燃え盛る炎
「なら、手加減なしで行くぞ、ライデン」カサイは顔に不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「望むところだ」栗色の髪の少年は、憧れとアドレナリンに満ちた視線を返した。
赤髪の少年は両脚を開いて膝を曲げ、自らの能力の反動を吸収すべく、低い姿勢で地面にどっしりと身を構えた。両腕を前方へと掲げ、手を合わせて人差し指を突き出し、銃身に見立てる。周囲の空気は極熱によって激しく歪み始め、指先には白熱した光が集束していった。
ライデンは、友の見慣れない構えに少し呆然としてそれを見つめていた。
「『火弾』!!」カサイが力強く叫んだ。
親指で引き金を引くような仕草を見せると、超凝縮された炎の連弾がリボルバーの弾丸の如く両手から放たれ、耳をつんざく灼熱の風切り音を立てて空気を穿った。
――パンッ!
――パンッ!
――パンッ!
炎の弾丸がライデン目がけて飛び交う。栗色の髪の少年は苦戦しながらもそれをかわし始めた。幾つかの弾丸が彼の肩を掠め、脚に浅く着弾したものの、不思議なことに、その炎は彼に何のダメージも与えていないようだった。
――パンッ!
――パンッ!
――パンッ!
カサイは休みなく連射を続けたが、摩擦と地面への断続的な着弾によって濃密な煙が立ち昇っていることに気づいていなかった。わずか数秒のうちに、舞台全体が視界を遮る灰色の煙幕に覆われた。赤髪の少年は攻撃を止め、素早く防御姿勢を取った。
――ヒュッ!
煙の中から何かが猛烈な速度で飛来した。カサイは本能だけで頭を傾けた。弾丸の如き物体は彼の頬をかすめて浅い傷を作り、観客席の壁に激しく激突した。
――バシッ!
(一体何だ!?)破砕された石畳の破片を見て、カサイは驚愕して呟いた。
――ヒュッ!
――ヒュッ!
さらに複数の物体が彼に向かって一直線に放たれた。迷うことなく、カサイは両腕を前に突き出した。
「『正に圧巻の炎の渦』!!」
掌から放たれた強力な水平方向の炎の竜巻が、飛来する瓦礫を左右へと吹き散らした。
――バシッ!
――バシッ!
風と炎が煙を散らすにつれ、ライデンの姿が露わになった。彼は屈み込み、自らの素手で石畳の舞台から石の破片を強引に引き剥がしていた。
「へぇ、そうか……そういうことか」カサイは興味深そうな笑みを浮かべて呟いた。
「あ、バレたか」ライデンは笑った。両手に一つずつ石畳の破片を握り、立ち上がると、反動をつけるために両腕を大きく後ろへ引き絞った。
――ブウンッ!
猛烈な腕力で両方の瓦礫を投擲した。石の破片は回転しながら空気を切り裂き、まるで鋸の刃のようになって飛んできた。カサイは辛うじて身をかがめるのが精一杯だった。弾丸と化した瓦礫は彼の髪を掠め、コロシアムの壁に激突して粉々に砕け散った。
「危ねえ危ねえ……」赤髪の少年は鼓動を激しく打ち鳴らしながら息を吐いた。
だが、ライデンは息つく暇を与えなかった。今度は親指と人差し指の間に小さな小石を挟み、まるでプロのピッチャーのような構えを取っていた。
――スッ!
小石はスナイパーの弾丸の如く超高速で放たれた。
――ドスッ!
その小さな弾丸が、カサイの左肩にクリーンヒットした。衝撃の強さに服が引き裂かれ、完璧な円形の穴と、皮膚に濃い赤色の痕を残した。
「ぐあああああっ!!」突如襲った激痛に、カサイは肩を押さえ、歯を食いしばりながら悲鳴を上げた。小さな小石は摩擦による煙を上げながら地面に転がり落ちた。
――タッ!
――タッ!
隙を見逃さず、ライデンは人間離れした速度で一気に間合いを詰めた。瞬く間にカサイの目の前に迫り、低く身をかがめて右拳を限界まで引き絞っていた。赤髪の少年は反応が間に合わず、親友の拳の結び目が自らの顔面へと容赦なく迫ってくるのを目に焼き付けることしかできなかった。
――ドカッ!
一撃がカサイの顔面を捉え、その衝撃で身体が激しく浮き上がった。両腕を力なく垂らしたまま、彼は場外の奈落へと真っ直ぐ吹き飛ばされた。
失格まであと数センチというところで、カサイは両の手のひらを開き、下へと向けた。
――ゴォッ!
二本の強力な炎の噴射が、彼の身体を空へと押し上げた。見事な身軽さで空中で宙返りを決め、リングの反対側の端へと優雅に着地した。鼻に手をやると、顔筋を伝って一筋の血が流れ落ちているのに気づいた。驚愕の眼差しでライデンを見つめる。長年共に修行してきたが、栗色の髪の少年がこれほどの力を発揮したことなど一度もなかった。
観客席は爆発的な大歓声に包まれた。
客席では、警備隊の隊長と部下が口をぐうの音も出ないほど開けて見つめていた。
「うわぁ……! この戦い、本当に凄まじいですね」と若い警備兵が呟いた。「あの栗色の髪の少年がこれほど強いとは思いませんでした」
「あぁ、実におもしろい」
「隊長、これをご覧になって、どちらが勝つと思われますか?」
「さあな……これほど接戦になるとは思いもしなかったよ」
アリーナの中央で、ライデンは厳粛な面持ちで親友を見つめていた。
「俺はお前をよく知ってるぜ、カサイ」重々しい声で語る。「お前が全力を出さずに戦ってることもな」
カサイは驚きで目を見開いた。
「俺は自分の持ち得る全て、俺という存在の全てをかけて戦ってるんだ」ライデンはカサイを指差して続けた。「お前が同じようにしてくれないなら、それは俺を侮辱するのと同じだぞ」
カサイは深く息を吸い込み、親友の不退転の決意を噛み締めた。その瞳から迷いが消え、鋭く冴え渡ったものへと変わる。両手から激しい爆炎が吹き出した。
「……なら、もう手加減はなしだ」
カサイは両腕を空に向かって勢いよく振り上げた。
――ゴォッ!
地面から巨大な炎の壁が噴出し、完璧な円を描いて二人を灼熱のリングへと閉じ込めた。
「え!? なんで円状に俺たちを閉じ込めるんだ!?」ライデンは驚いた。(なるほどな……俺の動きを制限するためか。あいつはどの距離でも戦えるが、俺は立ち回って間合いを詰めるためのスペースが必要だ。さすがは天才様だな、カサイ!)と挑発的な笑みを浮かべて思考を巡らせた。
カサイは両手を前に突き出し、円を描くように動かしながら熱量を集束させ、巨大な炎の球体を形成した。
「『火の玉』!!」
――バシッ!
その絶大な球体が恐るべき速度で解き放たれた。
「嘘だろ!?」ライデンが叫ぶ。
――タッ!
間一髪のところで、ライデンは全身の意志の力を込めて跳躍した。巨大な球体は彼の靴のソールをかすめて通り過ぎ……だが舞台の端に触れる直前、空中で不意に消滅した。
――サッ!
地面に着地した瞬間、ライデンはその仕掛けに気づいた。(しまった、おとりかよ!?)悔しさに歪んだ表情で素早く首を巡らせた。
カサイはすでに数メートル手前に迫っていた。背中からの炎の噴射を利用し、ミサイルの如く突進してきたのだ。両手を前に合わせ、極限まで高められたエネルギーにより、炎は純粋な赤、黄、オレンジのグラデーションへと色を変えていた。
「『硝火排管』!!」
――ドオオオン!
絶え間ない炎の奔流がライデンを正面から直撃した。栗色の髪の少年は生存本能だけで顔の前に両腕を交差させるのが精一杯だった。至近距離からの攻撃は、霧散するまでの10秒間、まるで地獄のような灼熱を与え続けた。
ライデンの身体が、崩れ落ちるかのように前方へ傾き始めた。だが、地面に触れるまさにその直前……
――ドカッ!
栗色の髪の少年の拳が、赤髪の少年の溝みぞおちに深く突き刺さった。そのあまりにも破壊的な一撃は、カサイの靴のソールを石畳に激しく軋ませながら、彼を後ろへと引きずり飛ばした。
(馬鹿な……あの攻撃を受けておいて、なんで平然としてやがる!?)制動をかけようと必死になりながらカサイは驚愕した。(これを使うしかないか……!)
彼の両足が炎に包まれ、滑走を力づくで止めた。一瞬の猶予もなく、カサイは両手の中で炎を成形し、長弓と白熱した矢の形を作り上げた。相手の頭部へまっすぐ狙いを定め、弦を放った。
――シュッ!
炎の矢が致命的な精度で空気を切り裂いた。ライデンは純粋な反射神経で両手を掲げ、飛来する矢を素手で掴み取った。運動エネルギーによって後方へ押し込まれたが、寸前のところで軌道を逸らすことに成功した。放たれた灼熱の矢は、観客席に向かって一直線に飛んで行った。
壁に激突した矢は爆発を引き起こし、壁面に小さな火災を発生させた。
「きゃあああ!」観客たちはパニックに陥り、叫び声を上げながらその場から逃げ惑った。
カサイは膝を震わせながらその光景を見つめていた。(あんな攻撃を受け止めた上に、軌道を逸らすなんてあり得るのか……!?)
「……冗談だろ……本気で……あんなの撃ってくるとはな……」片膝を地面につき、激しく息を乱しながらライデンが呟いた。
突如、彼の栗色の髪の一房に火が燃え移った。
「うわっ!? あちちちち! 燃えてる、燃えてるって!!」ライデンはシリアスな姿勢を崩し、頭を必死に叩いて火を消そうと叫び散らした。
数メートル離れた場所で、カサイが膝から地面に崩れ落ちた。腹部への打撃の痛みに、前の試合での爆発のダメージが重なっていた。
――ケホッ!
赤髪の少年は血の混じった唾液を吐き出した。
「……それはこっちの台詞だ……」カサイは息を切らせた。「いつからそんなバカ力になったんだよ……?」
「最初からに決まってんだろ!」ライデンは大きな笑みを浮かべて答えた。
「調子に乗るなよ……昔は女子供みたいなパンチだったくせに」
「おい! くだらんこと言ってんじゃねえ!」ライデンは怒ったフリをして叫び返した。
「さて、続きをやろうぜ」栗色の髪の少年は何事もなかったかのように立ち上がった。拳をもう片方の手のひらにぶつけ、包帯を巻いた指の関節を鳴らした。
――ボキッ!
――ボキッ!
カサイはゆっくりと立ち上がった。両脚はまだ震えていた。(これほど重い打撃を受けることなんて慣れてねえ。親父だってこれほど乱暴な殴り方はしねえぞ)と自分に言い聞かせた。
突如、カサイの身体の左半分が暴走した炎に包まれた。
「ぐっ……!」鋭い激痛に声を漏らし、熱気で右目を強く閉じた。(嘘だろ……なんで今なんだ……!?)
ライデンは本気の心配そうな表情で彼を見つめた。(まさか……)
観客席で、警備隊の隊長が目を細めた。
「フム……天才といえど、己の能力の反動からは逃れられんか」
「どういう意味ですか、隊長?」
「へっ。いいから黙って見てろ、新兵」男はリングから目を逸らさずに答えた。
「確かめねえと……」ライデンは慎重に一歩後退しながら呟いた。
「なぁ、一つ聞かせてくれ、ライデン」
「ん? なんだ?」
「なんで俺の攻撃が一つも効いてないんだ? 文字通り直撃を受けたはずだろ」
「んー……ぶっちゃけ、自分でも分からん」ライデンは首を傾げ、至極あっさりと答えた。
カサイはそのあまりに単純な返答に驚いて瞬きした。
「……あっそ。まあいいや、続けるぞ」
カサイは最も激しく燃え盛る左腕を突き出した。
「『火のドラゴン(ヒノドラゴン)』!!」
炎がとぐろを巻き、純粋な炎で形作られた東洋の巨大な龍へと姿を変え、天に向かって咆哮を上げた。
「うおっ……本物の龍を見るのは初めてだぜ」ライデンはそう呟くやいなや、脱兎のごとく逃げ走り始めた。
――ガブッ!
炎の怪物が巨大な顎を開いて襲いかかってきた。ライデンは前方へ身を躍らせ、間一髪で牙をかわした。化け物の顎が舞台に激突し、石を溶かして深い亀裂を残した。
(アブねえ! あんなのに捕まったらマジで丸焦げにされる!)とライデンは焦った。
――ガブッ!
――ガブッ!
――ガブッ!
龍は執拗に何度も襲いかかってきたが、ライデンは動きを読み切り、その猛攻を全てかわし切った。
「いい加減にしろっ!!」栗色の髪の少年が叫んだ。
龍が最後の噛みつきのために飛びかかってきた瞬間、ライデンは地面にどっしりと足を踏み替えた。
――バシッ!
両腕を広げ、炎の獣の顎を自らの素手で受け止めて固定した。龍は噛み砕こうと力を込めたが、ライデンの桁外れの腕力がそれを上回った。しかし一瞬の後、巨大な炎の化け物は煙のように空中で消滅した。
「え!?」ライデンは両手を広げたまま、拍子抜けして固まった。
――ドカッ!
炎を纏った拳が、彼の腹部に猛烈に突き刺さった。ライデンは吐血し、衝撃で身体が浮き上がり、数メートル後方へ吹き飛ばされた。彼は足を滑らせながら辛うじて制動をかけた。
「いつ……いつの間に……」息を切らし、視線で対戦相手を探した。
――ドカッ!
言い終わる前に、上空から二撃目が叩き込まれ、彼の背中が舞台の石畳に凄まじい音を立てて激突した。
(頭上から!?)ライデンは両腕を顔の前で「X」字に交差させながら焦った。(またフェイントに引っかかった……!)
目を開けた瞬間、彼は恐ろしい現実を目にした。カサイが狂気的な速度で動き回り、あらゆる角度から連続攻撃を叩き込んでいたのだ。
――バシッ!
――バシッ!
――バシッ!
――バシッ!
ライデンは身を守るのが精一杯だった。炎の拳のラッシュが容赦なく彼に降り注ぐ。幾重もの打撃を受けるたび、背下の地面はヒビ割れを深め、彼をすり鉢状のクレーターへと沈め込んでいた。
突如、ライデンの下のひび割れた石畳が鮮やかな黄色に輝き始めた。
――ドカンッ!
地下から火山のような爆発が湧き起こった。巨大な炎の柱がライデンを数十メートルの高空へと吹き飛ばす。無防備なまま空中に浮かぶ彼の上空に……
――ドカッ!
カサイが姿を現し、全力を込めた最後の一撃を振り下ろした。
――ズドンッ!
ライデンの身体が隕石の如く舞台に激突した。衝撃はリングの残骸を粉砕し、コロシアム全体を静寂で包み込むほどの濃密な砂煙を立ち昇らせた。
カサイは数メートル離れた場所に着地し、膨大なエネルギーを使い果した疲労で両腕を力なく垂らし、肩で激しく息をついていた。
観客席からは恐れと驚嘆の囁きが漏れていた。
「あいつ、無事なのか……?」
「死んじゃったんじゃ……」
「ヒノカミ強すぎるだろ……!」
砂煙と瓦礫の中から……
「え……?」
ライデンのシルエットがゆっくりと立ち上がり始めた。彼は何事もなかったかのように肩の埃を払った。
「なぁ、カサイ……俺のじいちゃん、修行で何回も俺を殴ってきたんだよな」
カサイの背筋を冷たい悪寒が駆け抜けた。ライデンのあの偏屈なクソじじいが規格外の腕力を持ち、容赦という言葉を知らないことを熟知していたからだ。
「さっきの溝みぞおちへの一撃……俺が殴ったやつの仕返しだろ?」ライデンは鋭い笑みを浮かべて尋ねた。
「ヘヘヘ……バレたか」カサイは疲れ切った苦笑いを浮かべて認めた。
「この野郎! 今度こそマジで殴り飛ばしてやる!!」ライデンは脚をしならせ、暴走機関車の如く彼に向かって突き進んだ。
迫り来る親友の不屈の意志を前に、カサイの胸に深い満足感が込み上げた。彼は心からの笑みを浮かべ、両手を空に掲げると、喉の奥から叫んだ。
「参りました(降参だ)!!」
その言葉を聞いて急ブレーキをかけようとしたライデンは、自身の足に引っかかり、滑りやすい石畳の上でコミカルに二、三度転がってからようやく止まった。
「おいカサイ! 今なんて言った!? 見事によく聞こえなかったぞ!!」ライデンは目を丸くして抗議した。
「降参だって言ったんだよ」カサイは腕を組み、リラックスした笑みを浮かべて繰り返した。
「ええええええええっ!?」ライデンは頭を抱えて叫んだ。
「ええええええええっ!?」安全柵の陰から、審判がマイクを落としそうになりながら絶叫した。
「ええええええええええっ!?」予想外すぎる展開に、観客全員が咆哮した。




