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魔天道  作者: 外野透哉
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第六十話 蒸発

ー前回のあらすじ

 永瀬 脩は、弐ノ楽・禍輪に敗北してしまった。

 そして、犬飼 魔虎の目から……光が消えた。

 翌朝。


 聖与の寮は、いつもと同じ朝を迎える"はずだった"。


 窓の外には薄い朝日。

 キッチンからはコーヒーの香りが漂い、まだ眠気の残る生徒たちがリビングへと集まり始めている。


 だが――


 バンッ!!


 突然、扉が勢いよく開いた。


 息を切らしながら飛び込んできたのは迅だった。


 髪は乱れ、額には汗が滲んでいる。


「魔虎たちがいねぇ……!」


 リビングの空気が、一瞬で凍りついた。


 全員の視線が迅へと向く。


 雫の手からマグカップがわずかに揺れる。


「え……?」


 小さく声が漏れた。


 摩稀が椅子から立ち上がる。


「いないって……どういうこと……?」


 才牙が眉をひそめる。


「朝練じゃねぇのか?」


「違う」


 迅が首を振る。


「部屋見てきた。荷物も一部ねぇ」


 その言葉に、場の空気がさらに重く沈んだ。


 千智の姿もない。


 雫の瞳が揺れる。


――嘘……


 唇が震える。


「こないだまで……普通だったのに……」


 摩稀は拳を握る。


――やっぱり……


 昨日の戦い。


 あの光景。


 脩が倒れ、血に濡れた地面。


 そして――


 魔虎の目から消えた光。


 才牙が低く呟く。


「……あのバカ」


 迅が歯を食いしばる。


――一人で背負う気かよ……


 重たい沈黙がリビングを覆った。


 外では、空が暗く曇り始めていた。


 まるで、この出来事を予兆していたかのように。


 


 視界いっぱいに灰色の空。


 冷たい雨が降り続いている。


 街外れの荒れた道路を、二つの影が歩いていた。


 魔虎と千智だ。


 魔虎は立ち止まる。


 ゆっくりと自分の手を見つめた。


 雨粒が指先を伝い、地面へ落ちていく。


――最近……


 炎の感覚が違う。


 以前のように、思い通りに動かない。


 まるで暴れたがっているかのように。


 掌を握る。


 わずかに、青い火花が散った。


 その時。


「東六百メートルに、魔戒の生体反応発見」


 後ろから冷静な声が届く。


 千智だ。


 視線を上げる。


 魔虎は振り返らない。


「分かった」


 短く言う。


「行く」


 二人は雨の中を走り出した。


 


 時刻は、昨夜――

 二十三時。


 聖与の寮は静まり返っていた。


 ほとんどの生徒が眠りにつき、廊下には足音一つ響かない。


 その中で、魔虎の部屋だけが明かりを灯していた。


 荷物はほとんどない。


 必要最低限のものだけを鞄に詰める。


 魔虎は一度だけ、部屋を見渡した。


 ここで過ごした日々。


 仲間たちの声。


 笑い声。


 そのすべてを振り払うように、ドアへ手をかける。


 コンコン。


 ノックの音がした。


 魔虎の手が止まる。


 扉を開けると、そこに立っていたのは千智だった。


 眼鏡の奥の瞳が静かにこちらを見ている。


「やっぱり、出るんですか?」


 魔虎は一瞬だけ驚いた顔をした。


 だが、すぐに苦笑する。


「よくわかったな」


 千智は小さく肩をすくめた。


「まぁ……」


 一歩踏み出す。


「僕も両親を魔戒によって失った身ですし」


 視線がわずかに下がる。


「父親と担任、同時に失った辛さは……少しわかります」


 魔虎は何も言わない。


 ただ黙って聞いている。


 千智が顔を上げた。


「なので……」


 一呼吸置く。


「僕もご一緒していいですか?」


 魔虎の目がわずかに見開かれる。


「え……?」


 思わず聞き返す。


「いいのか?巻き込んで」


 千智は即答した。


「はい」


 真っ直ぐな声だった。


「むしろ、ご一緒させてください」


 短い沈黙。


 やがて魔虎が小さく笑う。


「……変なやつだな、お前」


 千智も少しだけ笑った。


 その夜。


 二人は静かに聖与を後にした。


 


 現在。


 雨はさらに強くなっていた。


 森の奥。


 黒い影がうごめく。


 魔戒だ。


 咆哮を上げながら、魔虎へ襲いかかる。


 爪が振り下ろされる。


 だが――


 魔虎の体はすでにそこにいなかった。


 横へ一歩。


 それだけで攻撃をかわす。


「この程度なら上戒か……」


 魔虎が冷めた声で言う。


「話になんねぇな……」


 腕が青く変色する。


 炎でもプラズマでもない、ただの拳。


 指を揃える。


 そして――


 突いた。


 ズンッ。


 一突き。


 核を破壊された魔戒は、何が起こったのかわからないまま塵になる。


 たった一撃。


 完全な瞬殺だった。


 黒い灰となって消えていく。


「魔虎……」


 低い声が頭の中に響く。


 鬼灯だ。


 だが魔虎は舌打ちする。


「うるせぇ」


 目つきが鋭くなる。


「お前はもう出てくるな」


 次の瞬間――


 精神の奥へ押し込める。


 鬼灯の気配が沈んでいった。


 千智がその様子を見ていた。


――犬飼さん……


 何かが変わっている。


 明らかに。


 だが魔虎は振り返らない。


「行くぞ」


「……はい」


 二人は再び歩き出す。



 次の魔戒。


 その次。


 さらに次。


 魔虎は迷いなくねじ伏せていった。


 圧倒的な速度。


 圧倒的な力。


 雨の中、魔戒の粒子が霧のように消えていく。


 やがて魔虎が足を止める。


 空を見上げた。


 冷たい雨が顔を濡らす。


「最近」


 ぽつりと言う。


「魔戒増えてきたな」


 灰色の空の下。


 二人の影だけが、静かに歩き続けていた。

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