第四十二話 嘘
ー前回のあらすじ
川霧 美里は、親友を戦いで亡くしたことを犬飼 魔虎に打ち明ける。
そしてその後、犬飼 魔虎は佐藤 清と川霧 美里を屋上に呼び出す。
ついに内通者が判明かーー
魔虎は、清へ向けていた視線をゆっくりと外し、そのまま美里の方へと向け直した。屋上の風が吹き抜け、美里の前髪がわずかに揺れる。
「川霧 美里」
名を呼ばれた瞬間、美里は一瞬だけ間の抜けた表情を浮かべた。まるで、自分が呼ばれる理由を理解していないかのように。
「え……私……?」
魔虎は一切の感情を乗せず、淡々と口を開く。
「まず、本当に『人間が』魔戒に手を貸してるのか、それ自体が疑問だった」
清は無言のまま二人のやり取りを見つめ、美里は言葉を待つように魔虎を見返す。
「内通者ってのは、俺らには人間に見えてるだけで、実は人間じゃないんじゃないかと思ってな」
魔虎は視線を逸らさず、核心へ踏み込む。
「例えば……『擬態』……とかな?」
その単語が空気に落ちた瞬間、美里の肩がほんのわずかに強張った。
「それで、二階堂っていう優秀なクラスメイトに調べてもらった。訳あって、そいつは魔戒の資料を腐るほど持っててな」
魔虎は一度だけ視線を落とし、過去を引き寄せる。
一日前。
千智は机に向かい、モニターの光に照らされながら魔虎の言葉を待っていた。
「調べてほしいことっていうのは……?」
「もちろん魔戒関連だが……どうも引っかかることがあってな」
魔虎は周囲を確認し、一歩距離を詰めると、低い声で囁く。
「擬態系の能力を持つ魔戒がいたら洗い出してくれ。川霧 美里ってやつが内通者の可能性がある」
――ッ……!
千智の瞳が大きく見開かれ、呼吸が一瞬止まる。
「……わかりました。調べてみます」
即座にパソコンが起動され、キーボードを叩く音が部屋に響き始める。
「その情報を基に、今までに調べた魔戒のデータと照合します」
画面には古い記録から最新の記録までが次々と映し出され、千智は一つも見逃すまいと目を走らせる。
そして――
「……見つけた」
その一言に、魔虎は画面へと身を乗り出す。
「コイツが……!!」
現在。
美里は一歩引き、魔虎を真っ直ぐに睨み返す。
「それだけで?私っていう証拠は?」
声には余裕を装った響きがあったが、指先はわずかに震えていた。
「会話だよ」
魔虎は即答する。
「お前は、俺に嘘をついた」
清は眉をひそめ、美里は唇を噛む。
「まず、架 空なんてやつは、過去に聖与にはいなかった。これは、峨門校長に確認した」
「親友としか言ってないでしょ。聖与の友達なんて、一言も言ってない」
その返答に、魔虎の口元がわずかに歪む。
「それはおかしな話だなぁ。だって、校長に聞いたってのは――ハッタリだぞ」
――ッ……!
美里の表情が、はっきりと揺れた。
「お前は『戦いで死んだ』と言った。ただの友達なら、普通は『巻き込まれて』とかになるはず」
魔虎は一歩踏み込み、逃げ場を塞ぐように言葉を重ねる。
「架 空なんてやつは存在しないんだよ。そう……架空の存在。お前の作り話だ」
「……言い方を間違えただけでしょ?」
魔虎は屋上の時計に目をやり、時間を確認してから再度美里へ顔を向ける。
「なら、今ここで証明してもらおうか」
「……え?」
次の瞬間、清の身体がふらりと揺れた。
「なんか……眠気が……」
言葉の途中で膝が折れ、そのまま地面に倒れ込む。
鈍い音が屋上に響く。
「これで詰んだな。チェックメイトだ」
美里は目を見開き、声を失う。
「……何をしたの?」
「約一時間前。お前ら二人が飲んだ水。あれ、睡眠薬が入ってたんだよ」
「……まさか…….!」
魔虎は冷静に続ける。
「そう、そのまさかだ。基本的に「魔戒に薬物が効かない』。その特性を利用した。飲んで眠らなかった方が黒」
魔虎の声が、決定打を叩きつける。
「架 空は存在しない。そして……川霧 美里なんてやつも存在しない」
「死んでるんだよ」
美里の顔から血の気が引く。
「聖与を辞めたんじゃない。死んでるんだ。お前の存在自体が、嘘しかないんだ」
「……そこまで調べたのね」
「あぁ。ウチの二階堂はほんと優秀でなぁ」
魔虎は淡々と事実を積み上げる。
「魔戒の情報だけじゃない。その魔戒に殺されたやつのことまで大まかにだが調べてたんだ。川霧はその擬態能力を持つ魔戒に殺された」
「死亡じゃなく退学扱いなのは、お前が成り代わって退学届を出したからだろ?川霧 美里としてな」
「もちろん、そんなのバレるのも時間の問題だった。だがバレなかった。まず、その時に戦場にいたやつらは全滅で、証言できるやつが一人もいなかったってのはあるだろうが、何より……川霧の死体が見つからなかったことが一番の原因だろうな。川霧の死体があると別人だとバレる。だから、死体を消した」
魔虎は視線を逸らさない。
「辻褄さえ合ってさえいれば、痕跡が残らなければバレない。方法は知らねぇがな」
「そして狙いは聖与内部。川霧に成り代わり、再び潜り込んだ」
「内通者じゃない。スパイだ」
魔虎は静かに告げる。
「お前の名は、川霧 美里……いや……仮面を意味する……ペルソナ」
ペルソナは、擬態能力を持つ最上戒の魔戒。
一瞬の静寂の後、美里が喉を鳴らすように笑い始める。
「……はは……ははははは!!」
「さすがだねぇ、犬飼くん。正解。私がペルソナ」
魔虎の口元が、わずかに吊り上がる。
「もういいぞ」
その言葉と同時に、清がゆっくりと身体を起こした。
「……なんで」
「睡眠薬なんて入ってねぇよ。犯罪だし」
ペルソナの目が見開かれる。
「つまり、最初からグルってわけね」
一日前。
魔虎が、美里が内通者であることを清に話す。
「え、川霧が!?」
「あぁ……」
そして作戦を話す。
「……わかった、やってみよう」
「悪いな、手伝わせて」
「気にすんな」
魔虎はポケットからスマホを取り出す。
「テッテレー。はい、自白いただきました〜。最初から全部録音済みだ」
――コイツ……!
「でも、最初から分かってたなら、私だけ呼べばよかったでしょ?」
「そしたら来ねぇだろ。お前一人だけ呼んだら、俺がお前を黒と確定づけてることがバレる。するとお前は多分姿を現さなくなる」
「だから二択に見せた」
魔虎はスマホを清に渡す。
「佐藤、一応持っといてくれ。壊れたら困る」
「分かった」
ペルソナは上目遣いで魔虎を見る。
「で、どうする?私を殺す?できるのー?一応は人間の姿の私を。そして、こんなに可愛い私を」
魔虎の声が一段低くなる。
「うぜぇんだよ、ブスが」
「ブ……!」
「俺が好きなものはトンカツ。嫌いなものは――」
ペルソナに指を突きつける。
「めんどくさい女」
「ッ……!」
「大体その美貌って、川霧のだよな?嬉しいか?他人の美貌でちやほやされて」
魔虎は清を見る。
「悪いな、佐藤。お前のタイプのやつを」
「いい。正直、もう冷めた」
「そうか」
魔虎は静かに息を吐いた。
「さて……どうするかな」




