第77話 潜伏先
「驚いたわ。まさか、早々に村人を避難させてくるなんて」
「残念ながら、全員とはいかないのですけどね」
「それでも喜ばしいことですよ。貴方がいてくれて頼もしい限りだわ」
ギルドにて事情を説明したところ、早々に手配を済ませてくれたエルヴァさんもまたさすがの手腕であるのだけれど。
可能であるならば、家の周りを取り囲んでいた村人達もまた、同時に避難させたいところではあったが。
今はやむ無し。敵の手の内を知るまでは下手に手を出すことも出来ず。
アルを一人残してきているので、私はまたすぐに戻らなければならない。
「それじゃあ、皆のことはよろしくお願いします」
「任せてちょうだい。くれぐれも気を付けて」
彼女に一礼して、その場を去る。
ちらりと、フレイルさん達の姿も端に見えたので、ついでに挨拶がわりの目配せをしておいた。
それに気付いて、ぶんぶんと手を振るモーリスさんの何とも可愛らしいことか。
──もはや大型犬のようだとは、敢えて言うまい。
彼のことだし、それを告げたところで気分を害したりはしないだろうが。
♢
上空に一人取り残された男───アルノエル・レストレスは、今はもぬけの殻でしかない家屋を偏に睨みつけていた。
別に、当の本人に睨んでいるつもりは無い。
必然と眉間に幾重もの皺が刻み込まれているだけであり、恨みがましいことがあったりするわけでもなく、どちらかというと彼の心は焦っていた。
「まずいな……あいつ、まだ中から出てきてないのに」
そう。彼女は中から出てきていない。
───彼の視界に映る範囲では。
中を覗いてくるとその場を離れてから、それなりに時間は経っていて、それが彼を焦らせるもう一つの要因でもあった。
まさか、中にいた村人達をロランまで避難させているなど、まだまだ彼女との付き合いが浅い彼には想像のしようも無いことである。
「ただいまー、お待たせ」
「───ああ、びっくりした。というか、無事で良かった」
突然の来訪者を、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして出迎えた。
対する彼女は、思わず彼の口から飛び出た言葉を聞き逃さない。
「何かまずいことでもあった?」
「中で鉢合わせなかったのか?つい今しがた、魔族が中に入っていったばかりだぞ」
「あ、そうなの?それは知らなかったわ、ついさっきまでロランにいたから」
「なんで!?」
てっきり、家の中にいるものとばかり思っていたアルノエルが、そのように驚くのも無理はない。
そんな彼に、シオンが事の成り行きを聞かせると、今度は呆れたような表情を見せる。
「全然戻ってこないと思ったら、そんなことしてたのかお前は……」
「だって大事なことでしょー?放っておいたら何されるか分かんないじゃん」
「俺が言いたいのはそこじゃないんだが……。予想の斜め上のことしかしてくれないから、対応に困るんだよ」
「ああ、なるほど。善処はするけど、慣れてもらうしかないかなあ」
彼女の言うことは、残念ながら正しかった。
生きてきた時代も、環境も何もかもが、この世界においての“普通”からかけ離れている彼女にとって、周りの思う通りに動くことは難しい。
彼女に行動を共にするということは、つまるところ己の中の常識を捨てる行為とさしたる違いはないのだ。
「中に入っていったのって一体だけ?」
「ああ。入ったと思ったら、すぐに慌てて出ていったもんだから、変だとは思ってたんだが。シオンの話を聞いた後なら納得だな」
「まあ、いくら魔族とはいえ、何の前触れも無く人質が消えたら少しは驚くよね。その魔族、どっちに向かっていったか分かる?」
「向こうの方角に走っていったな」
そう言ってアルノエルが指さした方向は、村の奥側へと進む道だった。
その方向には、村の中では比較的大きめな家屋が建っているのが見える。
「んー、何とも分かりやすい潜伏先だこと」
「村人を探して回ってる可能性もあるんじゃないのか?」
「無くはないけどね。探すだけなら、見張りさせてた村人達を使った方が効率良いんじゃないかな。そこまで細かい芸が出来ないとか、それを思い付くほど魔族の頭が賢くないとかなら話は別だけど」
「確かに。もう、見張るものも無いわけだしな」
家の前を取り囲む村人達は、今や比喩でもなんでもなく、ただその場に自立し続けるだけの像と化してしまっていた。
今や彼ら・彼女らは、何の生産性も無い行為を一欠片の意思すら宿すことなく行い続ける、ただのお人形でしかない。
「わざわざ走っていったってことは、仲間にいち早く知らせるのが目的だと思うから、この先のどこかに拠点にしてる場所があるはずでしょ。で、あっちの方角は田畑が多くてそもそも家屋がほとんど無いじゃん。そうなってくると、もう探すところほぼ無いよね」
「───分かりやすいな」
「分かりやすいよね。向こうに見えるの、あの一軒だけなんだもん」
家屋がほとんど無い、とは言うものの。
ゼロでないだけの話で、その“ほとんど”に含まれる数は実質、たったの一つしか無い。
「やっぱりあれかな。ある意味お約束というか、この手のタイプは皆傲慢な性格してるってオチなのかな」
「潜伏先が村の外とかでないのなら、そういうオチなんだろうな」
「だよねえ……。あんな分かりやすく、権力者の家を拠点にするとか、もうそのまんまっていうか。敵として戦う分には、対策が取りやすくて楽なんだけど、気持ち的には萎えるな……」
傲慢な人は相手にすると疲れるから好きじゃない、とは彼女の言葉だ。
アルノエルは、その言葉に静かに頷いた。




