26話 崩壊
安全圏から船が壮絶な援護射撃を行う中、ラッキーは敵の前線を完全に粉砕する好機を見た。念動力の構えを解いて目を閉じ、まったく異なる原始的なエネルギーへアクセスする。
「今度は自分たちが獲物になる気分を味わうといい」ラッキーは低く唸った。
掌を甲板へと叩きつけ、Bランク能力『召喚術』を発動。
太古の野性的なルーン文字が刻まれた巨大で煌めく3つの召喚陣が、敵の群勢の真っ只中、砕けた埠頭のコンクリート上に噴出するように出現した。
第一の陣から、筋肉とマグマで構成された体長15フィートの巨大な『炎熊』が咆哮とともに現れた。無我夢中で猟犬どもへ突進し、巨大な前脚でサイバネティクスの頭蓋骨を押し潰しながら、その体毛から上がる激しい炎で化け物どもを焼き払っていく。
第二の陣からは『疾風狼』が炸裂するように出現。それは銀色の毛並みと局所的な台風の残像に過ぎなかった。超音速で群れの隙間を駆け抜け、疾風の刃を発生させて、猟犬どもが攻撃を感知する間もなく粉々に切り刻んだ。
最後の陣からは『蛇ツタ(サーペント・ヴァイン)』が噴出。鱗に覆われた食肉植物の太い茎がコンクリートを突き破り、空を切って乱舞した。巨大なツタは空躍る猟犬を空中で鷲掴みにし、金属の内部骨格をクズ鉄へと押し潰すと、広がり続ける地震の断層線へと引きずり込んでいった。
《安宅船》の甲板という安全圏から、三人は圧巻の惨劇を見守った。ダンテの消滅せしめる『業火の矢』、ジャンヌの容赦ない艦砲射撃、そしてラッキーが喚び出した召喚獣たちの野性味あふれる猛威により、終わりなき群勢はついに崩壊へと向かっていた。
戦神でさえいずれは血を流す。そして《安宅船》の甲板を守る三人は、所詮ただの人間だった。
数時間とも感じられる惨劇が続いていた。絶え間なく削り削られる消耗戦により、彼らの防御陣形に徐々に亀裂が入り始める。埠頭ではラッキーの召喚獣たちが倒れ始めた。背中に群がり重なる百頭あまりのサイバネティクス猟犬の物理的重量に圧し折られ、炎熊は火花となって消滅した。疾風狼も速度を落とし、超音速の動きが低下したところを変異体の重厚な爪に払われ、霧へと霧散した。
甲板の上で、ダンテは銀の杖に重く体重を預けていた。荒い息で胸を上下させ、肩の周りのベンタブラックの業火は弱々しく明滅している。矢を放ちすぎたため、彼のEランクおよびDランクの魔力残量は危険な域まで枯渇していた。
その隣で、ジャンヌの状態はさらに深刻だった。『乗り物操術』で超級戦艦を直接操縦するなど、正気の沙汰ではなかった。両の鼻孔から血が止めどなく溢れ、蒼白な肌はほとんど透けて見えるほどだった。船の重砲は不規則な音を立ててジャムを起こし、船体への精神的掌握が猛烈に崩れ始めたことで、自動モリ発射機は海へと無意味に乱射された。
「ラッキー……」船体が左舷へ大きく傾く中、膝を折ったジャンヌが掠れた声で漏らした。
ラッキーは自身の精神が崩壊しかけながらも、彼女を受け止めるべく駆け寄った。彼の『千里眼』はチラつき、死と破滅の重なり合う恐ろしい時間軸を見せつけていたが、それを防ぎ止めるだけの念動力を彼にはもう残していなかった。
「耐えろ」彼女の腰に腕をまわし、ラッキーはかすれ声で訴えた。「もう少しだけ耐えてくれ、ジャンヌ。あとほんの少しで――」
だが、世界に残された時間は尽きていた。
最初の地震は単なる警告に過ぎなかった。第二波は『処刑』だった。
惑星の背骨がへし折れたかのような音が大気中に轟き渡った。空が揺れるだけではない。空気そのものが引き裂かれたのだ。『ヘブンリーパラダイス』の残された階層が局所的な大終末となって崩落し、数百万トンの鋼鉄とネオンが荒れ狂う港へと叩きつけられた。
だが、真の脅威は下層からやってきた。
海底のプレートが真っ二つに断ち切られた。港の真下に、幅数マイル、途途方もない深さを持つ巨大で険しい亀裂――地下の巨大な大断層が開口したのだ。数百万ガロンもの海水が地球の大きく開いた大口へと激流となって落ち込み、海は一瞬で沸き立ち、恐ろしい大渦巻きへと変貌した。
「ダンテ! 下へ降りろ!」ラッキーの叫び声は、世界が崩壊する大音響の中に完全に押し潰された。
《安宅船》は大渦の中心に囚われた。
流れ落ちる海水の不可能なほどのトルクを受け、巨大な超級戦艦は呻きを上げ、船体が歪んだ。船の苦悶による精神的反動が彼女のリンクを完全に断ち切り、ジャンヌは悲鳴を上げた。
そして、水そのものが唐突に消失した。
海底が底抜けし、埠頭も、終わりなき猟犬の群勢も、《安宅船》のすべてが大裂溝の破片の彼方へと突き落とされた。
重力がすべてを捕らえた。
無重力感は恐るべきものだった。超級戦艦は真っ直ぐ垂直の急降下へと体勢を崩し、地下大断層の暗黒の闇の中へと真っ逆さまに落ちていった。頭上では、地殻の奥深くへと落ちていくにつれ、雷光の奔る灰色のギザギザとした一筋の帯となった空が、あっという間に縮み消えていった。
ダンテはハルバードを鋼鉄の甲板に叩き込み、果てしない暗闇へと投げ出されるのを防ぐアンカーとした。
ラッキーはジャンヌの上に覆いかぶさり、必死で念動クッションを展開しようとしたが、その精神は完全に焼き切れていた。風が耳元で咆哮し、暗闇がすべてを呑み込んでいく中、彼の頭にはたった一つの恐ろしい思考しか浮かばなかった。――主客室。子供たち。
落下する瓦礫、死にゆく猟犬、そして流れ落ちる海の滝に囲まれながら、船は無の虚空のなすがままに、正真正銘の深淵へと真っ逆さまに落ちていった。
風の咆哮と押し流された海の轟音が耳を聾する中、永遠とも思える時間を三人は落下し続けた。《安宅船》は自由落下し、砕けた地殻の真っ暗な虚空の中をゆっくりと回転していた。
そして、深淵が彼らを迎え打つべく急接近した。
衝撃は一回限りの単純なものではなく、破滅的な連続衝突だった。超級戦艦はまず地下大断層の鋸歯状に傾斜した岩壁に激突し、眩い火花の雨を散らしながら数千トンの装甲板が削り取られ、右舷の船体が悲鳴を上げた。猛烈な減速によりラッキーとジャンヌは甲板を荒々しく投げ出され、その身体は主制御タワーの基部に強く打ちつけられた。
船は洞窟の壁に跳ね返り、底へ激突するまで狂ったように旋回した。
――ズドオオンッ!
最後の激突音は鼓膜を打ち破るほどの物理的な衝撃波となった。《安宅船》が叩きつけられたのは堅固な岩盤ではなく、流れ込んだ海水で激しく溢れかえった巨大な地下水脈だった。超級戦艦は隕石のような威力で荒れ狂う泥水へと激突し、押し出された水と粉砕された岩石の津波を洞窟の空中数百フィート高くまで巻き上げた。
重厚な鋼鉄の甲板が上方へと湾曲した。主マストが乾いた小枝のように折れ、崩落して左舷の手すりを粉砕した。船体の奥深くでは、損傷していた運動エネルギー伝達ベルトが最後の一声となる悲痛な機械音を上げ、完全に沈黙した。
完全なる暗黒が一瞬で船を呑み込んだ。
そして静寂が訪れた。絶叫する猟犬、轟く雷鳴、そして引き裂かれる金属音の数時間の後、その静けさは彼らを落ち延びさせた重力よりも重く感じられた。聞こえるのは、漆黒の闇の中でゆっくりとリズミカルに落ちる水滴の音と、砕けた岩石が不気味に収まる音だけだった。
ラッキーは打撲した胸に死に物狂いで空気を吸い込み、肺を焼かれるような感覚に喘いだ。
視界が揺らぎ、意識の輪郭がほつれ、滲んでいた。口の中に銅の味が広がった。全身が油圧プレス機にかけられたかのように痛み、念動力の蓄えは完全かつ徹底的に底をついていた。
「ジャンヌ……」彼は咳き込んだ。重苦しい闇の中で、その声は痛々しいかすれ声だった。
彼は手探りで隣を探った。指先が冷たく濡れた鋼鉄に触れ、やがて彼女の見覚えのあるコートの生地に触れた。彼は彼女の肩を掴んだ。息はしていたが、浅く不規則だった。墜落による精神的反動が、彼女の意識を完全に奪い去っていたのだ。
彼らの遥か頭上、満身創痍の制御タワーで、一筋の血のように赤い非常灯が明滅して灯り、廃墟と化した甲板の上に長々と不気味な影を落とした。
《安宅船》は完全に壊滅していた。甲板はギザギザとした金属の山と谷に変形していた。共に落下した深淵の猟犬どもの死骸は、原型を留めないクズ鉄へと押し潰されているか、荒れ狂う地下海へと船外へ押し流されていた。
船首から鋭い金属の呻き声が響いた。
「これよりひどい事態も……生き延びてきましたがね」闇の中から喘ぐような声が聞こえた。「もっとも、それがいつだったか、今は思い出せませんが」
赤く明滅する薄暗がりの中、ベンタブラックの炎の局所的な火花が燃え上がった。ダンテ・ホームズが崩落した前部隔壁の下から這い出してきたところだった。あのみすぼらしさとは無縁だったコートはボロボロになり、顔は血と油で汚れていた。彼は銀の杖を武器としてではなく松葉杖代わりに使い、それに深く体重を預けながら、歪んだ甲板を足を引きずってラッキーとジャンヌの方へ歩み寄った。
「船は死にましたよ、ラッキー」ダンテは咳き込み、鋼鉄の上に血の塊を吐き捨てた。「私たちは世界の底に沈んだのです」
ラッキーは船のことなどどうでもよかった。猟犬も、総監も、頭上で崩壊する島のことすらどうでもよかった。打撲した脳が墜落の現実にようやく追いついた時、彼のオッドアイが絶対的な恐怖に見開かれた。
「子供たち……」ラッキーは声を震わせ、息をのんだ。
骨折した肋骨が上げる激痛を無視し、彼は無理やり立ち上がった。よろめきながらも、下層甲板へと続く階段の歪んだ手すりを掴んで体を支えた。
名前:ラッキー
性別:男性
潜在ランク:S+++
現在ランク:B
能力:
初期能力:念動力テレキネシス ― 物理的な接触なしに物体を操作できる精神能力
第二能力:千里眼クレアボヤンス ― 遠方を見通し、未来を予知する精神能力
第三能力:幻影 ― 想像力・意志力・エネルギー源を糧に、現実に存在しない像や風景を具現化する精神能力。




