第82話 隠れた真意
第82話
すう、と無意識の内に深呼吸をした。
人より多少魔法の扱いに長けた身とはいえ、人の生き死にがかかった大一番ともなれば、緊張せざるを得ない。
「───よし」
頭はまだ冴えている。
これまで散々酷使してきた脳みそも、多少の休息を得て、影響のない程度には疲労回復できている。
僅かに残った緊張感も、気を引き締めるためには丁度良い。
限られた時間の中で調整する分には、ベストなコンディションだと言えるだろう。
今一度、用意した魔法陣に問題ないことを確認すると、私は魔力を通して魔法を発動させた。
───途端、辺りが淡い光に包まれる。
既に陽も落ちかけ、明かりもほとんどない中で、優しく照らしてくれる光だ。
空いた溝を満たしていくかのように、その光は描かれた線を緩やかに伝っていく。
ほんのりと熱を帯びながら、魔法陣はくまなく照らし出された。
か細い線一つ一つを通る魔力は、圧縮されて光を伴うほどに大きなエネルギーを放つ。
(絶対に失敗は許されない)
用意した器に魔力が注ぎ込まれていくのが分かる。
発動した魔法に問題は無い。後は私の問題だ。
(分かってはいたけれど……5人同時に治療するのは、さすがに厳しいものがあるな)
リスクのことを考えれば、一人ずつ治療するのが当然ではあるのだけれど。
残念ながら、私達にはあまり時間が残されていない。
───果たして、あとどれ程時間をかければ、王家は動きを見せることだろうか。
治すのが遅ければ遅いほど、出兵してしまう可能性は高くなる。
一番の懸念材料は消えてなくなったにせよ、国民に余計な心配をかけるべきではないはずだ。
それに、あまり悪く言うものではないが、先程の男の態度を考えれば、王女殿下達をこの村に長居させるべきではないだろう。
このような状況下では、我が身大事な態度も仕方ないことかもしれないけれど、だからこそ冷静でいられる私達が考慮するべきだ。
「……少しばかり、血の気が戻ってきたか?」
「うん。今のところ順調だね」
僅かに血液を戻した程度では、お世辞にも顔色が良いとは言えないのだけれど、それでもようやく人間らしい肌色になってきた。
致命的な副作用も特に見受けられない。
このままのペースを続ければ、無事に治療を終えられることだろう。
(気のせいか、少し落ち着いてきたかな?)
つい先程まで、何がなんでも襲いかかろうと殺気立っていた様子が、少しばかりマシになってきたような気がする。
どちらかと言うと、彼女達の意識が薄れていくような感覚だが、そも今の彼女達は魔族の意志に縛られている状態なのだから、決して悪い兆候ではないはずだ。
幸い、魔力の移動先を密封容器にしたおかげか、辺りの空気も少しばかり晴れやかになってきた。
気体漏れすることを防ぐつもりで作ったこの入れ物も、期待以上に良い働きをしてくれているというわけである。
そう、気体だけに。
───というのは、聞かなかったことにしてほしい。
♢
いったいあれから、どれほどの時間が経過しただろう。
この家のどこにも時計はなく、私自身も正確に計っていたわけではないので、実際のところは分からない。
こういうところは、素直に不便だと思う私である。
別に、この世界に時計という概念そのものが無いというわけでもないのだけれど、よっぽど高いお金を払わないと買えないのだから、わざわざ手に入れるのも馬鹿馬鹿しい。
「あー……さすがに疲れた……」
「お疲れ様。無事に終えられたみたいだな」
「いやほんと、失敗とかしなくて良かったわ」
そんなことになれば、私の首は確実に飛ぶ。
そしてそのまま、今度こそ地獄行きだ。
全くもって洒落にならない。
「今日はもう時間が遅いし、王都への報告は明日に回すとして、王女殿下達はいったんロランに避難させようか」
「そうだな。いつまでもここに居座るわけにもいかないし、俺達も報告しに戻らなきゃだろう?」
「うん、エルヴァさんにお願いして専用の宿を借りないと」
当たり前の話だが、王族を一般市民と同じスペースで生活させるわけにはいかない。
誰が気にする、気にしないの話ではなく、時代と環境の問題だ。
日本における皇族もまた、専用の場所に住まいを構えているのと同じことで、緊急事態とはいえ丸っきり考慮しないわけにもいかない。
───もしそれで、王女殿下が気の短い方だったなら。
(あまり想像したくはないよね!)
まだまだ、私の頭には胴体と仲良くしていてもらいたい。
不幸中の幸いというところか、今のロランはどこもかしこも空き家だらけなので、宿を借りること自体は全く苦労しないことだろう。
「それにしても、全然起きないね。予想はしてたけどさ」
「ああ、随分ぐっすりと眠ってるらっしゃるな」
「まあ、しょうがないよね。自分で魔法を使ってたわけじゃないって言っても、脳に負担はかかってたわけだし……。ちょっと、何か下に敷けるもの探そうか。今更言うのもなんだけど、床の上に直に寝かすのはまずい気がしてきた」
「それもそうだな。その辺りから適当に拝借してくるよ」
そう言ってアルは、一番近い扉を開けて部屋へと入っていく。
結局、この家にあるものは、私達が小刻みに借りすぎてしまった嫌いがある。
───が、非常事態なので、この際気にしないことにする。
と、最初に容器作りの材料を集める時に心に決めた。
一応、借りた物の一覧は頭の中に入っていて、事態が落ち着きしだい弁償しようかとは考えているが。
「お待たせ」
「……お帰り。また随分と大きな布を持ってきたね?」
「寝床にあったのを丸ごと持ってきた。結構な金持ちなんだな、この家」
「分かってて持ってくるのタチ悪くない?まあ、王女殿下の分と思えばまだ理解できるけどさ……」
ついつい忘れそうになることだが、この世界では布の類いはかなりの高級品だ。
しかも、寝具に使えるほどの大きな布ともなれば相当な値段のはずで、知りながら選んで持ってくるというのは、ある意味で強盗と何ら変わりない行為だと私は思う。
───でもそれ以上に驚くのは、そもそもそれだけ値が張るはずの代物を、寝具として取り入れられるだけの余裕があるという事だ。
シャツほどの大きさの服ですら、金貨一枚は余裕で吹っ飛ぶ世界で、月に金貨一枚あればかなり裕福な暮らしができるほどの世界でもあるというのに。
(そういえば、さっきのあの失礼な男、身なりだけはそれなりに良かったっけか)
あの瞬間は全く気にしていなかったが、ぼんやりと残る記憶を辿ってみるに、そこそこ質の良い服を着ていた記憶がある。
必然、彼がこの家の持ち主となるわけで、思い返すだけでも質の良さが分かる服を着られるなど、まさに裕福以外の何者でもない。
シーツも服も、ある程度は自由に買えるだけのお金持ち。
爵位があるとすれば、村の広さを考えてもせいぜい男爵止まりがいいところだと思うのだが、果たしてここまで羽振り良く生きられるものだろうか。
「貴族の懐事情ってこんなものなの?」
「正直、善し悪しにはかなり幅があるが……この布の具合を見る限り、あまり使い古した風でもないし、少しきな臭い気は感じはするな」
「……やっぱりさ、私ってそういう体質なのかもしれないわ」
「やっぱり、じゃなくて、実際そうだろ。下手したらこれ、村ごとグルになってる場合だってあるぞ」
そうなのである。
彼の読みは正しい。
徴税に頼って、この暮らしぶりを維持しようと思ったなら、暴動が起こってもおかしくないレベルであることは想像に難くない。
つまるところ、別の非合法的な手段で財を築き上げていることになる。
周りがそれを知らずにいるなら、それまでのことだが。
───もしそうでないとしたら。
(視察ね……上手いこと言ったもんだな)
あの男は、どこまで理解していたのだろう。
今となっては、全ての言動が疑わしく映ってしまうが、その心の内は私には分からない。
ここに長居しない方がいい、と思うのもまた、間違っていなかったようだ。
「───ちょっとさ、入口見張っててよ」
「見張っててって、お前……本気か?俺達がそこまでする必要もないだろう」
「それはそうなんだけど、なんか釈然としないから」
私がそう言うと、何か言いたげにしながらも、頼んだ役割を引き受けてくれるようだった。
勿論、あからさまに呆れ顔をしてはいたが。
何だかんだ言って、素直に引き受けてくれるところがまた優しい男なのである。
更新がだいぶ遅くなりました。
細かい話ですが、今回の話を書くにあたって、布や衣服に関する値段設定を少しはね上げました。
というより、何を思ったか、昔の私がちょっと安く見積もりすぎたので、訂正したと言った方が正しいです。
さすがに、そこまで細かいところを覚えてらっしゃる方もそう居ない気はしますが、一応のご報告です。




