24話 奇襲
ブーツが雨に濡れた上層甲板の鋼鉄を踏みしめた瞬間、ダンテの銀の杖が悲鳴を上げ始めた。
それは音ではなく、探偵の腕を駆け上がる激しい高周波の振動だった。鋼に宿る局所的な霊的エネルギーが、必死の思いを込めた眩い白光を放つ。ダンテはよろめき、激しい土砂降りを見つめながら、絶対的な恐怖に目を見開いた。
「遅すぎた!」ダンテは鳴り響く雷鳴を突いて叫んだ。「『粛清プロトコル(パージ・プロトコル)』――すでに始まっています!」
凍てつく雨の幕の向こうで、埠頭の影が蠢いていた。腐敗した液状のタールのごとく、それらはコンクリートの埠頭へと溢れ出してきた。総監の『深淵の猟犬』は、腐肉と鋸歯状のサイバネティクスが冒涜的に融合した存在であり、盲目でありながら恐ろしい肉食の飢餓感に突き動かされていた。顎のない口が空を無造作に咀嚼し、酸性の唾液の太い糸が鋼鉄の甲板に触れてシューシューと蒸気を上げた。
奴らはただ追跡しただけではない――先回りしていたのだ。
港中に響き渡る血も凍る奇声の合唱。次の瞬間、歪んだ化け物どもの海が一斉に間隙を跳び越え、錆びついたサイバネティクスの爪を《安宅船》の船体に叩きつけた。
「第二実験室へ行け!」ラッキーは叫んだ。体を包む雨を吹き飛ばす局所的な念動力の衝撃波により、その声が増幅される。「暗号を解け、ダンテ! 甲板は俺たちが食い止める!」
二度言わせるダンテではなかった。輝く杖を握りしめ、きびすを返すと重い鋼鉄の階段へと飛び降り、船の解析端末へと全速力で疾走した。背後で重厚な防爆扉が固く閉ざされ、嵐の中にラッキーとジャンヌだけが取り残された。
猟犬の第一波が手すりを越え、不自然かつ不気味な速度で甲板を這い進んできた。
ジャンヌは瞬きさえしなかった。アーニャとフィンに食事を与えたばかりの優しい母親の顔は影を潜め、Bランクの運動エネルギーの達人が持つ致命的な冷徹さの下へと完全に水没していた。白いうさぎ耳を後ろに伏せ、ピンク色の瞳が恐ろしく不穏な光を放つ。
彼女は一歩踏み出し、ただ両手を打ち合わせた。
――ドカンッ!
両手の掌の間で局所的な運動エネルギーの真空が崩壊し、破壊的な超高圧衝撃波が放たれた。空気そのものが歪み、雨粒を霧状に砕く。運動エネルギーの不可視の壁が先頭の十数頭の猟犬に激突し、腐肉を一瞬で粉砕してサイバネティクスの背骨をへし折った。奴らは甲板から吹き飛ばされ、下で渦巻く暗い海へと叩き落とされた。
だが、その背後にはまだ数百頭が控えていた。
「奴ら、下層の通風口を狙っている!」ラッキーが叫ぶ。オッドアイで船体側面を這い登る群勢の熱源を捕捉したのだ。甲板を迂回し、船体を直接突破しようとしている――子供たちが眠る主客室へと真っ直ぐに。
ラッキーの胸中で、冷たく底なしの怒りが着火した。『二度と届かせはしない』彼の精神が悲鳴を上げる。『絶対に、二度とだ』
ラッキーは両手を掲げ、Bランクの念動力の深層へとアクセスしながら指を爪のように曲げた。《安宅船》の周囲の空気が息苦しいほど重くなる。
腕を振り下ろす荒々しい動作とともに、ラッキーは外側船体に数千ポンド相当の念動重力を印加した。超級戦艦の側面に張り付いていた猟犬どもは、不可視の重量によって金属板へと平らに押し潰されて悲鳴を上げた。圧力に鋼鉄が呻き歪んだが、化け物どもは完全に粉砕され、機械部品が火花を散らしながら船体から削り落とされ、海へと引きずり込まれていった。
「ジャンヌ、シールドだ!」一度に50頭もの猟犬を押し潰した凄まじい精神的負荷により、鼻からかすかに血を流しながらラッキーが怒鳴った。
ジャンヌは甲板の中央へと全速力で向かい、片膝をついて両掌を鋼鉄の装甲板に叩きつけた。目を閉じ、自らの鼓動を下層にある船の損傷した運動エネルギー伝達ベルトのリズミカルな重低音と同調させる。
彼女はBランクのオーラを船体へと直接送り込んだ。超級戦艦は巨大な導体として機能し、彼女の運動振動を受け止めて外部へと増幅させた。歪んだ空気が作り出す揺らめく半透明のドームが船から発生し、《安宅船》全体を覆うまで広がりを見せた。
埠頭から飛び立った深淵の猟犬の第二波は、運動エネルギーの結界へ激しく激突した。シールドはまるで挽き肉機のように機能した。化け物どもが振動するドームに触れた瞬間、その肉体は極限の致命的な周波数に晒され、肉と金属が分子レベルで粉々に分離した。
ドームの外側に血と油の雨が降り注がれたが、シールドは揺るぎなかった。
ラッキーはジャンヌへと歩み寄り、結界を維持するために全身全霊を傾けて甲板にひざまずく彼女の護衛に就いた。大口径の副兵装を抜き、血に染まったシールド越しに埠頭を監視する。
防衛線は維持されていた。あとは時間との戦いだった。船の技師たちがドライブベルトを修理して港から離脱するか、ジャンヌのBランクのオーラが尽きる前にダンテが暗号を解読するか。
ラッキーが一発も引き金を引かないうちに、雷鳴や猟犬の悲鳴よりも深い音が港中に響き渡った。
それは単なる音ではなく、物理的な『力』だった。海底の岩盤深くで低い呻くような振動として始まり、揉みくしゃになる海水を伝って《安宅船》の鋼鉄の船体を激しく揺さぶった。
そして、犯罪都市島『ヘブンリーパラダイス』全体が崩壊を始めた。
破滅的な大地震が終末的な唐突さで襲いかかった。組織の島がなす巨大な階層環が、死にゆく巨人のように呻き声を上げる。頭上では、コンクリートの巨大な破片、ネオンの足場、鋼鉄の配管が上層部から削り取られ、黒く渦巻く海へと数百フィート下まで落解していった。
埠頭では、コンクリートの桟橋が耳を聾する亀裂音とともに大きく裂けた。殺戮のために完璧に作られながらも、足場が消えるなどと想定していなかった深淵の猟犬の群れは、完全な大混乱へと陥った。叫びを上げる数百頭の化け物がコンクリートの鋸歯状の亀裂へと呑み込まれ、あるいは上層都市から落下する瓦礫の下敷きとなって一瞬で押し潰された。
だが、《安宅船》も無傷では済まなかった。
港の海底プレートの変動によって生じた巨大な高波が舷側に激突し、巨大な超級戦艦が激しく傾いた。船体は取り返しのつかない角度で左舷へとローリングする。船体の奥深くで、損傷した運動エネルギー伝達ベルトが悲痛な金属音を響かせた。
「ジャンヌ!」濡れた甲板が傾く中、片膝をつきながらラッキーが叫んだ。
甲板の中央で、ジャンヌは無防備な状態に晒されていた。Bランクの運動ドームを維持するには船の振動との完璧な同調が必要だったが、地震がもたらす無秩序な地殻振動の周波数が、彼女の神経系へとダイレクトに逆流してきたのだ。
巨大なフィードバックループが彼女のオーラを切り裂き、ピンク色の瞳が見開かれ、左の鼻孔から血が伝い落ちた。彼女は雨に濡れた甲板の上を滑り、両手が鋼鉄の床から離れてしまった。
頭上の運動ドームが明滅し、その揺らめく表面が危険なほど脆くなった。埠頭の崩落を生き延びた猟犬どもはその隙を見逃さず、薄れゆく結界へと襲いかかり、弱まったシールドをサイバネティクスの爪で引き裂いた。
「耐えろ!」ラッキーは喉を削り取るような声で叫んだ。
銃には手を伸ばさなかった。代わりに両手を甲板に向けて叩きつけ、自身のBランク念動力を安全限界を超えて限界突破させた。彼が干渉したのは猟犬ではなく、船そのものの物理現象だった。
ラッキーはジャンヌの真下に局所的で極めて高密度な重力井戸を形成し、滑り落ちる彼女の身体をあたかも体重3トンであるかのように鋼鉄の床板へとガッチリと固定した。さらに船の巨大な係留ロープへ念動網を張り巡らせ、荒れ狂う海と崩壊する埠頭に対して超級戦艦を力任せに固定した。
ラッキーの重力井戸によって体勢を立て直したジャンヌは、野生的な叫びとともに両掌を甲板へと叩き戻した。
――ズドオオンッ!
運動ドームが眩い衝撃波の閃光とともに再展開された。圧倒的な運動エネルギーの奔流が迫りくる猟犬どもを弾き返し、結界に触れた瞬間に細かな赤霧へと打ち砕いた。
島は激しく揺れ続け、大地震が港全体を数百万トンのコンクリートの下へと埋め尽くそうとしていた。念動力で自然の地震と抗いながらラッキーの視界が霞み、恐ろしい偏頭痛が脳頭を割らんばかりに襲う。その傍らでジャンヌは化け物どもを食い止めるため、生命力を燃やし尽くしていた。
下層の鍵のかかった主客室では子供たちが安全に守られており、実験室ではダンテが刻一刻と迫るタイムリミットと必死に戦っていた。あと数分以内に暗号を解読しドライブベルトを修理できなければ、二人を殺すのは総監の猟犬ではなく、崩壊するこの島そのものとなるだろう。




