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破滅の魔女は異世界を救う  作者: 藤川秋
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第88話 感謝の気持ち


「なんで下に降りたんだ」


「ゴーレムがいるのが見えたから」


「何でわざわざ対峙しようとしてるんだ!?」


「腕試しって言ったじゃん。いきなりぶっつけ本番は嫌でしょ?」



未だ入り口が分からぬ状態で、さも当然のようにゴーレムの元へと向かう私を、彼は呼び止めた。

既に、サイクロプスに囲まれた経験すらある私は感覚が麻痺しているが、あの重厚な岩の塊を目にすれば叫び出したくなる気持ちも分かる。


でも、狭っ苦しい洞窟の中で対処する前に、きちんと逃げ場のある森の中で感覚を掴んでおいた方がいいと考えるのは、決して間違いではないと思うのだ。



「分かるけど。分かるけどな?お前。最近常々思ってたことだが、お前はもうちょっと、事前にちゃんと情報を共有しろ。何もかも唐突すぎるんだよ!」


「ああ……それは確かに。どうにも、一人で動いてた時の癖が抜けなくて。ごめん、次はちゃんと教えるね?」


「謝罪が軽い……。本当に、俺の心の平穏のためにも頼むぞ、シオン……」



そう項垂れながらも、迷うことなく私の後を付いてくる彼の姿を見て、面白いと思ってしまったことは口にしない。流石に怒られそうだ。

言ってることは何一つ間違っていないのだろうが、その一方で自分が置かれている状況にすっかり馴染んでしまっていることに、果たして彼は気付いているのだろうか。



「そろそろ来るよ、アル」


「分かったよ───仕方ないから、腹を括ってやる」



お互いに、顔付きが変わった。

それとほとんど同時に、目当ての魔物が姿を表す。


初めて見るわけではないが、こうして目の前に立ってみると、その存在感に圧倒される。

サイクロプスほどの高さはないものの、岩肌の硬質さが厳かな空気を醸し出しているかのようだ。



これが、ゴーレム。

さながら、岩の番人といったところだろうか。



こちらから姿を確認することはできたものの、相手の視界の高さ故か、魔物はこちらに気付いていないようで、幸いにもすぐに攻撃されることはなかった。

魔力でバレてしまわないように、念入りに気配を殺しながら、物陰に隠れて攻撃するタイミングを窺う。



「アル、ゴーレムの特徴は分かる?」


「そうだな……まずは見た目通り、物理に対する防御力が高い。岩なんだから当然だな。魔石以外にまともに取れる素材が無いから、冒険者泣かせとも呼ばれている」


「それは確かに、泣くだろうねえ」



折角、苦労してAランクの魔物を倒しても、取れるのは魔石一つだけ。

そんなもの、対価と報酬が見合わなさすぎて、誰も倒したいと思わないだろう。

迷宮が全く攻略されていないのは、そうした見入りの少なさも絡んでいたに違いない。



「モーリスさんが嘆きたくなる気持ちも分かるなぁ」


「嘆いてたのか」


「嘆いてた。サイラース迷宮だけには行きたくないって言った後に、見事に願いが潰えて撃沈してた」


「それは……申し訳ないが、ご愁傷様としか言えないな」



同感である。

言葉の力というのは妙に強いもので、嫌だと思うことは下手に口にしない方がいいのだ。



「ただ物理攻撃が効かないだけなら、そこまで問題にはならなかったんだろうけどね。問題は───」


「魔法も効きづらいってことだろう。余程火力の高い魔法を叩き込まない限りは、魔力を無駄遣いするだけだ」


「そう、それ。サイクロプスもそうだけど、これぐらい高ランクの魔物になってくると、自然に耐性ができるものなのかな」



初めてサイラース森林に入った時に、嫌と言うほど反省したので、最近は様々な魔物の情報を集めるようにしている。

その過程でサイクロプスのことも調べたが、どうやら魔法に対してそれなりの耐性があるらしい。


戦っていた時は深く考えていなかったけれど、よくよく思い出してみれば、確かにいつもより魔法が効きづらい瞬間があったと、その時自覚したのを覚えている。

まるで、相手の魔法を相殺する時のような感覚で、何もしていない状態の相手にかけるより魔力の消耗が激しかったのだ。



元々の性質なのか、私が常に障壁を張っているのと似たような原理なのかは分からないけれど、物理と魔法の両方を弾かれてしまうのは中々に厳しいものがある。



「聞いた話だと、サイクロプスよりゴーレムの方が、耐性の強さは上らしいぞ」


「それ、逆に倒したことある人いるの?って感じなんだけど。他の皆はどうやって対策練ってるんだろうね?」


「さあな、他は知らない。それに、どうせシオンは、耐性の有る無しに関係なく魔法で倒すつもりなんだろ?」


「うん。他に方法が無いし、サイクロプスの時もそうしたからね。効きづらいっていうだけで、全部無効にされるわけじゃないから、存外どうにでもなるよ」


「それ、お前だから言える言葉だからな?間違っても、他の奴には言うなよ。張り倒されるぞ」


「それぐらいは分かってるよ。皆が皆、アルみたいに理解を示してくれるわけでもないしね」



彼自身も、最初の頃はかなり酷い態度だったが、それについては触れないでおく。

あれだけ大々的に喧嘩を売っておきながら、その日の内に素直に謝罪してしまう程度には反省していたことなのだから、引き合いに出していいものではないだろう。



「そういえば、アルに出会ってから一度も、ちゃんと戦ってる姿は見たことないよね」


「そうだな。シオンといると、二度とそんな機会は訪れないんじゃないかと思ってるくらいだ」


「ええ?それは困るなぁ……。じゃあ、取り敢えずゴーレムと戦ってみない?身体強化ならいくらでもかけてあげるから」


「そんな雑な理由で送り出そうとするなよ」


「いやでも、これからパーティーとして一緒に活動するんだから、実力を把握しておくのは大事なことじゃない?」


「……まあ、理屈は分かるけど」



理由としては真っ当な方だろう。それは相手も納得したようで、歯切れの悪い返事が返ってきた。

正直、適当な思い付きで言っただけのことなので、断られたところで特に困ることは何も無い。

Cランクの冒険者が、いきなりAランクの魔物を相手にしろと言われたところで、素直に頷けるわけがないのだから。




「ちゃんと、サポートしてくれるんだろうな」




そんなことを考えていたものだから、彼のその言葉を聞いた時は、思わず自分の耳を疑ってしまった。




「……え、今、なんて言った?」


「ちゃんとサポートしてくれるんだろうなって言ったんだ。まさか、行くだけ行かせて放置するつもりじゃないだろうな?」


「そんなことはしないけど。……え、まじで行くの?本当に?ぶっちゃけ、かなり適当なこと言っただけだから、別に鵜呑みにしなくていいんだよ?」


「分かってるよ、本気じゃないことぐらい。けど、何でもかんでもシオンに任せっきりなのも駄目だろう、仲間として」



自分は何の役にも立っていないのだと、そう考えているかのような寂しい表情だ。

今までしてきたことを振り返りながら、彼の気持ちを理解する一方で、決してそんなことはないのにと歯痒い気持ちになる。


戦いで役に立つことだけが、仲間の役割じゃない。



「任せっきりってことはないよ。少なくとも私は、アルがいて良かったと思ってるし、助かってる部分もたくさんあるから」


「特に何かした覚えはないんだが……」


「まあ、目に見えてわかりやすい成果がないと、納得しづらいのは分かるけどね。でも、役に立ってないなんてことは絶対に無いから、それだけは覚えておいて」



そもそも私は、生前自分を理解して受け入れようとしてくれた相手など、片手で数えられる程度しかいなかった。

私の両親。うっすらとだけ記憶に残る、私の境遇を哀れむ数人の大人達。───たったそれだけ。

障害を持って生まれるということは、人としての当たり前をあっさりと壊して消し去ってしまうものなのだと、幼いながらに理解したほどだった。


興味半分で私に同情の目を向ける人はちらほら居ても、それが当たり前であるかのように小さい頃から虐められて育った私に、その程度の人間が近付いて来ることは決して無かった。

情けをかければ、今度は自分達が虐められるかもしれない。それだけのリスクを背負える勇気は、彼ら彼女らには勿論無かったようである。



初めの頃は、私の生まれ持った障害が原因で、周囲から除け者にされた。

そして、奇跡的に障害の治療が成功してからは───規格外の力に国が目を付けて、極秘裏に研究のための道具として扱われた。


道具といっても、乱暴に扱われたわけではない。

寧ろ、貴重な研究材料を無碍にはすまいと、生活環境にそれなりの制限はあっても、それを補うかのように食事や束の間の娯楽などはこの上なく良質なものが与えられていた。

それこそ、知識を習得する事に私が何よりも前のめりだったせいもあって、施設の中に誂えられた図書室の蔵書の種類が破格の品揃えだったぐらいには。



力を付けた私が、万が一の事態を起こすやもと考えなかったわけではないだろうに。そのあたりは素直に感謝している。

───でも、結局それは、私という人間が大事なわけではなかったのだ。それは、誰でもない自分自身がよく理解していた。




大事な人間を、まる一年もの間戦地でこき使うことなど、あってたまるものか。

道具としてさえ、最後の最後には消耗品のように雑に扱われたのだ、この私は。




でも、この世界の人達は、私の並外れた能力を理解した上で、あくまで人としてちゃんと評価してくれる。受け入れてくれる。

アルヴァンさんに、ダンカンさん。リーリアさん、ラウルさん、紅蓮の炎のメンバー達。───そして、アルノエル。


きっと時には、それぞれの都合で利用しようとすることもあるだろうけれど、それは相手を見下して物のように扱うためではなく、私を冒険者として信頼しているが故の事なのだろうと、今の私はそう思える。

私のこれまでの人生を、特に語って聞かせたことのないアルノエルは、ただ一緒に居てくれるというそれだけの事に、私がどれほど感謝しているのかには気付いていないようだ。



この気持ちが伝わらないのは微妙にもどかしいけれど、今は仕方がない。

それはおいおい───後回しにしすぎて後悔しないように、近いうちに───ちゃんと、彼に打ち明けようと思う。


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