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ざいあくひげき  作者: Balance
天上楽園編
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58話 新しい一日

ジャンヌの震える手は彼のシャツの生地を強く掴み、二人をこの船室へと追い詰めた悪夢を再び語り始めた。生まれたばかりの新たなトラウマの重みに叩き潰されそうになりながら、彼女の声はかすれ、切れ切れの呟きとなっていた。


「たった、1週間前のことよ」胸に涙を溢れさせながら、彼女は言った。「私達は襲撃されたの。奴らは突然、何の前触れもなく双子を狙ってきた。抗戦したわ。食い止めるためにあらゆる手をつくした……でも、敵は精神能力サイキックを持っていた。私の身体の自由を奪ったの」


彼女は彼の腕の中で激しく身体を震わせた。記憶の恐ろしさそのものが、彼女を完全に飲み込もうとしていた。


「私に子供たちを傷つけさせようとしたのよ、ラッキー。私のこの手で、私達の赤ちゃんを殴らせようとした……!」彼女の声は絶望と苦痛の嗚咽へと変わった。「持てるすべての精神力を振り絞って抵抗したわ。身体が動こうとした瞬間、支配に抗って攻撃の軌道を無理やり変えたの。代わりに自分自身を傷つけた。でも、私は血を流し、ショックで身動きが取れなくなって……そして、奴らは奪っていったわ。私の目の前で、私達の子供たちを……」


ラッキーの息が止まった。彼の腕は万力のように彼女を固く抱き締め、守りたいという荒々しい憤怒の嵐が血の中で静かに目を覚ました。記憶はなくとも、自分の家族を傷つけた者を追い詰めて倒すという原始的な本能が猛然と燃え上がった。


「私が支配を破ることができた唯一の理由は……」彼女は彼の荒々しい灰色の瞳を見つめ返せる程度に身を引き、その瞳には必死でしなやかな光を宿していた。「……母親としての本能のおかげだったの。私は双子を守っていただけじゃなかった。私の中に宿る新しい命を守っていたのよ。また妊娠したことが分かったばかりだったの、ラッキー。まだ妊娠1週間。しかも……四つ子よ」


ラッキーの目は絶句と衝撃に見開かれ、視線は反射的に彼女のお腹へと落ち、それから再び涙に濡れた彼女の顔へと戻った。精神支配に耐え、重傷を負いながらもまだ見ぬ我が子を守り抜いた彼女の強さの凄まじさに、彼は完全に言葉を失った。


「私達は迷わなかったわ」ジャンヌは手の甲で頬を拭い、指揮官としての決意を声に取り戻しながら続けた。「この船、《安宅船》を手に入れて、奴らを追うためにすぐさま出航したの。旅の果てに私達は『楽園ヘブンリー・パラダイス』と呼ばれる島に辿り着いた。私達は赤ちゃんを探すためにその場所をひっくり返し、あらゆる手がかり、あらゆる連絡先を試した……でも、何も見つからなかったわ」


甘く切ない、憂鬱な笑みが涙を破って浮かび上がった。


「けれど、手ぶらで去ったわけではなかったの。そこには私達が家族を必要としていたのと同じくらい、必死に家族を求めている子供たちがいたわ。だから私達は愛くるしい娘と息子を養子として迎えたの。商人と……一番不思議な奇跡が起きたわ。ダンテという青年に出会ったのよ。未だに自分でも理解しきれないような巡り合わせを経て、私達は彼が私達の未だ生まれぬ息子……未来から来た息子であることを突き止めたの」


彼女は彼の手を優しく自分の頬に当て、自分たちの混沌としながらも美しい人生の奇跡に感じ入った。


「失われた家族を探す渦中で、私達は新しい家族を形作った。でも、留まることは出来なかったの。探し続けなければならなかった。私達は子供たちを連れて楽園を後にし、再び出航したわ」ジャンヌの表情が陰り、パズルの最後のピースがハマった。「その時よ、私達があれに遭遇したのは。決して破られたことのない、太古の海の魔獣。私達がこれまでに直面したどんな存在をも超える怪物だった」


彼女の親指が彼の頬骨を撫で、瞳には最後の戦いの恐怖が映し出されていた。


「あなたは私達全員を守るために前に踏み出したわ。限界を遥かに超えて力を絞り出し、《安宅船》がその領域から脱出する時間を稼ぐために、絶対的な存在を食い止めたの。私達は生き延びた……けれど、魔獣の精神的な反動によるあなたの心身への絶大な負担が、あなたの記憶を砕いてしまったのよ」


ジャンヌはついに長く途切れがちな溜息を吐き、再び彼の額に己の額を預けた。すべての歴史を一人で背負ってきた重い負担が、ついに彼女の肩から下りたのだった。


「あなたは私達の家族を救うために記憶を失ったのよ、ラッキー」二人だけの静かな空間で、彼女は優しく囁いた。「そうして私達はここに辿り着いた。これが私達の過去の、私達の子供たちの、私達の悲劇と愛の真実。これが、私達が共に歩んできた記憶の全てよ」


彼女の最後の言葉の後に続いた静寂は、深遠だった。それは悲しみの重く息苦しい静寂ではなく、むしろ巨大な嵐の後に訪れる静かで落ち着いたなぎのようなものだった。足元から響く《安宅船 II》のエンジンの規則正しい唸りが、二人の周囲の空気そのものを定着させていくようだった。


ラッキーはそこに座り、自身が歩んできた人生の果てしない重みを受け止めた。彼は崩壊した帝国の生き残りであり、ヤマト幕府の伝説的鍛冶職人であり、夫であり、奪われた双子、養子たち、時をかける息子、そして愛する女性の中に今宿っている4つの新たな命の父親なのだ。


太古の無敗の魔獣と戦い、彼らが再び息を吸うことができるように自らの心を犠牲にしたのだ。


ゆっくりと、ラッキーは身を動かした。必死にすがる彼女の手から片手をほどき、その掌を彼女のお腹の上に優しく、敬虔に当てた。服の生地越しであっても、微かな鼓動を帯びた温もり――彼らが今なお戦い続けている未来のきらめきを感じ取ることができると固く信じた。


「その魔獣から君と子供たちが生き延びるための代償が記憶を失うことだったのなら……」ラッキーの声は掠れていたが、静かで絶対的な確信を帯びていた。「……お安い御用さ。同じ代償を何千回だって払うよ、ジャンヌ」


彼は彼女の顎を優しく持ち上げ、視線を強制的に合わせさせた。彼の頭の中の霧はまだそこにあり、双子の顔や結婚式の鍛冶場の熱気を覆い隠していたが、彼女を見つめ返す男は完全に『全き存在』だった。その灰色の眼差しには、猛烈で屈することのない決意が燃え盛っていた。


「君と結婚した男の記憶はないかもしれない」親指で彼女の頬から一筋の涙を払いながら、彼は言った。「双子を抱き上げた腕の重さも、ヤマトの家の間取りも覚えていない。けれど、僕は僕だ。魂は変わっていない。本能も変わっていない。そして君への愛は、あの煤にまみれた鍛冶場でプロポーズした時と同じくらい、今この瞬間も本物だ」


彼は身をかがめ、彼女の額に強固で長い口づけを押し当て、己の言葉を彼女の肌に刻み込んだ。


「必ず見つけ出す」父親としての保護欲に満ちた激しい怒りが、一音一音に込められていた。「どんな精神能力を持つ敵を追い詰めることになろうと、海の怪物が次に何を叩きつけてこようと関係ない。子供たちを奪った奴らを追い詰めて、双子を家に連れ戻すんだ」


彼は再び彼女を抱き締め、過去の悲劇に対する人間生け垣(盾)となるように、胸の前にしっかりと繋ぎ止めた。


「もう一人で背負う必要はないよ、指揮官」彼女の銀髪に囁きかけた。「養子たちに会わせてくれ。ダンテを紹介してほしい。僕の家族に引き合わせてくれ。僕にとって過去は空白かもしれないけれど……僕たちの未来は今日ここから始まるんだ。二人で」

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