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魔天道  作者: 外野透哉
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第五十八話 その先へ

ー前回のあらすじ

 永瀬 脩は、アナザーと一つになった。

 ここから逆転することはできるのか


 脩は一歩引き、指を鳴らす。


「輪廻解錠《りんねかいじょう》――クロノスタシス」


 だが――世界は止まらない。


「それも、もう効かないよ」


 禍輪は何事もなかったかのように歩みを進める。


――……時間系すらも適応するのか

  攻撃だけじゃない、概念系すら対象になる……


――でもクロノスタシスは、あくまでも速度。厳密には概念ではない……一体どこまで適応できる……


 理解した瞬間、拳が迫る。


 脩は咄嗟に身を捻り、拳を紙一重でかわす。

 だが直後、逆の腕が迫って来る。


 受ける――否、受けきれない。


 衝撃が走り、甲板に亀裂が入る。

 脩は反動で跳ね上がり、空中で体勢を立て直す。


 着地と同時に踏み込み、肘、拳、蹴りを連続で叩き込んで相殺する。

 だが禍輪は、まるで動きを読んでいるかのように全てを受け流す。


「技をくらうほど強くなる。一度技を出せば、もうその技は俺には通用しなくなる」


 禍輪は楽しそうに言う。


「出すだけ不利になっていくんだよ」


 脩は口角をわずかに上げる。


「ゲームだとさ」


 一瞬の隙を突き、拳を振るいながら言う。


「攻略困難な敵って……燃えるでしょ?」


 禍輪は、目を細めた。


「確かに」


 微笑みながら、拳を打ち返す。


「絶望してくれた方が楽なんだけどね」


 二人は同時に踏み込む。


 衝突。

 衝撃波が爆ぜ、火花が夜空を裂く。


 船が大きく揺れ、波が荒れ狂う。

 甲板が傾き、脩の足がブルワークを踏み外した。


 視界に、暗い海が迫る。


 その瞬間――


 手首を掴まれた。


「危なかったねぇ」


 禍輪は、笑顔だった。


――……くそ……


 脩が歯を食いしばった、その刹那。


 腹部に、膝が叩き込まれる。


「うぐっ……!」


 息が詰まり、視界が揺れる。

 だが脩は倒れない。

 そのまま肘を振り抜き、禍輪の顔を狙う。


 禍輪は後退し、距離を取る。


 次の瞬間、再び激突。


 拳と拳がぶつかり、蹴りと蹴りが交錯する。

 速度はもはや視認不能。

 残像だけが、甲板に幾重にも刻まれていく。


 船は激しく軋み、波はさらに高くなる。


 魔虎、迅、才牙は――

 ただ、その戦いを見つめることしかできなかった。


――あの中に入ったら……死ぬ……


 理解してしまうほどの、次元の違い。


 火花が散る。

 衝撃が轟く。

 夜空に、二人の影が交錯し続けていた。


 金属同士が噛み合うような音が屋上に響き、衝撃が船体を揺らした。

 脩と禍輪は、もはや一瞬たりとも止まらない。


 殴り、蹴り、かわし、踏み込み、打ち返す。

 人の目では追えない速度で位置が入れ替わり、残像だけが空間に残る。


 その中で、脩の感覚だけが、異常なほど研ぎ澄まされていった。


 時間が、遅い。


 いや――違う。


――僕が、速くなっている……?


 クロノスタシスによる加速。

 だが、それはこれまでの比ではなかった。

 脩の身体は限界を越え、時間そのものを引き剥がすように前へ前へと踏み込んでいく。


 禍輪の拳が迫る。

 本来なら避けきれない距離。


 だが、その瞬間。


 視界に、亀裂が走った。


 まるでガラスにヒビが入るように、世界そのものが歪み、割れていく。


――なんだ……この感覚……


 次の瞬間、脩の視界は完全に砕け散った。


 足元の感覚が消え、重力が失われる。

 身体の輪郭が曖昧になり、自分の体から押し出されるように、ふっと力が抜けた。


――……幽体離脱?


 否。


 それよりも、はるかに異質だ。


 禍輪の動きが、異常なほど遅い。

 拳の軌道、筋肉の収縮、視線の揺れ。

 すべてが、止まりかけた映像のように見える。


――違う……これは……


 脩は気づく。


――未来だ……


 自分は今、加速しすぎた結果、

 「起こるはずだった一瞬先」に立っている。


 攻撃が当たる未来。

 致命打を受ける直前の世界。


 その理解と同時に、脩の中で何かが噛み合った。


――まさか……これが……輪廻施錠(りんねせじょう)……!


 力の正体が、輪郭を持つ。

 時間を止めるのではない。

 加速するのでもない。


 「結果に至る前」へ干渉する力。


 次の瞬間、世界が引き戻される。


 時間が、元に戻った。


 禍輪の拳は、確かに脩へ振るわれていた。

 だが――


 脩は、その拳を受け止めていた。


 掌に伝わる衝撃。

 確かな重さ。


 禍輪の目が、初めてわずかに見開かれる。


――今のを……受け止めた……?


 その直後、二人は再び激突する。


 衝撃が連続し、火花が嵐のように散る。

 屋上の床が抉れ、手すりが歪み、海風が唸りを上げる。


 脩は、もう一度踏み込んだ。


「輪廻施錠《りんねせじょう》――クロノスタシス・オーバードライブ!」


 世界が、再び砕ける。


 未来へ跳ぶ感覚。

 同じ地点、同じ一瞬。


 だが――


 腕を、掴まれた。


――……!?


 次の瞬間、時間が戻る。


 現実に引き戻された脩の胸を、禍輪の腕が貫いていた。


挿絵(By みてみん)


 肉を裂く感触。

 内側から突き破られる衝撃。


「がっ……!」


 血が口から溢れ、膝が落ちる。


「先生ー!!」


 魔虎の叫びが響く。


――未来にまで……干渉できるのかよ……


 禍輪は、脩の耳元へ顔を近づける。


「一つ教えてといてやるよ」


 低く、囁くような声。


「未来を変えるってことは……」


 さらに距離を詰め、囁く。


 「"史実ではあり得たかもしれない未来さえも変える"ってことだ」


 そのまま、耳元で薄く笑って続けた。


「勉強になったな……先生」


 脩の視界が、赤く染まっていった。


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