第三十三話 磨骸
ー前回のあらすじ
梶 才牙は苦戦するも、単独で上戒の反顛羅に勝利する。
そして犬飼 魔虎は、最上戒の魔戒と遭遇。
勝つことはできるのか
胸の奥を、重たい圧が押し潰すように締め付けていた。
――にしても……なんだ、この威圧感……!
目の前に立つ存在は、ただ岩に片足立てて座っているだけだというのに、周囲の空気そのものが歪んでいるように感じられる。
――おそらく……こいつが最上戒……
「早くかかってこい」
淡々とした声だった。
感情も、焦りも、苛立ちもない。ただ、事実としてそう言っているだけの声音。
「輪廻解錠――蒼電砲!」
魔虎が指を突き出した瞬間、青白い雷光が親指から人差し指にかけて走り、プラズマをチャージする。
だが――
蒼電砲が放たれるより早く、相手の姿がぶれた。
地面を"滑る"ように移動し、一瞬で間合いを詰めてくる。
――ッ……!!
「遅い」
次の瞬間、視界が回転した。
拳が腹部にめり込み、魔虎の身体が宙を舞う。
背中から地面に叩きつけられ、肺の空気が一気に吐き出された。
「お前程度じゃ、この磨骸には勝てない」
――なんだ……今の……
歯を食いしばり、魔虎は無理やり身体を起こす。
だが踏み出そうとした瞬間、足が地面を捉えない。
まるで、靴底が氷の上に乗っているかのように滑り、体勢を崩して転倒する。
――一体……なんなんだ……さっきから……!
「気をつけろ」
磨骸は、表情を変えずに言った。
「俺の能力は、摩擦を操る」
「摩擦……!?」
「そうだ」
――厄介すぎる……
魔虎は歯噛みしながら立ち上がり、再び距離を詰めようとする。
「輪廻解錠――滑界」
その言葉と同時に、足裏から感触が消えた。
「ッ……!」
地面の摩擦が失われ、魔虎の身体は制御不能のまま滑り、再び倒れ込む。
踏ん張ることも、立ち上がることもできない。
――近づくことすら……立つことすら許されない……
――強すぎる……!
魔虎は、距離を取る判断をする。
「輪廻解錠――灼槍……!」
青い炎で形成された槍を投げようとした、その瞬間。
足が滑り、体軸が狂う。
――やばっ
「ありがとな。わざわざ外してくれて」
――クソ……!
磨骸はゆっくりと歩み寄り、倒れた魔虎の腕を掴み、持ち上げた。
「輪廻解錠――燃焦擦破」
磨骸の手のひらが異常な熱を帯びる。
摩擦が限界まで引き上げられ、皮膚が焼け焦げる音がした。
「ッ……!」
――熱い……! ぐっ……!!
「このまま溶かす……ん?」
魔虎は歯を食いしばり、腕を青く変質させる。
皮膚の色が変わり、焼ける速度がわずかに鈍った。
「へぇ……」
磨骸は感心したように息を漏らす。
「だが、結局はただの時間稼ぎにすぎない」
魔虎は歯を食いしばりながら言う。
「……近距離まで詰めてきたな……」
「は?」
「輪廻解錠――烈掌!」
拳に青い炎を集中させ、核の位置へと打ち込む。
だが――
「……は……?」
拳は、磨骸の身体を"滑り"、攻撃が逸れてしまった。
磨骸は魔虎の腕を離し、そのまま放り捨てる。
魔虎は地面を転がり、仰向けに倒れ込んだ。
「なん……で……」
「俺は摩擦を操る」
磨骸は淡々と告げる。
「当然、自分自身の摩擦もな」
――そんなの……攻撃が……通らねぇってことじゃねぇか……!
すると鬼灯が脳内に話しかける。
――大丈夫か? あいつ……お前が今まで戦ってきた奴らとはレベルが違うぞ
――あぁ……嫌ってほど分かった……アイツは……やべぇ……
次の瞬間、視界が跳ねた。
磨骸の蹴りが魔虎の身体を吹き飛ばす。
一本目の木に叩きつけられ、幹が折れる。
その勢いのまま二本目、三本目と衝突し、四本目でようやく止まった。
背中に、鈍く重い衝撃。
「ぐっ……!」
呼吸が、うまくできない。
胸の奥で、何かが確実に壊れた感触があった。
肋骨、及び背骨は骨折。
「がはっ……! はぁ……! はぁ……!」
磨骸が、影を落とすように近づいてくる。
「息がしづらいだろう」
――やべぇ……これは……
意識の端に、ふと記憶がよぎる。
任務に出る前、空港へ向かう途中。
スマホの画面に打ち込んだ、短い文。
『とりあえずこの任務が終わったら顔見せに行くから、そんときはよろしく』
『おう! いつでも来ていいぞ! 待ってるな!』
魔虎は、この任務が終わったら、父親・犬飼 誠司の新居に顔を見せに行くと約束していた。
――……約束しただろ……
「……死ねるかよ……」
魔虎は、歯を血で染めながら笑った。
「肋が折れてようと……背骨が折れてようと……」
「まだ……戦える……!!」
「はぁ……」
磨骸は心底呆れたように息を吐く。
「手も足も出ないくせに……威勢だけは一人前だな」
「お前に……俺がやれると思うか?」




