43ー下界にある者が求める奇跡ー
神族のような世界の管理者ならば、下界にある者達よりも比較的軽い対価で、その奇跡を起こすことができる。しかし、下界にある者がその製法術を行使するには、その者の全てをかける必要があるなどとまことしやかに囁かれる神威に至る術法。それが聖法術に含まれる奇跡の術法“昇魂の護宝”。この術を知っている存在も一部の聖職者や、その境地に至った者だけだと思う。僕は後者。僕はこの世界に転生した時に、いろいろ手の込んだ嫌がらせを受けた。それが理由だと思うのだけど、僕の能力はこの世界基準でもおかしなことになっている。結果、至ってしまったわけだけど。
この術は下準備は大仰だし、使う魔力量や聖氣量も莫大だ。それをクリアできる者でなおかつ術法の制御能力が規格外でもなければ起動すらできない。
それでは万年単位を生きてなお、この術式について知らないサンドラさんやカナンさんにも説明していこう。シンシレットさんは術式の事は知っているだろうけど、彼女の能力値ではどうしようもない。完全に観客ポジションのアカメ四号も含めてこの四人にも説明しなくちゃね。
「昇魂の護宝は簡単に言えば、聖法での眷族契約と種族の改変を同時に行う神秘の秘法。その術者の技量や聖氣の質と量によって、術における召喚対象も大きく変化する聖法における召喚術の一つになります。下界に存在する術式で法則を歪める強大な術法はいくつかありますが、今回はこれしかないですね」
「ねえ、ご主人。昇魂の護宝って蘇生する術式じゃないんでしょ? 彼女らは死んじゃったわけだし……」
「いい所に気づいたね。アカメ四号。確かに彼女らは死んでしまっている。だけど、ホントなら褒められたものじゃないんだけど、剥製の加工を行う際に死霊術が使われてる。魂が閉じ込められてるんだよ。だからこそ僕がなんとかできる。死霊術を使ったであろう術者よりも遥かに術練度が高い僕ならね」
昇魂の護宝は別に生き物に限った術ではない。だけど、何かしらの存在を召喚するため、それに関係する因子が必要となる。その因子の質によっても召喚される存在の位階に大きな差が生じる。確かに聖なる生き物に使う方が効果としては高いけど、この類の術は別に対象を固定していない。それに今回は邪法とされる死霊術を跳ね除け、魂を解放しつつ剥製にされた体を素体とした何かに作り替えるのだ。
僕が魔法的な蘇生や魂魄転着などの術式を知らないこともあるし、死霊術の根が残っていると何か悪影響を及ぼす可能性も否定できない。だからこそ、聖法で術式を剥離し上書きして新たな形になってもらう。失敗する事は万二一もないだろうけど、かなり聖氣を持っていかれる。これは確実だ。
それじゃ、始めますか。
女性の剥製を聖法陣に合わせて均等に並べ直し、200を超える被害者の魂核にリンクを繋げる。それから探してみたらやはりあった。アリシアさんの肉体を防腐処理した物が、時間停止の遺物の中に安置されている。教皇も最初はアリシアさんの体に魂をもう一度定着したかったんだろう。しかし、この世界に死と言う終わりの概念があるなら、同じ素体での再開は許されない。だからこその禁術でありながら生き続ける“死霊術”なのだから。
『そうじゃ……。全ての物には始まりがあり、終わりがある。……お主は死を受け入れきれぬ魂を浄化し、新たなる個として成り変わらせる術式を使おうとしておる』
「……貴女は、以前の」
『くふふ。覚えておったか。ならば話が早い。お主は異界より魂を持ち込まれ、一度人の体に定着した……。しかし、あろう事か邪なモノの謀に巻き込まれ、この世界では異例な二度の転生を遂げた。お主がその術を記憶に残しておるのはその為。故に問おう。お主は運命を捻じ曲げる責任を負えるか?』
「失礼ながらその質問は今更かと。僕もこの術式が禁術に等しいことは理解しています。僕は自分が信じた未来を迎えられるように歩みます。そうした方が良いと“勘”が囁いていますから」
『うむ。しかと聴き届けた。その念に偽りなし。ユウゼン シロイに"昇魂の護宝"の儀を執り行う許可を出そう。始????の女神の名を持って応える!!!!』
またあの白一色の空間に投げ出されたが、今回は一柱の神族しかいなかった。居たのはたぶん、例の大物女神。酒でも飲んでいたのか、わきには杯ととっくりが置かれていたな。足で水を跳ねさせていたのか絶えず軽い水音が聞こえた。そして、前世では見覚えのある黒髪。だが、その艶やかな漆黒の髪は不自然な光沢を持ち、時折その髪を撫で付ける手は死人を思わせる青白さをしていた。暗い紫色の和装のような……少し違和感のある服装の後ろ姿。その存在は確かに凄まじい圧力を放ち、重圧からそれ以上は近づけそうになかった。
その存在に問われ、答えた。
その存在の答えを聞き、総身が騒めくような感覚に襲われた……。
その存在が齎した騒めきには忌避感はなかった。
そして、再び目眩に襲われ、現実世界に帰って来たのだろう。僕の体からは以前とはまた異なる強大な氣が渦巻いていた。何となくわかってきたが、これは大盤振る舞いしてくれたわけだ。
聖氣を活性化させるにはその分の魔力が必要になる。
体内の魔力をこれまでは抑えてきた加速度を超過させ、更に加速させていく。マニュアル車のイメージかな? これまではどんなに上げてもギアは3まで。それ以上の加速は肉体がもたないと勘の部分が警鐘を鳴らしていたから。だけど今ならやれる。……いや、今だけやれる。あの黒髪の女神が力を貸してくれている今だからできる。
ギアを5まで上げたらば、そこからは微調整の上で限界値を探るタイミングだ。力を貸してくれている黒髪の女神がどの程度の許容範囲を設定しているのかわからない。だから、慎重になり過ぎて困ることは無い。上げに上げ、限界値を見極め、練りに練り上げた聖氣を聖法陣に流し込む。これも対象の素体を壊さないギリギリを見極めながら、陣を完成させ、聖氣を満たすために微調整を続ける。
もう少し、もう少しだ。僕のだけなら限界値はとうに超えている。これは僕個人の力じゃない。黒髪の女神に感謝しながら、僕の新たな眷族として、彼女らを新たな種族として……。新たにこの世界へ顕現させる!
「応えよ! 昇魂の護宝よ! 我が魂との契りをもって新たなる個をこの地に降ろさん。眷族創造!」
その瞬間に眩い光に包まれ、視力が戻るまでには時間がかかった。それまで術式が成功したかは判断がつかなかったわけだが……。先に視力が戻っていたサンドラさんとカナンさんの歓声から、術法の行使が成功したのは何となくわかった。魔力の重加速と体外へ聖氣を放出し過ぎたからか、かなり酷い倦怠感があるが動けない程でもない。
視力が戻った時には、207人?の女性が僕に跪いていた。
前の種族の要素は完全に取り払われ、髪型や体型、身長の違いはあるが揃っている部分もある。額には左右非対称の角があり、全員が揃いの軽鎧をつけている。その中で先頭の女性の顔立ちには覚えがある。アリシアさんだね。極まった術法を用い、新種族として、僕の眷族としてこの世に再び降り立った。前世? いや、前の生で過ごした記憶を引き継いでいる。だからこそ彼女達にはこれからはある程度の制約に縛られる生を歩んでもらわざるを得ないけどね。
彼女達は新種族“創黒羅刹”となった。僕の新しい眷族なのだけど、僕の眷族だからか“鬼人”系統。鑑定の結果、新鬼種の羅刹は戦闘特化型の中型鬼種で、僕が創造した新種であることもあり現在の数のみ。また、創造に関わった女神のごく弱い加護が着いており、僕に絶対服従するように枷がついている。これは正規の手順を取らずに新種族が創造されたため。彼女らが何かしらの摂理を破壊した場合は僕が責任を負う。何が起こるか分からないけど……やっぱ前例が無いことはリスキーなんだろうね。
「我らが至高なる主、偉大なる魔物の森の王者に在らせられまするユウゼン シロイ様。この度は非道なる行いの末、彷徨う我らをお救い下さり感謝の念に堪えませぬ。我ら創黒羅刹の一派は、この身、この命尽きるまで、御身のため全身全霊、粉骨砕身極め、働かさせていただきます!」
「「「「「「「「「「働かさせていただきます!!!!」」」」」」」」」」
「う、うん。超…超想いが重いから、リテイクで行こうか?」
「「「「「「「「「「えッ?!」」」」」」」」」」
「頑張って働いてくれるのはいいけど、僕個人のためだけに身も心も削る必要はないよ。それじゃ、創黒羅刹の皆。よろしくお願いするよ」
何度でも言うけど、想いが超ド級レベルで重いんだよね……。想いが空回りし過ぎるとすべてが毒になるから、物事は適度に丁寧に気楽にが僕の信条なんで。最近戦力は充足したばかりだからちょっと配置に困るんだけど、どうしようか考えなくちゃ。
太守の二人はいいとして、残りの二人は……。あ、片方は無事っぽい。聖法陣の特性を理解しているシンシレットは咄嗟に目を護ったのと、聖氣の暴流には耐性があるから耐えたようだ。あ……。まだ伸びてるヤツがいる。部屋の隅っこではあるけど、アカメ四号が高圧の魔力と聖法術の閃光によるショックで気絶していた。流石に事前知識のあるシンシレットや、地力のある太守クラスの二人はかなり早い段階で回復していたが、アカメ四号はひっくり返ってピヨピヨ言っている。ちょっと可愛いけど、さすがに可愛そうだから、回復魔法で回復して起こしてあげた。アカメ四号は僕の後ろに控える創黒羅刹の面々に驚愕の視線を向けている。そりゃビックリするよね……。
アカメ四号も起きた事なので、他のメンバーも含めて新しい上位眷属の創黒羅刹について説明する。
ただ、あの女神の事についてはたぶん彼女達には言ってはいけないことだろう。これも勘が囁いている。なので聖法術最高位術式“昇魂の護宝”により、彼女らの魂に直接働きかけ存在ごとグレードアップ。それだけでは魂核の納まる器が無いので、ふらついた状況になってしまうが、僕個人の因子と彼女らの残っていた体の因子を用いて現世に再臨させた。その為にいろいろな制約が課されているが、死霊術で縫い付けられた彷徨える魂は解放され、肉体も浄化し再利用。がっつり省略してしまえばそういう事になる。
「まさしく神威に近づいたな……。しかし、貴殿は本当にとんでもないことをしたぞ。この世界の摂理に干渉する術法は神族による使用許可が必要になるはずだ。禁術の行使はそれだけ重い事なのだが、貴殿にはこの世界の摂理に働きかけることができる二柱もの加護がある…可能ではあるが」
「何か気になる事でもあるんですか?」
「いや、これに関しては何も言うまい。ワシは気づかなかったことにしておく、貴殿がよく言うように“勘が囁いている”のでな」
サンドラさんは直接的な指摘をしないよう、僕がやり取りをした例の女神のことに触れて来た。そりゃ気になるだろう。僕もあの女神のことはとても気になる。気になるけど、僕も勘が囁いているのだ。あの女神に関してはまだ触れてはいけない。“まだ”触れてはいけないと言っているんだよ。
まあ、サンドラさんも明確にあの女神の事に触れてはいないので、僕もそのことについては伏せたまま話を進める。
創黒羅刹のステータスは非常に戦闘向きになっていて、個々人がペロ助レベルの戦闘力をもっている。ただし、人生経験の面で戦闘とは無縁だった女性ばかりなので、しっかりと戦闘訓練してから然るべきところに配備したい。僕にはちゃんと構想が持ち上がっているのだが、それを実現するにはもう少し手を加えなくちゃいけない場所がいくつかある。
「それでアリシアのみを連れてきたのだな?」
「うん。アリシアさんに207人の創黒羅刹を統括してもらうからね。今回、ぶっつけ本番の聖法術陣を成功させた。だから、こういう事もできちゃうんだろうなーってさ」
「ん? 新しい聖法陣なのじゃ?」
「あ、踏まないほうが……遅かったか」
「それで? その聖法陣は一体何のための陣なのだ?」
「強制転移聖法陣だよ」
「強制…」
「転移…」
「聖法陣?」
最後によくわかっておらず、小首をかしげたアカメ四号は可愛かったが、他のメンバーは絶句の様相だ。まあ、転移の術式自体が既に伝説の術式のような物らしいからね。魔法、聖法、妖術、導術の全てに転移系術式は存在している。何故聖法にしたかというと、他の術式よりもデメリットが少なかったから。
魔法は看破され易いし、術式が脆い。妖術は究極的に燃費が悪いし、凄く緻密な陣だから面倒。導術では僕個人を低燃費で転移させることはできるけど、他者を同時に運びたいならその対象に触れていなくてはいけないという最大のデメリットがある。聖法には上記のデメリットが無いし、術式の自由度が魔法並みで堅固な形式をしていんだよ。だから選んだ。敢えて他よりも劣っている点を挙げるとするならば、若干魔法陣より燃費が悪い。けど、それよりも術式看破と術式破壊のリスクの方が怖いんで……。
「のう、それでカナンのヤツはどこに飛ばされたのだ?」
「それは今から探す。ダンジョンの第五層か第六層のどこかに居るはずだから」
「それなら良いが……。さらにあのダンジョンの鬼畜度が上がったな」
いや、そこまで鬼畜度は上がってないと思うよ? アトラクション性は上がったと思うけど。




