第80話 怒ると怖い
果たして、目の前にいる彼女らは、生きていると表現していいものか思わず迷ってしまった。
このまま放っておけば彼女たちは、その生涯を魔族のためだけに使い果たすことだろう。
奴隷のように。操り人形のように。
アイデンティティーの観点から言えば、彼女たちはもはや死んだも同然だった。
「どうにか、治す術はないのか?」
「……あるにはあるかな。やったことないから何とも言えないけど、理論上だけなら」
幸いなことに───皮肉にも魔族のおかげで、彼女たちは根こそぎ血を吸い取られた後でも、こうして肉体が死することなく健全なままで残っている。
現状、体内に魔力があるせいで操られているわけなので、何がしかの方法でそれを抜き取り、代わりに血液を流し込めば元通りにすることはできるだろう。
問題は、魔力を抜き取る速度と血液を流し込むスピードの配分を間違えないことだが。
わざわざ、吸血してまで血液を抜き取るのだから、先に血液を流し込んでおく方法は取れないと見た方が良い。
おそらく、空いた血管を入れ物代わりに、魔力を流し込んでいるはずだ。
(魔力を抜き取る方法から考えないとな)
正直なところ、純粋な魔力ならまだ良かったのだけれど、既に魔法として発動されたそれを無効化させるのは難しい。
残念ながら、地球の科学でも実際に魔法が発動される際のメカニズムは解明しきれていないので、発動そのものを妨害する術は分からないからだ。
一応、他人の魔法を打ち消す方法として、相手より質の高い魔法をぶつけるやり方もあるにはあるが───質が高いということは、より多くの魔力を使用しなければいけないということだ。これを上回る魔力量など、一介の人間にどうこうできるわけもない。
流し込むことが可能なら、抜き取ることも可能だとは思うけれど、抜き取った魔力をどうしておいたらいいのか。
「……とりあえず、アルはちょっと他のお宅にお邪魔して、ロープを人数分拝借してきてくれないかな」
「拘束するのか?」
「魔法で動けないようにはしておくけれど、一応ね。それから、魅了されてた人達は正気に戻ってるだろうから、こっちに近寄らないように説得しておいて。作業に集中したいし、もしもの事があったら危ないから」
「分かった。少し待っていてくれ」
私の指示を受けて、足早に去っていくアルを見送った後、再び思考を巡らせる。
魔法そのものを無かったことにすることは、難しい。
魔力切れも、今すぐには確実に見込めない。
「───密封容器でも作るか」
万が一、周りに影響を及ぼすことのないように容器の中に移しこんでおけば、あとは勝手に魔力を消費し続けてくれるだろう。
この手の魔法は、一度発動すれば魔力の続く限り永続的に発動し続けるように仕組まれているので、環境そのものを変えたところで効果が途切れることは無い。
移した時点で、発動が中止されればそれが一番ではあるのだけれど。
その可能性は見込めそうにないので、発動し続けても問題ない状況を作り出さなければならないのだ。
いっそのこと、入れた容器は地中深くにでも埋め込んでおけば、確実に人の手には渡るまい。
「いっちょやりますか」
まずは、素材集めから。
一から作るよりは、その方が少ない労力で済む。
───家主には申し訳ないが、探し回る時間も無いので、家の中にあるものを適当に拝借させていただくとしよう。
ごめんなさい。
後で弁償しますから、どうかお許しを。
♢
「───そいで?なんで結局、人が押しかけて来てるのかな」
「うん……何というか、本当にすまない」
それは、容器作りも一段落終えようかという頃のこと。
慌ただしく室内に飛び込んで来たのは、つい先程所用を頼んだ男ではなく、見知らぬ中年の男性であった。
相当のスピードで走ってきたようで、あちこち髪は乱れ、息も絶え絶えの状態である。
彼以外にも、野次馬のように村人達が後方に控えていて、その合間を縫うようにして顔を出したアルは申し訳なさそうな表情をしていた。
その手に何も握られていない様子を見ると、ロープを探すより早く彼らに捕まってしまったらしい。
「いやまあ、作業の邪魔さえしないんであれば別に構わないんだけどさ……」
彼らの雰囲気から察するに、どうもそういうわけにはいかなさそうだ。
───と言うより、寧ろ邪魔をするために走ってきたようにさえ見える。
「あんた、一体何をするつもりなんだ?」
「何って───」
「頼むから余計なことはせんでくれ!そのお方に万が一のことがあったら、私らは……!」
そこで言葉は詰まった。
もしもの未来を想像して、恐怖に怯えてしまったのだろうか。
どうせ、首が飛ぶとでも言いたいのだろうけれど、そも彼らだって一被害者でしかないと言うのに。
罪の所在を村人に押し付けるほど、この国の王は理不尽だとでもいうのか?
それが事実でないなら、その言い草の方が余程不敬であると思う私である。
───そして何より。
「寝言は寝て言って下さいよ。一体、何を見たらそんな馬鹿みたいな発言ができるんですか?───貴方の言う万が一なんて、とっくに起きた後なんですよ?」
はっきり言って、私は彼の無責任な発言に苛ついていた。
「言っておきますけどね。このまま何もしなかったら、どのみち彼女達は死にますよ」
「馬鹿な……ただ操られているだけだろう!?」
「そんな生温いもんじゃありませんよ。皮肉な話ですけど、魔族の魔法がかかっているからこそ彼女たちは生きていられるんです。それが無くなったら、その時点でお終いですよ。肝心の魔法だって、永遠に続くことはありません」
「お前の言うことなど信じられるか!」
淡い期待に縋り付くように、男は私の言葉を素直に認めようとしない。
惨めなことだ。
男の求める希望など、どこにも存在しないというのに。
「───だからなんです?余計なことをして死なれるよりは、放っておいた方がましとでも言いたいんですか?治しようがないからって、この国の第一王女殿下に、自分の国の民を殺させるつもりですか。それとも、永遠に拘束でもし続けるつもりですかね?」
「そ……それは」
「別に、他人のために自分を犠牲にすることが、必ずしも正しいとは言いませんよ。貴方が手を差し伸べたくないと言うのなら、私はそれでも結構です。───けど、ただ自分の理解が及ばないだけのことを、さも悪であるかのように決めつけることだけは絶対に許しません」
人は、理解できないものを恐れる。
私はその性質を嫌というほど知っている。
けれども。
それが間違っていること、倫理に反すること。
世間一般で言う“悪”に属するかどうかと、理解できないことは全くの別物だ。
「自分で責任を負うつもりもないくせに、人の邪魔をしないでくれますか。はっきり言って目障りです」
「なっ……!」
「安心して下さい。貴方の言う万が一が訪れたなら、私はちゃんと自分で落とし前をつけますから。貴方達に迷惑かけたりはしませんし、私を罪人として突き出していただいて結構です」
「おい、シオン……!」
「いいんだよ。あくまで、失敗したり罪を問われたりしたらの話だから」
私がきっぱりと言い放つと、男はバツが悪そうに押し黙り、足早に立ち去っていった。
これまでのやりとりを見ていた村人達も、かける言葉が見当たらないのか、中にはあからさまに顔色の悪そうな様子でその場を後にする。
「───前に喧嘩した時も思ったんだけどさ」
「ん、なに?」
「シオンって怒ると死ぬほど怖いよな。抉りとるように痛いところを突いてくるし」
じっとりとした目付きを向けてくる。
たぶんだけれど、暗に言い過ぎだと伝えたいんだろうな。
「んー、ちょっとよく分かんないなぁー」
少しばかり耳が痛いので、雑に流しておくことにした。
自覚はしています。自覚は。
仕事の関係で、更新ペースがさらに遅くなっておりまして、申し訳ありません。
そんな中、読んでくださる皆様に感謝します。
なるべく間隔を短くできたらとは思いますが、おそらく難しいと思うので、一話のボリュームをなるべく多く書くようにはしていきます。




