第三十九話 カウントダウン
ー前回のあらすじ
犬飼 魔虎は一ノ瀬 千弥により、輪廻解錠のさらに上、輪廻施錠の存在を知る。
そして、父親との約束のため、新たな実家へ向かう。
玄関の前に立ち、魔虎は一度だけ深く息を吸った。
新しい実家――そう呼ぶには、まだどこか距離のある場所だ。
インターホンに指を伸ばす。
ピンポーン
わずかな間を置いて、内側から足音が近づいてくる。
ガチャッ
ドアを開けたのは誠司だった。
昔と変わらない顔。けれど、よく見れば少し頬がこけている。
「よ!元気してたかー?」
魔虎は、いつもの調子で声を上げた。
一瞬きょとんとした誠司は、すぐに口元を緩める。
「おう!魔虎!」
そう言って身を引き、家の中へと招き入れた。
中に足を踏み入れた瞬間、魔虎は思わず足を止める。
広い。想像していたよりも、ずっと。
天井は高く、リビングまでの廊下も無駄に長い。
「広っ!ほんと聖与の金はどっから湧いてくるんだよ……」
思わずそう言うと、誠司は肩をすくめて笑った。
「俺も詳しくは知らん」
リビングに通され、魔虎はソファに腰を下ろす。
誠司は何も言わずキッチンへ向かい、湯を沸かし始めた。
「そんな気ぃ遣わなくていいのに」
背中越しに、少し間を置いて返事が来る。
「大丈夫。やらせてくれ」
その言い方が、妙に強かった。
ほどなくして、湯気の立つ湯呑みが目の前に置かれる。
向かいに座った誠司は、じっと魔虎を見つめてから、口の端を上げた。
「そういやお前、彼女はできたのか〜?」
魔虎の肩が跳ね、お茶を吹き出す。
「はぁ!?べ、別にどうだって良いだろそんなこと!」
「良いじゃねぇか、教えろよ〜」
「うるっせぇ!」
二人の掛け合いが、広いリビングに響く。
昔から変わらない、どうでもいい会話。
だが魔虎の胸には、言い表せない違和感が残っていた。
誠司の視線が、いつも以上にやけに優しすぎる。
「そういや、新しい仕事は順調なのかよ」
「もちろん!順調よ順調!」
声は明るい。
けれど、どこか張りついたようでもあった。
「お前、今日何時までいれる?」
「まあ、15時くらいかな」
「そうか。昼は食ったか?」
「え?まだだけど」
その瞬間、誠司の表情がぱっと明るくなる。
「なら食ってけ!俺が作ってやる!」
「おお!!マジか!」
誠司は立ち上がり、キッチンへ向かう。
包丁の音、油の弾く音が、リビングに響き始めた。
その音を聞きながら、魔虎はソファに深く身を沈める。
――なんか、妙に張り切ってんな
しばらくして、食卓に大皿が置かれる。
揚げたてのトンカツ。
湯気と共に、懐かしい匂いが広がった。
「じゃーん!トンカツだ!」
「すっげぇ!でもなんで?」
一瞬、誠司の動きが止まる。
「だってお前の好物は、トンカツだろ?」
「いやそうだけど!なんで急に?」
誠司は視線を逸らし、無理やり笑った。
「まあまあ良いじゃねぇか。久々に会えたんだし、お祝いだ!」
「そっか」
箸を取り、食べ始める。
衣はサクサクで、味も文句なしだった。
会話は続く。
学校のこと、友達のこと。
誠司は何度も頷き、そのたびに安堵したような息をつく。
「学校の調子はどうだ?友達できたか?」
「あぁ、まあ」
「そうか!なら良かった!」
そして、またその話題。
「で、彼女の方は〜?」
「いねぇって!しつけぇな!」
笑い合いながら、食事は終わった。
「美味かったぁ〜!」
腹をさすりながら言うと、誠司は満足そうに微笑んだ。
だが、その表情が、少しだけ曇る。
「……なぁ」
「ん?なんだ?そんな顔して」
誠司はしばらくテーブルを見つめ、静かに口を開く。
「久々に、魔虎の顔が見れて嬉しかった」
その声音は、先ほどまでと違って、やけに落ち着いていた。
「なんだよ急に」
「なんてなっ!」
すぐに笑顔に戻る。
「びっくりさせんなよ」
「悪い悪い!」
魔虎は気にせず立ち上がり、玄関へ向かう。
「今日はありがとな!」
「それはこっちのセリフだ。ありがとな!」
その直後、誠司が小さく呟いた。
「本当に……」
「ん?なんか言ったか?」
誠司は少し間を置いて、笑って首を振る。
「いや、なんでもない。気にするな!」
「そうか!」
「んじゃ、また来るわ!」
「おうっ!」
ドアが閉まる。
静寂。
誠司は壁に手をついた。
「ゴホッ、ゴホッ……!」
喉を裂くような咳が続く。
「はぁ……はぁ……」
息を整えようとするが、うまくいかない。
「また来る……か……」
誰もいない玄関で、誠司は小さく笑った。
「せめて、息子の前でくらいは……元気でいないとな」
視線を落とし、呟く。
「悪いな、魔虎。俺は……」
言葉は、続かなかった。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……!」
「はぁ……はぁ……はぁ……俺は……」
沈黙だけが、家の中に残る。
犬飼 誠司死亡まで――残り1ヶ月。
今回はほぼほぼ会話メインの回ですみません!




