第81話 魔法陣
魔法陣、というものがこの世にはある。
それは、古の時代からも存在し、現在に至るまで使用されている主要技術の一つでもある。
───というのは、あくまで地球での話ではあるのだが。
呪文が既に廃れた地球において、魔法陣は何故今もなお活用されているのかといえば、主な使用用途の違いにあった。
この世界で言うなら、魔石の使い方に近いと言えるだろうか。
主に機械などの製作に用いられていて、半永久的に魔法を使用し続ける点において、魔法陣は非常に有用な手段なのである。
一度刻み込んでしまえば、魔力が無くならない限りは継続的に魔法を発動し続けてくれるからだ。
魔石のような魔力源をわざわざ用意せずとも、周囲の魔素を用いることで発動できる点もその理由として大きい。
或いは、継続的に発動させるのではなく、必要な時にだけ魔力を通して使う方法もある。
自分では使うことができない魔法も魔法陣さえあれば使用可能になるし、効率の面においても非常に優秀で、もともとはそのために作り出されたものであると史実には記されていた。
勿論、現代においてもあらゆる場面で重宝されている使用方法である。
───とはいえ、昔の時代に比べれば、現在の魔法陣はかなり進歩している。
もともとの魔法陣は、呪文と同じように予めパターンが決まっていて、一種のテンプレートであるために汎用性が低かったのだが、現代のそれは組み合わせ次第であらゆる効果を生み出すことができるのだ。
例えば、線の強弱や長さ・曲がり具合など。
それに加えて、記号や文字を間に挟み込むこともある。
効果さえ発揮できれば組み方は自由自在で、同じような内容の魔法陣でも様々なパターンが存在するほどだ。
しかしながら、ある程度の知識や技術がなければ、魔法陣を描くことは難しい。
それこそ、専門の職人が存在する程度には。
「……なあ、さっきから何してるんだ?ぶつぶつ言いながら作業してるの、ちょっと怖いんだけど」
「治療の準備。邪魔したら、お前の髪の毛一本残らず毟り取るから」
「やめろ」
魔法陣を描くというのは、とにかく繊細で集中力のいる作業だ。
一つでもバランスを崩してしまえば、あっという間に全てが台無しになってしまう。
それこそ、さっきみたいに誰かが横槍でも入れようものなら、全身の毛という毛を根元から死滅させてやりたくなるくらいには根気の要る作業だと思って欲しい。
「大丈夫、あくまで邪魔したらの話だから。どこぞの誰かさんみたいにね」
「お前……思ったより根に持ってるのな……」
「冗談だよ。まあ、邪魔されたのがこのタイミングだったら、ジョークじゃ済まさなかったけど」
「うん。とりあえず、そっとしておいた方がいいことだけは分かった」
それだけ伝えると、これ以上は邪魔するまいとと思ったのか、彼は入口の扉の前に座りこんで何も喋らなくなった。
こういうところは物分かりのいい男だ。
冒険者として有能とでも言えばいいのか。危険察知能力はきちんと備わっているようである。
扉の前に座ったのも、また誰かが入り込んでくることの無いように、侵入経路を防ぐつもりで陣取ったのだろう。
───というより、そもそも別にそこまで空気の読めない男でもないことに気が付いた。
出会い方が悪すぎたせいで、我儘なイメージが勝手にこびり付いていたけれど、あれはよっぽど特殊なケースだったことを思い出す。
(トラウマ、少しはましになったんだろうか)
まだ練習を始めたばかりなので、あれから劇的に上達したということはこれっぽっちもない。
魔法が使えたことは確かな事実で、出会った頃ほどの苦手意識はもう無いかもしれないけれど、そう簡単に克服できるものでもないだろう。
とはいえ、無理に治すものでもなし。
時間が解決してくれることを祈りつつ、自分にできることをこなしていけばいい。
「──よし、こんなもんかな」
静かに時が流れる中、私は黙々と作業をこなし続け、ようやく今一つの大きな魔法陣が完成した。
ここに至るまで、誰一人として言葉を発することは無く───私一人だけが、独り言をぶつぶつと言っていたことはさておき───この静けさに、私は寂しいと言うより悲しみを覚えてしまう。
───呻き声を上げることすらしないのだ。
目の前の王女殿下達は、縛り付けられてなお一心不乱に襲いかかろうとする有様で、己の体がまともに動かぬことにさえ気付かぬ様子でいる。
もはや、それしか脳がないとさえ言っていい。
ただそれだけしか考えられないように、彼女らは骨の髄まで魔族の意志に侵されてしまっていた。
一体これを、絶望と言わずして何と言う。
下手な感傷に耽っている暇など無いし、できることならこんなものは見たくなかったとさえ思う。
痛みや苦しみを感じることさえないのなら、実際のところは不幸でも何でもないのかもしれないけれど。
こんなものは、人ですらない。
それならまだ、たとえ死ぬほど辛いとしても、人間らしく生きられた方がましだと私は考えてしまう。
───もはや私は、自分の心の安寧のために、彼女達を治そうとしている嫌いすらあった。
「しかしこれ、シオンが俺にくれたやつにそっくりだな」
「そりゃまあ、どっちも魔法陣だもん。言うほど似てはないんだけどね」
私がアルに、パンツの中にでも忍ばせておけと冗談めかして渡した紙には、魅了に対抗するための魔法を記した魔法陣が描いてある。
使う魔法が違う以上、図形もまた全く別のものになっているのだけれど、パッと見ただけで分かるほど見慣れたものでもないようである。
仕方の無いことだ。
アルの場合、わざと魔法に関する知識を取り入れないようにしていたのだし。
「渡された時は聞かなかったけれど、結局どうやって使うんだ?これ。さっきは、勝手に発動してたようだけど」
「魔力さえ通せば、指定した魔法が自動で発動してくれるんだよ。アルに渡したやつの場合、自分に魔法がかかる過程で勝手に魔力が通ってくれるから、魅了みたいな魔法の対策には効果的なわけ」
「なるほど。自分でどうにかしなくても、持ってるだけで効果が出るってわけか」
「そうそう。だからまあ、肌身離さず持ち歩いてないと意味無いんだよね」
今回に限った話ではなく、魔法の内容にもよるけれど、あまりに魔法陣が対象から離れていても、上手く効果を発揮してくれないこともあるし。
「コピー機とかがあったら、大量生産して配ったんだけどなあ」
「コピー機……?何だそれ」
「ああいや、何でもないよ」
そのような文明の利器など、あるはずもなし。
ギルドにでも保管しておけば、いざという時に役立つこと間違い無しなのだけど。
私一人で何百何千と作るのは、さすがに骨が折れる作業だ。
かと言って、魔法そのものを皆が自分で使えるようにしようとか、それこそ無理な話である。
(アルヴァンさんとかだけなら、そこまで手間もかからないか)
今回の第一王女殿下のように、被害に会うとより一層まずい人物だけでも、対策は施しておくべきだろう。
もし、それ以上を要求されるようであれば。
(そうなったら、貰うべきものは貰うことにしとこう)
さすがに、無償で働くには少々ブラックすぎる案件だった。
そこまでのボランティア精神は、私の中には存在していない。
向こう一年は何もしなくても暮らせるぐらいに、主にサイクロプスを売り飛ばしたおかげで稼げているとはいえ、どちらかと言えば精神的な問題でお断り申し上げたい仕事である。
「他に何か必要なものはあるか?」
「ううん。用意するのはこれだけで大丈夫。また入口を見張っといてくれると助かるかな」
「分かった。任せてくれ」
ここから先の作業は、手を止めることは許されない治療になる。
誰かの邪魔が入ったとして、その先に待ち受けるのは彼女達の死であるのだから。
最近、もはや春を通り越して夏が到来してしまったような気温ですが、皆様は体調管理はばっちりでしょうか。
この気温のせいかは分かりませんが、既に夏物のチョコミント系のお菓子が出回り始めていて、チョコミント好きの私としてはとてもウハウハな気分です。
もともとこの位の時期に出てましたっけね?
正直、記憶に無いです……ので、深く追求しないでおきます。




