第78話 前哨戦
無駄に権力を誇示したがる人間というのは、どこの世界にも存在する。
お金持ちの裕福層が、やれブランド物の装飾品やら馬鹿でかい豪邸やら、それが必然であるかのように買って回るのもまたよくある話。
───だからといって、人間以外の生き物にもその法則が当てはまるのかと言えば、ご覧の通り。
何とも在り来りな事に、魔族もまた力を持て余すほどに傲慢な性格に成りうるようであった。
それこそ、目星の付きやすさなど気にも留めずに、権力者の持ち物であろう家屋を潜伏先にしてしまう程度には。
「迫っ苦しい家になど住めるか!とか言っちゃいそう。分かんないけど」
「確かに。一度も会ったことないけどな」
人間らしい思考を持っているが故か。
スペースそのものの好みか、素朴さが気に食わないのか、はたまた適当に選んだ結果がこの場所だったに過ぎないのか。
今の私達には判断のしようがないところではあるが、いずれにせよ合理的な判断をしたとは到底思えない。
或いは、身を隠す必要を感じないが故に、そこに労力をかけることを無駄だと思ったのか。
それならば、行動原理としては理に適っているが、結局のところ意識的にしろ無意識にしろ、相手が傲慢な生き物にしか見えないことに変わりはない。
分かりやすいと言えば、分かりやすい。
相手の行動パターンが読みやすいのは、敵に回す分には対策が立てやすくて良いことだ。
この手のパターンで最も気を付けるべきは、お互いの戦力差を見誤らないことだが、逆に言えば力や技術でどうにかできさえすれば、十分に勝てる見込みがあるということでもある。
「いっそ、家ごと潰したら手っ取り早いかもしれないけど。さすがに、わざと人の家を壊すのはまずいよねー」
「まあ、いくらでも言い訳は聞きそうだが、個人的にはやりたくないところだな」
「同じく。大人しく乗り込んでどうにかすることにしましょうかね」
幸い、予想を裏切ることなく、建物の中からはどろどろとした気配を感じる。
ざっと見た限り、何かの罠や隠蔽工作が仕掛けられている様子もない。
「渡したアレはちゃんと持ってる?」
「ああ、問題ない」
「OK、じゃあ正面突破といこうか」
目の前の扉に、そっと手を当てる。
“突破”といっても、別に勢いよく踏み込む必要はどこにも無い。
そのまま木製の扉をゆっくりと開けるが、それでも少しばかり軋む音がした。
だからかは分からないが、入ってすぐに二つの人影が目に入る。
「ほう、随分と間抜けな偵察をする輩がいるものだな?貴様らより先に訪れていた者の方が、多少はまともな動きをしていたぞ」
「いやだって、そもそも隠れるつもりないですからね。それに、さっきからずっとこの近くにいたのに。全然気付いてなかったでしょ?」
「───何だと?」
つい先程まで、余裕たっぷりに微笑んでいたのが嘘かのように、ぎろりと睨まれる。
所詮、ただの人間と高を括っている様子があけすけに見えていたものだから、その鼻っ面をへし折ってみたのだけれど、効果は絶大だったようだ。
「貴様、よほど死にたいらしいな」
(うわあ、典型的な負け台詞)
ここまでテンプレート通りの対応をしてくれるものかと、思わず感心してしまうほどだ。
キャラクターとして分かりやすく悪役を描くことは大事だが、現実にまでそのような人間がいるとは。
いやまあ、正確には人間ではないのだけれど。
「良かろう、望み通り死なせてやる。そこな男の手でな!」
魔族は、そう高らかに宣言したものの、何かが起こる気配は一向にない。
ほんの一瞬だけ、アルの体がぐらついたような気もしたが、それだけのことだった。
「おい、どうなってるんだ?」
「馬鹿な。なぜ何も起こらない!?」
予想外の事態だったらしく、あれほど自信に満ちた態度でいた魔族達が慌てふためきだした。
───おそらく、アルを魅了しようとしたものの、それが効かなかったのだろう。
本来なら、アルを操り私を殺すつもりでいたに違いないが、その目論見は成功しなかった。
「くそっ、ならば貴様にかけるまでよ!」
片方が駄目なら、もう片方。
考え方としては当然のことだが、残念ながら。
ぐらりと、視界が揺れるかのような感覚が襲ってきて、ほんの一瞬意識が途切れる。
しかしながら、次の瞬間には何事もなかったのように、変わらぬ風景が目の前に広がっていた。
「なるほど、異常を感じるのは頭の方だけって感じかな。アルはどうだった?」
「俺も同じ感じだ。頭はぼんやりとした感覚があったが、体は特に」
「じゃあ、やっぱり影響があるのは脳だけかな。私の魔法もばっちり効いたみたいだし」
「何者だ貴様ら……!?一体何をした!」
ようやく、目の前の敵が異常であると気付いたのか。
遅い。遅すぎる。
「───実は私、お恥ずかしいことに“破滅の魔女”だなんて大層な名前で呼ばれてたことがあってね?」
普通なら、破滅だの魔女だのと、現実味の無い渾名で呼ばれたところで、ただのお笑い草でしかないのだけれど。
「でも、私の場合、あながち嘘じゃないっていうか。随分と見下してくれたところ申し訳ないんだけど、私は正真正銘の化け物なんだよね」
ここにあるは、神の御業に他ならず。
使い方次第では、いくらでも化け物に成りうる存在である。
何せ私、神の器ですから。
「───」
息を吐くような音が、聞こえた気がする。
でもそれは、私達の耳に届くことは無く。
眼前に差し迫ろうとしていた生き物は、二体とも力なくその場に倒れた。
「え……シオン、もう倒したの?」
「うん。上手くいくか分かんなかったけど、成功したね」
「え、怖。っていうか引く」
目の前の男は、完全に顔が引きつっていた。
要するに、ドン引きである。
それはさておき。
敵はもれなく倒した。
しばらく時間が経って、穴たる穴から血が流れはするものの、起き上がる様子は無く。
あれだけ万が一を想定して、保険をこれでもかとかけた割にはあっさりと息絶えた。
目的をすっかり果たし、当然これで事件は丸く収まるものと思っていたところに、それは舞い込んでくる。
ばきりと、何かが壊れる音。
(誰か、他に人がいる?)
ゆらりと、幾人かの人影が、壊された部屋の扉の穴から這い出てくる。
───そう。
魔族を倒して、はい終わり、なんてことにはならなかったのだ。
寧ろ、この事件の本番は、ここからだったのである。




