第84話 第一王女殿下
第84話
ぐっすりと眠りについて、次に目が覚める頃には、すっかり夜が明けた後であった。
ギルドの職員が運んでくれたという食事は、必然私の朝食になる。
颯爽と眠りについた私と違って、暫く起きたままだったというアルは、受け取った食事の一部を昨日の内に食べてしまったようだ。
「あんまり空腹でも、気持ち悪くて寝付けないもんだろ?」
「そうかな?疲れた時って、食事とかどうでも良くならない?何日も食事にありつけないとかザラだしさ」
「お前は過酷な状況に慣れすぎだよ。今更言う話でもないけど、到底新人には思えないよな」
その点に関しては仕方がない。
冒険者としては新人でも、私には前世での経験がある。
戦地に送り込まれれば、誰でも同じような体験をすることだろうし、だからこそ冒険者も似たようなものかと思っていたのだけれど。
「Cランクじゃ、まだまだ大したことないさ。そういう意味ではな」
「その辺はよく分からないや。よくよく考えたら、冒険者になってから一月すら経ってないし」
「……本当、どういう人生送ってきたんだよ、お前」
想像するだけでも、まともな人生じゃないと思ったのだろう。
そしてそれは、間違いじゃない。
───それと同時に、私はまだアルに身の上話をしたことは一度も無いことに気が付いた。
(その内、ちゃんと話しておいた方がいいかもね)
話しておく義務があるかと言えば、そんなものは無いと思うけれど。
相手の事情を知ることで、より信頼し合えることも往々にしてある。
私としては、これから先もパーティー仲間として、長く付き合っていきたいとは思っているし。
「私の話は、また近い内にちゃんとするよ。私だけ知ってるってのも、なんか不公平な気がするしね」
「別に、言いづらいんなら無理に話すこともないけど」
「言いやすくはないけど、後生大事に取っておくものでも無いから大丈夫」
「……そうか。じゃあ、待ってるよ」
それだけ言って、この会話は終了した。
まだまだ眠気は残ったままで、ぼんやりした頭で食事を口にする。
運ばれた料理は、普段のそれより明らかに量が多く盛り付けられていた。
食材を豪華にすることは叶わなかったのであろう。ささやかな配慮が窺える一皿となっている。
───問題は、そもそも朝食に関して、そこまでボリュームのあるものは求めていないということなのだが。
「食べきれない分は、後にとっておけばいいと思うぞ」
「そうする。これ全部食べ切るのは、ちょっと無理だわ」
干し肉に硬めのパン。
たとえスープをつけたって、一切れ食べるのに時間のかかるラインナップである。
いっぱい噛んでお腹いっぱいになるか、汁気でお腹がたぷたぷになるか。
どちらにしても、量をこなすのには向いていない。
(しょっぱい)
塩気の効いた干し肉にかぶりつく。
硬い。とにかく硬い。
散々食べていて、手馴れたものではあるが、相変わらず歯の折れそうな硬さである。
スープに浸して、僅かばかりに塩気と硬さを和らげながら、ゆっくりと咀嚼した。
保存食しかないのは仕方がないが、午後はもう少し柔らかいものが食べたいと切に思った。
♢
ギルドに改めて顔を出すと、これでもかと暖かく迎え入れられた。
───暖かいというより、寧ろ熱気で暑いくらいなのだけれど、それはそれ。
ちょっとやそっとの静止じゃ収まりそうにない雰囲気でもあるし、水を差すのはよしておこうと思う。
「改めて、この度は本当にお世話になりました。貴方がたの功績は素晴らしいものだったわ。具体的な報酬に関しては、少しばかり検討させていただきたいのだけれど、必ず相応の額をお渡しすると約束します」
「有難く存じます。仕事は一通り終わったということで、問題ありませんか?」
「ええ、構いません。一緒に来てくださった皆様もありがとうございました。後は、私共で対処いたします」
「承知した。……じゃあ、俺達はサイラースに戻ろうか」
「ああ、そのことなのですけど。出発するのは、もう少し待っていただけないかしら?」
フレイルさんの言葉に頷き、ギルドを出ようと出口の方に顔を向けた瞬間、エルヴァさんが声をかけてきた。
何事かと首を傾げていると、扉の開く音が聞こえて、一人の男が入り込んでくる。
その顔は、つい最近見たことのある顔で、王女殿下の付き人であろう騎士達の内の一人であった。
彼が起きたということは、他の人たちも目が覚めているかもしれない。
見る限り、身体の方も異常は無いようで、私はほっと胸を撫で下ろす。
「失礼。こちらにシオン殿とアルノエル殿はいらっしゃいますか?」
「私共がそうですが」
「ああ、良かった。お伺いした宿を訪ねてみたのですが、いらっしゃらなかったもので」
その口振りや、名指しで探していたことから察するに、事情は概ね把握した後なのだろう。
私達を探して回っていたということは、王女様も目が覚めているに違いない。
特に誰かが騒ぐ様子もないのは、全員無事に治ったことの証であろう。
私にとっては、それが一番喜ばしい。
罪人にならずに済んで、心底ほっとしたのも正直あるが。
「お話は、エルヴァさんからお聞きしました。私共を助けて下さり、心より感謝致します」
「いえ。当然のことをしたまでですから」
「そのことについてなのですが、王女殿下が是非にお礼をと。申し訳ありませんが、御足労いただけますでしょうか?」
殿下直々にお礼とは。
下手に評価が上がっても、今後の動きに支障が出る可能性が高くなると思うのだが。
───とはいえ、そもそも既に、引き返せるような位置に私達は居ない。
今までに例の無いことを、私はこの手でやり遂げてしまったことだし、今更そっとしておいてなどと口が裂けても言えないことである。
それ以前に、言ったところで周りが聞き入れやしないだろう。
それならば、呼びかけには素直に応じなければ、失礼に当たるというものだ。
「承知致しました。すぐに参ります」
「ご協力、感謝致します。それではご案内致しますので、こちらへどうぞ」
彼に連れられて、私とアルノエルは昨晩王女殿下をお運びした宿へと歩みを進める。
あれだけ人通りの無かった街並みも、今は僅かばかりではあるものの、人々の行き交う姿が目に入った。
避難した住民が戻ってくるには、もう少しばかり時間がかかるだろう。
本来の街並みを拝むことは叶わないが、それはまた次回のお楽しみに取っておけばいい。
「さあ、どうぞ中へ」
ゆっくりと、扉が開かれる。
街の中では一番質が良いとされている、誰も利用していなかった宿を王女殿下には提供していた。
王女殿下、騎士の四名。
更にそこに、私たち二人が詰めかけるのはさすがに無理があったようで、案内されたのは部屋の一室ではなく食堂であった。
普段は宿泊者が腰をかけ、食事を取るのであろう食卓に、殿下を中央に据え、その両脇に騎士が控える形で出迎えられる。
私達の姿が視界に入ると、目の前の女性は柔らかく微笑んで、中に入るよう促してくる。
「いきなり呼びつけてしまって、申し訳ございません。私は、マリア・エレノア・デ・カルロットと申します」
「存じております、第一王女殿下。お目にかかれて光栄でございます」
速やかに、手馴れた仕草でお辞儀をするアルノエル。
さすがは元貴族という他なく、その所作は細部に至るまで美しい。
───およそ、人前に出ることを許されなかった身であるというのに。
見せる当てのない礼儀作法を教えこまれるなど、アルの親はどこまで都合のいいように彼を扱ってきたのだろう。
結果として、得るものは大きかったようであるが、そのことを思えば素直には喜べない。
対する私はと言えば、せいぜい本で拾った程度の知識に伴った、スマートさの欠片もないお辞儀を殿下の前で披露していた。
悲しいかな、このように恭しく礼をする機会など生前には終ぞ存在せず、地球の基準でしか正しいマナーを知らない私は、勢いに任せてそれらしい挨拶をする他ないのであった。
幸い、胸の内は分からないにしても、お咎めを受けるようなことは特に無かったので安心した。
王女殿下だけでなく、騎士の方々もまた至って普通の顔付きで、何かを不快に感じた様子も見受けられない。
「シオンさん。アルノエルさん。改めて、この度は誠にありがとうございました。お二人が、私共だけでなく村の皆様もお救い下さったと聞いておりますわ」
「恐悦至極に存じます、王女殿下。しかしながら、私は一冒険者として当たり前のことをしたまででございます」
「その“当たり前”を行動に移せることが素晴らしいのです。お二人の残した功績は、間違いなく我が国の希望となって下さることでしょう」
それは大袈裟だと言いかけて、口を噤んだ。
今までの常識を考えれば、ここに全員無事でいることは奇跡に違いない。
「これは、一つのご相談なのですが……王宮で働いてみる気はありませんか?その腕前を是非、愛しき民のために奮っていただきたいのです。陛下には、私から推薦状を出しましょう」
「それは───」
直々に指名をいただけるなど、この上ない名誉であろう。
働く上での待遇も、申し分ないはずだ。
普通なら、断る方が馬鹿馬鹿しい。
しかしながら、私には成すべき使命があることも事実である。
訪れたことのない地域もまだ山ほどあるというに、早々に一つの国に縛られるべきではない。それはまだ、時期尚早だ。
正直なところ、この場ですぐに勧誘をしてくるということは、今回の実績を踏まえた上で囲い込みたい気持ちが大きいに違いない。
魔族すら簡単に倒せて、吸血すら治せるほどの腕前の持ち主。
そんな人間を、他の国に渡すのは危険だと考えるのは至極当然の話であろう。
───自分で言うのも何なのだが。
「大変申し訳ございません、王女殿下。無礼を承知で申し上げますが、私には殿下が民を愛し、国を愛することと同じように、果たすべき使命があります。それを成し遂げるまで、冒険者を辞めるつもりはございません」
そう言いながら、横目に隣に並ぶ男を見やった。
彼がどのような決断を下すのかは知らない。
例えどちらに転ぶとしても、私は彼の意見を尊重するつもりだ。
ふと、視線が一瞬だけかち合うと、僅かばかりに微笑むのが見えた。
何を思ったか分からないが、その姿からは凛とした空気が感じ取れる。
「私も同じ思いでございます、王女殿下。私は私の進むべき道を、彼女と共に歩み続ける所存です。加えて、此度の功績に関しましては彼女の実力によるものが大きく、仕えるには分不相応かと存じます」
「……そうですか、それは仕方のないことですね。私の勝手な思い付きですから、どうかお気になさらないで。お二人の進む道の先には、必ずや民の平和があることでしょう。私はそれを応援いたしますわ」
「お心遣い痛み入ります、殿下」
アルと共に、深く頭を下げた。
柔らかな微笑みをたたえる殿下のお姿は、王家としての気品に満ち溢れていて美しい。
私達が顔を上げると、殿下は途端に無邪気な顔付きで、軽く手を叩いた。
それだけで、厳かだった空気ががらりと一変する。
「それはそれとして、ぜひ一度王城へ来ていただけないかしら?命まで助けていただいたのに、ただお礼を伝えるだけでは申し訳ないわ」
「そんな、滅相もございません。こうして直接お会いできただけでも光栄でございます」
「私が嫌なのよ。言葉も大事だけれど、対価はきちんと支払われるべきだと思うわ。堅苦しいことがお嫌いなら、せめて食事だけでもなさっていって?」
先程の雰囲気はどこへやら。
軽く首を傾げて聞いてくる殿下の姿は、失礼ながら可愛らしいと思う程だ。
これも策略の内だとすれば、それはそれで恐ろしいのだけれど、そうでないとしても感想は一緒だ。
こんなお願いの仕方をされて、果たして誰が断るというのだろう。
「承知致しました。仰せのままに」
「ふふ、ありがとう。お待ちしておりますわ」
そう言って、満足げに微笑んだ。
第一王女殿下は、やっぱり策士なのかもしれない。
早くに更新できるかもしれないと言って、全然そんなことはありませんでした。ごめんなさい。
今回の話を更新するにあたって、敬称をより厳格にするべく、今まで“王女様”と表示されていた部分を“王女殿下”に改訂しました。
予定よりまたさらに話が伸びたので、殿下とのやりとりはもう少し続きます。




