第五十四話 病罹の中身
ー前回のあらすじ
一気に戦況が逆転したかと思われた犬飼 魔虎たち。
しかし……最後に犬飼 魔虎は、目を疑うような光景を目にする。
病罹の顔の奥に父親・犬飼 誠司の顔が靄に包まれたように映っていた。
「なんで……親父が……」
犬飼 魔虎の声は、震えていた。
その視線の先――病罹の顔の奥、靄の向こうに見えているものは、ちょうど死角になって迅にも才牙にも見えていない。
――何言ってんだ……?こいつ
才牙は一瞬だけ困惑する。
――あり得ない!もうコイツの意思は介入しようがないはず……!なのになんで……動かないんだ……!
病罹自身も、理解できずにいた。
その一瞬の停滞を逃さず、才牙が赫翼で一気に踏み込む。
空を裂くように突進し、渾身の蹴りを病罹の胴へ叩き込んだ。
重い衝撃音と共に、病罹の身体が後方へ弾かれる。
「何ぼーっとしてんだ!」
才牙は着地と同時に叫ぶ。
「あいつの奥に……親父が見えた……」
魔虎の言葉に、迅と才牙は一瞬理解できず、しかし――すぐに理解した。病罹が荒れていたからだ。
「抗うな……!お前はもう取り込んだ!死人が邪魔をするな!!」
病罹が荒れ狂うように叫び、己の頭を押さえる。
「なるほど、そういうことか」
才牙が低く呟く。
「そんなことって……」
迅の声が、わずかに揺れる。
つまり――犬飼 誠司は、病罹に身体を乗っ取られている状態。
それは死を意味する。
にもかかわらず、その自我が、今になって表へ出始めている。
「……やれ……」
病罹……いや、誠司の喉から、かすれた声が漏れる。
「そんな……」
魔虎の呼吸が、一気に乱れた。
喉が詰まり、空気がうまく肺に入らない。
視界が歪み、心臓の鼓動だけがやけに大きく耳に響く。
吸おうとしても吸えない。
吐こうとしても吐けない。
胸を押さえ、膝が崩れそうになる。
――やれって……何を……?殺せと……?
親父……なんで……なんで今なんだよ……
指先が震え、喉から掠れた息が漏れる。
なぜ誠司が取り込まれてしまったのか、時間は――
――一ヶ月前へと遡る。
魔虎が新居へ遊びに来て、帰った直後。
誠司が一人になった部屋の空気が、歪んだ。
「なんだお前ら……!」
誠司は咳き込みながら身構える。
そこに立っていたのは、禍輪と病罹だった。
「あんま無理しなくていいよ。君、癌でしょ」
禍輪は軽い口調で言う。
「どうせこのままなら死ぬんでしょ? 父親だねぇ……自分がこの先短いことを子に告げず、墓場まで持っていくつもりだった?」
「なんでそれを……!」
誠司の声が強張る。
「治す方法が一つだけある」
「……どういうことだ」
警戒を隠さず、誠司は問う。
「こいつと契約すれば……ね?」
禍輪は親指で病罹を指した。
「こいつの能力を使えば、君の癌は治せるかも……?」
甘い希望を、わざとらしく差し出す。
「まあ物は試しだ。やっちゃって」
その言葉と同時だった。
誠司が答えるより早く、病罹が誠司の身体へと入り込む。
「ぐっ……!!」
誠司の喉から、押し殺した悲鳴が漏れた。
内側から、何かが這い回る感覚。
臓器を掴まれ、引き裂かれるような激痛。
呼吸が乱れ、視界が暗転する。
身体が自分のものではなくなっていく恐怖。
意識が押し潰され、奥へ奥へと沈められていく。
――ダメだ……魔虎……!ごめん……
その心の叫びは、誰にも届かない。
誠司は力に耐えきれず――身体を病罹に奪われた。
その様子を見て、禍輪はニヤリと笑う。
「まあ、そんなわけないんだけど。病罹はあくまで病気にするだけ。治す力は無いんだけどね」
愉快そうに、笑いながら言う。
「さあ……君の身体も手に入れたことだし、行こうか病罹。聖与を誘き寄せるための餌を撒きに」
「いやぁ、面白くなってきた」
禍輪は、不敵に笑った。




