとなれば聴く方に回ればいいと考えていた。
喫茶店でゆっくり陽子の話を聞くのもいいが、凪沙は陽子がどんなアーティストが好きで、どんな声で歌うのかが知りたかった。
ポテトをつまみながらそんな事を思う。
がやがやと賑やかな声と共に、隣のテーブル席に凪沙達と同い歳くらいの女の子達のグループがやって来た。四人組で、楽しそうにはしゃいでいる。
椅子に腰掛けるやいなや男性アイドルのライブコンサートの話、流行りの化粧品の話、好きな人の話に花を咲かせる。
聞き耳を立てずとも聞こえてくる会話の内容は、凪沙には全て無縁の話だった。
どうやら四人全員、それらにお金を使いすぎたと嘆いているようだ。
変な話だが、凪沙は金額のことはあまり気にしていなかった。
凪沙は今まで小遣いを貰っても、親戚にお年玉を貰っても、使い道がよく分からなかったのだ。
シャンプーなどの日用品は母親が買ってきてくれるし、家族で出掛けた時は当たり前だが全て父親持ちだ。
たまにCDショップで気になったアーティストのCDを一、二枚買う程度で、あとは月に数回、コンビニで二百円から三百円程度のアイスや菓子に使うだけ。
凪沙の貯金箱が開かれることは滅多に無かった。
隣の四人組の話をこっそりと聞いていたのは凪沙だけではなかった。
陽子は少しだけ無言になる。勢いで凪沙を誘ってしまったが、相手のお財布事情も考えないままにプランを立ててしまったことを少しだけ後悔していた。
凪沙程ではないが陽子も倹約家だ。しかし周りの友人達が金欠の時に遊びに誘った結果、それを理由に断られてしまった経験がある。
凪沙が自分の押しに負けて、誘いを断り切れなかった可能性があることを不安に思い、ちらりと上目遣いで凪沙を見ると、同じように陽子を見ていた凪沙と目が合う。
「……凪沙ちゃん、あのさ、」
「全然平気だから。」
何となくそれを察した凪沙は、いつだったか、凪沙の言葉を遮った陽子のように答える。
明るく前向きな陽子が見せた心配性な一面。凪沙は陽子のポジティブな感情はなかなか理解出来ないが、不安や心配性な面は不思議とすぐに汲み取れた。
それはきっと、凪沙の才能だ。
陽子は凪沙の言葉を聞くと、またいつものように明るい笑顔を見せた。
それが凪沙の優しさだとすぐに気付けたのは、誰にでも優しく接することができる故の陽子の才能だ。
なにか歯車が噛み合ったような、お互いの足りないものを埋め合うような安心感を、凪沙も陽子も感じていた。
それは何かを予感するような、そんな心地だった。
ポテトが揚がる音、一番考えましたが…未だに適切なオノマトペがわかりません…。じゅーじゅー、はなんか違う気がしますよね。それは肉を焼いてる感じがするし、ジュワジュワも考えましたがなんかウルト〇マンしか浮かんでこなくてやめました…。




