第89話 岩の巨人
じっくりと敵を観察しながら、アルの心が整うまで様子を窺い続ける。
自分自身もフォローに回るために、最適な方法は何かを考える時間が欲しかった。
”百聞は一見にしかず”という言葉があるように、口頭や文献だけで手に入る情報と、実際に自分の目で見るのとでは得られるものが違う。
己の行動全てが生死に繋がる今では、叩けるものなら石橋は全て叩いてから渡るべきなのだ。
「アル、そろそろ行けそう?」
「……ああ、大丈夫だ。いつでも行ける」
ある程度の観察は終えたところで、敵を見つめたまま動かない彼に声をかけると、しっかりとした芯のある声が微かに響いた。
一応の気遣いはしてみたものの、先程のやり取りで既に腹は決まっていたらしい。覗き込んだ瞳の中に不安の色は無い。
その決意を、私はしかと受け止めて、一振りの剣を何処からともなくずるりと取り出す。
任務に出てからこれを取り出すのは、今回が初めてのことだ。
それは、私の背など優に越してしまうのではないかと錯覚するほどの大剣で────アルが長年、冒険者として愛用している武器である。
彼の職業は剣士だが、その中でも大剣使いに分類され、比較的細身であるその体からは想像もつかないようなパワーで剣を振り回すのだ。
実際に戦う姿を見たわけではないのだが、彼が素振りをする姿を見るだけでも中々の迫力があったのは覚えている。
────とはいえ、移動の際には手元に無い方が遥かに動きやすいのは確かなので、普段は私の収納魔法で預かっている。
それもそれでリスクがあるのは承知の上で、彼も私に預けることを良しとしてくれているので、なるべく丁重に扱っているつもりだ。
私の細腕では到底持ち上がらないそれを、アルはいとも簡単に身に着けると、勢い良く草むらの影から飛び出した。
私もそれに続いて身を晒し、魔物が集まりすぎないよう注意しながら、殺していた気配もわざと漏れ出させる。
すると、それに引きずられるかのように、近くを彷徨い歩いていた一体のゴーレムがこちらへと振り向く。
ぎらりと光る赤い両の目が私達を捉えた。魔石の輝きを宿した、魔物特有の目だ。
体の素材となるものが岩だからか、獣を相手取る時と比べて無機質さを強く感じるが、それが余計に不気味さを増している。
ゴーレムは、私の前方に構えている一人の男に狙いを定めると、その硬質な腕を振り被り勢い良く真下へと下ろした。
てっきり、サイクロプスのように巨大な体をしているものだから、動き自体は緩やかなものだろうと勝手に想像していたのだけれど────その予想は大きく外れた。
思いの外、ゴーレムの動きが素早い。
振り下ろされたその腕は、重みが上乗せされる分スピードも凄まじく、食らえば一溜まりもないであろうことは一目瞭然だった。
それをアルは、直接受け止めるのではなく剣で流すようにして捌き、事無きを得る。
動きの素早さで言えば、アルもあれだけ幅を食う獲物を持っている割に、軽やかな身のこなしである。
相手の攻撃を去なしたその流れから、くるりと舞うかのように剣を振り上げて、ゴーレムの腕にその剣身を激しく打ち付けていた。
刃こぼれしないよう峰で攻撃していることや、岩と岩の隙間を狙うように当てていることからは、それなりに戦闘経験が豊富であることも窺える。
果たして、どのような絡繰で繋ぎ合わさっていたのか甚だ不明なその岩の塊は、肩口から一定距離の部分ですっぱりと途切れ、かつて腕だったものは無造作に地面へと転がり落ちた。
随分とあっさりとした末路だ。この調子で戦い続ければ、間も無く仕事は無事に終えられてしまうのではないかと思う程に。
────だからこそ、気を抜いてはならない。
高ランクに位置づけられた魔物の実力が、この程度であるはずがないのだから。
「────アル!!」
事実、その憶測は現実となる。
落ちたときの弾みでころころと転がり、ゴーレムと対になるような形で彼の後ろに位置していた岩の一部が不自然に揺れたかと思うと、弾け飛ぶように彼目掛けて動き出したのだ。
事前に展開されていた障壁によって弾き飛ばされ、それでいて尚起動を修正し、最終的にその岩が辿り着いた先はゴーレムの片腕があったはずの場所だった。
次々と地面に横たわっていた岩が寄り集まって、気付けば壊れたはずの腕は綺麗さっぱり直ってしまっている。
「……直るんだ、あれ」
「直るらしいな……。どうやってくっつけたのかはさっぱりだが」
結果を見た後で、先程の光景を改めて思い返してみると、岩が目掛けた先はアルではなくゴーレムの元だったのだと理解する。
飛び散った岩を元の位置に戻す過程で、彼の背後に落ちていた岩が牙を剥いただけに過ぎなかったのだろうが────実際には、障壁が無ければ十分に驚異的な一撃となっていたはずだ。
寧ろ、それを踏まえた上で、敢えて繋がりを緩くしているのではないかとさえ想像してしまう。
元に戻せるのだから、その逆も出来るのではないか。
────うっかりそう考えてしまった私は、感が鋭いと言えば良いのか、悪運が強いと嘆くべきか。
徐に、地面と並行に並ぶような形で腕を持ち上げるゴーレムの姿に、妙な懐かしさを感じる。
何時の日だったか。何処で見たものだったか。平たい画面の先に映る鋼鉄の特大人形のような。
SFさながらの世界だったなら、今頃ビームなり何なりと飛び交っているのではないかと錯覚するほどの、幼い時分に見た日常の一光景で。
そうは思っても、それを目の前の彼に伝えるほどの余裕はどこにも無くて。
ぼんやりと、もしかたらそうなるのではないかという予想は、私の頭の中で燻るだけだった。
────でも、嫌な予想ほどよく当たるものだ。
私の想像通りに、持ち上げられたゴーレムの腕はアル目掛けて勢いよく射出された。さながらロケットのように。
「────っ!!」
アルは、遅いくる岩の塊を反射的に剣で防いだ。
幸か不幸か、扱っているのが大剣だったおかげで、それなりに大きい岩も難なく防げている。
ただ、多少の刃こぼれや歪みは出てくるだろうから、後で鍛冶屋に持っていく必要はできてしまった。
加えて、彼に襲いかかる問題はそれだけではなかった。
雪崩れ込むように飛び交う岩の間に紛れて、ゴーレムのもう片腕が新たに振り下ろされようとしていたのだ。
彼は自ら目掛けて勢いづく塊を防ぐのに必死で、それを防ぎ切るだけの力がどこにも無い。
どれほど優秀であろうと、一人でできる範囲には限りがある。
アルだけに任せるのはここまでが限界だと私は素早く判断した。
(破片が飛び散って危ないから、爆発させるのは駄目だ。飛び散った後に元に戻る可能性も否定できないし)
この場合、何がゴーレムにとっての生命の終わりになるのか、今のところあまり見当は付かない。
それでも、危険のないレベルまで相手を押さえ込むだけなら、幾らかやりようはある。
サイクロプスと対峙した時のことを思えば、障壁とて絶対に安全とは言い切れないので、すぐに動きを止める方法を考えなければならない。
当たり前のことだが、ただの無機物に筋肉なんて概念は無い。
あの巨人相手に取った作戦は、今回に限っては一切役に立たないものだ。
物質相手でも使える方法。
動きが止まる。────つまりは、固めることができる方法。
(物を固める時の分かりやすいイメージといえば────やっぱり氷だよね!)
結局のところ、魔法で一番重要なのは想像力だ。
科学だなんだと紐づけるのは、あくまで道筋を分かりやすく示すための指標に過ぎなくて、明確な目標を定めるためには豊かな発想力が必要になる。
いざと言うときに錆びて動かない頭など、犬の餌にもならないのである。
まずは、はっきりとした終着点を作る。
それさえ決めてしまえば────私は無敵になれる。それだけのスペックを持っているのだから。
頭に叩き込んだ知識を引っ張り出し、最適な術式を組み上げて、狙い通りに展開する。
辿るべき道さえ見えてしまえば、私の脳はあらゆる工程を瞬く間に駆け抜け、結果を築き上げていく。
そのまま凍らせるのでは、水分が足りない。
そう思えば、一瞬のうちにゴーレムを水が纏い、表面から隙間から、全身隈なく潤していく。
そしてそのまま、荒れ狂う岩の主は、一種の彫刻のように凍って動かなくなった。
「悪い、助かった!」
まるで鳥のように、或いは昆虫のように飛び交っていた岩達もまた、ぱたりとその勢いが途絶える。
ひとまずは、振り下ろそうとしていたゴーレムの腕が固まれば上々と思っていたが、結果的には攻撃の手を完全に止められたようだ。
丁度真上を飛んでいた岩をアルがひらりと避けると、ずしんと重い響きが伝わってから、辺りはしんと静まった。
相手を完全に倒せたわけでは無いだろうが、後のことを考えるくらいの時間的余裕はできただろう。
「これで終わり、ってわけではないんだよな」
「そうだねえ。僅かにだけど、岩が震えてるし。私の魔法が干渉したおかげか、遠隔操作が上手く遮断されてるってだけで、溶けたら普通に動き出すだろうね」
「やっぱりそうか。そうなるともう、中の魔石を抜き出すくらいしか方法は無さそうだな。あれ、どう考えても魔力が動力源だろう?」
私は頷いた。まずもって、そうでもなければ普通岩は動かない。
加えて、たとえ氷の壁一枚挟んだとて、あれだけ膨大な魔力ならば周りの岩にまで伝わっていてもおかしくは無いのに、小刻みに震えるだけでちっとも地面から飛び立とうとしないのは、私の魔法がより大きな力でゴーレムの魔力を押さえ込んでいるからだ。
おかげさまで、私は今魔力の消費具合が半端ない。控えめに言って、とんでもなく激しい。
サイクロプスの時よりも些か冷静だからか、ごりごりと身を削られていくような感覚がダイレクトに伝わってくる。
疲労感は伴えど、明確な痛みを感じるわけではないのでまだ良いのだが、そうでなければ失神でもしているのではないかと思う程だ。
「────でも、そもそもどこにあるの?魔石」
「……分からないな。魔力の流れで掴めたりとかしないのか?」
「さすがにピンポイントで当てるのは無理かなぁ……。量が多過ぎて気配が広がりすぎだし、今は逆に遮断してるせいで全然感覚が分からない」
「手探りで探すしかないか……骨が折れそうだな」
この岩の塊をどうにかして分解し、中から魔石を引き剥がす。
やることは至極単純だが、作業自体が簡単かと言われれば確実に違うだろう。
おまけに、あまり長引かせれば自身の魔力が削られていく一方だ。
「────よし。これはやっぱりあれだな」
「あれってなんだ?」
「爆散だ。爆散させよう。全部吹っ飛ばせば手間も省けるでしょ」
「……は?」
まるで、名案と言わんばかりに勢いよく提案してみたものの、残念ながら色良い返事は返ってこなかった。
代わりに渡されたのは、端正な顔をぐにゃりと歪めて作った冷たい氷の顔だけである。




