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魔天道  作者: 外野透哉
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第四十九話 アナザー

ー前回のあらすじ

 みんなより一足先に永瀬 脩が敵の場所へと辿り着く。

しかし……病罹《わくり》によって"狂犬病"に感染させられてしまう。

――狂犬病ねぇ……これは、少しだけマズイかもね


 狂犬病の熱で体力は削られているはずなのに、

脩の動きはまだ正確だった。

 病罹の高速の連撃を、肩や腕の最小限の動きでいなし、踏み込みを許さない。


 病罹は淡々と脩の状態を見極めるように言う。


「病に侵されてなお、その反応か。やっぱ驚異的だな」


 脩は浅く息を吐きつつ、しかし苦悶を見せることはない。


「……でも、確かに少し熱っぽいかな」


 それでも態勢は崩れない。

 ただ、わずかに体温の高さが呼吸に影響しているだけだ。


 病罹が一段階速度を上げて踏み込む。

 脩も同じタイミングで応じ、互いの拳と足がぶつかり、乾いた衝撃音が何度も交錯した。


 だが病罹は脩の体力の減りを確実に見ていた。


「そろそろしんどいだろう、永瀬 脩」


 一瞬のタメのあと、病罹の跳び蹴りが鋭く脩の頭部へ迫る。


 その瞬間――


「……見つけた」


 脩の背後から赫(・)い(・)影(・)が疾風のように飛び込んでくる。

 次の瞬間、病罹の蹴りを正面から翼で弾き飛ばしたのは梶 才牙だった。


 着地した才牙は脩より半歩前に立ち、病罹に視線を向ける。


「生徒ほったらかしでなに勝手に始めてんだよ。俺も混ぜろ」


 クールで無駄がない声。

 脩に守られるのではなく、脩を守るのでもなく、

"自分が敵を見据えて当然"という自然な構えだった。


 脩は小さく笑う。


「梶くん、来てくれたんだね」


「その様子じゃ感染したんだろ。あんたでも病気ならハンデだろ。フォローくらいはしてやる」


 そう言いながらも、才牙の視線は病罹から一度も外れていない。


 病罹は二人の間合いを冷静に測り、口を開く。


「増援か。だが永瀬、君の身体が万全でない以上、有利とは言えない」


 脩は静かに首を横に振る。


「そうかな?そうとも限らないんじゃない?」


 才牙が横目で脩を見る。


「……何考えてる」


 病罹は脩まっすぐ見つめて言う。


「今の君の体じゃ、君の能力は実質使えない。もう詰みだろう」


「君さ、僕の能力がこれだけだと思ってない?」


 病罹の目にわずかな変化が走る。


「どういう意味だ。契約は一人一体なはず」


 脩は息を整え、静かに告げた。


「少し違う。契約は――一(・)人(・)格(・)一(・)体(・)だよ」


 才牙が振り返る。


「人格……? まさか、お前……」


 脩は才牙の言葉を遮るように、優しく笑った。


「梶くん。ここから先は……僕じゃなくてもいい?」


 そう言うと、脩は目を瞑った。


――……頼んだよ、アナザー


 その瞬間、脩の身体からふっと力が抜けたように見えたが、倒れることはなかった。

 背筋が自然に伸び、呼吸が静まり、表情が変わる。

見た目は脩だが脩ではない、誰かの気配。

 ガラッと雰囲気が変わり、その身体で"別の人格"がゆっくり目を開いた。


――任された


 アナザーは軽く首を回し、低くつぶやく。


「ずいぶん熱がこもってるな……まあ、俺(・)の能力じゃ、そこまで支障はでねぇけど」


 禍輪はその変化を正確に読み取る。


――人格が変わった……?へぇ……二重人格ってやつかぁ


 禍輪はニヤリと笑った。


 才牙は驚きつつも、表情は乱れない。


「永瀬……じゃねぇな。誰だお前」


 アナザーは才牙に短く視線を送る。


「大丈夫味方だ。脩のことは安心しろ。俺は脩のもう一つの人格、アナザーだ」


 そして、病罹へと向き直る。


 オーラが脩とはまるで違う。

冷たく研ぎ澄まされた、"沈んだ殺気"。

 病罹が一歩後ろへ下がるほどの圧。


 場の空気が、完全に塗り替わった。



 アナザーへ意識を明け渡した瞬間、視界の奥がふっと暗く沈んだ。


 いつものことだ。

 もう一つの人格が表に出る時、僕は深い水の底で“浮かんでいるだけ”の状態になる。


 周囲の音も、光も、輪郭だけが遠くにぼやけ、

自分が薄い膜に包まれたみたいに、世界から切り離されていく。

 その静けさに落ちていくと、決まって――

あの頃の記憶が、勝手に浮かび上がってくる。


 中学生の頃の、あの出来事が――



 長谷川(はせがわ) 昌平(しょうへい)――僕の親友だ。

 昌平の笑い声は、いつだって教室で一番よく通った。

 あいつは弱くない。むしろ誰より堂々としていて、

 僕なんかよりずっとまっすぐで、ずっと強かった。


「脩、またノート貸してくれよ。ノート提出やり直しだってさ。別にいいじゃねぇかってなぁ?」


 そう言って笑う顔が、いまだにやけに鮮明に思い出せる。

 僕は身体能力には自信があったけど、喧嘩は得意じゃない。

 けれど昌平は、誰が相手でも引かなかった。


 だからこそ……

 あいつがいじめられていたことに、僕は最後まで気づけなかった。


 気づいたときには遅かった。

 学校へ向かう途中の踏切で、救急車と教師の姿が見えて、僕の足は勝手に止まった。

 そう――踏切事故で死んだ。


 昌平がいない世界は、静かすぎた。

 なにもかも色が抜けたみたいで、胸の奥に真っ黒な穴が開いて、その穴の向こうから、誰かがゆっくりと覗き込んでくるような感覚がした。


 その日を境に、トラウマを埋めるように僕の中には"もう一つの意識"が生まれた。

 怒りか、悲しみか、それとも罪悪感か。

 ただひとつ確かなのは――

その存在が僕を守ろうとしてくれている、ということだけだった。

 僕は"もう一人の自分"――アナザーと名付けた。



 やがて高校生になったある日、帰り道で魔戒に襲われた。

 身体能力には自信があったけれど、あれは人間がどうこうできる相手じゃなかった。

 死ぬ、と本気で思った。


 その時だった。

 闇を裂くように二つの影が現れ、魔戒を弾き飛ばした。

 一体は銀色の羽のようなエネルギーを纏い、もう一体は金の稲妻のような気配を帯びていた。


「助けてやるよ、人間。契約するならな」


 銀色の方――クロノスが言った。


 すると隣の金色の方がイライラしながら言う。


「おいクロノス、契約は"一人につき一体まで"だろ。なんでテメェが選ばれる前提で話進めてんだよ」


 僕は何が起きているのか理解できなかった。

 ただ、胸の奥――僕とアナザーの境界に、ふっと暖かい気配が灯った。


 気づいたら、僕は言っていた。


「……君ら二人とも、"僕たち"の中に入ってこい」


 その言葉に、金色の方――アギトが目を見開いた。


「ハァ? 二体同時に契約なんて前例ねぇぞ。どうなっても知らねぇからな」


 次の瞬間――二つの魂の気配が、僕とアナザー、それぞれへ吸い込まれるように融合した。


 白い光。

 心臓が跳ねるような感覚。

 世界がぐにゃりと歪んだ。




 ……いつだって、この記憶が脳裏にこびりついて離れないんだ。

 僕が水底に沈むたびに。

 アナザーが表に出るたびに。


――……アナザー、頼んだよ


 僕の声は、深い水の底で泡みたいに小さく消える。


 その先の戦いは、"僕"ではなく――"俺"がやる。



「さあいくぞアギト……」


 アナザーは病罹に言う。


「"戦闘部隊副隊長"舐めんじゃねぇ」

ついに戦闘部隊副隊長が判明!戦闘部隊の副隊長は、実質二つの能力が使える永瀬 脩でした

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