第四十三話 ティラノサウルス
ー前回のあらすじ
内通者は佐藤 清ではなく、川霧 美里へと擬態していたペルソナだった。
そして犬飼 魔虎たちが追い詰めるが…
ペルソナは、喉の奥を鳴らすように笑い出した。乾いた笑いは、追い詰められた者のそれだった。
「ははは……最悪……」
次の瞬間、美里の姿をしたペルソナは踵を返し、全力で駆け出す。そのまま迷いなく屋上の縁を蹴り、空へと身を投げた。
「逃げやがった……!!」
清が叫ぶのと同時に、魔虎も歯を食いしばる。
「この……!」
二人は屋上の縁まで走り寄り、身を乗り出して下を覗き込む。しかし、そこにあるはずの姿はどこにも見当たらなかった。
「アイツ……庭の植物に擬態しやがった……!!」
――でも……
魔虎の視界の先、聖与の中庭には、すでに人影が集まっていた。
迅、才牙、雫、千智、摩稀。
それぞれが警戒した表情で、庭の一角を囲むように立っている。
――え……なんで……
植物に紛れたままのペルソナの思考が、一瞬だけ揺れる。
「正直、映像が送られてきたときは目を疑ったが……まさか本当だったとはな」
迅は腕を組み、低くそう告げた。
「しかも、擬態する瞬間まで見えちゃったしねぇ〜」
摩稀は軽い調子とは裏腹に、視線は一切逸らしていない。
「行くぞ、佐藤」
「え!? ちょ待っ……!」
魔虎は返事を待たず、清の手首を掴んだまま屋上から飛び降りる。
「ぎゃああぁぁ!!!」
落下の直前、魔虎は拳に炎を纏い、地面へと叩きつける。
烈掌。
衝撃は大地へと逃がされ、二人は強引に着地する。その場所は、まさにペルソナが擬態していた地点だった。
次の瞬間、植物の一部が歪み、黒い影が弾けるように姿を現す。
ペルソナは擬態を解除し、後方へ跳んで攻撃を回避した。
「それが……お前の本来の姿だよな」
魔虎と千智は、前日に調査した際、その姿をすでに見ていた。
全身は黒く、異様な質感を持ち、紫色の瞳が不気味に光っている。
「でも……待ち構えてたっていうの……?」
魔虎はニヤリと口角を上げ、目元に手を伸ばした。
「テッテレー。パート2」
コンタクトレンズが外される。
「まさか……!」
「やっと解放された……変な感じ……普段裸眼だから、コンタクトなんか初めてしたわ……」
「……撮ってたの?」
「あぁ。このコンタクト、特殊でな。映像を撮影して、リアルタイムで送信できる。画期的だろ?」
「犬飼からこの映像がスマホに送られてきたときは、正直意味分かんなかったけどね」
摩稀が続ける。
「そのあと千智から話を聞いて、全員でスタンバってたってわけ」
「驚いたけど……まさか本当だったなんて……」
雫は信じられないものを見るように、ペルソナを見つめていた。
才牙が一歩前に出る。
「詰んだんだよ。お前はもう」
「俺らは全員一年だ」
魔虎は静かに言葉を重ねる。
「対してお前は最上戒。だが……お前の能力は決定打に欠ける」
「擬態はできるが、能力まではコピーできねぇ。筋力や身体能力は擬態したやつそのものになるが、能力使えない以上限界はある」
魔虎は周囲を見渡す。
「この人数相手に、分が悪いって分かってるだろ?」
ペルソナはゆっくりと立ち上がった。
「……さすが。ここまで追い詰めるとはね」
次の瞬間、ペルソナは地面を蹴り、全速力で走り出す。
全員が息を呑む。
「ッ……!!」
「逃げた……!!」
千智の声を合図に、全員が一斉に追走する。
――クッソ、一歩出遅れた……!
清は歯を噛みしめ、必死に足を動かす。
しかし――
「マジかよ……見失った……!」
走り込んだ先は、木々と岩が入り混じるエリアだった。
「いや、まだだ」
才牙は周囲を睨みつける。
「この木や岩のどれかに擬態してるはずだ」
全員が散開し、手当たり次第に木や岩を殴り始める。
魔虎も木に拳を叩きつける。
「いってぇ……」
――俺の能力使ったら、この一帯ごと焼きかねねぇ……
「どこだよ!! どこにもいねぇぞ!!」
迅が苛立ちを露わにする。
「ここまできたのに……!!」
千智も焦りを隠せない。
その瞬間――
才牙が、いきなり清を殴り飛ばした。
全員が驚き、目を見開く。
「ッ……!!」
「何してんだよ、お前……!」
魔虎が叫ぶ。
倒れた清は、ゆっくりと起き上がり、不敵な笑みを浮かべた。
「あれぇ? なんで分かったの?」
「え……?」
「コイツだ」
才牙の一言で、空気が凍る。
「え……? まさか……!」
清の身体が歪み、輪郭が崩れ、本来の姿へと変貌する。
黒い体躯、紫の眼。
「でも……なんで……」
雫の声が震える。
「私たち、ずっと一緒にいた……そんな隙……」
「あったんだよ」
才牙は即答する。
「一瞬だけな。佐藤は、あの時……一歩出遅れた」
数分前。
「……さすが。ここまで追い詰めるとはね」
ペルソナは走り出す。
「ッ……!!」
「逃げた……!!」
全員が追う中、ペルソナは一瞬だけ進路を変え、回り込んだ。
――クッソ、一歩出遅れた……!
その隙を狙い、最後尾にいた清の背後へ一瞬で接近し、気絶させる。
そして、その姿を奪った。
「まさか……あの一瞬で……」
「つまり、本物の佐藤は庭で倒れてるってことか」
魔虎が低く言う。
「はぁ……もういいや」
ペルソナは肩の力を抜き、笑みを浮かべる。
「ねぇ、犬飼くん。『死体をどうやって消したかは分からなかった』って言ってたよね?」
「あぁ」
「じゃあ冥土の土産に教えてあげる」
ペルソナの瞳が怪しく光る。
「死体消失マジックの種を」
「なに……?」
「私の擬態はね……現代のものだけじゃないんだよ」
一同が息を呑む。
「輪廻施錠……」
――輪廻施錠!?
魔虎が驚き、息を呑む。
「古代変化」
背中が隆起し、骨が軋む音が響く。身体は急激に巨大化し、異形へと変わっていく。
その姿を前に、誰も言葉を失う。
「嘘だろ……」
「大きすぎる……」
「夢じゃないよね……?」
「なるほど……」
千智が震える声で呟く。
「死体が消えた理由……丸呑み、ですか……」
才牙が驚いた声で言う。
「これは……」
魔虎が目を見開く。
「ティラノサウルス!?」




