第79話 えげつない
目の前に現れたのは、五人の人影。
剣を携え、防具に身を包む四人の男と、長い髪を丁寧に束ねた女が一人。
一見すると、素朴な装いに見えるそれは、しかしながら一つ一つがかなり質の良い材質でできていると分かる物ばかりだ。
「……一つ聞きたいんだが、お前は不幸を呼び寄せやすい体質なのか?」
「比較的、そんな気がする」
類まれなる力を与えられてはいるものの、これまでの人生を振り返ってみれば、決してまともなものであったとは言えまい。
この世界に来てからも、大小様々な事件に首を突っ込む羽目になっているし。
寧ろ、力があるこその反動というか、著しい副作用のような気がしてならない。
「話には聞いていたが、本当にいらっしゃるとはな……」
「───第一王女殿下、か」
アルヴァンさんから聞いた話。
この国の第一王女が、公務のためにあちこちを視察して回っていると。
男性四人が武具をきっちりと身につけているのに対し、女性はそれらしき装備を何一つ持ち合わせていない。
服装と組み合わせて考えれば、それだけで彼女が高貴な身分であることは十分に分かる。
何より、アルの口ぶりからしても、彼女が王女本人であることは明白だ。
「巻き込まれてないことを期待してたけれど、まあ見事に打ち砕かれたね」
「閉じ込められてただけ、というわけでもないんだよな?」
「それならまだ良かったんだけどなあ」
残念ながら、それだけはありえない。
こうして話している間にも、私達二人に襲いかかろうとしていることも勿論そうだし、何より彼女らは普通の人間でなくなっている。
(具合が悪い、とかのレベルじゃないぞ、これ)
五人が五人、揃いも揃って、血の気が一切見られない肌色をしている。
青白いだけならまだマシだ。
彼女たちには、それすらない。
つまるところそれは、血液が一切存在しないことを証明している。
───厳密な話をすると、血液がと言うより、ヘモグロビンが一切存在しないというのが正しいのだが。
そもそも、血液が赤く見えるのはヘモグロビンが血液中に存在するからで、液体そのものが赤い色をしているわけではない。
ヘモグロビンは酸素と結びつくことで赤く変色し、全身に酸素を運ぶ役割を果たしている。
当然、ヘモグロビンが無くなれば、全身の細胞に酸素を運ぶことが不可能になる。
人間、酸素がなければ生きていけないのだから、そうなれば訪れる結末は死あるのみだ。
要するに、本来なら彼女たちはとうに死んでいておかしくないというわけである。
(でも、彼女たちは確実に生きているんだよな)
いつ頃からこの状態かは知らないが、もし仮に死んでいたとするならば、肉体的にもっと変化があっていいはずだ。
例えば死後硬直。或いは腐敗臭など。
時間の経過具合などで起きる変化も違ってくるけれど、血色が一切無いことを除けば、彼女らは至って普通の身体をしている。
しかも、異常なのはそのことだけではない。
「ここまで空気が悪いのもそうないな……ちょっと気持ち悪くなってきたくらいだ」
そう。
問題はまさにそこだ。
アルの言う通り、魔族を倒したにも関わらず、一向に魔力の気配が無くならないのである。
そして、その原因に対する答えは、今まさに目の前に存在していた。
「まさか、魔物化してる……?」
この気配は、王女たちのもの。
それは確実だ。この距離感だからこそ、はっきりと感じ取ることができる。
加えて、一人一人の魔力量が異様に多い。
私のような例外を除いて、一個人がここまで膨大な魔力を要することなどまずありえない。
元ある魔力が変質したのだとしても、この量はおかしいと言わざるを得ないだろう。
あらゆる点において、彼女たちは異常そのものと化してしまっていたのである。
(さっさと倒すべきじゃなかったかもなあ……)
話を聞こうにも、当事者が死んでいるのではどうしようもない。
思わず頭を抱えそうになった私は、ふとサイラースで交わした会話を思い出した。
「たしかヴァンパイアって、魅了の他に“吸血”っていうのも使うんだったよね?」
「ああ……もしかして、これがそうだってことか?」
「うん、きっとそうだと思う」
あの時聞いた話では、“吸血”された相手は魔族が死んだとしても効果が切れることは無かったはずだ。
それならば、彼女達が私達を襲い続けることにも説明がつく。
そして、魔物の特性や使う技などは、つけられた名前に大きく由来する。
これは、サイクロプスを相手取った時に学んだことであるが、今回の件においても深く当てはまる事例だろう。
吸血。
文字通り、血を吸い出し己の糧とすること。
体内の血液を吸い出されてしまったのだとすれば、血の気が一切見られないのも当然だ。
(問題は、何で死なないのかというところだけれど)
本来なら、出血多量で死んでしまうところを、何か別のもので繋ぎ止めている。
その別のものとは、果たして何なのか。
あるはずのものが無く。
無いはずのものがある。
「───魔力」
答えはすぐそこにあった。
普段の彼女たちなら、絶対に持ちえないもの。
「……えげつないわ」
「えげつないって、何が?」
「“吸血”が、だよ」
その仕組みを直感的に理解して、思わず震え上がった。
脳を支配するだけでなく、この魔法。
血液に代わるための、生命維持に必要な機能まで魔力一つで補っている。
用途の違う魔法を幾重にも組み合わせるのは、さながら複雑なプログラミングのように、緻密で繊細な作業を要する。
その上、必然と情報量が多くなるので、莫大な魔力も必要になってしまう。
それでも、一度魔法を発動するだけなら、魔族ほどの魔力量があればなんてことは無いだろう。
問題は、それを死んだ後も維持し続けられるように仕組まなければならないということだ。
長期運用に耐えられないのであれば、こんな七面倒な作業をするより、魅了を使ってしまった方が遥かに効率が良いのだから。
そして、それを実現した答えが、この膨大な魔力量というわけだ。
一体、どれだけの量を圧縮して詰め込んだというのだろう。
(こんなもんを血液の代わりに流し込まれるとか、気持ち悪い以外の何物でもないでしょうよ)
操られる側に意識がないことだけが、唯一の救いであると心の底から思った。
全身を得体の知れないものに支配されるなど、恐ろしくてたまったものではないだろうから。




