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ざいあくひげき  作者: Balance
天上楽園編
182/216

50話 慰め

今やラッキーが住まう灰色の静まり返った世界は、彼女の悲しみの圧倒的で物理的な重みによって一瞬にして満たされた。


彼は身を引きはしなかった。彼女のむき出しの悲しみに怯むこともなかった。代わりに、彼はついに二人の間の距離を埋めた。彼女を驚かせないよう静かに動き、ラッキーは手を伸ばして彼女の頭頂部に優しく手を置き、指先を彼女の髪にそっと添えた。


「泣きたいだけ、いくらでも泣くといい」批判も期待も一切含まれていない声で、ラッキーは言った。静かな船室に響く、優しく安定した低音だった。「拒絶なんてしないさ。泣けば、きっと心も少しは楽になる」


その言葉――あまりに単純で、あまりにも無条件に優しい言葉が、ジャンヌの中に残っていた微小な自制の欠片すらも粉砕した。


堤防は崩壊したのではない。消滅したのだ。ジャンヌは魂の最底から絞り出すような声を上げた。わが子を奪われた母親の恐怖、世界の終わりを食い止める指揮官の疲弊、自由な自我を奪われ実質的に亡霊となってしまった夫の隣に座る妻の絶対的な絶望を乗せた、打ちのめされるような苦悶の咆哮だった。


彼女は全人生でこれほど大きな声を上げたことがないほど、激しく泣いた。


鉄の鎧を纏った重厚な戦士は、ベッドの脇に完全に崩れ落ち、彼の腰の近くで毛布に顔をうずめた。大きな肩が制御不能な激しい嗚咽で激しく上下し、甲冑の金属が木板を叩く音は、彼女の完全な感情的脆さと鮮烈な対比をなしていた。シーツを幾重にも掴み、混沌とした必死の激しさで泣き叫び、何ヶ月も抑圧してきた恐怖と痛切な悲しみをマットレスの上に吐き出し続けた。


ラッキーは彼女を止める言葉をひとつも口にしなかった。記憶が戻るだろうとか、全てうまくいくといった空疎な約束もしなかった。それが事実かどうか、彼には分からなかったからだ。


代わりに、彼はただ彼女が切望していた『錨』となった。


彼は姿勢を変え、ベッドの縁へと近付いた。静かで優しい動きで彼女の髪を撫で始め、その手はゆっくりと、規則正しく、心をなだめるように動いた。彼女の涙が毛布にしみ込むのにまかせた。彼女の心が砕けるような耳を刺す叫びで部屋が満たされるのにまかせた。一度も身を引くことなく、彼女の悲しみの純粋な衝撃をそのまま受け止めた。


空が裂け、彼らの世界が終わって以来初めて、ジャンヌは導く者ではなかった。戦う者でもなかった。ただ崩れ去ることを完全に許されていた。自分を覚えてはいないが、倒れそうになった時に受け止めてくれるだけの慈愛を持った男の、優しい手によって繋ぎ止められながら。


もはや彼女はベッドに寄りかかるだけではいられなかった。失った夫を求める切実で餓えた欲求に駆られ、ジャンヌは床から這い上がり、甲冑に包まれた逞しい腕をラッキーの腰にしっかりと回した。涙に濡れた顔を彼の胸にうずめ、万力のような決して解けない抱擁で彼を抱きしめた。


ラッキーは肩当ての冷たく硬い鋼にも、彼女の腕力の絶大な圧倒的強さにも怯まなかった。ただ彼女の重みを受け止めるよう姿勢を整え、腕を彼女の背中に回して、同じくらい強く抱きしめ返した。


そして、船長室から時間の存在が消え去った。


丸十二時間の間、二人とも微動だにしなかった。


重厚なオーク材のドアの外では、《安宅船 II》が進み続けていた。乗組員たちは指揮官の部屋の周囲に築かれた神聖で脆い結界を感じ取り、声を潜めて任務をこなした。アーニャとフィンは静かな門番として他の者を近づけず、自分たちの母親がようやく安らかに崩れ落ちることができるように守っていた。


部屋の中では、世界はジャンヌの悲しみの声と、彼女の耳の底で打つラッキーの心臓の規則正しいリズムだけへと収縮していた。


舷窓から漏れ出る午後の光は、ゆっくりと黄昏の深い打撲傷のような紫へと移り変わり、やがて凍てつく北の夜の漆黒の虚無へと消えていった。船室は冷え込み、周囲の影は濃くなったが、ベッドの上の二つの影は悲しみから削り出されたひとつの像のように、固く寄り添い続けた。


時間が過ぎ去るにつれ、ジャンヌの泣き声の性質も変化していった。最初の耳を刺すような絶対的な苦悶の哭き声は徐々に燃え尽き、全身を震わせる激しい喘ぎ声へと変わっていった。喉が潰れて声が出なくなると、彼女は静かに泣いた。熱い涙はラッキーのシャツが完全に濡れ広がるまで浸透し続けた。もう身体から涙が出尽くしたと思われても、再び涙の波が押し寄せ、魂の最底から抑圧された恐怖と疲弊の新たな波を引き揚げてくるのだった。


その間ずっと、ラッキーは揺るぎない『錨』であり続けた。


筋肉は強張り、同じ姿勢を続けたことで背中は痛み、腕は重く麻痺していった。それでも、彼は一度として身を引こうとはしなかった。やめるよう頼むこともなかった。彼女の邪魔になるなら、自分が楽になるために体勢を変えることすらもしなかった。彼はただ彼女の後頭部に手を添え続け、暗闇の中で時折指先で髪を撫でた。二人で育んだ愛の記憶はなかったが、彼の身体は彼女を守らねばならないという本能的で否定しがたい衝動を宿していた。


十二時間が経とうとする頃、外の漆黒の夜は初明けの白く儚い灰色へと譲り渡された。北方大陸の凍てつく風が、船体に叩きつけられて唸りを上げ始めた。


ジャンヌの涙はようやく完全に枯れ果てた。半日の間、荒く途切れ途切れだった彼女の呼吸は、深く疲れ切ったリズムへと落ち着いていった。肉体は衰弱し、Aランクのスタミナは感情の激越な吐出によって完全に空っぽになっていた。それでも疲労とは裏腹に、空が裂けて以来彼女の胸を押し潰し続けていた窒息するような重みは、ほんのわずかだけ軽くなったように感じられた。


彼女は手を放さなかった。まぶたが腫れて閉じ、意識が純粋な疲弊の果てへと薄れ始めても、ジャンヌは彼をきつく抱きしめたまま、この終末の世界に残された唯一の『我が家』を手放すことを拒み続けた。


ジャンヌの悲しみのマラソンの最後の震える息遣いはゆっくりと静まり、完全な疲弊の深い規則的なリズムへと変わっていった。ラッキーの腰を掴んでいた凄まじい力はほんのわずかに緩んだ――彼を放すほどではなく、彼女の意識がついに屈したことを示す程度に。


彼女は完全に尽き果てていた。感情の発散が彼女の圧倒的な運動スタミナを空洞化させ、その身体を重く力なく横たえさせた。


ジャンヌは前にうつ伏せになり、その大柄な身体が完全にラッキーの上に覆いかぶさった。


胸当てや肩当ての重く冷たい鋼が、彼の胸や肋骨に直接押し付けられた。普通の男であれば、甲冑を纏い身重のBランク戦士が完全に押しのしかかってくる自重だけでも窒息しそうなものだった。だが、ラッキーは彼女を押し退けようとしなかった。マットレスの空いている側へと彼女を転がそうとさえしなかった。


代わりに、彼は腹筋に力を入れて彼女の膨大な重みを受け止め、彼女により広いスペースを与えるため、ゆっくりとベッドの中央へと身体を後ろに引いた。


出来うる限り優しく、ラッキーは覆いかぶさる彼女の身体を自分の真上へと導いた。自分の胸を枕にさせ、涙の痕が残る彼女の頬を自分の心臓の真上へと休ませた。乱れた彼女の長い髪が、彼の首や肩へと無造作な後光のように広がった。甲冑に包まれた彼女の腕は、眠りの中でも彼女を繋ぎ止めるように、彼の脇腹に重々しく覆いかぶさったままだった。


船室は凍てつき、北方大陸の氷の隙間風が木製船体を抜け込んできて、ジャンヌの甲冑の金属がラッキーの肌に不快なほど冷たく響いていた。


強張った自らの筋肉の深い痛みを無視し、ラッキーは片手を伸ばして、夜の間に押しやられていた重いウールの毛布を手探りで集めた。注意深く慎重な動きで分厚い布地を引き上げ、ジャンヌの背中全体に覆いかぶせ、二人の体温を閉じ込めるように彼女の広い甲冑の肩へと毛布を巻き付けた。


完全に彼女を覆い終えると、彼は枕へと頭を預けた。船室の凍てつく空気のなかへ、長く静かな息を吐き出した。


彼は両腕を上げ、彼女の背中にしっかりと回して、彼女が自分を抱きしめたのと同じくらい激しく抱擁の中に閉じ込めた。交わした誓いも、共に戦った戦いも、築き上げた愛も覚えてはいなかった。だが、自分の胸に押し当てられた彼女の呼吸の規則正しく穏やかな上下を感じるにつれ、打消しがたい本能が彼の骨の奥深くに定着していった。


自分は今、あるべき場所にいるのだと。


外では、《安宅船 II》が荒れ狂う暗い波をかき分け、ピッチングとローリングを繰り返しながら、戦場へと向かって無慈悲な前進を続けていた。だが、船長室という静かな聖域の内側では、世界は完璧に静まり返っていた。ラッキーは肋骨に押し付けられる冷たい鋼の感触を無視して目を閉じ、凍てつく黎明のなかへと航海を続けながら、眠れる指揮官を抱きしめ続けたのだった。

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