呪い
数十もの漆黒の鋭利な結晶が、猛烈な速度でライデンに向かって放たれた。
(嘘だろ……!?)冷や汗が額を伝い落ちるのを感じながら、栗色の髪の少年は呆然とした。
迷うことなく前方に飛び込み、地面を転がる。ひし形のダークプロダクトが肌をかすめ、石畳の深くまで突き刺さった。屈んだ姿勢のまま、ライデンはマーブル模様の床に刺さった刃を横目で睨みつける。
(間一髪……)
だが、安堵の息をつく間もなかった。結晶が異常な振動を始め、地面から引き抜かれるように空中へ浮遊し始める。
目にした光景に困惑し、ライデンは振り返った。その瞬間、濃密な影が彼を覆い尽くす。見上げた彼の血が凍りついた。上空には、さらに大量の結晶が漂っていたのだ。その全てが、彼を真っ直ぐに狙い定めている。
脚と右腕で踏み切り、ライデンは必死の思いで左側へ跳んだ。ミニチュアの彗星のごとく降り注ぐ結晶が凄まじい破壊力で激突し、巨大な土煙の幕を巻き上げる。
息をつく暇さえ与えず、外れた結晶群が再び軌道を修正し、彼に向かって一直線に飛来する。ライデンは脚に力を込め、空中へ向かって絶大な跳躍を見せた。
「おい」瓦礫の煙の向こうから、ホシノの声が響いた。
空中で呼びかけられ、ライデンは目を見開く。
「これだけだとでも思ったか?」魔術師は邪悪な笑みを深めて問いかけた。
その瞬間、彼の周囲にさらに数十もの結晶が具現化し始める。
(冗談だろ……!)激しく地面に叩きつけられたライデンは、全力で走り出した。黒い弾丸が執拗に彼を追う。アクロバティックな躍動で横へ跳び、背後の地面が砕け散るのを横目に回避。着地と同時に摩擦で三度転がり、一瞬で立ち上がって再び疾走姿勢に戻る。その動作は彼の驚異的な敏捷性を物語っていた。
(ひとつ試してみたいことがあるな)ホシノは邪悪な企みを巡らせた。右手で禍々しい杖を保持し、左手をライデンに向けて掲げる。空中には茶色の魔法陣が描かれた。
黒いダイヤモンドの雨を避け続けていたライデンは、突如として足元の異変を察知した。
――ザシュッ!
巨大で鋭利な岩の鍾乳石が、槍のように地面から突き破ってきた。その尖端は長さを増し、栗色の髪の少年の左肩を深く切り裂く。傷口から鮮血が勢いよく溢れ出した。
(どこから出てきやがった……!?)ライデンは激痛を抑え込みながら呻いた。ゆっくりと首を敵の方へ巡らせる。(てめぇか……!)
その一瞬の隙が致命的となった。自身を切り裂いた岩を利用して跳躍回避を試みたものの、黒い結晶の群れが彼を襲う。大半は地面に刺さったものの、そのうちの三つが彼を捉えた。
一つは左肩に近い背中の上部に、もう一つは首の少し下に、そして最後の一つが肋骨へと突き刺さる。
衝撃に耐えきれず、彼は押し倒された。うつ伏せに倒れ込み、腕と膝で弱々しく身体を支える。大量の血が彼の衣服とコロシアムの石畳を赤く染めていった。
(やはり、あの加護の弱点は斬撃か)ホシノの顔に勝利を確信する笑みが広がった。二度目の雷撃がライデンのシャツを切り裂いた瞬間を思い出していた。(説は二つあった。雷が弱点か、それとも斬撃か。そして……正解は斬撃だったというわけだ)
舞台の上で、ライデンは背中を焼くような激痛に震えながら、立ち上がろうともがいていた。
(くそっ……油断した)右手を左肩に回し、刺さった黒い結晶を掴むと、力まかせに引き抜こうとする。
「グアァァッ……!」肉が引きちぎられる感覚に呻き声を上げた。刃を引き抜くことに成功したものの、傷口から粘着性のある黒い影のようなものが溢れ出し、結晶を捉えて再び彼の皮膚へと力づくで突き刺し直した。
「な……なんだよ、これ……」ライデンは息を荒げた。
「すまない……嘘をついた」ホシノははっきりと通る声で言った。
「え……? 嘘……?」
「ああ。闇魔法が加護の弱点だと言ったな。あれは間違いだ。加護の本当の弱点は、その対極にあるもの」
「対極……? 一体何の話だ?」
「呪いだよ」
「呪い……ってことは……」
「そうだ。貴様に呪いをかけた」紫の瞳を絶対的な優越感で輝かせ、ホシノは宣言した。
ライデンは目を見開いた。
「だが安心しろ」黒髪の少年は続けた。「その呪いがするのは、貴様の加護を食らい尽くすことだ。防護を貫通させる必要があったから、先に岩で貴様を斬り裂いた。少しの目眩と体の衰弱を感じる程度だ」
「じゃあ……もう加護は効かないのか?」
「まだ残ってはいるが、機能していない。その結晶が刺さっているのはそのためだ。貴様の加護が二度と目覚めないよう、封印として機能している」
それを聞いたライデンは、静かに頭を下げた。予期せぬことに、彼は薄く一礼をしたのだ。
「……ありがとな」
「は……?」ホシノは困惑して瞬きをした。「なぜ感謝などする?」
「これで証明できるからな……誰の守りも借りずに、俺がどれだけ強くなったかを!」
ライデンは凄まじい眼光で顔を上げ、再び戦闘体勢を整えた。
「何を言っているのか理解できん」
「言っても分からねぇよ」
ホシノはチッと舌打ちをした。「この戦闘で唯一の優位性を失ったと知りながら、まだ抗うつもりか?」
「ああ」ライデンは迷いなく答えた。
「好きにしろ」ホシノは死霊術師の杖の手を放した。武器は空気中に消え去り、再び古い漆黒の魔導書へと収められた。
観客席で、タケコ隊長が眉をひそめた。(ぬ……? なぜ杖を仕舞ったんだ?)不思議そうに首を傾げる。
「終わりにしよう」氷のように冷たい声でホシノが言い放った。
彼が手のひらを地面に向けると、その瞬間、舞台全体が狂ったように揺れ始めた。
「今度は何だ……!?」ライデンは体勢を保とうと踏ん張る。
「少し景色を変えてやろう。その方が面白い」
――ゴゴゴゴゴ……!!
地響きのような不気味な揺れが、アリーナの根底を揺るがした。通常の地震ではない。まるで大地のアニマ(魔力)が悲鳴を上げているかのようだった。周囲のプレッシャーが一気に跳ね上がり、空気は重く息苦しくなる。
突如、舞台の中央が弾け飛んだ。生み出された深淵から、最初の悪夢が姿を現す。荒々しい濃茶色の分厚い岩の巨峰だ。次々と巨大な石の鍾乳石が凄まじい暴力性で床を穿ち、大理石の美しい対称性を破砕していく。細やかな魔法などではない。純粋な破壊の力だ。
ホシノは憤怒に歯を食いしばっていた。凄まじい魔力消費に、彼の鼻から一筋の血が流れ出る。(俺の絶対的な優位を見せつけてやる……!)
最初に立ち昇った中央の柱は、天を穿つ勢いでそびえ立つ巨躯だった。その直後、まるで魔王の親衛隊のごとく、四本の巨大な柱が周囲に激突するように突き出し、内臓から破裂するように舞台を切り裂く。最後に外縁部に三つの尖峰が現れ、不気味な陣形を完成させた。
計八本の巨大な尖峰。それはまるで冥界から這い出そうとする獣の爪のように絡み合っていた。いま誰かがその前に立てば、山脈の足元に立つ小さな虫ケラのように己の小ささを知ることになるだろう。
噴火の余波は絶大だった。荘厳だったアリーナは、無残に散らばる瓦礫の荒野へと成り果てた。対戦用の舞台は完全に消滅していた。
「クク……これで終わりだと思うなよ」ホシノが囁いた。
右腕を突き出す。突如、上空に巨大な黒い陣が形成され、濃密で暗い霧を吐き出し始めた。数秒のうちに、闇がアリーナ全体を包み込む。戦場が丸ごと呑み込まれ、視界を完全に遮られた観客席からは苛立ちの悲鳴が上がった。
その息苦しい闇の中で、ライデンは巨大な岩山の一つに囚われていた。
「くっ……そ……あの野郎……本気で殺す気かよ……」痛みに耐えながら息を吐く。
地震の最中、手のひらほどの大きさの尖った岩が弾け飛び、彼の左脇腹、肋骨のすぐ下を削り取るように突き刺さっていた。ライデンは両手でその岩の欠片を掴み、指を赤く染めている。左頬にも切り傷があり、かつてヒマリに貼ってもらった絆創膏があった場所から血が流れていた。
(間一髪だった……なんて奴だ。どうやってこんなものを生み出しやがる……?)
痛みを無視し、ライデンは右手を掲げた。刀の刃のようにピンと張り、側腹部に突き刺さった岩に向かって武術の鋭い一撃を振り下ろす。
――ドカッ!
彼の手刀が見事に分厚い岩を二つに断ち切り、地面へと転がり落とした。重みがなくなったことで傷口が露わになり、深いカットからさらに激しく血が溢れ出す。
「グアァァッ!」歯を食いしばり、手で止血を試みながら声を上げた。汗と血でかすむ左目を拭う。「こいつ……マジで強い……」
震える脚で、彼は岩の上にへたり込んだ。なりふり構わずボロボロの上着を脱ぎ捨て、応急処置の止血帯代わりに肋骨の周りへ強く縛り付ける。両手は朱に染まっていた。
(この霧のせいで何も見えない……次の手が読めねぇ)最大級の警戒態勢で、深い闇を凝視する。
突然、あらゆる方向から不穏で耳障りな音が響き始めた。ライデンは目を凝らす。石柱の険しい壁面から、固い岩で形成された巨大な手が幾つも生え出ていた。それらは至る所に存在し、手のひらを全開にして彼を狙い定めている。
「なんだってんだ……次は何が来る!?」
彼のはるか上空、濃密な黒い霧の上に浮遊しながら、ホシノは静かに目を閉じていた。両手を下に向けて開き、破壊のシンフォニーを指揮している。
ライデンの目の前で、何もない空間から小さな黒い球体が現れた。
「なんだこれ……?」ライデンは極度の困難を伴いながら立ち上がった。失血により脚がガクガクと震え、岩壁に身を預けざるを得ない。
黒い球体が中央から割れ、彼をじっと見つめる不気味な眼球が姿を現した。
(嘘だろ……もう居場所がバレたのか!?)焦ったライデンは腕を振り下ろして目を掴もうとしたが、彼の手に触れた瞬間、球体は煙のようにすり抜けた。
「かわされた……!?」もう片方の手で叩こうとするが、やはり空を切る。「実体がない……!」
左側から響いた乾いた音が彼の注意を引いた。巨大な岩の手の手のひらで、赤い魔法陣が発光する。
ライデンが理解するより早く、致命的な火炎球が彼に向かって放たれた。残された最後の反射神経を振り絞り、回転跳躍で見事に着弾を回避。片膝をついて激しく着地する。
(ふぅ……危ねぇ!)
背後からの音に、彼は首を巡らせた。別の岩の手が輝く。今度は黄色の魔法陣だ。耳をつんざく速度で雷撃が放たれる。しなやかな回避動作を繰り返して直撃は免れたものの、雷の静電気が掠め、ショートパンツの生地を破り去った。
跳躍から着地する間もなく、別の手から横方向に太い土の柱が弾丸のように射出された。彼のお腹に真っ直ぐ激突し、数メートルも空中へ吹き飛ばす。打撃の衝撃に唾液を吐き散らした。
固い岩壁に激突する直前、ライデンは足裏を石の表面に押し当て、その勢いを利用して上方へ跳躍。空中にいる彼に向かい、四つ目の手が白い魔法陣を描き、巨大で鋭利な氷の塊を放った。
引くことなく、ライデンは全身の腕力を右拳に込め、飛来する氷の弾丸へと叩きつけた。砕け散る無数の煌めきとなって破砕される。
だが猛攻は終わらない。破壊された氷のすぐ後ろから、風と水の複合攻撃が砲弾のように彼を襲う。圧縮された高圧の水流と突風が彼の右腕に直撃した。あまりの威力に白いシャツの袖は完全に引き裂かれ、ボロボロのタンクトップのような無残な姿に変えられてしまう。
「グアアァァッ!!」ライデンは叫び、硬い石の床へと背中から崩れ落ちた。
抑えきれない憤怒を込め、暗い空を睨みつける。(くそっ……ボコボコにされてやがる。俺からは何も見えねぇ、あいつがどこにいるかも分からねぇのに……あいつはあの忌々しい目のせいで、俺の居場所を完璧に把握してやがる!)
悔しさに拳を握りしめた。(どうにかして倒す方法を考えないと……だがどうやって? あいつの魔力は無制限なのか!?)
絶望の渦中で、かすかな記憶が彼の脳裏をよぎった。
それは晴れた日の午後。森の中で、彼とじいちゃんがいつものように岩を殴る訓練をしていた場所だ。
『絶対に怒りに呑まれるなよ、ボウズ』老人はいつもの落ち着いた調子で語りかけていた。『もし自分が無力だと感じて追い詰められるような状況に陥ったら、ただ大きく深呼吸をして、周りを観察するんじゃ。戦闘は純粋な腕力や技術だけでするもんじゃない……知恵を使うんじゃよ』
『知恵……?』
『そうじゃ。知恵こそが勝利をもたらす。立ち止まり、状況を分析するだけでええ』
暗闇のアリーナという残酷な現実に引き戻され、ライデンの握りしめた拳が緩み、荒かった呼吸が次第に静まっていった。
(知恵……か。こんな状況で、俺に何ができる……?)ライデンは集中しようと目を閉じたが、空気を切り裂く耳障りな風切り音にすぐさま目を開けさせられた。風と水の砲弾が、再び彼に向かって迫っていた。
ライデンは後方へ跳び、紙一重でそれをかわした。
(ホント、気の短い野郎だぜ)彼は不敵に口元を歪めた。(今の俺にできる唯一の選択肢は、この攻撃を避け続けることだ。あの柱の頂上を目指す!)
揺るぎない決意をその瞳に再び宿し、ライデンは岩の柱の遥かなる高みを見上げ、決死の登攀を開始した。




