第五十話 間一髪
ー前回のあらすじ
永瀬 脩と病罹が対峙するが、梶 才牙が参戦する。
そして永瀬 脩は二重人格だと判明した。
永瀬 脩はもう一つの人格であるアナザーと入れ替わった。
夜中の海を進む大型フェリー・ノア。
操舵室の照明が揺れ、窓の外では真っ黒な波が月光をわずかに反射している。
その様子を、援護部隊の司令室では複数のモニター越しに見つめていた。
真也が画面に顔を寄せる。
「……久しぶりだ。アナザーが表に出るのは」
声は低いが、場の空気は張りつめたまま。
背後では千洋が腕を組み、無言で状況を追っている。
モニターに映る操舵室には、永瀬 脩――人格が切り替わった"アナザー"が病罹と対峙していた。
脩のもう一つの人格、アナザーが契約した魔戒は、最上戒のアギト。
簡単に言ってしまえば、なんでも噛み砕く。
病罹の間合いがじりじり詰まる。
脩の体は病に侵されていたはずなのに、アナザーが前に出た瞬間、雰囲気ががらりと変わった。
病気が治ったわけじゃない。弱り切ったはずの身体に、研ぎ澄まされた刃のような気配がまとわりつく。
アナザーが静かに息を吸う。
「輪廻解錠」
夜の操舵室に、乾いた音だけ響く。
「竜の顎」
その瞬間、病罹の足元の床が震え、裂けた。
暗闇の底から、骨だけで形作られた竜が、口を開けて突き上がる。
病罹が身をひねり、後退しようとした――が、間に合わない。
白い顎がその脚を飲み込まんと迫る。
そして、ついに病罹は飲み込まれてしまう。
次の刹那。
ドン、と内側から破裂するような衝撃が走り、骨の竜が内側から砕け散った。
破片の中から現れた病罹は、表情こそ崩れていないが、瞳の奥がわずかに揺れていた。
「……面倒な技だ。予想より厄介だな」
本気で警戒しているのが、その一言で十分に伝わる。
その隣をすり抜けるように、梶 才牙が前へ踏み込んだ。
自身の血を宙へ散らし、それが形を変える。
「輪廻解錠――断罪ノ剣」
赤い刃が形を成し、そのまま赫翼で疾風の勢いで病罹へ斬りかかる。
夜の操舵室に金属が擦れるような火花が走り、病罹は軽やかな身のこなしで受け流しながら空中で避ける。
壁を蹴り、空中で体勢を整え、次の能力を放つ構えを取る。
病罹の拳に黒い気配がまとわりつく。
「輪廻解錠……」
「忌触」
触れられればマズイ。
才牙はわずかに息を呑み、回避の体勢に入ったが――間に合わない。
「危ない!」
アナザーの叫びが夜を裂いた。
病罹はニヤリと笑い、病罹の拳が才牙へ届くと思ったその瞬間。
操舵室の窓が――
パリンッッ!
外側から割れた。
夜風と海水の飛沫が一気に吹き込み、割れたガラスの中を一つの影が通過する。
その"青い脚"は、病罹の腕へ一直線に打ち込まれた。
鈍い衝撃とともに病罹の拳が逸れ、才牙から外れる。
割れた窓から月光を背負って着地したその影は――
犬飼 魔虎だった。
無言で構えを取る魔虎を見ながら、司令室の千洋が画面越しに小さく息を吐く。
「……間に合った」
割れた窓から着地した魔虎を見て、アナザーが小さく息を吐いた。
「来たか……」
その声には、わずかな安堵が混じる。
魔虎は病罹から目をそらさず、低く言った。
「永瀬先生、なんか雰囲気変わってんだけど……ま、あとで聞くわ。今はコイツらに集中する」
才牙がそっぽを向いたまま、不機嫌そうに言った。
「……礼はしねぇからな」
「助けてもらっといてなんだよそれ!」
魔虎がすかさず突っ込むが、才牙は一切表情を変えない。
そんな三人を見て、禍輪がゆったりと指を鳴らした。
「いやぁ、賑やかだなぁ。……で、永瀬 脩。いや、今は"そっち"か」
禍輪の視線はアナザーに釘付けになる。
その目は完全に"戦う相手だけ"を楽しんでいるものだった。
「その顎の能力さ、ここみたいな狭い操舵室じゃ全然暴れられないよな?やりずらいだろ。だからさ――場所、変えようぜ」
禍輪は軽く膝を曲げ、天井へ向けて片足を跳ね上げた。
ドカァン!
なんと風圧だけで天井に、夜気が吹き込む風穴が開いた。
「屋上で、俺とやろうよ」
そう言い残し、禍輪は開いた穴へ跳び、そのまま屋上へ消えた。
アナザーは二人へ向き直り、淡々と言った。
「犬飼、梶。病罹はお前らに任せる」
才牙は言った。
「……任されなくてもやってやる」
魔虎は驚き半分、覚悟半分の声を返す。
「了解だ、先生。コイツは俺らで落とす」
アナザーはわずかに頷き、跳躍。天井の穴へ飛び込み、屋上へと消えた。
フェリーの屋上。
夜の風が強く吹き抜け、波音が金属甲板に反射して響く。
アナザーが着地した瞬間、待ち構えていた禍輪が微笑む。
そしてアナザーが禍輪に言う。
「ようやくやる気になったか」
そう言った矢先、アナザーは喉の奥がひくつき、抑えきれずに咳が漏れた。
「……っ、ゴホ……」
体は確かにきつい。それでも、目の鋭さは一切揺らがない。
禍輪が舌で歯を軽く鳴らし、楽しげに言う。
「さあ――遊ぼうぜ」
夜の海風が、二人の間を切り裂くように吹き抜けた。
ついに、永瀬 脩と禍輪がぶつかる……!
そして、ついに五十話!ありがとうございます!




