第五十三話 考えろ
ー前回のあらすじ
辛島 迅の口から、乗客及び乗組員の死亡が告げられる。
それを聞いた犬飼 魔虎が怒りの烈掌を放つが、防がれてしまう。
しかし、才牙と迅の連携により、病罹をついに追い詰めることができた。
病罹は、ゆっくりと視線を迅へ向けた。
「……お前から殺しておくべきだった」
その一言に、空気が張り詰める。
病罹は拳を握りしめる。
渦を巻くような黒い気配を、右拳に纏う。
「輪廻解錠……」
司令室の真也が叫ぶ。
「避けて!くらっちゃだめだ!」
病罹は、前に踏み込んだ。
「忌触・空」
右拳を突き出した瞬間、拳に纏っていた黒い渦が塊となって放たれる。
それは、空を裂くように一直線に飛来した。
――あれ飛ばせんのかよ……!
才牙は息を呑む。
迅は、反射的に足を床に叩きつけた。
鉄の床が、盾のように隆起する。
黒い渦が激突し、鉄が大きく凹む。
だが、貫通はしない。
迅は歯を食いしばり、踏みとどまった。
「……っ!」
病罹は、即座に両拳を構える。
連続して放たれる忌触・空。
迅は床を隆起させる。
砕かれ、隆起し、また形を変える。
砕けた瞬間から隆起させる。
防げてはいる。
だが、余裕はない。
完全に、防戦一方だった。
その隙を突くように、魔虎と才牙が動く。
二人同時に叫ぶ。
「輪廻解錠!」
魔虎が踏み込む。
「烈掌!」
才牙が腕を振る。
「紅血刃!」
烈掌は、病罹の片腕で受け止められる。
床が軋み、足元が沈む。
紅血刃は、回し蹴りで弾き飛ばされた。
火花のように、血の刃が散る。
その一瞬。
迅が前へ出た。
――ここだ……考えるな、感じろ……
「輪廻解錠……」
だが、病罹の視線が一瞬で迅を捉える。
拳が、再び握られる。
黒い渦が、濃く渦巻く。
司令室で千洋が息を詰める。
――まずい……!
「待て!無闇に突っ込むな!!」
才牙の叫びが響く。
病罹は、低く呟いた。
「忌触……」
拳が、迅へ届こうとした、その瞬間――
病気の影響で重い体を無理やり動かし、才牙が赫翼で迅に突進した。
迅を抱え込むようにして、強引に後方へ引き下がる。
病罹の拳は、空振り。
二人は勢いそのまま、床を転がる。
ドンッ、と鈍い音。
「……っ!」
才牙は迅を放り投げるように壁に叩きつけ、怒鳴った。
「バカか!」
「悪い……」
迅が息を整えながら答える。
才牙は歯を食いしばる。
「"感じるな考えろ"……!!死にてぇのか!」
血を吐きながらも、言葉を続ける。
「戦場じゃ、思考を止めることは命取りになる!脳筋自体が悪いとは言わねぇ。俺もそれで切り抜けたことあるしな。けど……今はちげぇだろ!」
短く、ため息をついたのちに言う。
「話は後だ。やるぞ」
そう言って、病罹を睨み据える。
辛島 迅は、壁に手をつきながら立ち上がる。
「……おう」
魔虎と病罹は、真正面から激突していた。
拳と拳がぶつかり合い、衝撃が船内に響く。
床が軋み、壁が震える。
魔虎は踏み込み、体重を乗せた拳を叩き込む。
「輪廻解錠――烈掌!!」
病罹は腕を交差させて受け止める。
衝撃で床が陥没し、二人の足元が沈む。
だが病罹は引かない。
むしろ、口角を吊り上げる。
「いい拳だ」
次の瞬間、病罹の拳が振り抜かれる。
魔虎は咄嗟に身を捻り、肩で受け流す。
それでも衝撃は重く、体が軋む。
互いに距離を詰め、殴り、受け、踏み込み、押し返す。
技ではない、純粋な近接戦。
力と力のぶつかり合い。
――間に合わなかった……助けられなかった……だから……ここで止める!
魔虎は歯を食いしばり、さらに踏み込む。
その背後。
才牙が船内を切り裂くように赫翼で飛んできた。
病罹の死角から一気に距離を詰める。
「輪廻解錠――断罪ノ剣」
刃が閃き、病罹の首元を斬り裂く。
赤い線が走る。
直後――
「磁鋼発散!」
辛島 迅の右手に、才牙の血液が収束していた。
そして鋭利な形へと変わっていた。
それが、解き放たれた。
血の弾丸が雨のように飛び、病罹の体を切り裂く。
肩、脇腹、脚。
浅く、だが確実に。
――甘く見てた……だが……
病罹は、魔虎へ向けて腕を上げようとする。
だが――
止まった。
腕が、微動だにしない。
――なぜだ……
病罹自身にも、理由がわからない。
力は残っている。
再生も追いついている。
それでも、腕が上がらない。
魔虎も違和感を覚える。
――なんだ……?こいつ、なんで動きが……
その瞬間――
病罹の顔の奥。
その奥深くに、靄に包まれた"何か"が見えた。
人の顔。
見覚えのある顔。
――ッ……!親父……!?
魔虎の視界に映ったのは、父親――犬飼 誠司の顔だった。




