第三十五話 兆し
ー前回のあらすじ
磨骸との戦闘で、犬飼 魔虎は追い詰められてしまう。
しかし、諦めかけたその時…別の人物が参戦する。
磨骸は、倒れ伏す魔虎から視線を外し、新たに現れた人物へ向き直った。
「誰だ? お前」
掠れた息を吐きながら、その男は一歩前に出る。
「聖与三年の佐藤 清だ」
「そうか」
磨骸は興味なさそうに肩をすくめた。
「なら、とりあえず逃げた方がいい。俺の気が変わらないうちにな」
清は歯を食いしばり、震えた声で言う。
「に、逃げる……? ふざけるな……」
「は?」
「俺は……とっくに命懸けてんだよ……!」
その言葉に、魔虎の瞳がわずかに見開かれた。
――ッ……!
胸の奥が、微かにざわつく。
初めて本格的な戦闘に出たあの日。
緊張で強張った声で、脩に向かって吐き出した言葉が、鮮明によみがえる。
『全員とっくに命懸けなんだよ』
清は一歩も引かず、磨骸を睨みつけた。
「今さら強敵を前にして尻尾巻いて逃げる……そんな覚悟なら、俺は今ここにいない」
「はぁ……」
磨骸は深いため息をつく。
「どいつもこいつも。そんなに死にたいなら、殺してやるよ」
次の瞬間、磨骸の拳が唸りを上げる。
「輪廻解錠――烈鎚」
「くっ……!」
炎を纏った拳が迫る。
だが、その直前。
魔虎が地面を蹴り、清に体当たりするように飛び込んだ。
二人はそのまま地面を転がり、攻撃は虚空を叩く。
魔虎は清を引きずるようにして走り、近くの木陰へ滑り込んだ。
「なんだ、まだ動けたのか」
磨骸は少し意外そうに言う。
「もう動けないから地面に固定する必要もないかと思ってうっかり能力を解除してしまった」
「すまない、助かった」
清が息を整えながら魔虎を見る。
「お前、一年か」
「あぁ。犬飼 魔虎だ」
短く名乗り、視線を磨骸に向けたまま続ける。
「あんた、佐藤って言ったな。能力は?」
そう問いかけると、清は俯いて言った。
「普通だよ」
「普通?」
「ただ発光させるだけだ。下戒の能力」
「……そうか」
魔虎は一瞬だけ考え込む。
そして磨骸の動きを確認しようと、木の影から慎重に顔を出した。
次の瞬間。
――ッ……!!
視界いっぱいに、磨骸の顔があった。
「何隠れてんだ」
――気づかなかった……!
反射的に、魔虎は拳を振るう。
「輪廻解錠――烈掌!」
だが、拳は滑るように逸れた。
――またか……
そのままの勢いで、磨骸の膝が魔虎の顔面に叩き込まれる。
「ぐっ……!」
「犬飼!!」
磨骸は清に視線を移す。
「まずはお前に消えてもらう」
「ッ……!」
――まずい……せめて、足掻け……!
清は目を見開き、能力を解放する。
「輪廻解錠――グレアレイ!」
強烈な光が炸裂し、視界を白く染める。
「ッ……!」
磨骸は舌打ちした。
「チッ……無駄な真似を……」
その一瞬。
魔虎の脳裏に、確かな違和感が走った。
――……アイツ、今……
磨骸が再び清に向かって踏み込む。
魔虎は迷わず、横から飛び込んだ。
「輪廻解錠――烈掌!」
拳は確かに当たる。
だが、やはり決定的な手応えはない。
――クソ……!!
「だから言ってるだろ」
磨骸は冷たく言い放つ。
「お前の火力じゃ、俺は殺れない」
――でも……今の感触……
思考を遮るように、二人まとめて蹴り飛ばされる。
「ぐっ……!!」
「もう終わりにしよう」
磨骸は地面に手をついた。
――コイツ……何する気だ……?
「輪廻解錠――震骸」
低い振動音。
地面のプレートがずれ、山全体が軋む。
「なんだ……これ!?」
「摩擦で……地面のプレートをずらしたってのか……!」
地割れが走り、衝撃が二人を吹き飛ばす。
身体が宙を舞い、次の瞬間、地面に叩きつけられた。
「ぐっ……」
――これは……やばい……!!
――こんなのもあるのかよ……!
しばらくして、清が荒い息のまま声をかける。
「……はぁ……はぁ……大丈夫か……?」
「あぁ……平気だ」
魔虎はそう答えながら、先ほどの違和感を反芻していた。
「なぁ、あんた」
「なんだ……?」
「あんたの能力……光を出すんだよな?」
「あぁ。普通すぎるって、よくバカにされる」
「そうじゃない」
魔虎は、はっきりと言う。
「使えるかもしれないと思っただけだ。あんたの力が」
「……え?」
清の表情が、わずかに変わった。




