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破滅の魔女は異世界を救う  作者: 藤川秋
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第87話 隠密行動


ゆらゆらと揺らめく明かりが、男の輪郭を映し出しては消していく。

ぼんやりとした頭で飲み干すりんご酒は、あまり味は分からない。



昼間のことに想いを馳せながら、私は蝋燭の向こう側に座る男の顔を見た。

その視線に気付いているのか、薄暗い明かりの中では判断が付かなくて、ぽかりと空いた隙間に落とすように言葉が漏れる。



「そろそろ、どうにかしないとまずいと思うんだよねえ」



何が、とは口に出さない。

本来、無闇矢鱈に首を突っ込むべきでないことは分かっていたからだ。



しかしながら、それでも意味を理解してしまうのが、彼という出来た男なのである。



「それはまあ、そうだな。そろそろ、街全体が目に見えて疲弊してきた嫌いがある」


「結局、この街一番の目玉は、高ランクの魔物とその素材なわけでしょ?それがまともに狩れないわけだから、中々に厳しいものがあるよね」



質が良ければ、その価値は金銀財宝に勝るとも劣らない。

冒険者であろうとなかろうと、その恩恵に預かる者は大勢いるはずだ。


見張りをこなす冒険者達にも、疲れの色が如実に現れ始めている。

冒険者としての矜持と、この街に対する人としての情で現状は成り立っているものの、まともな報酬の出ないボランティア状態のままでは、いずれ限界が来るだろう。



早々に見切りを付けた者は、とうの昔に別の街へと移動していて、それを薄情だなどと蔑む術は誰にも無い。

何故なら、命の保証をされない代わりに、依頼の選択を自由に行う権利を持つのが、我々冒険者という人間だからである。

既存のルールに縛られることはあっても、非常時だからと仕事を押し付けることだけはあってはならないのだ。



「こんな時だから、多少の無茶はしょうがないってわけか?」


「そういうわけじゃないけどさ。私だって、好きで面倒事ばかり引き受けてるわけじゃないんだし」


「でも、少しは興味本位なところもあるんだろう?」


「───」



私という人間は、彼の中にすっかり型が出来上がってしまったようで、あれこれと言い訳する隙も与えてくれなかった。

図星も図星だ。ぐうの音も出ない。

今の私の姿は、まるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまっていることだろう。


己の身を案じてのことと思えば、嬉しい気持ちにはなるものだが、一方で釘を刺すように睨みつける彼の顔は、鬼気迫るものを感じる恐ろしさがある。

魔族の一件で彼を怒らせてからは、この手の話に厳しさが増したような気がしている。



それは決して、悪いことではないけれど。



(まあ確かに、危険がどうというより───)



自分ならどうにかできるはずだと。

そう考えることは、あまりに傲慢なのだろうとは思った。



それでも、自分に出来ることがあるのなら、それを全うするのが今の私の人生というものである。



「言いたいことはもう、分かってるとは思うけど。明日にでも、迷宮に行ってみようかなと思って」


「結局、そうなるんだよな……。せめて、もう少し助力は得られないのか?それこそ、フレイルさん達とかなら、事情を話せば手伝ってくれるかもしれないだろう」


「んー……正直なところ、今回はあまり人数を増やしたくないというか。ほら、迷宮って言っても所詮、場所は洞窟なわけでしょ?そんなに広い場所じゃないじゃん」



仮にこれが、ただの洞窟だったなら、多少人数が増えても問題は無かっただろう。

しかしながら、サイラース迷宮の場合はそうもいかない。



目下、一番の問題は、ゴーレムの存在があるということだ。

今までにその存在を目にしたのは、上空から一度きりだけのことだが、あの重厚な体はよく目に焼き付いている。


全身岩でできているというのは、実際に目の当たりにしてみると、それだけで圧迫感が凄まじい。

ただでさえスペースのあまりない空間に、巨体のゴーレムがひしめき合うことを想像すると、今にも息が詰まりそうな気分である。



そしてそれは、感覚の問題に限った話でなく、実際に動いて回れるだけのスペースが無くなってしまうという意味でも、大きな問題を孕んでいる。

どれほど戦闘技術に優れていても、どれほどお互いの連携が完璧であろうとも、物事には許容範囲というものが存在するからだ。


極端な話、畳一枚にも満たないスペースに4人も5人も詰め込んで戦う人間がいたなら、何かしらの理由が無い限りそいつはただの馬鹿だ。

そこまでは行かずとも、こと今回に限っては、人数を増やすということはそれに近しい愚行を犯すことと同義であると考えている。



相手が一体なら、まだいい。

しかしながら、挟み撃ちにされることは絶対無いと、果たして誰が断言できようか?

そうなってしまったら、畳一枚の話もただの比喩ではなくなってしまうのかもしれないのだから。



「事情が事情だし、今回はなるべく少人数が望ましいかなと思って。その分、いつも以上に安全策をとっていくつもりではあるけれど」


「そういうことなら仕方がないか。まあお前なら、その点に関しては他の誰よりも策が豊富だろうしな」



こちらの言い分に納得してくれたようで、彼は落ち着いた様子でそう言った。

別段責め立てるような様子もないことから察するに、私がしゃしゃり出ようとしている件についても目をつむってくれるらしい。



———本当は、この話をするつもりで彼を呼び止めたのではなかったのだけれど。

一度気になりだすと、解決するまで気が済まなくなってしまうのは、私の悪い癖だ。


好奇心旺盛、などど言えば聞こえはいいが、それで荒事にばかり首を突っ込んでいるのでは世話がない。



(睨みつけたくもなるよな、そりゃ)



元より、性格面において出来た人間などと思ったことは一度も無いが、それでもここまで迷惑をかけてしまうのでは大いに反省せねばなるまい。

手にしたコップを傾けながらそう思った。









森林へと足を向けるのも、およそ一週間かそこらぶりといったところだが、随分と昔のことように感じてしまっている。

それほど、ここ最近の出来事が濃密なものばかりだったのだと改めて実感する。



(というか、平和な毎日を過ごすことの方が難しいくらいだしな)



トラブルメーカー。

その言葉がぴったり当てはまるようになってしまった私には、この世界でのスローライフは到底望めそうにない。



───その一点を除いたところで、戦争が始まる前の日本のように安全な日々を送れる環境ではないけれど。



「そろそろ人目も少なくなってきたんじゃないか?」


「そうだね、丁度良い頃合いかも」



周りを見渡し、近くに人がいないことを確認すると、街道を外れて森林のある方角へと進んでいく。

整備されている道なりに進む場合には、森へと続く道はまだ先にあるのだが、今の私達にはなるべく人目につきたくない心情があった。



いくら大義名分を掲げていようと、ルールはルール。

それを今から破ろうというのだから、我が物顔で正規の道を歩くのは少し気が引ける。



これまでの経緯を思えば、今更ランクのことなど気にせずに、堂々と迷宮に向かいたいと進言する手も無いではなかった。

けれど、もしそれが通ってしまったら、何か問題が起きた時に責任を取るのは私達ではなくダンカンさんになってしまう。それは二人の望むところではない。



「迷宮の入り口が何処か分からないし、森の様子も見ておきたいから、上空移動で行こうと思うけど大丈夫?」


「ああ、それで問題ない」



私の提案に、アルはすぐさま頷いた。

ここ最近、強行突破であらゆる事をこなしてきたせいか、随分と慣れてきた様子である。



こちらに合わせて動いてくれるのなら、この世界の常識に沿って動くより遥かに手間が省けて助かるし、嬉しいことこの上ない。

彼が味方についてくれて本当に良かったと、こうした些細なことからも実感できる瞬間だった。



「相変わらず、現状維持って感じの雰囲気だね。今のところは、街の近くまで雪崩れ込むほどには数は増えてないみたい」


「迷宮に原因があるらしいというのは、支部長が直々に説明してくれたが、詳しい原因はまだ分かっていないんだろう?」


「うん、調査隊がまだ組まれてないからね。だからこうして出しゃばってるわけだけど……ある程度の予想なら付くよ。───ほら、あれ」



そう言って私が指を刺したのは、前に調査に来た時にも見かけたゴーレムである。

相変わらず、青々とした巨大の中に紛れて、お互いがお互いを牽制するように場所を奪い合っている。



アルはその姿を目で捉えると、眉間に皺を寄せて険しい表情をした。

何故、迷宮に原因があると騒がれているのかはそれで理解したようで、事の深刻さを改めて噛み締めているかのようでもある。



「ああやって、ゴーレム達が迷宮から外に溢れ出してるみたい。そのせいで、あれよりランクが低い魔物達が、本来縄張りにしていた場所からどんどんと追い出されてる」


「その連鎖で、さらにランクの低い魔物が外に追い出されて、それで今の現状だってわけか」


「そう。───そしてそれが、もしも、迷宮の中でも同様に起こっているのだとしたら?」



彼が、息を飲むようにしてこちらを見た。

その顔にははっきりと緊張の色が滲んでいる。だから、私もゆっくりと口を開く。



「そうだと決まったわけじゃないけど、もしかしたら、ゴーレムよりもランクの高い魔物が迷宮の中に現れた可能性はあるよね」



ゴーレムのランクはAランクだ。つまりは、サイクロプスと同じランクで、強さもそれに並ぶ強さだということになる。

その上をいく魔物となると───選りすぐりの冒険者達を集めたとて、無事に帰ってこれる保証はほとんど無い。



「魔族を相手にした時は、一応の事前情報があったから対策が取りやすかったけど、今回は何も情報が無い。迷宮と呼ばれる程に中が入り組んでいて、Aランクの魔物も犇いていて、そんな中で本当にその魔物に遭遇したとしたら、生き残れる可能性は限りなく低くなるでしょう?」


「だから、わざわざ危険を冒してまで、先に調査しに来たかったのか」


「私なら、他の人には使えない魔法も沢山あるからね。迷ったとしても一瞬で外に出れるし、自分とアルの身ぐらいなら守りきれる自信は十分にある。勿論、油断はしちゃいけないし、危ないことには変わりないけど、色んな状況に対応しやすいのは確かだと思うから」



結局のところ、危険なのは誰だって一緒だ。

それでも、自分たちの生活が脅かされるのなら、誰かが率先して行動しなければならない。


一度死んだ身だからと、己を大事にしないのは間違いだとしても、ただただ保身に走るためだけに生き返ったわけでもないのだ。

世界を救えというのなら、多少の困難は承知の上で出来ることを精一杯やるべきだ。



「まあ、本当なら色々と突っ込むべきところはあるんだろうが……お前なら案外どうにでもなるんじゃないかと、俺でも思うよ。だから、手伝えることがあれば何でも言ってくれ」


「ありがとう、アル。それじゃあ早速お願いだけど───迷宮に入る前に、一回腕試ししていい?」


「……は?」



訳が分からない、という顔をしている。

俺が言いたかったのはそういう事じゃない、という顔もしている。




でも、私はそんな彼の視線を、敢えて見ない振りをしたのだった。


久しぶりの更新となります。

また少しずつ、話を進めていく予定です。

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